第三話 蛇神様の住処1
シャボン玉が爆ぜる音がした。
「あっ。目を開けました」
子供の声がして、蝶子は瞼を振るわせ、目を覚ました。見慣れない天井と、三歳くらいの童子が十三人。覗き込むようにこちらを伺っていた。
囲まれている。蝶子は、まごつかせながら上体を起こした。くらりと目眩が襲う。
「大丈夫。蝶子」
「気分、まだ、悪い?」
「お顔が、まだ青いよ」
見知らぬ童子たちは、蝶子の布団を握ったり、袖を引いたり、額に手をおいたりした。
「お水、飲む」
「お腹は空いてない」
つぶらな瞳が十三人分、向けられた。男の子が七人。女の子が六人。不思議な光景に戸惑ってしまう。
「あなたたちは」
「僕、ひとに」
「僕、ふたに」
「僕、みに」
名前を言い挙手をした。
男子が。ひとに、ふたに、みに、よに、いつに、むつに。ななに。
女子が。いちね、にね、さんね。よんね、ごね、ろくね。
と名乗った。
「「「僕たち、蛇神に仕える者だよ」」」
「「「蝶子。よろしくね」」」
声が揃い、蝶子は目をぱちくりさせた。
(仕える)
蝶子は、ここで、ようやく、自分の置かれている立場を思い出す。
(そうだわ、わたしは、贄として花嫁に来たんだった。じゃあ、ここは?)
見慣れない部屋を見渡す。広い和室に布団が一組。白蛇の絵柄の襖。
(立派な部屋)
壁はところどころ銀色にキラキラと輝いて、欄間は四季折々の彫刻が施されている。主の趣味がいいのか柱には、掛け花が一輪。黄色い菊が飾られていた。
こんな上等な和室に寝かされ、蝶子は当惑した。
ただの贄ごときに、この様な扱いをしていただくなんて。
手触りのいい綿の入った布団に、微かに心が弾んだ。いつも使用している、綿がぼこぼこで、ぺったんこな、古い物とは大違いだった。
蛇神様は潔癖な方なのかもしれない。
(食べる前に傷まないように、わたしを布団に寝かしたのかしら……)
と。ふわりと。目の前をシャボン玉が横切っていった。
蝶子の相手に飽きてしまったのか、葦の茎を口に含ませて、ふっ、とひとりの童子が息を吹きかける。勢いよくシャボン玉が、ふわふわと舞った。
それを追いかけて童子たちが「待って」「こら」など言って愛らしく、はしゃいでいた。
もう一度、小さな箱に葦の茎を浸けて、童子が天井に向かって息を吹きかける。その光景に蝶子は、ここは夢の中なのではないかと錯覚した。
髪がはらりと肩から滑り、蝶子は髪を払い、はっと気が付く。
いつの間に襦袢姿にされていたのか。
慌てて寝乱れた着物の衿合わせを整える。童子が気が付き、屈託な笑顔を向けた。
「お着替えは、わたしたちが、したのよ」
「男の子にはさせてないよ」
「むむ。僕たちも、お着物、たたんだよ」
シャボン玉を追いかけていた男子が、ピタリと体を止めて反論した。
「うるさいわね」
「蝶子、男の子は、なにも見てないから平気だよ」
「見ちゃ駄目って言われているもの」
「「「ねー」」」」
童子たちの言葉に、誰にだろうと思いつつも、曖昧に頷いた。
どうにも把握できない。
それよりも、着ていた白無垢はどこだろうか。
帯のなかには、蝶子が忍ばせている栞があった。
(わたしのお守り)
嫁入り道具のひとつも持たずにきたが、栞のお守りだけは携行した。
蝶子は両手を握り締め、キョロキョロした。左隅の壁に、ひっそりと衣服を掛ける家具の衣桁に白無垢が掛けられていた。栞は、その下にある黒漆の箱に安置され、ほっとした。
(捨てられてなかった)
どうせ、今から贄として捧げられる命。それでもこれだけは肌身離さず持っていたかった。
「蝶子、ここは、怖くないよ」
蝶子が怯えていると思ったのか、童子の、ひとに、が声を掛けてきた。
「いい物、あげる」
ひとには、おもむろに、着物の懐から懐紙に包まれた金平糖を取り出し、その中から大切そうに、薄桃色の一粒を摘まむ。
「はい。あげる。美味しいよ」
にっこり笑い、ひとには蝶子に手渡した。蝶子は一驚して、目を丸くする。それを見た十三人の童子たちが
「ぼくも」
「わたしも」
と蝶子の手に一粒の金平糖を差し出す。
手の中は色鮮やかな金平糖が山盛りになった。思わず、蝶子は、ぷっと笑ってしまった。こんな風に笑ったのはいつぶりだろうか。
童子たちは大きな目を輝かせた。
「「「やったー。やったー」」」
「「「蝶子が、わーらった」」」
ぴょんぴょこと童子たちは、畳の上を飛び跳ねた。
(可愛い)
蝶子の張り詰めていたものが抜けていく。




