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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【バルカン王国編】第2章 異世界で生きる

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19/89

第19話 大剣

 合同討伐から戻った翌日。


 俺は王立図書館にいた。


 目の前に開いているのは、火属性の魔法について書かれた本だ。


 昨日の帰り道で決めた通り、まずは《イグニス》の次――E級魔法を覚えるつもりだった。


「《ファイアボール》……」


 火球を飛ばす、初歩的な攻撃魔法。


 説明だけ読めば単純だ。


 《イグニス》がその場に小さな火を生み出す魔法なら、《ファイアボール》は生み出した火属性の魔力を球状にまとめ、それを前方へ放つ。


 問題は、その「まとめて放つ」という部分だった。


「簡単に書いてるけど、これ絶対難しいだろ」


 本を読みながら、昨日の戦いを思い返す。


 もし《ファイアボール》が使えていたら、俺もハウンドウルフを倒せただろうか。


 少なくとも、《イグニス》で驚かせるだけよりは役に立ったはずだ。


 だから覚えたい。


 ……のだが。


「魔法だけでいいのかな」


 昨日の戦いでは、ガイウスたちは武器を使っていた。


 特にガイウス。


 あの大剣。


 飛びかかってきたハウンドウルフを、ぎりぎりまで引きつけて一撃。


 俺なら避けるだけで精一杯だった。


 それを、避けながら攻撃していた。


 もちろん経験が違う。


 分かっている。


 でも、俺だっていつまでも後ろから《イグニス》を出しているだけというわけにはいかない。


「武器か……」


 昨日の帰りに言われたことを思い出した。


 できないことは覚える。


 知らないなら教わる。


「……ガイウスに聞いてみるか」


 本を閉じた。


 ◇


 問題は、ガイウスがどこにいるのか知らないことだった。


「そういえば連絡先とかないんだった」


 ギルドへ向かいながらスマホを取り出し、すぐにしまう。


 癖で触ってしまった。


 もちろん圏外。


 バッテリーもほとんど残っていない。


「電話って便利だったんだな……」


 こっちへ来てから何度目か分からない感想を呟きながら、ギルドへ入る。


 受付で聞けば分かるかもしれない。


 そう思ったのだが。


「あ」


「おう」


 いた。


 普通に。


 ガイウスは仲間たちとテーブルを囲んでいた。


「ちょうどよかった」


「何だ。俺に会いに来たのか?」


「うん」


「気持ち悪いな」


「何でだよ」


 昨日も似たようなことを言われた気がする。


「聞きたいことがあって」


「金なら貸さねえぞ」


「違う」


「酒なら奢らねえ」


「それも違う」


「女の口説き方なら――」


「絶対聞かない」


 周りの《ブレイヴ》の面々が笑う。


 昨日一緒に戦ったことで、少しだけこの輪に入りやすくなった気がした。


「で、何だよ」


「武器」


 ガイウスの目が少し変わった。


「使えるようになりたい」


「ほう」


「昨日思ったんだ。《イグニス》だけじゃ、できること少なすぎるし」


「そりゃそうだ」


「魔法も覚える。でも、それとは別に武器も使えた方がいいかなって」


「で?」


「教えて」


「何を」


「武器」


「広いな」


「じゃあ……」


 視線が自然と、ガイウスの大剣へ向かう。


「それ」


「これか?」


「うん」


 ガイウスが大剣を軽く叩いた。


「大剣使いたいのか?」


「昨日見てて、強そうだったから」


「理由がガキだな」


「十七なんだけど」


「十分ガキだろ」


「八歳しか変わらないじゃん」


「その八年で何回死にかけたと思ってんだ」


「そんなに?」


「数えてねえ」


 笑っている。


 でも、たぶん冗談ではない。


「まあいい」


 ガイウスが立ち上がった。


「ちょっと持ってみろ」


「ここで?」


「振らなきゃいい」


 背中から大剣を外し、俺へ差し出す。


「ほら」


「……高そうだから落としたらごめん」


「落としたら殴る」


「先に言わないでよ」


 両手で受け取る。


「――重っ!」


 腕が一気に下がった。


「ちょ、待って!」


「落とすなよ」


「無理無理無理!」


 慌てて持ち直す。


 重い。


 武器屋で触った剣とは全然違う。


 こんなものを昨日、あの速度で振っていたのか。


「これ何キロあるの?」


「知らん」


「知らないの!?」


「武器の重さ量ってどうすんだよ」


「いや気になるだろ普通!」


「俺は気にならん」


 筋肉の差か。


「これ振るの?」


「俺はな」


「無理だろ……」


「じゃあやめるか?」


 そう言われると。


「……やる」


「どっちだよ」


「やってみてから決める」


「よし」


 ガイウスが笑った。


「そういうのは嫌いじゃねえ」


 ◇


 王都の外へ出た。


 討伐へ向かうわけではない。


 今日は大剣の扱いを教わるだけだ。


 ガイウスが用意した大剣を持って歩くだけで、すでに腕が疲れている。


「これ、本当に初心者向け?」


「大剣自体が初心者向けかどうかなんて知らん」


「そこ考えてよ」


「使いたいっつったのお前だろ」


「そうだけどさ」


 開けた場所まで来ると、ガイウスが止まった。


「じゃあ振ってみろ」


「いきなり?」


「お前が今どう振るか見ねえと教えようがない」


「なるほど」


 言われた通りにする。


 両手で柄を握る。


 持ち上げる。


「……っ」


 重い。


 でも持てないほどじゃない。


 頭の上まで持ち上げて。


「ふっ!」


 振り下ろす。


 刃が地面へ落ちる。


「…………」


「…………」


「どう?」


「ひでえな」


「知ってた」


 ガイウスが笑う。


「腕だけで振ってる」


「だって剣って腕で振るもんじゃないの?」


「その大きさを腕だけで振ってたら、十回もやらねえうちに動けなくなるぞ」


「じゃあどうするの」


「見てろ」


 ガイウスが自分の大剣を抜く。


 構える。


 俺は黙って見る。


「大剣は重い」


「うん」


「だから重さを邪魔だと思うな。使え」


「使う?」


「自分で全部動かそうとするから疲れんだよ」


 ガイウスが一度、大剣を振った。


 風が鳴る。


「……速」


 昨日の戦闘でも見た。


 でも今は、敵がいない。


 だから動きそのものを見られる。


 腕。


 肩。


 腰。


 脚。


「もう一回やって」


「あ?」


「今の」


「いいぞ」


 二回目。


 見る。


 腕からじゃない。


 足。


 踏む。


 腰が動く。


 そのあと肩。


 腕。


 剣。


「……もう一回」


「おう」


 三回目。


 同じ。


 いや。


 少し違う?


 剣を持ち上げる時と、落とす時。


 全部に力を入れてるわけじゃない。


「……なるほど」


「何か分かったか?」


「たぶん」


 自分の大剣を持つ。


 さっきと同じように構える。


「足」


 地面を踏む。


 腰。


 回す。


 腕は。


 最後。


「ふっ!」


 振る。


 さっきより。


 速い。


「お?」


 でも止められない。


「うわっ!」


 剣に身体を持っていかれた。


 よろける。


「危なっ!」


 どうにか踏ん張る。


 ガイウスが笑い出した。


「何だよ!」


「いや、悪い悪い」


「絶対悪いと思ってないだろ」


「でも今の方がずっとマシだ」


「本当?」


「ああ。ただ剣に振られてる」


「それ駄目じゃん」


「最初よりはな」


 ガイウスが近づいてくる。


「足広げろ」


「こう?」


「広すぎ」


「じゃあこれ」


「今度は狭い」


「めんどくさ」


「帰るか?」


「やります」


「よし」


 足の位置を直される。


「膝固めんな」


「うん」


「腰落とせ」


「これくらい?」


「もうちょい」


「きつい」


「弱音早えな」


「初心者なんだから優しくしてよ」


「戦ってる時に敵が優しくしてくれんのか?」


「それ言われたら何も言えない」


「ならやれ」


「はい」


 もう一度。


 振る。


 失敗。


 また。


 振る。


 今度は剣先がぶれる。


「握りすぎだ」


「握らないと飛んでいきそうなんだけど」


「ずっと全力で握るな」


「難しいな……」


 もう一度。


 何度か繰り返すうちに、手のひらが痛くなってきた。


 腕も重い。


 息も上がる。


「ちょっと休憩」


「早いぞ」


「うるさい」


 地面に座り込む。


 ガイウスは平然としている。


「これ毎日やってんの?」


「まあな」


「化け物じゃん」


「慣れだ、慣れ」


「俺もそうなる?」


「続けりゃな」


「何年?」


「知らん」


「適当だなあ」


 水を飲みながら、さっきの動きを思い返す。


 ガイウス。


 俺。


 違い。


 腕の力だけじゃない。


 足。


 腰。


 重心。


 剣の重さ。


「…………」


 何となく。


 もう一回やりたくなった。


「休憩終わり」


「早えな」


「今ちょっと分かった気がする」


「そうか?」


 立ち上がる。


 大剣を握る。


 今度は振る前に、自分の身体を確認する。


 足。


 膝。


 腰。


 肩。


 腕。


 それから剣。


「…………」


 全部を一緒に動かそうとするから駄目なのか。


 順番。


 地面から。


 力が上がってくる。


 それを。


 剣へ。


「ふっ!」


 振り下ろす。


 風。


 鳴った。


「…………」


 自分でも分かった。


 今までで一番いい。


「どう?」


 ガイウスが黙っている。


「ガイウス?」


「……もう一回やってみろ」


「え?」


「いいから」


 もう一度構える。


 同じ。


 足。


 腰。


 肩。


 腕。


「っ!」


 振る。


 さっきほど綺麗じゃない。


「あ、失敗した」


「いや」


 ガイウスが腕を組む。


「もう一回」


「何?」


「やれ」


「はいはい」


 三回目。


 振る。


「…………」


 ガイウスが妙な顔をしている。


「何?」


「お前、本当に武器触ったことねえんだよな?」


「ないよ」


「剣道とかは?」


「ない」


「大剣は?」


「日本にこんなの持ってる高校生いたら怖いだろ」


「ニホンってのは知らんが、そりゃそうだな」


「でしょ」


 ガイウスが顎を掻く。


「……まあいいか」


「何が?」


「覚えが早い」


「本当?」


「ああ」


 嬉しい。


 素直にそう思った。


「俺、才能ある?」


「調子乗んな」


「早いって言ったじゃん」


「三回まともに振れただけだ」


「じゃあ三回分の才能」


「何だそれ」


 笑われる。


 でも。


 できなかったことが、少しできるようになる。


 それが楽しい。


「もう一回やる」


「好きにしろ」


 構える。


 振る。


 失敗する。


 直す。


 もう一度。


 さっきガイウスがやっていた動きを思い出す。


 足の向き。


 腰の回り方。


 肩の位置。


 剣が落ちる軌道。


 真似する。


 違う。


 直す。


 また振る。


「…………」


 ガイウスの声が、少し減った。


 最初は一回振るたびに何か言われていた。


 でも今は。


「そこ、腰だけ気をつけろ」


 それくらい。


「分かった」


 直す。


 振る。


「……そうだ」


 できた。


「次は?」


「待て待て」


「何?」


「今日は基本だけだ」


「まだいける」


「手ぇ見ろ」


「手?」


 見る。


「あ」


 皮が剥けていた。


「痛っ」


「今気づいたのかよ」


「集中してた」


「馬鹿」


「酷くない?」


「今日は終わり」


「もうちょっと」


「終わりだ」


「まだ――」


「明日、大剣握れなくなってもいいなら続けろ」


「……やめます」


「素直でよろしい」


 大剣を置く。


 急に腕が軽くなった。


「うわ。身体変な感じ」


「最初はそんなもんだ」


「ガイウスも?」


「俺なんか初日に腰やって二日寝たぞ」


「人のこと馬鹿って言えないじゃん」


「だから止めてんだよ」


「ああ」


 経験。


 って。


 そういうことなのかもしれない。


 最初から何でも知っていたわけじゃない。


 失敗して。


 怪我して。


 覚えた。


 その失敗を。


 今。


 俺に教えてくれてる。


「ありがとう」


「あ?」


「教えてくれて」


「急に気持ち悪いな」


「もう二度と言わない」


「冗談だって」


 ガイウスが笑った。


 ◇


 帰り道。


 俺は自分の手のひらを眺めていた。


 痛い。


 じんじんする。


「これ、明日絶対痛いやつだ」


「明日どころか今痛えだろ」


「今も痛い」


「なら今日は魔法の練習もほどほどにしとけ」


「何で分かったの?」


「やる顔してた」


「どんな顔だよ」


「馬鹿の顔」


「殴るぞ」


「大剣もまともに振れねえ奴に負けるか」


「半年後覚えてろよ」


 口にしてから。


 少しだけ止まった。


 半年後。


「……俺、半年後もここにいるのかな」


 ガイウスが俺を見る。


「知らん」


「だよね」


「でも明日はいるんだろ?」


「たぶん」


「じゃあ明日のこと考えろ」


「……そうする」


 先のことなんて分からない。


 日本へ帰る方法も。


 いつ見つかるのか。


 本当に見つかるのか。


 何も分からない。


 だったら。


 今は。


 明日。


 大剣をもう一度握る。


 《ファイアボール》も覚える。


 依頼も受ける。


 金も稼ぐ。


 飯も食う。


「……忙しいな、冒険者」


「今さらかよ」


 ガイウスが笑った。


 ◇


 それから数日。


 俺の生活に、大剣の練習が加わった。


 依頼がない日。


 依頼から早く帰った日。


 ガイウスたちと時間が合えば、少しだけ教えてもらう。


 最初は持ち上げるだけで腕が悲鳴を上げていた。


 それが。


 少しずつ変わる。


「違う。そこは踏み込む」


「こう?」


「深すぎ」


「じゃあこれ」


「そうだ」


 振る。


「今の?」


「悪くない」


「よし」


 また。


「敵だけ見るな。周りも見ろ」


「難しいって」


「だから練習すんだよ」


「はいはい」


 また。


「重心後ろすぎ」


「これ?」


「そう」


 また。


 また。


 また。


 覚える。


 失敗する。


 直す。


 もう一度。


 その繰り返しが。


 思っていたより楽しかった。


 そして数日後。


「……お前」


 俺の一撃を受け止めたガイウスが、妙な顔をした。


「何?」


「いや」


「またその顔」


「どの顔だよ」


「何か言いたそうな顔」


「…………」


 ガイウスは俺を見る。


 次に、大剣を見る。


 そして。


「もう一回」


「また?」


「ああ」


「いいけど」


 構える。


 踏み込む。


 腰を回す。


 剣の重さに逆らわず。


 そのまま。


 振る。


 金属がぶつかる音が響いた。


「…………」


 ガイウスは。


 今度こそ。


 はっきり首を傾げた。


「朝陽」


「何?」


「お前、本当にこれ初めてなんだよな?」


「だからそう言ってるじゃん」


「……そうか」


「何なんだよ」


「いや」


 ガイウスはそれ以上言わなかった。


 俺も。


 深くは考えなかった。


 初めての異世界。


 初めての魔法。


 初めての冒険者。


 だから。


 これくらいのことは。


 きっと。


 異世界に来たから起きる、よく分からない何かなんだろう。


 その時の俺は。


 本気で。


 そう思っていた。

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