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第二十二話 召し上がり2

蝶子は、袖が邪魔にならないように、たすき掛けをして、前掛けをした。


 一升枡で米を掬い、米をザルに入れる。庭の井戸で米を水で洗い、水切りをすると、重い羽釜に移し替え、竈口に羽釜を乗せた。


「ちちち」


 青雀と紅雀が小枝を運んできた。どうやら、これも雀たちの仕事のようだ。


「ありがとう」


 火を熾すために、焚き口に小枝を組む。火打ち石を打ち、火花を藁に落とし火種を作ると、付け木に火を移し、火を熾した。


 火吹き竹で息を吹きかけて、慣れた手つきで火力の調節をする。様子を見ながら薪を入れる。


「今日の御夕餉は、蝶子のご飯」

「嬉しいな」

「雪が喜ぶね」


 歌うように童子たちは口ずさんだ。手には包丁を持っている。


「トントントンと楽しいな」


 童子たちが、人参、椎茸、玉葱、インゲンを切っていた。

 こんなに賑やかな調理場は初めてだった。


「蝶子、切り終わったよ。次はなにする?」

「では、クルミを、すり鉢で擦ってください」

「御意です」


 ごりごりと音が聞こえてくる。それに合わせて、童子の首が、犬の尾っぽのように左右に揺れた。


 蝶子は空いている竈にも火を熾し、鉄鍋を竈口に置く。菜種油(なたねあぶら)を多めに入れて、一口大に切った豆腐を入れて揚げる。


「香ばしい匂いがする」


 童子は嬉しそうに「ふふ」と笑った。

 蝶子は童子に指示をして、水飴と醤油と刻んだ青ネギを混ぜて、豆腐の餡かけを作った。


 七輪に鉄鍋を乗せて、火を熾し、童子が団扇で煽ぐ。南瓜と玉葱とインゲンの味噌汁を作る。


 他の鍋に、人参、椎茸、大豆を入れて、煮豆を作る。里芋を煮て皮を剥くと、味噌とクルミを混ぜる。


「蝶子、お料理、上手だね」

「いえ、自然と身についただけです」


 しかし、こんなに楽しく調理をするのは、初めてだった。


 空が茜色に染まるころ。一汁三菜の夕餉が出来上がった。

 つい、張り切って作り過ぎてしまったかもしれない。


 それでも、充実感があった。

 箱善に、お米、味噌汁、厚揚げ、煮豆、里芋の田楽を乗せ、運ぶ。





「いただきます」


 童子十三人。氷雪。蝶子。青雀、紅雀。囲って食事が始まった。


「美味しい。里芋の田楽の味噌に、クルミ入れて食べるの、初めて」


 いちねが、田楽を口いっぱいに頬張って褒める。


「お味噌汁も美味しいよ。カツオ節のお出しが、とっても合う」


 次々と童子たちに褒められ、蝶子は戸惑った。料理を褒められたことがなかったから。


「ちちち、ちちち」


 青雀と紅雀も、赤い小鉢をついばみ、褒めているようだ。

 氷雪は無言で、箸を進めていた。


(良かった。食べて下さってる)


 もしかしたら、お口に合わなくて、食べてくれないかもと、蝶子は頭の片隅に入れていた。


「あ、雪。そう言えば、文が届いてたよ」


 にねが、行儀悪く箸をうえにあげて言った。氷雪は眉を顰める。


「今、言うか」

「忘れてたの。仙天横町で会った、白い犬が渡しに来たんだ」

「ふふふ。あの犬ってば、生類憐れみって言葉を出したら、また、毛を逆立ててたよ」

「犬畜生で遊ぶな」

「だってね」


 ふふふっと童子たちは笑った。にねは、箸を置いて、懐から文を出した。氷雪は、さらに眉間に皺をよせた。


「食事中だが」

「その文、あの神様から」

「……」


 氷雪は渋々と箸を置いて、読む。


(あの神様? とは、誰なのでしょう)


 蝶子は、きょとんとする。

 気にはなるが、ここは蝶子が入ってはいけない。


 他者が踏み込んではいけない領域だろう。

 氷雪は深い溜め息をすると、文を懐に仕舞い、食事を再開した。


「ごちそうさま」


 食事を済ませると「酒を、あとで運んでくれ」と童子に言って席を立たれた。


 氷雪は、あまり酒を飲まないのだが、今日は飲みたい気分のようだ。


「蝶子。美味かった」

「えっ」


 去り際に氷雪は、そう言うと、蝶子の髪に何かを、さっと差した。蝶子は、そっと触れ、外すと、手のひらには銀の蝶の簪があった。


「氷雪様。これは……わたし、このように、沢山の物を頂いても」


 恩を返す当てもない。

 氷雪は障子を開け、振り返る。


「嫌か?」

「いいえ」

「なら、使いなさい」

「でも……」


 氷雪は、ふっと笑った。


「俺が選んだ物を、蝶子が身につけているのは、気分が良い」


 氷雪は、それだけ言って、その場を去った。

 蝶子には氷雪の言葉の意味が、わからなかった。


(なぜ、気分が良いのでしょうか)


 童子たちが、にまにまと、ちょっと不気味に笑みを浮かべていた。


「蝶子、嬉しそう」

「え、わたし……嬉しそうですか」

「うん。お顔が緩くなってた」

「ふふふ。嬉しい。ここに来た時は、蝶子、お面みたいな顔してたけど、今は、色々な顔してるよ」

(わたし、そのような顔をしているのでしょうか)


 蝶子は、ほんのりと頬が熱くなり、両手で押さえた。


「ふふふ。雪も嬉しそう」

「良かったねぇ」

「蝶子がいて、良かったねぇ」


 ここに居て。

 童子たちの言葉に、目頭が熱くなる。


(わたしの居場所は、ここでいいのでしょうか)


 蝶子は、氷雪から貰った、銀の蝶の簪を胸にぎゅっと抱きしめた。


「ごちそうさまでした」


 こうして夕餉は、終わった。

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