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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【バルカン王国編】第2章 異世界で生きる

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第23話 次の日

 次の日。


 目が覚めた瞬間、昨日のことを思い出した。


 夢だったらいいのに、なんてことは思わなかった。


 そんな都合のいい期待をする前に、身体が覚えていた。


 重い。


 眠ったはずなのに、全然休めた気がしない。


 しばらく天井を見つめてから、横を見る。


 机の上には、昨日置いた大剣がある。


 手入れはした。


 ガイウスに教わった通り、宿へ戻ってからちゃんとやった。


 何も考えたくなかったから、むしろ助かった。


 汚れを落としている間だけは、目の前の作業に集中できた。


「…………」


 起きる。


 顔を洗う。


 着替える。


 腹は減っていなかった。


 それでも何か食べた方がいいと思って、外へ出た。


 いつもの王都だった。


 朝から荷車が走っている。


 店を開ける人がいる。


 眠そうに歩く人がいる。


 どこかから飯の匂いがする。


 昨日と何も変わらない。


 当たり前だ。


 一人の冒険者が死んだからって、王都中の時間が止まるわけじゃない。


 分かっている。


 分かっているけど。


「……変な感じだな」


 呟いても、誰も聞いていなかった。


 ◇


 結局、ギルドの前まで来てしまった。


 依頼を受けるつもりはなかった。


 じゃあ何をしに来たのかと聞かれても、自分でもよく分からない。


 扉の前で少し立ち止まる。


 昨日はここから帰った。


 一人少ない《ブレイヴ》と一緒に。


 入りたくない。


 そう思った。


 でも。


 このまま宿へ戻るのも違う気がした。


「……よし」


 扉を開ける。


 中はいつも通りだった。


 依頼を探している冒険者がいる。


 朝から飯を食っている人もいる。


 受付では職員が働いている。


 笑い声だって聞こえた。


 昨日の静けさはもう残っていない。


 入口に立ったまま周囲を見ていると、受付の人と目が合った。


「朝陽さん」


「……おはようございます」


「おはようございます」


 いつもと同じ挨拶だった。


 それが少しありがたかった。


「今日は依頼ですか?」


「いや……まだ決めてなくて」


「そうですか」


 それだけ。


 昨日のことを聞かれなかった。


 大丈夫ですか、とも言われなかった。


 俺が何か言うのを待っているようにも見えたけれど、結局何も言えなかった。


「ガイウスたちは?」


「まだ来ていません」


「そっか」


 何となく、いつものテーブルを見る。


 空いている。


 座ろうかと思った。


 でも。


 昨日まで誰かが座っていた場所を見た瞬間、足が止まった。


「…………」


 そこだけ。


 妙に空いて見えた。


「朝陽さん」


「はい」


「無理に依頼を受けなくても大丈夫ですよ」


「……分かりやすいですか?」


「少し」


 苦笑する。


「俺、冒険者向いてないのかな」


 口に出してから、自分でも驚いた。


 そんなことを聞くつもりじゃなかった。


 受付の人も少し考えてから答えた。


「私には分かりません」


「そこは励ましてくれないんですね」


「向いているかどうかを決めるのは、私ではありませんから」


「……確かに」


「ただ」


 受付の人が俺を見る。


「今日ここへ来たことは、悪いことではないと思います」


「…………」


「依頼を受けなくても、です」


 少しだけ。


 肩の力が抜けた。


「じゃあ今日は何もしないで帰ろうかな」


「それでも構いませんよ」


「本当に?」


「冒険者は毎日依頼を受けなければならない仕事ではありません」


「それ、最初に教えてほしかった」


「聞かれませんでしたから」


「強い」


 ちょっと笑った。


 久しぶりに笑った気がした。


 昨日も笑ったはずなのに。


 ずっと前みたいに感じる。


「朝陽」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 ガイウスだった。


「……おはよう」


「おう」


 いつも通り。


 でも。


 《ブレイヴ》の人数が一人少ない。


 見れば分かる。


 当たり前なのに。


 胸が詰まった。


「何してんだ?」


「何も」


「何だそりゃ」


「依頼受けようかなって思って来たけど、やっぱ今日はやめようかなって」


「そうか」


 ガイウスはそれ以上聞かなかった。


「ガイウスは?」


「俺らも今日は休みだ」


「……そっか」


「飯食ったか?」


「まだ」


「なら食うぞ」


「朝から?」


「朝だから食うんだろ」


 そう言われて。


 俺はそのままついていった。


 ◇


 食欲はなかった。


 でも、食べ始めれば意外と入った。


「食えるじゃねえか」


「自分でもびっくりしてる」


「食える時は食っとけ」


「うん」


 ガイウスも普通に食べている。


 他の《ブレイヴ》の仲間もいる。


 会話は少なかった。


 誰も昨日の話をしない。


 だから俺も黙っていた。


 でも。


 気になって仕方なかった。


「……なあ」


「あ?」


 ガイウスが顔を上げる。


「昨日の人」


 空気が少し止まった。


 俺は続ける。


「どうなるの?」


「どうなるって?」


「その……」


 言い方が分からない。


「家族とか」


 ガイウスが少し黙る。


「必要なことはギルドが進める」


「そっか」


「俺らもできることはする」


「……うん」


 それ以上、細かいことを聞く気にはなれなかった。


 俺は皿を見る。


「俺さ」


「おう」


「名前、知らなかった」


 昨日から。


 ずっと引っかかっていた。


「何回も一緒に依頼行ったのに」


「…………」


「話もしたし。助けてもらったし。昨日だって朝から喋ってた」


 なのに。


 名前を知らない。


 聞こうと思えば、いつでも聞けた。


 別に仲が悪かったわけじゃない。


 ただ。


 いつもそこにいるから。


 次も会うと思っていたから。


「俺、あの人のこと全然知らない」


 ガイウスはすぐには答えなかった。


 やがて、手にしていたものを置く。


「全部知る必要なんかねえよ」


「でも」


「朝陽」


 いつもの豪快な声じゃない。


「お前があいつと一緒に依頼へ行ったことも、助けてもらったことも、昨日話したことも、なくならねえ」


「…………」


「名前知ってるかどうかだけで決まるもんじゃねえだろ」


「……うん」


「それに」


 ガイウスが少しだけ笑った。


「あいつ、お前のこと結構気に入ってたぞ」


「本当?」


「ガイウスの真似ばっかしてるガキって」


「悪口じゃん」


「褒めてた褒めてた」


「絶対嘘だろ」


「どうだろうな」


 笑った。


 ほんの少しだけ。


 それで。


 昨日、道を歩きながら話していた時の顔を思い出した。


 二か月でDなら十分早い。


 そう言っていた。


「……覚えとく」


「それでいい」


 ガイウスはまた食べ始めた。


 ◇


 その日は結局、依頼を受けなかった。


 昼過ぎまで王都を歩いた。


 目的はない。


 中央市場を覗いた。


 何も買わなかった。


 王立図書館の前まで行ったけれど、中には入らなかった。


 魔法の練習もしなかった。


 こんな日があってもいい。


 受付の人に言われたからというわけじゃない。


 たぶん。


 今の俺には必要だった。


 夕方。


 何となく大剣を持って王都の外へ出た。


 魔物を探すつもりはない。


 人の少ない場所まで歩いて、大剣を抜く。


 構える。


 振る。


 一回。


 もう一回。


 ガイウスに教わった通り。


 足。


 腰。


 肩。


 腕。


 大剣の重さを使う。


「…………」


 昨日の光景が浮かぶ。


 手が止まった。


 無理に続けようとして。


 やめた。


「……怖いな」


 誰もいないから、素直に言えた。


 魔物と戦うのが。


 怖い。


 また誰かが死ぬのを見るのが。


 もっと怖い。


 俺自身が死ぬのも。


 怖い。


 昨日までも分かっていたはずだった。


 この世界には魔物がいる。


 冒険者は危険な仕事だ。


 死ぬことだってある。


 全部、知識としては知っていた。


 でも。


 知っているのと。


 目の前で見るのは。


 全然違った。


「…………」


 大剣を見る。


 このまま冒険者をやめる。


 そういう選択肢だってある。


 Dランクになったから続けなければならないわけじゃない。


 別の仕事を探せばいい。


 危険な依頼を受けずに生きることもできる。


 それでいいじゃないか。


 日本へ帰る方法を探すだけなら、魔物と戦う必要なんて――


「……本当に?」


 自分で口にして。


 止まった。


 この世界のことを知りたい。


 王都の外へ出て。


 初めて見る場所へ行って。


 知らないものを見て。


 いつの間にか。


 そう思うようになっていた。


 日本へ帰りたい。


 それは変わらない。


 でも。


 それだけじゃなくなっている。


「……やめたくないな」


 答えは。


 思ったより簡単に出た。


 怖い。


 それでも。


 やめたくない。


 だったら。


「死なないようにするしかないか」


 言ってから。


 ガイウスみたいだなと思った。


「……影響されすぎだろ、俺」


 少し笑う。


 大剣を構え直す。


 今度は。


 ゆっくり振った。


 速くなくていい。


 強くなくていい。


 まず。


 ちゃんと扱えるようになる。


 一回。


 もう一回。


 失敗する。


 考える。


 直す。


 また振る。


 何度も。


 何度も。


 気づけば日が傾いていた。


 ◇


「お前、昨日休んだと思ったら何してんだ」


 翌朝。


 ギルドへ入った瞬間、ガイウスに言われた。


「何が?」


「腕」


「……あ」


 筋肉痛。


「大剣振ってた」


「休めっつっただろ」


「依頼は休んだ」


「そういう意味じゃねえ」


「でも身体動かした方が楽だったんだよ」


「ったく……」


 ガイウスが呆れた顔をする。


「で?」


「何が?」


「今日はどうすんだ」


 依頼掲示を見る。


 採取。


 運搬。


 素材回収。


 討伐。


 色々ある。


 昨日なら。


 討伐の文字を見ただけで目を逸らしたと思う。


 今日は。


 まだ怖い。


 でも。


 見られる。


「ガイウス」


「あ?」


「今日、一緒に行っていい?」


「どれに」


「そっちが受けるやつ」


「内容も聞かずに言うな」


「じゃあ何受けるの?」


「先にそれを聞け」


「面倒くさいなあ」


「お前な」


 いつもの調子。


 少しだけ。


 戻ってきた気がした。


 ガイウスが依頼を一つ指す。


 内容を読む。


 危険度。


 場所。


 対象。


 今の俺でも。


 たぶん行ける。


「どうする?」


 聞かれる。


 俺は少し考えた。


 昨日のことを思い出す。


 怖い。


 それでいい。


「行く」


 答えた。


「無理だと思ったら逃げるけど」


「上等」


 ガイウスが笑った。


 俺も。


 少し笑った。


 冒険者は。


 生きて帰って初めて仕事になる。


 その意味を。


 俺はようやく。


 自分の言葉として理解し始めていた。

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