第39話 変わらない君
「……朝陽?」
知らない女の人が。
俺の名前を呼んだ。
食事処の入口。
さっき入ってきた四人組の一人。
俺より年上に見える。
見覚えはない。
でも。
その人は。
俺を見たまま動かなかった。
「……俺?」
思わず自分を指差す。
女の人の目が大きく開いた。
後ろにいた三人も。
俺を見る。
「……嘘だろ」
男の一人が呟いた。
もう一人も。
何も言わない。
女の人も。
全員が。
俺を見ていた。
「朝陽……」
また。
名前を呼ばれた。
今度は。
はっきり聞こえた。
「……誰?」
口にした瞬間。
四人の表情が変わった。
「え……?」
最初に俺を呼んだ女の人が。
小さく声を漏らす。
「朝陽……?」
「いや、俺は朝陽だけど……」
椅子から立ち上がる。
セレーネが俺と四人を交互に見ている。
「知り合いじゃないの?」
「……分かんない」
本当に。
分からない。
見たことがある気はする。
でも。
思い出せない。
そもそも。
俺の知り合いに。
こんな二十代くらいの人たちは――。
「……待てよ」
胸の奥が。
ざわつく。
何かが引っかかった。
顔。
声。
立ち方。
一つ一つは違う。
俺の記憶にあるものと。
でも。
重なる。
「……朝陽」
男の一人が。
一歩前へ出た。
背が高い。
身体つきも。
高校生の頃よりずっと大人びている。
でも。
その目。
その声。
「……瑞輝?」
男の足が止まった。
「……っ」
その顔を見て。
分かった。
「え?」
俺の口から。
間抜けな声が出た。
もう一度見る。
ちゃんと見る。
「……瑞輝?」
「朝陽……!」
今度は。
向こうが俺の名前を呼んだ。
間違いない。
高田瑞輝。
「……は?」
頭が追いつかない。
なんで。
なんで瑞輝がここにいる。
いや。
それより。
「お前……」
違う。
俺の知ってる瑞輝じゃない。
顔は同じだ。
でも。
大人になっている。
「なんで……そんな……」
隣の男を見る。
さっき。
大きな盾を持っていた男。
髪型も。
体格も。
記憶とは違う。
でも。
「……京介?」
男が。
顔を歪めた。
「お前……マジで朝陽なのかよ」
その声で。
完全に分かった。
「京介……?」
視線を動かす。
女の人。
杖を持っている。
俺の記憶より。
ずっと大人びている。
でも。
「……麗奈?」
口元を押さえていた。
目に。
涙が溜まっている。
「朝陽……」
木内麗奈。
嘘だ。
三人。
いる。
ここに。
日本にいたはずの。
俺の友達が。
「なんで……」
声が出ない。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「なんでお前らが……」
ここにいる。
そう言おうとして。
最後の一人を見る。
最初に。
俺の名前を呼んだ人。
ずっと。
俺を見ている。
その顔。
五年分。
大人になっている。
俺の記憶の中では。
制服を着ていた。
毎日のように。
隣にいた。
家を出れば会った。
学校へ行く時も。
帰る時も。
何かと世話を焼かれて。
うるさいと思うこともあって。
それでも。
ずっと。
一緒にいた。
「……瑠奈?」
名前を呼ぶ。
村井瑠奈。
俺の。
幼馴染。
「……」
瑠奈の唇が震えた。
「瑠奈……なのか?」
その瞬間。
瑠奈が走った。
「え――」
避ける暇なんてなかった。
身体に。
衝撃。
「うわっ!?」
そのまま。
抱きしめられた。
「ちょ、瑠奈!?」
強い。
思ったよりずっと。
腕が。
背中に回っている。
離れない。
「……」
何も言わない。
「瑠奈……?」
肩が。
少しだけ震えている。
「おい……」
どうすればいい。
分からない。
俺にとっては。
半年だ。
あの駅から。
気づいたら異世界にいて。
死にかけて。
冒険者になって。
色んなことがあって。
それでも。
まだ半年。
なのに。
目の前の四人は。
明らかに違う。
俺の知っている十七歳じゃない。
「……お前ら」
瑠奈に抱きしめられたまま。
三人を見る。
「何歳……?」
三人が。
一瞬。
何を聞かれたのか分からないような顔をした。
京介が答える。
「……二十二」
「……は?」
二十二。
「え?」
もう一度。
四人を見る。
二十二。
俺たちは。
同い年だった。
「ちょっと待って」
瑠奈の肩を持つ。
ゆっくり離す。
瑠奈が顔を上げる。
泣いていた。
「……なんで」
俺は。
まだ。
十七歳だ。
「なんでお前ら……二十二なんだよ」
誰も答えない。
「俺……こっち来て、半年くらいしか経ってないぞ」
「……半年?」
瑞輝が聞き返した。
「そうだよ」
おかしい。
何かが。
決定的に。
噛み合っていない。
「待て」
京介が言う。
「お前、自分がどうなったか……知らねえのか?」
「どうなったって……」
駅。
ホーム。
その後。
目を覚ましたら。
ムンドゥスだった。
「俺は……気づいたらこっちにいた」
三人が黙る。
瑠奈だけが。
俺を見ている。
「朝陽」
瑞輝が。
ゆっくり口を開いた。
「お前、日本じゃ――」
声が止まる。
言いづらそうに。
俺を見る。
「……死んだんだよ」
「……」
何を。
言ってるんだ。
「は?」
「五年前に」
「……五年?」
聞き間違いかと思った。
でも。
誰も笑わない。
麗奈は泣いている。
京介も。
瑞輝も。
冗談を言っている顔じゃない。
「俺が……?」
自分を指差す。
「死んだ?」
瑞輝が頷いた。
「駅で」
駅。
一瞬。
頭の奥が痛んだ。
ホーム。
電車。
音。
それから。
何もない。
「……マジで?」
誰も答えない。
答えなくても。
分かった。
「じゃあ……」
俺は。
五年間。
死んでいた?
違う。
俺はここで半年生きている。
だったら。
日本の五年と。
こっちの半年。
「意味分かんねえ……」
本当に。
意味が分からない。
でも。
一つだけ。
分かる。
四人は。
俺より五年。
生きている。
俺がいないまま。
「……五年」
呟く。
瑠奈を見る。
泣いている。
瑞輝も。
京介も。
麗奈も。
俺が知っている顔とは違う。
当たり前だ。
五年も経ったんだから。
「……そっか」
何を言えばいい。
分からない。
ごめん。
違う。
ただいま。
それも違う気がする。
久しぶり。
俺にとっては半年だ。
何も。
合う言葉がない。
「……朝陽」
瑠奈が。
もう一度。
俺の名前を呼んだ。
「ん?」
目が合う。
涙を拭こうともせず。
瑠奈が。
少しだけ。
笑った。
そして。
もう一度。
俺を抱きしめた。
今度は。
さっきより。
静かに。
「……やっと会えた」
耳元で。
そう聞こえた。
五年。
俺には。
想像もできない時間。
その一言に。
どれだけのものが入っているのか。
今の俺には。
まだ。
分からなかった。




