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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【バルカン王国編】第3章 もう一人の眠り人

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第34話 帰り道

エルダ禁域を抜けてから、景色は少しずつ変わっていった。


頭上を覆っていた木々が減り、遠くまで見渡せる場所が増えていく。


獣道みたいだった道も、しばらく進めば人の手が入った街道へ変わった。


土の上には荷車の轍が残り、道端の草も踏み固められている。


それだけのことなのに、妙に安心した。


「やっと戻ってきた感じするな」


隣を歩くセレーネが俺を見る。


「どこに?」


「人がいるところ」


「まだ誰もいないけど」


「そういう意味じゃなくて」


振り返れば、遠くに深い森が見える。


半年前。


俺はあそこから一人で出てきた。


何も知らなかった。


自分がどこにいるのかも。


どっちへ進めばいいのかも。


魔物がいることすら知らなかった。


今考えると、よく生きて出られたと思う。


「朝陽」


「ん?」


「止まってる」


「あ」


いつの間にか足が止まっていた。


セレーネは少し先まで歩いている。


「ごめん」


追いつく。


「何してたの?」


「ちょっと昔を思い出してた」


「昔?」


「半年前」


「最近じゃない」


「俺にとっては結構昔なんだよ」


この半年で色々ありすぎた。


日本で過ごしていた頃なら、半年なんて大した時間じゃなかったと思う。


学年が変わって。


季節が変わって。


気づけば半年。


そんなものだった。


こっちへ来てからは違う。


初めて魔物を見た。


初めて剣を握った。


初めて魔法を使った。


初めて働いて金を稼いだ。


初めて人が死ぬところも見た。


毎日のように知らないことがあった。


だからなのか。


たった半年なのに、ずいぶん長く感じる。


「ここに来た時、本当に何も知らなかったからさ」


「そう」


「道も分かんないし、金もないし、文字も読めないし」


「大変ね」


「もうちょっと心こもっててもよくない?」


「大変だったのね」


「言い直せばいいってもんじゃないだろ」


セレーネは前を向いた。


気のせいかもしれないけど。


少しだけ楽しんでいるように見える。


「セレーネって意外と性格悪いよな」


「そう?」


「自覚ないのが一番怖い」


「失礼ね」


「ほら。そういう時はちゃんと怒るんだ」


睨まれた。


「……ごめん」


俺が謝ると、セレーネは何も言わずに歩いていく。


でも速度は変わらない。


置いていく気はないらしい。


俺もその隣へ並んだ。


しばらく進むと、向こうから荷馬車がやってきた。


御者の男がこちらを見て、軽く手を上げる。


俺も手を上げ返した。


荷馬車が横を通り過ぎていく。


荷台には木箱がいくつも積まれていた。


「商人かな」


「たぶん」


「王都に行くのかな」


「道が逆」


「……あ」


普通に間違えた。


セレーネが俺を見る。


「半年先輩」


「やめろ」


「何が?」


「その呼び方、絶対馬鹿にしてるだろ」


「してない」


「じゃあなんで今だけ使ったんだよ」


「なんとなく」


「絶対嘘だ」


返事はない。


この数日で、少し分かってきた。


セレーネは無口だ。


自分からべらべら喋ることはほとんどない。


聞いても短い答えが返ってくることが多い。


でも、ずっと暗いわけじゃない。


話しかければ普通に返すし、たまにこうやって人をからかう。


最初に石の中から出てきた時は、もっと近寄りがたい人だと思っていた。


今は。


まあ。


近寄りやすいかと言われると微妙だけど。


少なくとも、ずっと気を遣っていなきゃいけない相手ではなさそうだ。


昼を少し過ぎた頃。


街道から外れた木陰で休憩することにした。


荷物を下ろす。


パンと干し肉を取り出す。


セレーネへ渡す。


受け取ったセレーネがパンを見た。


「……またこれ?」


「ついに文句言ったな」


「硬い」


「保存食なんだから仕方ないだろ」


「昨日も硬かった」


「今日になったら柔らかくなるわけないだろ」


俺もパンをかじる。


うん。


硬い。


知ってる。


王都を出る前に買った時からずっと硬い。


「王都まで我慢してくれ」


「王都なら違うの?」


「もっと色々あるよ。普通のパンもあるし、肉料理もあるし、甘いものもある」


セレーネの手が止まる。


ほんの一瞬。


「甘いもの?」


「食べたい?」


「別に」


「じゃあいいか」


パンを食べる。


「……」


「……」


視線を感じる。


見る。


セレーネがこっちを見ている。


「何?」


「別に」


「……食べたい?」


「朝陽が食べたいなら」


「俺を使うなよ」


「食べないの?」


「食べるけど」


「じゃあ問題ない」


なんだその理屈。


「分かったよ。王都着いたらな」


「そう」


満足したらしい。


分かりにくいようで。


こういうところは案外分かりやすい。


食事を終える。


水を飲んで一息ついたところで、俺は隣に置いた大剣へ目を向けた。


昨日から。


どうしても気になっている。


戦いづらそう。


セレーネに言われた言葉。


大剣が悪いとは思っていない。


半年使ってきた。


何度も助けられた。


ガイウスから教わったことも、この剣を通して覚えた。


間合い。


重心。


相手を見る場所。


攻撃する時と、引く時。


怖くても動くこと。


危なければ逃げること。


俺が冒険者として知っていることの大半は、ガイウスから教えてもらったものだ。


だから。


今まで疑問に思わなかった。


俺は大剣を使う。


そういうものだと思っていた。


「……」


大剣を持ち上げる。


「何してるの?」


「昨日のこと考えてた」


「昨日?」


「戦いづらそうって言っただろ」


「言った」


「やっぱそう見える?」


「見える」


即答。


「早いな」


「聞いたから」


「そうだけどさ」


大剣を膝の上へ置く。


「これ、ガイウスに教えてもらったんだ」


「うん」


「俺が冒険者になったばっかりの頃から」


「その人も大剣を?」


「そう。めちゃくちゃ上手い」


初めて見た時。


俺には、ガイウスの戦い方が完成されたものに見えた。


大きな剣を軽々と振って。


魔物の攻撃を受け止めて。


仲間を守って。


必要なら迷わず前に出る。


格好よかった。


だから俺も真似した。


「最初は剣の握り方すら分かんなかったからさ。ガイウスが使ってるなら俺も、って」


「それで大剣にしたの?」


「うん」


考えてみれば。


自分で選んだというより。


それしか知らなかった。


「別に後悔はしてないけど」


「ならいいんじゃない?」


「……そうなんだよな」


セレーネがパンの残りを口へ入れる。


俺は大剣を見る。


使えないわけじゃない。


むしろ、半年でかなり使えるようになったと思う。


でも。


昨日の戦いを思い返す。


剣を振る。


魔法を使う。


また剣を握る。


大剣を振り切った直後に攻撃されて、戻すのが遅れた。


魔法を撃つために、片手で重い剣を支えた。


今までも同じことは何度もあった。


ただ。


そういうものだと思っていた。


「ガイウスは、あんまり魔法使わないんだよ」


「朝陽は使う」


「うん」


火だけじゃない。


人前では隠しているけど、俺には七つ全部ある。


剣だけで戦う必要はない。


むしろ。


魔法も使えることが、俺の一番大きな強みなのかもしれない。


「……俺、ずっとガイウスの真似してたんだな」


「悪いの?」


「いや」


首を振る。


「むしろ真似してなかったら、とっくに死んでたと思う」


何も知らない俺が、一から全部自分で考えるなんて無理だった。


真似から始めたのは間違っていない。


でも。


「ずっと真似したままでいる必要はないのかも」


口に出してみる。


少しだけ。


しっくりきた。


セレーネは何も言わない。


それでいい。


これは俺が考えることだ。


「王都戻ったら、他の武器も触ってみるかな」


「そう」


「合わなかったら戻せばいいし」


「うん」


「……なんか簡単な話だったな」


昨日からずっと考えていたのが馬鹿みたいだ。


武器を変えたら二度と大剣を使えないわけじゃない。


試して。


違ったら戻す。


それだけだ。


「よし」


大剣を背負う。


「行こう」


セレーネも立ち上がった。


午後になると、街道を通る人が増えた。


荷馬車。


旅人。


冒険者らしい集団。


少し離れた場所には畑も見える。


禁域の中とは完全に別世界だ。


「この辺まで来れば、夜も少し楽になるな」


「どうして?」


「禁域より魔物が少ないし。街道もあるから」


「そう」


「運がよければ宿のある集落にも着けるかも」


「宿」


「ベッドで寝られる」


「……それはいい」


「だろ?」


俺だってそろそろベッドが恋しい。


野営に慣れたとはいえ、好き好んで地面で寝たいわけじゃない。


「風呂も入りたいな」


「お風呂?」


「あるところなら」


「そう」


「セレーネも入りたいだろ」


「入りたい」


珍しく即答した。


「そこは迷わないんだ」


「当たり前でしょ」


「ですよね」


何日も歩いている。


俺も入りたい。


少し進むと、街道沿いに道標が立っていた。


俺は足を止める。


王都ルイへ続く方向と、その途中にある場所までの距離が記されている。


「このままで合ってるな」


横からセレーネも道標を見る。


「王都まで、まだあるのね」


「……読めるの?」


聞いてから。


別におかしなことじゃないかと思い直した。


セレーネが俺を見る。


「読めるけど」


「そっか」


「何?」


「いや。記憶が曖昧でも、文字は覚えてるんだなって」


「……そうみたい」


「じゃあ助かる」


「どうして?」


「俺より読み書き得意だったら、今度教えてもらえる」


「朝陽は読めるんでしょ」


「生活する分には。でも難しい本はまだ時間かかる」


こっちへ来て半年。


日常で使う文字なら困らなくなった。


それでも図書館で古い本なんかを読むと、知らない言葉が出てくる。


「最初は全然読めなかったからな」


「そうなの?」


「日本の文字と全然違うから」


「ニホン」


「俺がいた国」


「昨日聞いた」


「覚えてたか」


「それくらいは」


「……俺より記憶力いいかも」


「半年先輩なのに?」


「それ関係ないだろ」


また言われた。


絶対気に入ってる。


「でも、文字が読めるなら王都でも困ること減りそうだな」


「そう?」


「看板も読めるし、店も分かる。あとは金とか、この辺の決まりくらいか」


「お金」


「ああ」


俺は財布代わりの袋から硬貨を何枚か取り出した。


「これが今使われてる金」


セレーネへ見せる。


手のひらの上の硬貨を、セレーネが見る。


「王都で何か買うなら必要になる」


一枚ずつ簡単に説明する。


価値。


使い方。


どれくらいあれば何が買えるか。


「まあ、細かいのは使ってれば覚えるよ」


「朝陽も?」


「俺なんて最初、相場が分かんなくて酷かったぞ」


「騙された?」


「……ちょっとだけ」


「馬鹿ね」


「最初は分かんないだろ!」


「聞けばいいのに」


「聞ける相手がいなかったんだよ!」


言ってから。


少しだけ昔を思い出す。


あの頃は本当に一人だった。


何をするにも自分で聞いて。


失敗して。


覚えて。


「だからセレーネは得してる」


「何が?」


「俺がいる」


言った。


セレーネがこっちを見る。


「半年分だけだけど、分からないことあったら教えられるから」


「……そう」


「もっと感謝していいぞ」


「調子に乗らないで」


「はい」


即座に潰された。


夕方。


期待していた宿のある場所までは届かなかった。


結局、今日も野営だ。


「……ベッド」


セレーネが呟く。


「俺に言うなよ」


「お風呂」


「俺も入りたいよ」


「甘いもの」


「それは関係ないだろ!」


少し街道から外れた場所を選び、荷物を下ろす。


俺が薪を探そうとすると、セレーネも立ち上がった。


「わたしも行く」


「じゃあ二手に分かれる?」


「いいけど」


「遠く行くなよ」


「朝陽も」


「俺?」


「迷うかもしれない」


「迷わねえよ!」


「そう」


「絶対馬鹿にしてるだろ」


「してない」


もう信じない。


二人で薪を集める。


昨日より早く終わった。


セレーネも普通に乾いた枝を選んで持ってくる。


「結構慣れてる?」


「何が?」


「こういうの」


「どうだろう」


「まあ、できるなら助かる」


火を起こす。


食事の準備も、今日は少し手伝ってもらった。


といっても大したことはしない。


鍋へ水を入れる。


火へかける。


保存食を温める。


それだけ。


「これ入れて」


渡す。


セレーネが鍋へ入れる。


「全部?」


「全部」


「分かった」


「そのまま混ぜて」


「これで?」


「そうそう」


少しして。


「朝陽」


「ん?」


「焦げてる」


「え?」


慌てて鍋を見る。


底が少し焦げていた。


「うわっ、ちょっと待って!」


火から離す。


セレーネが俺を見る。


「先生」


「今それ言うな!」


「半年先輩」


「それもやめろ!」


結局。


少し焦げた夕食になった。


「……苦い」


「ごめんって」


「朝陽が作った」


「セレーネも混ぜてただろ」


「火を見てたのは朝陽」


「うっ」


正論だ。


何も言えない。


「明日は俺がちゃんとやるから」


「今日も朝陽がやったんじゃないの?」


「……」


確かに。


「次は成功する」


「不安」


「信用ないなあ」


「焦げたから」


「一回だけだろ!」


セレーネは少しだけ笑った。


今度は見間違いじゃなかった。


「……笑ったな」


「笑ってない」


「いや、今のは絶対笑った」


「焦げてる」


「話逸らすな!」


でも。


俺も笑ってしまった。


食事を終えた後。


焚き火の前で座る。


今日は昨日より風が弱い。


空には星が見えた。


セレーネも隣に座っている。


「明日は宿あるといいな」


「うん」


「ちゃんとした飯食いたい」


「甘いもの」


「まだ言う?」


「約束した」


「王都着いたらって言っただろ」


「忘れないで」


「忘れないよ」


たぶん。


いや。


絶対忘れないと思う。


ここまで言われたら。


少し黙る。


焚き火が音を立てる。


一人で旅をしていた時。


夜は長かった。


魔物を警戒して。


火を見て。


眠くなったら無理やり起きて。


誰とも話さない。


それが普通だった。


今は違う。


隣に一人いる。


話すことがなくても。


別に気まずくない。


「……なあ」


「なに」


「セレーネは王都着いたらどうしたい?」


聞いてみた。


セレーネが火を見る。


「どうって?」


「その後」


「……分からない」


「そっか」


「朝陽は?」


「俺?」


考える。


王都へ戻る。


ギルドへ顔を出す。


武器を試す。


それから。


本当は。


遺跡へ戻った目的を忘れたわけじゃない。


自分が何者なのか。


どうしてこの世界へ来たのか。


結局、何も分かっていない。


でも。


「もう少し調べると思う」


「何を?」


「自分のこと。この世界のこと」


「そう」


「せっかく戻ったのに、何も分かんなかったからな」


正確には。


何も、ではない。


セレーネを見つけた。


それが何に繋がるのかは分からないけど。


少なくとも、遺跡へ戻った意味はあったと思っている。


「セレーネも、行く場所ないならしばらく王都にいれば?」


「……」


「無理にとは言わないけど」


「朝陽は?」


「俺もいるよ」


「なら」


セレーネが火を見たまま言った。


「しばらくいる」


「そっか」


それだけ。


特別なことは何もなかった。


約束をしたわけでもない。


仲間になろうと言ったわけでもない。


ただ。


行く場所がないから。


俺が王都にいるから。


だから、しばらく一緒にいる。


それくらいだった。


「じゃあ、まず宿だな」


「お風呂」


「分かってる」


「甘いもの」


「それも分かってる!」


「忘れないで」


「何回言うんだよ!」


セレーネが少しだけ笑う。


俺も笑った。


一人で出た旅だった。


自分のことを知るために、始まりの場所へ戻った。


答えは見つからなかった。


代わりに一人増えた。


それから何日か。


歩いて。


飯を食って。


くだらない話をして。


気づけば。


一人だった帰り道は、もうすっかり二人の旅になっていた。

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