第九話 ボスの行方:後編
〈けあ視点〉
「お……?」
肩に水滴が落ちてきた。
葉々がカサカサと音を立て、北風が強くなる。
「雨か」
エンデイがそう呟いた直後、水の勢いが増した。
視界が白の霧で埋め尽くされる……
「水使いのルゴン族はいないはずだが……」
「いや、これは普通に雨じゃないか?」
「まあ、警戒するに越したことはないね」
ノイドの発言に、エンデイとナクラが反応した。
未来視は便利だな、本当。
アカガネは鉄の傘を作った。
おかげで、移動するときに雨のせいで気を散らすことがなくなった。
あと、風邪を引くリスクも。
特にカインは、この状態で体調も悪くなったらまずい。
ただでさえぐったりしていて──
と、カインを見たが。
「あれ?カインさん、起きてます?」
目が少し開いていた。
顔色は良くないが、さっきよりもマシに見える。
ただ表情は、困惑で満ちていた。
「あ、ほんとだ。カインさん、体調の方は……」
「良くはなってる……多分」
キミカの問いかけに、彼は静かに答えた。
その返答を聞けただけでも、とりあえずは安心した。
他の人間も、安堵の息を吐いた。
「……とりあえず、おろしてくれないか。流石に歩ける……」
「そうか」
ノイドは苦笑しながらも、カインを背中から下ろした。
カールやソウマは、それを微笑みながら見ている。
そして、何事もなかったかのように、そのまま歩き出した。
──よし。
あとはただ、雑談でもしながらエミについていくだけだ。
-----
「あ、このへんかな?」
しばらく歩いて、エミが小さく呟いた。
日はすでに暮れている。雨は止んでいない。
「あ、こっちです」
今度は聞こえる声量でそう続けて、早歩きで右へ曲がった。
一同もそれに続く。
少し歩いて、小さな灯りがちらつき始めた。
足は自然とそこへ向かっていく。
やがて木が無くなってきたところで、足を止めた。
目の前には、小さな門がある。
その左右に、鉄鎧を着た護衛のような人が。
「村か?」
「そうみたいだね」
アカガネの発言に、ナンタルが反応する。
「この辺なら、あの人たちが知ってるかも」
ソウマはそう言って、その護衛二人を指差した。
俺は「じゃあ行ってみるか」と声をかけ、再び歩いた。
彼らの目の前に来た瞬間、警戒の眼差しを向けられた。
「旅の者か」
護衛の一人が質問した。
声のトーンは低い。
全く信頼されてないようで悲しくなってくる。
「それと、人探しをしていて」
カールが答える。
「人探し?仮面をかぶってるやつか?」
おお、と全員が声を上げる。
カールが続けて言う。
「ああ、多分その人です!」
カールがそう言うと、護衛たちは顔を見合わせ、頷いた。
そして門を開け、「右の家に医師がいる。そこを訪ねるといい。怪我人なら寝かせてあるはずだ」とだけ言った。
右の家って具体的にどこだろう、と疑問に思った。
その気持ちを汲み取るように、もう片方の護衛が「行けば分かる」と、ある家を指差した。
俺たちはそこへ向かった。
-----
その家の扉を開けると、中には白衣を着た老人がいた。
白い髪は短く切られていて、かわりに髭が伸びている。
薬棚を見ながら、何かを考え込んでいるようだ。
「ん、要件は?」
棚から目を逸らし、こちらへ向けた。
そして、その老人は掠れた声でそう言った。
彼が “医師” のようだ。
「仮面をつけた人を探しているんだが、なんか知らないか?」
ノイドが尋ねた。
その医師は「ああ、あいつかぁ」と小さく呟いた。
まるで面倒ごとに巻き込まれたような、そんな反応だった。
なんか、少し懐かしさを感じる。
俺がルゴン族と遭遇したときもこんな感じだっただろうか?
いや、それは大袈裟か。
「 “あいつ” ってことは、やっぱり何か心当たりが?」
ハーレンが聞いた。
医師は「奥の個室にいる」とだけ、静かに言った。
そして、目線をこちらから逸らし、薬棚へ向けた。
「どこにあるかは自分で探してな、時間はかかんないから」
その目線のまま、言い放った。
すぐにでも帰ることを望んでいるように見えた。
-----
ドアノブを回し、小さな木の扉を開ける。
この先に患者が数人ほど入院してるらしい。
そして、その中に “仮面の男” も……
扉を開けると廊下だった。
真ん中に細い通路があり、その左右は薄い木の板と扉によって八つの個室に分けられている。
私生活が外部に伝わってしまいそうだ。
多分あの中に患者が寝ているのだろう。
すぐに見つかるといいが。
まあ、今やるべきことは確立した。一応伝えておこう。
「面倒ですが、部屋を片っ端から調べるしかないですね。無理してボスを探したりすると、それこそさらに面倒なことに──」
「ボス、いますか!」
直後、発言を遮ってキミカが大声で呼んだ。
なんというか、得も損も人並み以上に経験していそうだな。
もちろん悪い意味で。
案の定、右の仕切りから「うるさい」と聞こえた。
彼女は、すみません、と静かに謝罪する。
当たり前である。
「……ボス、反応ないね」
ハーレンが呟いた。
確かに、あの声量なら聞こえているはずだ。
ボスは寝てるのか?
「というか、なんであのジジイは手伝わないんだよ?」
「なんかの事情があるんだろ。とりあえず、けあの言う通り片っ端から調べてこうぜ」
アカガネはカインを鎮め、「部屋数もそう多くないしな」と続けた。
各々が手分けしてボスの捜索にあたった。
-----
「ボス、いるかも」
小声で、囁くように。
声を上げたのは、隣にいるソウマだ。
「そうか。じゃあ開けよう──」
ソウマにあわせるように、俺も小声で言った。
「待って」
扉を開けようとしたところ、制止されてしまった。
「ボス、なんか話してるよ」
「何かを、話してる……?」
何だ、部屋の中にボス以外の人もいるのか?
俺は扉に耳を当て、会話の盗み聞きを試みた。
-----
「黒…、………変の…発…どう…?」
『…だやつは………てな…」
「そ……。ただ、……るの……間の…題だ。早…に頼…」
-----
「けあ、なんか聞けた?」
「うーん、部分的にしか」
重要そうなことは話してるが……
別に、今この瞬間に関係あることではないんだよな。
だったら開けたほうが良いか?
「ここにボスがいるのか?」
エンデイが来た。
続いてナクラ、ナンタルも。
「恐らくそうなんですが……」
「じゃあ行くぞ」
「ええ?まあ、はい……?」
エンデイも割とそういう感じなのか。
まあ開けても問題ないだろう。
俺もそれを考えてたところだしな。
「ボス、お久しぶりです」
彼は扉を開けて一礼した。
そして、グイグイと部屋へ入っていった。
まだボスと確定したわけでもないのに、凄いな。
「ボス。どこを怪我したんです?」
エンデイがそう言ってるってことは、中にいたのはボスだったのだろう。
俺は「ボスいましたよ」と全員に聞こえるよう声を出した。
その後、部屋に入った。
ボスは仮面をつけていた。
服の上からわずかに血液が染みている。
腕には包帯が巻かれていた。
「……もう、来たのか」
ボスはこちらを見て意味深なことを呟いた。
まるでこちらが来ることを分かっているかのように。
ソウマが扉を閉めたところで、質問を投げかけた。
「それはつまり、ここへ来ることを想定していたという意味で?」
なにかありそうだと、自分の勘が言っている。
まあ言ってくれないんだろうなあ、と思っていると。
「ボス、探しましたよ!」
かなりの声量でその言葉を発したのは、もちろんキミカだった。後ろからエミとノイド、カールも来ている。見えないが、多分全員来ているだろう。
直後、隣の部屋から「うるさい」と声がした。
彼女は壁越しで、小さく、すみません、と隣の人に謝った。
その後、ボスにも謝罪した。
「……まあ、気にするな。そんなことより今日は宿で休め。詳しいことは明日話す」
ボスは、静かにそう言った。
……やっぱりなんか隠してるよな、というのが否めなかった。
“ここを去れ” という気配が重くのしかかってくる。
「けあ、ソウマとエミは特に。ここを逃すと、しばらくベッドで寝れなくないぞ」
「それはとっくに慣れたものですが……まあ、気遣いありがとうございます」
最初に子供を連れてこうとした人間が子供の睡眠を心配するのか、と疑問には思った。
だが、たたでさえ疑問点が多いので休んでおこうと思った。
言質は取ったしな。
ソウマとエミも眠そうだ。
耐えてるだけで。
そんなことを考えているとき、エンデイが声を上げた。
「では、俺が宿を取っておきます。金もありますしね……よし、けあ、ソウマ、エミ。行こう」
エミは「あ、はい」と声を上げた。
ソウマは黙ってついていく。
正直なところ俺は、まだボスについて聞きたいこては山ほどあったが。
駄々をこねても仕方がないので、「ではまた明日」と声をかけて立ち去った。
去り際、扉を閉めるとき。
ボスの足にわずかな魔力が付着していたことに気づいた。
それを見て、声を上げそうになった。
だって、その付着した魔力は、ルゴン族のような “魔力そのもの” ではなく、人間の手によって威力や精度が調節された跡があるものだったからだ。
それが意味すること……。
それは、ボスが “人間による術や能力を受けた” ということだった。
-----
エンデイには近くの宿を取ってもらった。
安い宿にしては、部屋はしっかりとしている。
ベッドもあるし、布団も敷ける。
窓も大きい。
もちろん、全員分の部屋を用意することは不可能なので、ソウマ、エミと相部屋になった。
男二人と女一人の部屋は色々と問題がありそうに思えるが。
六歳の子供だと考えると、まあいいか、で済ませられるらしい。
男女の私生活的問題が出るのは、果たして何歳からなんだろうか。
ベッドの上で足をバタバタさせながら、そんなことを考える。
本当にどうでもいい話だ。
ただ睡魔を起こすために過ぎない。
「久しぶりにベッドで寝たなあ」
エミが呟く。
本当にその通りだ。
今日が六月二十七日で、旅が始まったのが五月十一日だから……。
「一ヶ月以上は野宿か。過酷だな。変なルゴン族とも遭遇するし」
「ほんとにね。……そういえば、ソウマ君は野宿とか慣れてるの?」
「僕をなんだと思ってる?」
思いがけない方向転換に、思わず苦笑する。
なんか、このやりとりをしていると落ち着く気がする。
彼らが持つ雰囲気がそうさせてるのかもしれない。
「……よし、そろそろ寝るか」
俺はそう言って、電気を消した。
エミとソウマは「おやすみー」と言い、静かに目を瞑った。
俺もそれにつられ、眠りに落ちた。
-----
その夜。
何かの気配を感じて、ふと目を覚ました。
「だれだ……?」
眠い目を擦って意識もはっきりしてくると、その気配は中ではなく窓の外から発せられていることに気がついた。
そして、その気配を、過去に一度感じたことがあることも。
「少し確認してみるか」
ルゴン族の奇襲だった場合はかなりまずい。
さすがの実力者でも、寝起きすぐの戦闘では本調子を発揮しきれないだろう。
そう思いながら、窓を覗いてみる。
当然ながら、さっきと同じ景色だ。
木の橋が水路を跨いでいて、家々が乱雑に置かれている。
その気配を感じたのは、木の橋だ。
そこに視線を合わせる。
暗闇と眠気に慣れてきた頃、何か強い違和感、いや既視感……?を抱く。
「何かの団体か?」
橋の上で、二人の人間が話している。
しかし、どちらも同じ服を着ている。
同じ服装……。
次の瞬間、ある記憶が脳裏に掠めた。
それは、組織スマイルから部屋をはじめてもらった日のことだった。
確かあの日も、同じ気配を感じた。
そう、そいつも、 “未来の俺” を連想させた。
「またか、勘弁してくれよ」
平静を装いながらも、内心は焦っていた。
あいつは、何者なんだ。
それを確認する手段は、今の俺には無かった。
そして再び、逃げるようにベッドへ潜り込んだ。
ふわっとした風が吹き込んできた。
自分を包み込んでくるような、そんな感覚がする。
俺はすぐに目を瞑った。
その、“開いていない窓” を見ないために……
-----
〈翌朝〉
「ここまで来れば、緑代都市までそう時間はかからないはずだ」
ボスが言った。
……なんだろう、視界がぼやける。
「大体、三日くらいですか?予定よりずいぶんはやいですね」
ボスの言葉に、カールが反応する。
「よし、じゃあ村を出るぞ」
ボスが、そういった。
「あの」
エミが言う。
「けあ君の体調が優れないみたいです」
視界がぐらりと揺れた。
「けあ、顔色悪いよ」
ソウマもいった。
カールがちかづいてきた。
「寝不足みたいだね。待ってね、回復をかけるから」
寝不足でそこまでなるのか……と考えた直後。
カールが俺の手を取った。
そして、緑の光が俺を包んだ。
身体を蝕んでいたダルさが、何かの栓を抜いたように消えていく。
「おお、ありがとうございます」
俺はその場ですぐに礼を言った。
昨日の夜は、正直本当によく眠れなかった。
なぜかはわからないが、あれに直面すると、言い表せない不快感が襲ってくる。
いい迷惑だ。
「疲れたときは言ってね。応急処置はできるから」
カールはそう言って、笑った。そして背を向け、村を出た。
エミやソウマの「大丈夫か」という問いに、「大丈夫だ」と返しながら。
あの二人の護衛に挨拶を交わしながら、俺もその村を出た。
緑代都市フレイダーも、すぐそこまで見えている。
とりあえず旅の中間の中間地点は見えてきただろう。
……あ、そういえば。
昨日の夜に取った言質、いつ使おうか。




