↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【バルカン王国編】第3章 もう一人の眠り人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/89

第32話 消えない傷

「……朝」


声が聞こえた。


「ん……」


「朝陽」


「……あと五分」


「知らない」


「……」


肩を揺すられた。


仕方なく目を開ける。


最初に見えたのは、朝の薄い光。


次に見えたのは、俺を見下ろしているセレーネの顔だった。


「……おはよう」


「おはよう」


「起こしてくれた?」


「交代」


「交代?」


何の話だ。


寝ぼけた頭で考えて、ようやく思い出した。


見張りだ。


「……あ」


俺は身体を起こした。


「ごめん。寝すぎた?」


「少し」


「マジか……」


やらかした。


昨日、俺が先に見張りをして、途中でセレーネと交代した。


そのまま朝まで寝てしまったらしい。


「起こしてくれればよかったのに」


「起こした」


「え?」


「二回」


「……ごめんなさい」


全然覚えていない。


セレーネはそれ以上何も言わず、焚き火の跡へ目を向けた。


怒ってはいない、と思う。


たぶん。


まだこの人の表情がよく分からない。


「魔物とか来なかった?」


「来てない」


「何か変な音は?」


「してない」


「そっか」


立ち上がり、身体を伸ばす。


少し冷える。


森の朝は王都より気温が低い。


「じゃあ、飯食って出よう。今日中に禁域は抜けたいし」


「……うん」


荷物から朝食を出す。


昨日とほとんど同じものだ。


パンと干した肉。


セレーネへ渡すと、今度は何も聞かずに食べ始めた。


「慣れた?」


「何が?」


「それ」


パンを指す。


「普通」


「昨日も聞いたな、それ」


「聞いた」


「もうちょっとこう、感想とかない?」


セレーネがパンを見る。


しばらく考える。


「……硬い」


「そうなんだよ」


やっと感想が出た。


「王都に戻ったらもっと美味いものあるから」


「そう」


「肉料理とか、スープとか。パンももっと柔らかいし」


「ふうん」


「甘いものもある」


その時。


セレーネの視線が少しだけこっちへ向いた。


「……甘いもの?」


「ん?」


「あるの?」


「あるけど」


「そう」


それだけ言って、またパンを食べ始める。


「……好きなの?」


「別に」


「いや、今ちょっと食いついただろ」


「食いついてない」


「昨日から思ってたけど、セレーネって結構分かりやす――」


睨まれた。


「……なんでもないです」


怖い。


でも。


少し面白い。


昨日出会ったばかりなのに、最初よりずっと話しやすくなっている。


相変わらず何を考えているのかは分からない。


それでも、ずっと無表情なわけじゃない。


ほんの少しだけ視線が動いたり。


気に入らないことがあると眉が動いたり。


分かりにくいだけで、ちゃんと感情はある。


当たり前だけど。


「何笑ってるの」


「笑ってない」


「笑ってた」


「気のせい」


昨日の仕返しだ。


セレーネがじっと俺を見る。


「……馬鹿みたい」


「ひどくない?」


返事はなかった。


でも、やっぱり。


ほんの少しだけ、口元が動いた気がした。


朝食を終え、俺たちは森を進んだ。


昨日より歩きやすい。


セレーネの体調に問題がなさそうだと分かったから、俺も何度も振り返らなくなった。


というより。


「……速くない?」


「そう?」


「そうだよ」


普通についてくる。


俺だってこの半年で相当歩き慣れた。


冒険者になってから、長距離を歩くことなんて珍しくない。


森の中を進むのにも慣れた。


なのにセレーネは、昨日目を覚ましたばかりとは思えない足取りで歩いている。


木の根を避けるのも自然だ。


足場の悪い場所でもほとんど迷わない。


「本当に何も覚えてない?」


「……覚えてない」


「身体は覚えてるとか?」


セレーネが俺を見る。


「何が?」


「いや、俺も似たようなことがあったから」


言ってから、あの時のことを思い出した。


蒼牙狼。


身体が固まった。


死ぬと思った。


それなのに最後の瞬間、考えるより先に身体が動いた。


今でもよく分からない。


結局、異世界に来た影響か何かだろうと勝手に納得している。


「俺もさ、前に戦ってる時、考えてないのに身体が勝手に動いたことがあって」


セレーネの足が止まった。


「……勝手に?」


「うん」


「どういうふうに?」


珍しい。


セレーネの方から聞き返してきた。


「どうって言われても……」


俺も立ち止まる。


「攻撃されて、避けないと死ぬって時に、気づいたら避けてたっていうか」


「……」


「自分ではやったことない動きだったと思う。でも身体だけ知ってたみたいな」


セレーネは黙った。


「変だよな」


「……そうね」


「まあ、異世界に来たせいかなって思ってるけど」


「異世界に来ると、そうなるの?」


「知らない」


「……」


「そんな顔すんなよ。俺だって分かんないんだから」


セレーネは何も言わなかった。


ただ。


さっきより少し長く、俺のことを見ていた。


「なに?」


「……別に」


またそれだ。


歩き出す。


俺も後を追った。


昼前。


森を進んでいると、小さな沢に出た。


「ここで休もう」


水場がある。


休憩にはちょうどいい。


周囲を確認してから荷物を下ろし、水筒へ水を補充する。


セレーネは沢の近くへしゃがみ込んだ。


水面を見ている。


「飲むなら一応気をつけて。上流に何があるか分からないから」


「分かった」


「煮沸した方が安全だと思う」


「……あなた、細かいわね」


「死にたくないから」


「そう」


「ガイウスにも散々言われたし」


「ガイウス?」


「ああ。冒険者の先輩」


「冒険者」


「昨日説明してなかったっけ」


「聞いてない」


「じゃあ、それも説明するか」


俺は沢の近くに腰を下ろした。


「王都に冒険者ギルドっていうところがあって――」


そこから、簡単に説明した。


依頼を受けること。


魔物を討伐すること。


薬草を採ったり、荷物を運んだり、いろんな仕事があること。


ランクがあること。


俺は今Dランクで、もうすぐCランクに上がれそうだったこと。


「上がらなかったの?」


「ん?」


「もうすぐだったんでしょ」


「ああ」


少し笑う。


「こっち来ちゃったから」


「どうして?」


「自分のこと調べたかったから」


セレーネが黙る。


「ランクは後でも上げられるけど、自分が何者なのか分からないままなのが、ちょっと嫌になってきてさ」


「……何者」


「うん」


口にすると、改めて変な話だ。


自分が誰かなんて分かっている。


真白朝陽。


十七歳。


高校生。


日本で生まれて、日本で育った。


両親もいる。


友達もいた。


そこは覚えている。


なのに。


どうしてこの世界にいるのか。


どうしてあの遺跡で目を覚ましたのか。


どうして七属性全部の魔法が使えるのか。


どうして身体が知らない動きをするのか。


そこだけが分からない。


「俺は俺なんだけどな」


自分でも妙な言い方だと思った。


「真白朝陽っていうのは分かってる。でも、なんでここにいるのかが分からない」


セレーネは何も言わない。


「だから戻ってきた」


「……それで」


「セレーネを見つけた」


目が合う。


「余計分かんなくなったけど」


「……ごめん」


「いや、なんで謝るんだよ」


思わず笑った。


「セレーネのせいじゃないだろ」


「そう」


「むしろ手がかりが増えたと思ってる」


「わたしが?」


「うん」


「何も覚えてないのに?」


「それでも」


だって。


俺の名前を知っていた。


あれだけは間違いない。


「そのうち何か思い出すかもしれないし」


「……」


「俺のことも、セレーネのことも」


セレーネは俺を見ていた。


少しだけ。


いつもより長く。


それから視線を沢へ落とした。


「……そうね」


小さな声だった。


休憩を終えて立ち上がる。


水筒を腰へ戻し、大剣を背負い直した。


「行こう」


「待って」


「ん?」


呼び止められた。


セレーネが俺を見ている。


正確には。


俺の顔を見ていた。


「どうした?」


「……それ」


「それ?」


セレーネが自分の目元を指した。


「傷」


「ああ、これ?」


無意識に自分の顔へ触れる。


片目の近くを跨ぐ傷。


こっちへ来た時からあったものだ。


普段はもう気にしていない。


「どうしたの?」


「え?」


「その傷」


「どうしたって……」


聞かれて困る。


俺自身、はっきり覚えていない。


「いつできたのか分かんないんだよ」


「……分からない?」


「うん」


セレーネの目が、ほんの少し細くなった。


「こっちに来る直前、駅で事故に遭ったみたいでさ」


「駅?」


「ああ、日本にある……」


説明しようとして止まる。


電車から説明しないと無理だ。


「まあ、人がたくさん使う場所」


雑すぎる。


「そこで何かあったみたいなんだけど、その時のことだけ記憶が曖昧なんだ」


「……」


「たぶん、その時についたんじゃないかな」


セレーネは俺の傷を見たまま、動かなかった。


「セレーネ?」


「……なに」


「いや、ずっと見てるから」


視線が逸れた。


「別に」


「傷、気になる?」


「少し」


珍しく素直だ。


「そんな変?」


「……」


答えない。


「結構目立つのは分かってるけど」


「そうじゃない」


「じゃあ何?」


「……知らない」


「知らないって」


まただ。


セレーネは先に歩き出した。


「ちょっと待てよ」


追いかける。


「気になる言い方して終わるのやめてくれない?」


「知らないものは知らない」


「でも今、絶対何か――」


「朝陽」


「ん?」


セレーネが止まった。


振り返る。


「前」


「え?」


反射的に前を向いた。


木の枝が顔のすぐそこまで迫っていた。


「うおっ」


慌てて避ける。


危なかった。


あと少しで顔面から突っ込んでいた。


「……」


セレーネが見ている。


「今笑っただろ」


「笑ってない」


「絶対笑った!」


「前見て歩かないから」


「セレーネが変なこと言うからだろ!」


「知らない」


「便利だな、その言葉!」


セレーネはさっさと歩いていく。


俺も後を追った。


結局。


傷について何が気になったのかは聞けなかった。


俺にとっては、ただの傷だ。


この世界へ来る直前にできた。


そう思っていたし、それ以上深く考えたこともなかった。


だから。


セレーネがどうしてあんな目で見ていたのか。


この時の俺には、分かるはずもなかった。


午後になると、森の様子が少し変わってきた。


来た時にも通った場所だ。


禁域の外縁が近い。


「もう少しで、この辺は抜けると思う」


「そう」


「そこから王都まではまだあるけどな」


「どれくらい?」


「数日」


セレーネが止まった。


「……数日?」


「うん」


「遠い」


「今さら?」


「聞いてない」


「言ってなかったっけ」


「聞いてない」


「ごめん」


少し考える。


確かに。


俺は王都へ行くとは言ったけど、距離までは説明していなかった。


「嫌なら途中で休む回数増やすけど」


「別に」


「またそれ」


「歩ける」


「じゃあ大丈夫か」


セレーネが歩き出す。


俺も続く。


「王都着いたら、まず服かな」


「服?」


「その格好のままは目立つだろうし」


セレーネが自分の服を見る。


「変?」


「変っていうか……古そう」


言ってから。


セレーネの目が冷たくなった。


「あ、いや、ボロいって意味じゃなくて」


「……」


「なんていうか、その……珍しい?」


「……そう」


「ごめん」


なぜ謝っているんだ俺は。


「あと宿もどうするかな」


「宿?」


「俺が泊まってるところ。とりあえず王都に着いたら――」


そこまで言って、気づいた。


同じ宿に連れていくとして。


部屋はどうする?


当然別だよな。


金は俺が払うとして。


いや待て。


そもそもセレーネ、金持ってるのか?


たぶん持ってない。


石像だったし。


身分証もないだろう。


王都に入る時は?


「……あれ?」


「なに」


「結構問題あるかも」


「何が?」


「セレーネ、身分証ある?」


「身分証?」


「ないよな……」


頭を抱える。


完全に考えてなかった。


見つけた。


連れて帰る。


そこまでしか考えていなかった。


「どうしよう」


「入れないの?」


「いや、たぶん何とかなるとは思うけど……説明がな」


禁域の古代遺跡の地下で石になってました。


触ったら人間に戻りました。


記憶喪失です。


誰が信じるんだ。


俺でも怪しいと思う。


「正直に言ったら、俺まで捕まりそうだな……」


「そうなの?」


「分かんないけど」


「……頼りない」


「うるさいな!」


思わず声が大きくなる。


「半年先輩じゃなかったの?」


「半年で何でもできるようになるわけじゃないんだよ!」


「ふうん」


「その顔やめろ」


「どの顔?」


「ちょっと馬鹿にしてる顔」


「してない」


「してるだろ!」


こんな会話をしながら歩いていると、不思議だった。


昨日まで知らなかった相手。


何者なのかも分からない。


俺の名前を知っていた理由も分からない。


それなのに。


一人で王都を出た時より。


帰り道は、少しだけ短く感じた。


夕方。


禁域を抜ける前に、もう一度野営することにした。


俺が薪を集め、セレーネが近くに落ちていた枝を運ぶ。


「それ湿ってる」


「……これ?」


「燃えにくいと思う」


セレーネが枝を見る。


捨てる。


「こっちの乾いてるやつ」


「分かった」


素直だ。


「セレーネって野営したことないの?」


「分からない」


「まあ、そうだよな」


記憶がない。


聞くたびに同じところへ戻る。


でも。


変な感じだ。


歩き方は慣れている。


見張りも普通にできた。


森を怖がっている様子もない。


なのに、こういう細かいことは知らないように見える。


本当に記憶が抜けているだけなんだろうか。


「朝陽」


「ん?」


「これ」


振り返る。


セレーネが乾いた枝を持っている。


「それなら大丈夫」


「そう」


持ってくる。


俺は受け取った。


「ありがと」


「……」


セレーネは何も言わなかった。


そのまま、また枝を探しに行く。


少しずつ。


本当に少しずつだけど。


一緒に何かをすることが増えている。


俺は火を起こしながら、その背中を見た。


自分のことを知るために戻った場所で。


自分以上に何も分からない人を拾った。


なんというか。


「……変なの」


思わず笑う。


遠くから声が返ってきた。


「聞こえてる」


「ごめん!」


地獄耳か。


夜。


昨日と同じように、火を挟んで座った。


セレーネがパンを食べている。


俺も食べる。


「硬い?」


聞いてみる。


セレーネが俺を見る。


「硬い」


「だよな」


少し笑った。


今度は。


セレーネの口元も、ほんの少しだけ動いた。


見間違いじゃない。


たぶん。


「やっぱ笑った」


「笑ってない」


「いや、今のは絶対――」


「うるさい」


「はいはい」


追及するのはやめた。


火が揺れる。


森は静かだ。


明日には禁域を抜けられる。


その先には、人の暮らす場所がある。


そして王都へ戻れば。


俺の日常へ戻る。


ただ。


出てきた時と同じ日常には、たぶんならない。


一人で出てきて。


二人で帰る。


それだけでもう、何かが変わっている。


俺は向かいに座るセレーネを見る。


その視線が、俺の顔。


正確には、目元の傷へ一瞬だけ向いた。


「……」


まただ。


でも今度は何も聞かなかった。


俺も聞かなかった。


聞いたところで。


きっとまた。


知らない。


そう言われる気がしたから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。