第三十四話 決戦2
二人の会話を聞いていたが、蝶子は半分しか理解が出来なかった。
恋慕している?
(氷雪様が、わたしに?)
俄に信じがたい。
でも、先ほどの言葉を思い出す。
蝶子が欲しいと。
だめだ。
勘違いをしてはいけない。
都合良く捉えてはいけない。
氷雪は優しい。ただ、側に置いてくれているだけだ。
慈悲深いから、村の近くの安寧のため啓太をどうにかしようとされたのだろう。
蝶子を始末することも出来ず、神の屋敷に招いた。嫁として。きっとそうだ。
蝶子は唇を引き結んだ。
啓太は高笑いした。
「傑作だ。神聖なる神もそうなんだろう。自分を正当化して僕を罵る。僕となにが違う。側に置きたい。触れたい。すべてが欲しい。ただ恋うているだけ、そうなのか。そうなんだろう。ははは。だから無理矢理、蝶子を嫁にした。神ともあろうものが。くくく。自分の欲を押しつけた」
氷雪の肩がびくりと震えた気がした。
散々、啓太は笑い、声を荒げる。
「僕を身勝手だと言うなら、神はなんだ。神様ならなにをしてもいいのか。笑わせる。所詮、神だろうが己の欲を満たしたいだけなんだろう。渡さない、蝶子は誰にも渡さない。僕の物だ」
「言いたいことは、それだけか」
仄暗く低い声で氷雪は啓太を牽制する。啓太は怯むことは無かった。
「僕は神をも、殺せる」
「やってみろ」
「氷雪様」
蝶子は思わず、氷雪の背の衣を握った。
「大丈夫だ、蝶子」
やんわりと言われ蝶子は頷いて手を離した。
その行動に啓太は怒り、黒煙を膨らませた。太い黒煙は腕を形成した。
なにをしようというのか。
蝶子と氷雪が見守るなか、啓太は近くにある木々を横から殴った。メキメキと太い幹が、どっと倒れる。葉が舞。木の根が飛び出し、泥が飛び散る。
行動に、ぎょっとする。
「僕のなんだよ。僕のだ」
啓太は次々と木々を薙ぎ倒し、当たり散らした。子供の癇癪を思わせる行為だった。蝶子は体を縮こませた。
「俺の背に、しっかり隠れていなさい」
こんな扱いをされれば、また、勘違いをしたくなる。真意を聞きたい気持ちを抑えて蝶子は従順に応じて頷き、氷雪の背にさがった。
「触るな。蝶子は僕のだ。今まで、蝶子に邪な感情を抱いた男どもを、何人も何人も、殺して来たんだ。そうやって蝶子を僕が守って来たんだ。だから例外なく神だろうが殺してやる」
蝶子は目を見開く。殺して来た? 蝶子の回りには変死する男が多かった。疫病だと思っていた。なかには行方不明になった者もいた。蝶子は動揺した。
「耳を貸さなくていい」
氷雪は言う。
しかし、それが真実なら、蝶子は本当に、なにも見ていなかったのだ。すべてに心を閉ざし、啓太の残忍性にも気づきもせず、啓太の情にも気づかず、のうのうと、ただ、生きていただけ。
「あいつも、こいつも、殺した。蝶子に触れる者は、誰だろうと許さない。僕のだ」
もう、啓太は狂っているのかもしれない。邪物を扱う代償。
目の前の光景が変わって行く。
啓太が殴り続けた大木が、ぎぎ、と奇妙な音を立てて、こちらに向かって倒れてくる。氷雪は蝶子を背に庇い避けた。
森が荒れ地となり、倒された木々から、精霊の木霊が、逃げ惑い数多に舞った。それは上空を飛ぶ灯籠のように淡い黄緑色に発光し漂い、不謹慎にも綺麗に思えた。
「ひとに」
氷雪は、童子を呼んだ。「ここにいるよ」と隠したはずの、ひとには返事をすると、子蛇姿のまま茂みから、飛び出て、そのまま、ぽとりと蝶子の肩に飛び乗った。それを確認すると、氷雪は啓太に向かって走って行った。
「氷雪様」
蝶子はその後を追おうとする。
「蝶子、駄目だよ。雪の邪魔になる」
耳元で、ひとにに制止され、蝶子は足を止めた。
「蝶子。雪が戦っているうちに逃げるよ」
(逃げる?)
刀剣を両手であげ、跳躍する氷雪の姿が見えた。
「いいえ。逃げません」
「蝶子!」
氷雪は左から右下にかけて黒煙の腕を切りつけた。切られた腕がパキパキと音を立てて氷り固まる。地面に落下して砕け、散った。
「ぐうう」
と啓太の苦痛な声が響いた。ひとには、蝶子の髪を咥えて引っ張った。
「蝶子、逃げよう。ここにいたら、啓太に殺されるかもしれないんだよ」
「それは、氷雪様が倒されるかもしれないと言うことですか」
「……違う……けど。でも、ここにいたら危険。だから雪も」
「いいえ、もう、逃げません。どんな結末になろうとも、ここにいます」
ずっと逃げつづけていた。見ず、聞かず、言わず。
従ってさえいれば、時は経つ。死すら他人に任せた。
そうやって、蝶子は逃げ続けていたのだ。
もしものことがあっても、氷雪様の側でありたい。
たとえ、死ぬことになっても。
蝶子は、目をしっかりあけて、氷雪と啓太の戦いを見守った。
上空で氷雪は一回転して、着地する。すぐに黒煙に斬りかかる。啓太は黒煙のなかから呪符を投げた。
呪符が沢山の蜘蛛に変化し、氷雪に飛びかかって行く。氷雪は刀を振るう。蜘蛛を切り裂いた瞬間に、紙吹雪となり、散り、水色の炎を纏って、塵となり消える。悪臭が辺りを漂った。
残った蜘蛛から糸が吹き出され、氷雪に向かう。氷雪は横一文字に、宙を切り裂く。ぎぎっと悲痛な声をあげ蜘蛛が破裂し一掃された。
強い。
蝶子は氷雪の戦いに驚いた。握られた手に力がこもる。
(氷雪様)
蝶子は気づいていた。自分の感情に。芽生えていた。とっくに。
(わたしは、あなたのことが)
「それが、お前の核か」
氷雪は顎をしゃくりながら啓太を差した。
啓太は力を使い過ぎたのか、黒煙は薄まり、中心の藁人形が透けて見えた。驚くことに、心臓のように藁人形は、どくどくと脈を打っている。
藁人形が不気味に笑ったように蝶子には見えた。
なにか仕掛けようとしている。直感でそう感じた。
「来い。旧鼠」
啓太が言うと、ガサガサと山々を囲う様に音が響いた。赤い目を持つ使役した鼠の妖怪。旧鼠。年老いた鼠が妖怪となった。
その大群が這い回り、氷雪に向かう。




