第三十八回
続いて現れたのは有坂姉妹。
新宿・OTELLOで見た時と異なり、今夜の鞠花は自慢の髪を惜しげもなく下ろしており、ワインレッドのカクテルドレスとのコントラストが見事だった。肩の膨らんだ、襟ぐりをやや大きく開けたオーソドックスなドレスだが、はらはらするほどスカート丈が短く、彼女の肉感的な妖艶さが否応なく強調された。
美月のほうは、クリムトやビアズレーが好んで描きそうな、世紀末的なシルエット。
左の肩を完全に露出させ、束ねた髪に、カラスアゲハほど大きなリボンが結ばれている。スカートの生地が思いのほか薄いので、動くたびに、隠されたラインが艶めかしく蠢いた。
色合いやデザインが微妙に異なるものの、有坂美月と長篠明子の衣装は明らかにペアを成していた。体つきも似ているので、もし鞠花の妹だと知らなければ、明子のほうが姉妹だと信じたろう。
「姉妹とは云え、父親が異なりますからね」
まるで私の気持ちを読んだように、隣で京林が、ぼそりとつぶやいた。さらに、かれは云う。
「おそらく女帝の演出ですよ。わざと二人に似たな恰好をさせて、派手な鞠花の色彩とぶつけるんです。美しい肖像の仕上げはもちろん、彼女自身と云うわけですね。ベラスケスはもう、呼ばれているんでしょうか」
姉妹が席についた直後、絶妙なタイミングで女帝・有坂苫江が登場した
入り口で、今度は小さく頭を下げている明子の前を、見向きもせずに行き過ぎる。後ろに控える二人のメイドが、スカートの裾を持っていないのが不思議なくらいだった。
肥ったな、という容赦ない感想が、まず生じた。
巧みに修正されていたのか、「キャラバン」誌の写真では判らなかったが、隠棲する前の研ぎ澄まされた線の鋭さは、無慈悲な脂肪にだいぶ蹂躙されている。それでも西洋人のように高い鼻や、険と艶を含んだ大きな目には、恐るべきプライドの高さが、厳然と維持されているようだ。
豊かな純白の髪が背を覆うさまは、鞠花と対を成すよう、これもまた意図的な演出がほどこされている。全身をゆったりと包み込む、異様なまでに襞の多いドレスの色は、暗いワインレッド。やはり露出が多く鮮やかな鞠花の衣装と対比させることで、絶妙なインパクトが生じるよう仕掛けられている。
それは「老い」へのアイロニーであり、また若さへの挑戦でもあるのだろう。さらに勘ぐれば、自身と姉娘をペアにし、余所者の明子と実の妹娘を別のペアに見立てることで、奇妙なヒエラルキーを示しているようにも思える。
(父親が異なりますからね)
京林の囁き声が、耳の内で反芻された。
「お待たせして申し訳ございません。今宵はようこそお越しくださいました」
乾杯や改まった挨拶、自己紹介の類いは何もなかった。メイドたちが黙々と料理を運びこみ、ワインをついだ。下戸の蒲良は片手を上げて謝絶したが、円香に無視され、苦笑いを浮かべていた。
ほとんど会話もないまま、ナイフとフォークが皿に触れる音ばかりが、だだっ広い広間に冷たく響いた。妖怪・堀川秋海でさえ、気圧されたように押し黙ったまま、ひたすら料理を口へ運ぶ。かれが大口でワイングラスをあおる度、次の瞬間には、どちらかのメイドが再び満たしていた。
栗鼠のように小柄な円香に劣らないほど、「第二のメイド」も機敏な動きを見せた。
「舞台なのでしょうね。これも一種の」
私にだけ聞こえるように、また隣の男が囁いた。
なるほど私たちと、有坂家の女たちとの間には、客席と舞台とを分けるラインが、厳然と引かれているようだった。衣装と云わず、黙々と食事する一挙手一投足と云わず。そして苫江の背後を基本ポジションに居並ぶ、メイドたちにしても……
確かにその光景は、覚えずハイレベルな料理の味を忘れて見入ってしまうほど、絵になっていた。
楕円形のテーブルの上から、食器があらかた姿を消したのは、まだ午後七時頃。紅茶を飲んだあと、美月と明子と蒲良以外は、目の前に好みの酒のグラスが置かれた。私は遠慮がちにバーボンを所望したが、ロックグラスから立ちのぼる素晴らしい香りを嗅いだだけで、瞬時、気を失いかけた。
(一応は、第二幕が用意されていたということか)
京林の例えに倣って、そう考えた。食事のあと、女たちに無言で退場されても、何の不思議もなかったから。




