第十二話 仙天横町1
ぱっと視界が開くとそこは、数多ある商店街だった。
飲食店、呉服店、雑貨、あらゆる種類の店が連なっていた。
「いらっしゃい。いらっしゃい」
ざわざわと絶えず落ち尽きなく、あちらこちらから、元気な声が飛び交っている。蝶子は口をあんぐりと開けて、棒立ちで仙天横町を見回した。
猫っぽい者。狸っぽい者。狐っぽい者。はたまた、見たことも無いような異形の者が、売ったり、買ったりしていた。
よく見ると、至る所に朱色の鳥居があり、そこから多種多様な種族の者たちが出入りしていた。かくいう、蝶子が潜ってきた鳥居からも、続々と、うしろから、よくわからない生き物が出入りしていた。
「蝶子、そこに立っていると、他の者の邪魔になる」
「は、はい」
蝶子はキョロキョロして氷雪を追った。つい、誰かにぶつかりそうになる。氷雪は振り返り、蝶子を守る様に、歩調を合わせた。
「ごめんなさい」
「よい。好きなだけ観覧しなさい」
ふと、人垣を見つけた。心地の良い三味線の音色が響き、蝶子は興味を惹く。氷雪も気になったのか、無言で向かった。
そこには、煌びやかな着物を着た、二尺(約60センチ)ほどの人形が、舞台の前で立ち回りしていた。真っ白な、お顔は繊細で穏やか、が、一瞬で鬼の形相に変わり、蝶子は驚いた。辺り一面で、拍手喝采が起こる。
「人間界に流行っている、浄瑠璃だ」
「初めて見ました」
氷雪は得意げに、にまっと笑い、両方の腕を交差させ組んだ。
しばらく浄瑠璃を見て、氷雪はおひねりを投げると「行こう」と言った。まだ見ると言う童子を引きずって、蝶子と呉服店へと向かった。
暖簾を潜り、店に入ると人型をした女将が、奇人を見る目をした。
「いらっしゃい。あれまぁ。お前さん、なんて格好してるんだい」
女将は口に手を当てて言った。蝶子は未だに大きな氷雪の服を着ていて、羞恥で、ほんのり頬を染める。氷雪は、ひょうひょうと女将に言う。
「なにか似合いそうな、今すぐ着れる服を見繕ってくれ」
「はいよ」
「それと、良さげな反物を何点か。着物の仕立ても頼みたい」
蝶子は、ぎょっとする。
「いえ、そんな、お金が勿体ないです。古着で十分ですし、なにか安い反物があれば、わたしが縫います」
そう氷雪に訴えるが、一切聞き入れられず、女将と氷雪と童子まで加わって、こっちのが似合う、あっちがいい、本人そっちのけで言い争っていた。
「お嬢ちゃん、とりあえず、これに着替えな、さぁさぁ、こっちにおいで」
女将は嬉しそうに、店の奥へと蝶子を連れて行った。いいのかしらと戸惑いながらも、着せ替え人形の様に、蝶子は肌触りの良い着物を着せられた。白生地に赤い牡丹。金色と銀色の蝶がバランスよく描かれた、友禅染の着物だった。
着終わった蝶子は、そろそろと店に顔をだす。一瞬、氷雪が固まったようにみえた。着物が上等すぎて不釣り合いだったのだろうか。
「良さそうだな」
氷雪は目を泳がせてコホンと咳払いをする。やはり、見るに堪えない姿なのだろう。蝶子は手をぎゅっと握った。
畳のうえに購入した反物が重ねられているのが目に留まり、ぎょっとする。
(こんなに沢山……)
蝶子は恐縮過ぎて、怒られるのではないかと、上目使いで氷雪の様子を窺う。その目はどこまでも朗らかで、澄んでいた。
「次に行こう」
「えっ」
「髪飾りが欲しいな」
言葉の意味を考えると、髪飾りも買うということだろう。
これ以上買っていただくなどと申し訳ない、蝶子が断ろうと言葉をあぐねていると、氷雪はさっさと店を出て行き、蝶子はそのあとを追った。
櫛屋へ入店すると、綺麗な彫刻や絵柄をした、つげ櫛が並んでいた。奥には簪まである。蝶子は居たたまれなくなり、口を開いた。
「あの、氷雪様。櫛なら、わたし、持っています」
「持っている?」
蝶子は、どうしても捨てられなかった櫛を、帯から出した。櫛の歯は、ほぼ欠けて、みすぼらしいが、蝶子は大切にしていた。
「それは?」
「えっと、昔、貰ったんです」
「誰に」
心なしか、氷雪の目が冷たく、細められた様な気がした。
「村に住む……啓太から」
「男から」
なぜでしょうか、少し怖い。背筋がぞくぞくさせながら蝶子は頷いた。
「えっと、なので買わなくても」
「捨てなさい」
「えっ。でも」
「それほどまでも、大切な物なのか、あの、白牡丹の花びらの栞よりも、大切なのか」
「いえ、栞は一番の宝物です。ですが」
「なら、こちらに渡しなさい」
なぜ、そんなことを申されるのだろうか。
蝶子は渋い顔をしながら、啓太から頂いた櫛を手に持ち、思案する。童子たちは氷雪から三歩離れて、なぜかジト目を送っていた。
「うわ~」
「最低です」
氷雪が手を差し出す。
「蝶子」
きっと、持っていてはいけない理由があるのだろう。蝶子は頷くと、ずいっと櫛を氷雪に手渡した。




