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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【バルカン王国編】第3章 もう一人の眠り人

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第35話 旅の終わり

翌朝。


目を覚ますと、身体が重かった。


「……痛い」


背中が痛い。


肩も痛い。


首も痛い。


何日も地面で寝れば、そりゃこうなる。


寝袋があるだけマシとはいえ、ベッドとは比べものにならない。


身体を起こし、首を回す。


「いって……」


「おじいちゃんみたい」


「誰のせいで起きたと思ってるんだ」


少し離れたところで、セレーネが荷物をまとめていた。


「わたし?」


「違う。地面」


「じゃあわたしのせいじゃない」


「そうだよ」


寝起きで何を言ってるんだ俺は。


立ち上がる。


大きく伸びをすると、背中が鳴った。


「今日こそ宿で寝たい」


「お風呂」


「俺はベッド」


「甘いもの」


「お前ずっとそれだな」


「約束した」


「王都でな」


「今日?」


「たぶん明日」


セレーネの手が止まった。


「……明日?」


「順調なら」


「今日じゃないの?」


「まだ距離あるから」


「そう」


分かりやすく声が落ちた。


「そんなに残念?」


「別に」


「はいはい」


もう騙されない。


「途中で何かあったら買ってやるよ」


「……そう」


ちょっと戻った。


やっぱり分かりやすい。


朝食を済ませて、街道へ戻る。


昨日より人が多かった。


王都へ向かう荷馬車。


反対方向へ進む旅人。


武器を持った冒険者。


商人らしい集団。


時々、馬も走っていく。


人が増えるほど、王都へ近づいているのが分かる。


セレーネは隣を歩きながら、周囲を眺めていた。


「王都はもっと人多いぞ」


「どれくらい?」


「どれくらいって言われると困るけど……とにかく多い」


「分からない」


「だよな」


俺も初めて見た時は驚いた。


城壁。


門。


行列。


建物。


店。


人。


こっちへ来て初めて見たまともな街が、いきなり王都だった。


「俺も最初、めちゃくちゃ驚いたから」


「朝陽も?」


「そりゃそうだよ。日本の街と全然違うし」


「ニホンの方が人は多い?」


「場所によるけど……たぶん多い」


「王都より?」


「東京とかなら全然」


「トーキョー」


「日本にあるでかい街」


「ルイみたいなもの?」


「んー……」


どう説明したらいいんだ。


王都。


首都。


東京。


似ているようで全然違う。


「まあ、そんな感じ」


諦めた。


「適当」


「説明難しいんだよ」


「半年先輩」


「それ関係ないだろ!」


最近、完全に武器にされている。


昼前。


街道沿いに人が集まっている場所が見えてきた。


大きな町ではない。


旅人向けの店や建物がいくつか並んでいる。


荷馬車も止まっていた。


「お」


思わず歩く速度が上がる。


「どうしたの?」


「店ある」


セレーネも見る。


「宿?」


「たぶん」


「お風呂?」


「それは分かんない」


「甘いもの」


「まずそこから離れろ」


近づく。


食事ができそうな店もある。


旅人が休憩している。


ようやくまともな飯が食える。


「ここで昼にしよう」


「うん」


セレーネの返事も早かった。


店へ入る。


中はそれなりに賑わっていた。


冒険者らしい人。


商人。


旅の途中らしい家族。


空いている席を探して座る。


セレーネが店内を見回した。


「何食べる?」


「分からない」


「そりゃそうか」


俺も店員を呼んで、簡単に聞く。


おすすめを二人分。


それと飲み物。


「朝陽」


「ん?」


「甘いもの」


「分かったって」


追加で聞いてみる。


ちょうど焼き菓子があるらしい。


「あるって」


「……そう」


興味なさそうな顔をしている。


でも。


さっきより姿勢が少し良くなった気がする。


「楽しみ?」


「別に」


「じゃあ俺だけ食うか」


「二つ頼んだでしょ」


「聞いてたのかよ」


「聞こえたから」


やっぱり食う気満々じゃないか。


先に料理が来た。


温かいスープ。


肉。


柔らかいパン。


それだけで感動する。


「うま……」


久しぶりのまともな飯だ。


セレーネもパンを一口食べる。


「……柔らかい」


「だろ?」


「うん」


「昨日までのと全然違うだろ」


「同じパンなのに」


「保存用は仕方ないんだよ」


スープも飲む。


身体に染みる。


「うまいなあ……」


「朝陽、嬉しそう」


「何日保存食食ってたと思ってるんだ」


「わたしも同じ」


「セレーネは途中参加だろ」


「そうね」


「俺は行きもあるからな」


忘れてはいけない。


一人で遺跡まで歩いた分もある。


「王都戻ったらしばらく野営したくない」


「わたしも」


「そこは意見合うな」


「お風呂も」


「分かってる」


「ベッド」


「俺も」


「甘いもの」


「今から来るだろ!」


ちょうどその時。


店員が小さな皿を二つ持ってきた。


焼き菓子だ。


甘い香りがする。


セレーネの視線が皿へ向いた。


「ほら」


一つを前へ置く。


「約束の甘いもの」


「……ありがとう」


初めて。


普通に言われた。


「お、おう」


思わず変な返事になる。


「なに?」


「いや。ちゃんとありがとうって言うんだな」


「言うけど」


「いつも別にしか言わないから」


「失礼ね」


怒られた。


セレーネが焼き菓子を一口食べる。


俺はその顔を見る。


「どう?」


「……」


「うまい?」


「普通」


「嘘つけ」


「普通」


もう一口。


さっきより大きい。


「気に入ってるじゃん」


「別に」


「食うの早くなってるぞ」


「うるさい」


「俺のも食う?」


セレーネの手が止まる。


「……いらない」


「今ちょっと迷っただろ」


「迷ってない」


「じゃあ食うわ」


俺が自分の分を持ち上げる。


「……」


視線。


「半分いる?」


「朝陽がいらないなら」


「欲しいって言えよ!」


結局、半分渡した。


食事を終えた後。


せっかくなので少し休んでから出発することにした。


「今日ここ泊まる?」


セレーネが聞く。


「いや」


外を見る。


まだ昼過ぎ。


「ここで泊まると王都着くの一日遅くなるし、もう少し進みたい」


「そう」


「そんな顔すんなって」


「どんな顔?」


「宿に泊まりたかった顔」


「してない」


「明日には王都だから」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶん」


「いや、道に何もなければ!」


信用がない。


でも俺だって王都へ戻りたい。


風呂にも入りたい。


ベッドで寝たい。


ギルドにも顔を出したい。


それに。


背中の大剣。


これも一度ちゃんと考えたい。


「王都着いたら、俺もやりたいことあるしな」


「武器?」


「覚えてた?」


「昨日ずっと話してたから」


「そうだった」


他の武器を試してみる。


今すぐ大剣を捨てるわけじゃない。


ただ、自分に合うものを探す。


それくらいならやってみてもいい。


「セレーネは?」


「何が?」


「王都着いたら何したい?」


少し考える。


「お風呂」


「それ以外」


「甘いもの」


「それ以外!」


「……服?」


「あ」


忘れてた。


俺はセレーネを見る。


今着ている服。


遺跡から出てきた時のままだ。


何日も旅をしている。


「そうだよ。服買わないと」


「これじゃ駄目?」


「駄目じゃないけど、着替えいるだろ」


「そうね」


「あと宿も」


「うん」


「金は……俺が出すしかないか」


「返す」


「え?」


「お金。あとで」


「ああ」


別に返してもらうつもりはなかった。


でも。


「じゃあ、稼げるようになったらな」


「どうやって?」


「……冒険者やる?」


冗談半分で言った。


セレーネが俺を見る。


「冒険者」


「昨日話しただろ。依頼受けて金稼ぐやつ」


「朝陽と同じ?」


「そう」


少し考えている。


「まあ、王都着いてから考えればいいよ」


「そうね」


「記憶戻ったら他に行く場所見つかるかもしれないし」


「……うん」


それで話は終わった。


今すぐ決めることでもない。


店を出る。


再び街道を歩く。


腹いっぱいになったせいで、少し眠い。


「……眠い」


「寝れば?」


「歩きながら?」


「できないの?」


「できるわけないだろ」


「頼りない」


「人間に求める能力じゃない!」


昼飯を食った直後は危険だ。


身体が完全に休む気になっている。


「セレーネ眠くない?」


「少し」


「だよな」


「でも朝陽ほどじゃない」


「俺そんな眠そう?」


「目が半分」


「マジか」


頬を叩く。


起きろ俺。


「歌でも歌うか」


「やめて」


「まだ歌ってないだろ!」


「嫌な予感がした」


「失礼すぎる」


「上手いの?」


「……普通」


「じゃあいい」


「なんでだよ。普通が一番だろ」


「静かな方がいい」


「はいはい」


結局。


歌うのはやめた。


午後の街道は穏やかだった。


魔物も出ない。


天気もいい。


ただ歩く。


たまに人とすれ違う。


遠くに畑が見える。


小さな家がある。


家畜の姿もある。


セレーネが何かを見るたび、俺が今の暮らしについて話す。


税金のことなんて知らない。


政治も詳しくない。


でも。


王都の店。


冒険者ギルド。


宿。


食べ物。


貨幣。


依頼。


俺が半年で覚えた範囲なら話せる。


「王都の門では、一応俺に任せて」


「どうして?」


「セレーネの身分証ないだろ」


「ないわね」


「説明がちょっと面倒だから」


「石になってたって言えば?」


「絶対やめて」


即答した。


「なんで?」


「俺まで面倒なことになる」


禁域の遺跡。


隠し階段。


地下。


石像。


そこから女の子が出てきました。


どう考えても普通の話じゃない。


「とりあえず、記憶が曖昧で身分証もないってところまででいいと思う」


「そう」


「聞かれたら俺が話す」


「分かった」


「変なこと言うなよ?」


「変なこと?」


「石になってたとか」


「本当なのに」


「本当だから困るんだよ」


セレーネは少し考えてから頷いた。


「分かった」


「頼むぞ」


「半年先輩」


「その呼び方やめろ!」


任せて大丈夫だろうか。


日が落ちる少し前。


街道から外れて、最後の野営場所を決めた。


たぶん。


これが王都へ戻るまで最後の野営になる。


「今日で地面ともお別れだ」


寝床を作りながら言う。


「明日も地面だったら?」


「やめろ」


「たぶんなんでしょ」


「着く。絶対着く」


「本当に?」


「着く!」


もう意地だ。


明日は何があっても王都まで行く。


夕食。


今日は焦がさなかった。


「どうだ」


少し自信満々に言ってみる。


セレーネが食べる。


「普通」


「成功ってこと?」


「普通」


「よし」


昨日は苦いと言われた。


普通なら十分だ。


「成長したな、俺」


「一日で?」


「焦がさなくなった」


「低い」


「いいんだよ。小さい成長が大事なんだ」


自分で言いながら。


なんとなく、この半年も同じだった気がした。


剣を振れるようになった。


文字が読めるようになった。


金の使い方を覚えた。


魔物から逃げられるようになった。


一人で宿を取れるようになった。


依頼をこなせるようになった。


全部。


一つ一つなら大したことじゃない。


でも積み重なって。


今は。


誰か一人連れて、禁域から王都まで戻れるくらいにはなった。


「……何?」


セレーネが俺を見る。


「いや」


首を振る。


「半年って結構長かったんだなと思って」


「そう?」


「うん」


少なくとも俺には。


食事を終える。


火のそばで座る。


「明日、王都か」


口にすると。


急に実感が湧いた。


数日前。


俺は一人で王都を出た。


自分のことを知りたかった。


始まりの場所へ戻れば、何か分かると思った。


結局。


答えらしい答えは何もなかった。


それでも。


「セレーネ」


「なに」


「王都、楽しみ?」


「少し」


「お」


珍しく素直だ。


「何が一番?」


「お風呂」


「そこか」


「ベッド」


「分かる」


「甘いもの」


「今日食っただろ!」


「王都のは違うかもしれない」


「もう完全に好きじゃん」


「別に」


「まだ言うのかよ」


笑う。


セレーネも少しだけ笑った。


夜が更ける。


交代で見張りをする。


明日には王都へ戻る。


そうなれば。


この数日続いた二人だけの旅も終わる。


別にセレーネと別れるわけじゃない。


しばらく王都にいると言っていた。


それでも。


少しだけ惜しいと思った。


禁域を歩いて。


保存食に文句を言われて。


野営して。


くだらないことで言い合って。


そんな時間も。


悪くなかった。


「朝陽」


「ん?」


隣から声がする。


「寝ないの?」


「もうちょっとしたら」


「明日歩けなくなる」


「分かってるよ」


「おじいちゃん」


「誰がおじいちゃんだ!」


セレーネが寝袋へ入る。


「おやすみ」


「……おやすみ」


静かになる。


火を見ながら。


俺は一人で少し笑った。


明日。


王都ルイへ帰る。


出てきた時は一人だった。


帰る時は二人。


それだけで。


今回の旅は、無駄じゃなかったと思えた。

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