第十話 申し訳ない2
朝食を終わると、すぐに氷雪は蝶子を呼んだ。やはり、一週間も何もせず、お世話になっているので、立場をわきまえべきだと、蝶子は身を引き締めた。
氷雪の部屋に通され、三つ指をつく。
ところが、氷雪は「一緒に出かけるぞ」と素っ気なく言った。
「えっと。お出かけですか?」
「ああ。蝶子の着物を買いにな」
「そんな、わたしなどのために、勿体ないです」
間違ったことを言ってしまったのか、ジロリと睨まれ、蝶子は首根っこが、ヒヤリとした。
「着る服はあるのか」
蝶子は「あっ」と声を漏らした。
贄として嫁に出され、死ぬだけだと思っていた。死ぬのなら、身一つでいい。
普段からぼろぼろの着物は二枚しか無い。それも嫁入り道具として必要がない。どうせ殺される。
必要なのは、氷雪が用意したという、白無垢だけ。
今現在、蝶子には着る服が無かった。
「あの、人間界に取りに戻っても」
「許さぬ。もとより、蝶子が嫁として来たら、買いに行く予定だった。まさか、一枚も持って来てないとは、思わなかったが」
「すみません」
「いや……。俺の大きすぎる着物を着ているのも……悪くもないが」
今、蝶子は氷雪の着物を拝借させていただいている。童子たちが丈を折り曲げて見繕った、簡易な物ではある。
衿はときどき、開いてしまい。袖は指先まで、すっぽり隠れてしまう。
氷雪の言う”悪くもないが”とは、このような、みそぼらしい姿が蝶子に釣り合っている、という意味だろう。
蝶子にしてみれば仕立ての良い着物を着させてもらっているので、恐縮してしまう。
「こほん。兎に角。仙天横町に行く」
「仙天横町ですか」
「ああ、西の市とも言うがな。あそこには、あらゆる物が売っている」
聞き慣れない言葉に、蝶子がきょとんっとする。
そんな場所に蝶子が足を踏み入れて良いのだろうか、と思案していると、ちちちっと鳴きながら青雀と紅雀が、窓壁の丸い襖から入って来た。
嘴には可愛らしい黄色い菊を咥えている。床の間に降り立つと、とととっと細い足で飛び跳ねて、花器の中の剣山に咥えた花を生けた。
見事なバランスの良さの生け花を見て
(小鳥ですら、お仕事があるのに……)
と蝶子は落ち込んだ。
屋敷中にある生け花は、きっと、この小鳥たちが運んでいるのだろう。
それにくらべ、蝶子には仕事すらなかった。衣食住を、お世話になる始末。
(わたし、どこに行っても。役立たずだ)
谷底に落とされたみたいに、悲しい気分が襲う。
そこに、青雀がくるりと丸い体を振り返ると、蝶子の存在に気が付き、はたと固まった。と、感極まったように、飛ぶのも忘れた様子で両翼をバタバタと煽ぎ、蝶子の元へと走って来た。
「ちちち、ちちちちち」
何を訴えているのかわからないが、蝶子の存在を知って、心配してくれていたようだ。
大きく瞳を潤ませて涙まで流している。蝶子の足元に擦り寄り、ちょんちょんと飛び回り、頬摺りをしては、喜びをアピールした。
「えっと」
そこに紅雀が飛んできて、横合いから青雀を蹴りつけた。青雀は、「ぴ」と、ひ弱に鳴き、勢いよく飛び、てん、て、てん。と畳の上で跳ねると、お尻を仰向けて「ぴー」と悲しげに鳴いた。
蝶子は唖然とした。
「ちー、ちちちちち」
声を張り上げた紅雀は、青雀に叱咤しているようだった。
これはいわゆる、焼き餅、と言うものではないのだろうか。
紅雀は蝶子の肩に飛び乗ると、蝶子の頬に擦り寄った。ふかふかの羽毛が頬を掠めて、なんだか、こそ痒い。
(あれ、青雀がわたしに近づいたことに怒ったのじゃなくて、わたしに青雀が近づいたから焼き餅焼いたのかしら)
好かれることに慣れていない蝶子は、心がむずむずした。
「余興はすんだか」
白けた様子で氷雪が割って入ってくる。蝶子だけでなく、紅雀までも居住まいを正す。
「では、支度をして出かけるぞ」
「……はい」
有無を言わせず蝶子は頷く。肩の上で紅雀は額に方翼を広げ、氷雪に敬礼でもするようにしていた。
(わたしがお供していいのかしら)
穀潰しの蝶子に、物を買い与える人など、村に住む啓太以外に、誰もいなかった。
ふと、中庭を見るとシャボン玉が、ふわふわと飛んでいた。
仕事の合間に童子たちが、また、シャボン玉を吹いて遊んでいるのだろう。
真っ青な空に向かって飛ぶ七色の玉が、とても綺麗だった。




