第四十一話 知らざること2
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ーー大丈夫。助けるから、必ずーー
優しくて温かい声。
空耳のように、時々、聞こえる声。その声を蝶子は、知っていると思った。
蝶子の視界がぼやけ、ゆっくりと目を覚ます。冷たい布団の感触。さんさんと障子から朝日が差し込んでくる。何気に、光を捕まえようと手を差し出す。その先に、漆の箱があり、なかには栞があった。頭が覚醒してくる。
いつの間に寝てしまったのだろうか。そこで蝶子は、はたとした。
「氷雪様」
記憶を辿る。先ほどまで冷え切った氷雪の手を握り、側にいたはずだ。
それがなぜ、寝室に蝶子は寝かされているのか。蝶子は焦り、氷雪の姿を探した。誰もいない。勢いよく起き上がると、ぐらりと体が少し傾ぐ。
あれからいったいどれだけの時間が経ったのだろうか?。
昨夜は色々なことがあって、頭が痛い。
しかし、蝶子は居ても立ってもいられない衝動が湧いていた。
「氷雪様」
なぜか、氷雪が蝶子の元を去ってしまう気がしたのだ。置いて行かれる。
蝶子は頭を振り、布団を畳むのも惜しみ投げ出した。栞を手に持ち帯に仕舞い。立ち上がる。足の親指がズキリと痛んだ。怪我をしていたことを忘れていた。蝶子は足を引きずるようにして、部屋の障子を開けた。
(行かなくては。氷雪様のところに)
しばらく、歩くと足の痛みが麻痺してきて、歩く速度も速くなる。と、童子の、よんねが、はたきを持って廊下の掃除をしていた。よんねは、蝶子に驚いた。
「蝶子」
蝶子は目もくれず、その横をすり抜ける。焦燥が募る。
「蝶子、どこ行くの?」
離れたくない。
蝶子は揺り篭のある方へと向かった。
「蝶子、待って、そっちは」
よんねの声は聞こえていなかった。足の痛みを忘れ、走り出す。
(氷雪様)
と、そこに紅雀と青雀が、廊下のど真ん中で縦に下にと飛び跳ね、行く手を阻んだ。
「ちゅん、ちゅちゅん」
「ごめんなさい。今は」
二匹を避けて通ろうとすると、紅雀が蝶子の肩に止まり、ぐいぐい、と髪を引っ張った。怪訝に思う。何かを訴えているようだ。
「ちゅちゅん」
蝶子は足を止めた。
「もしかして、氷雪様はそっちにはいないと言いたいのですか」
「ちちちち」
と紅雀は首を縦に振った。
「では、氷雪様は?」
「ちち」
不機嫌そうに青雀が、方翼を広げた。示される方角。中庭。
「あちらに氷雪様が?」
「「ちちち」」
そうだと言っているようで、蝶子は中庭へと向かった。あの場所はよく氷雪が日向ぼっこするところだった。
きっと、今日も日向ぼっこをされているのだろう。
蝶子は脇目を触れず駆け出した。縁側に辿り着くと定位置の紅葉の木を見上げた。
いない。
が、ゆらりと中庭の奥で人影が見えた。
(氷雪様!)
どこに行かれるのか、蝶子は慌てて、履き物をはき、向かった。
その場所は一度も足を踏み得れたことのない、場所だった。
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童子の、よんねは、その様子を縁側から見ていた。
縁側には、紅雀と青雀が、ちょこんと寄り添って座っていた。よんねは二羽の背後に立つ。
「いいのですか。蝶子に本当のことを言わなくて、伝えましょうか?」
紅雀と青雀は、よんねを見上げ、首を横に振った。
『私たちが、ここにいることを知る必要は、ありません』
「でも、蝶子の両親でしょう」
紅雀と青雀は、死んだ蝶子の両親だった。雀として近くで蝶子を見守る。紅雀と青雀の声は、蝶子に聞こえない。陰ながら蝶子を応援し、手助けをしていた。
「きっと、蝶子も喜ぶよ」
『……いえ、伝えません』
紅雀と青雀は門扉の向こうにいる氷雪と蝶子の背を、優しく目で追った。
『蝶子の行く末を見れるだけで、私たちはいいのです。雪様は私たちを救ってくださいました』
紅雀は目を細め、遠い記憶を掘り起こす。よんねは、紅雀のうしろで正座した。
『自分たちの意志と反して悪霊となり、人を殺めた私たちは、地獄に落ちるはずでした』
人は死後、三途の川を渡り十王の裁きを受ける。紅雀と青雀は悪霊となり、罪なき人を殺めた。閻魔大王からは、灼熱地獄に落とされることが決まっていた。
『それをすんでで救ってくださった。閻魔大王は怒り、神々までも敵に回し、それでも、雪様は私たちの願いを聞いて下さった。私たちは、どうしても蝶子を見守りたかった。そのせいで、罰として氷雪様が何年も幽閉されることになってしまった。それなのに、これ以上なにを望みますか』
紅雀は、すでに見えなくなった氷雪に向かって、頭を下げた。
「ふふ。でも蝶子のお父様は、不機嫌そうですよ」
よんねは、口元に指を添えて笑った。
紅雀は呆れた様子で青雀を見るなり、嘴で頬を突いた。青雀は、痛がる様子もなく、仏頂面で、ぶつぶつと呟く。
『蝶子は、誰よりも幸せになるんだ。ならないといけないんだ』
『これ以上の、幸せがありますか』
青雀は拗ねた様に、そっぽを向いた。
『まったく、私がいるでしょう』
紅雀は溜め息を吐いたあと、青雀に擦り寄った。
よんねは、優しい気持ちになり、真っ青な空を見つめた。




