第十話 予知夢
〈けあ視点〉
創暦六二四六年 六月二十八日。
「ボス、なぜあんな村にいたんですか?」
村を出て少ししてから、俺は尋ねた。
もちろんこの質問には、「村で何をしていたのか」という意味も含んでいる。
仲間も「確かに気になる」と口々に呟き、頷く。
どうやら俺以外にも、ボスの行動に違和感を感じていた人は多いようだ。
ボスはそれを察したのか、一度止まって、振り返って、俺たちと向かい合った。
そして、聞き慣れた仮面越しのボソボソとした声で言った。
「ただ攻撃を受けただけ──」
まるでそう聞かれることを想定していたかのように、迷いなくそう答えた。
しかしその後、語尾を濁して「いや、これくらいはもういいのか」と囁いた。
そして、ボスは何かを警戒するように周りを見渡したあと、深呼吸した。
それと同時に、夏特有の日光を帯びた蒸し暑い風が木々の間を通り抜け、辺りを囲む葉々を揺らしていく。
そして俺たちの足元を、暖かく照らしていった。
その瞬間だけ、まるで何かに守られたような感覚がした。
「……けあは気づいていると思うが」
ボスは再び息を吐き、言葉を続ける。
「俺は、人間から攻撃を受けた」
その瞬間、周囲からどよめきの声が発せられた。
俺自身は「まあそうだろうな」とは思っていたため、そこまでの驚きはなかった。
「盗賊か何かでしょうか?それとも、この組織を狙っている存在……?」
キミカが尋ねる。
ボスは一呼吸置いてから告げた。
「盗賊ではない。該当する部分が多いのは後者……要するにこの組織、もしくはその権力者を狙っている連中だ」
今度は全員から、乾いた困惑の声が漏れ出した。
「まじかよ」と、カインは消えかかるような声で呟いた。
「なぜ今のこのタイミングで組織が狙われるんです?私たちはただルゴン族を倒してるだけで……」
「ルゴン族を殺すこと自体は問題じゃない。ただまあ、なんというか……」
カールの質問に、ボスは慎重に答えた。
おかげで何か言葉に詰まっていることは明確に分かる。
その後は少しの沈黙が流れた。
数秒して、ハーレンが「ちょっと、そこ結構大事なんだけど」と催促を入れたことで、ようやく時は動き出す。
「奴らにとっては、組織の存在自体が邪魔なんだ」
組織の存在自体が邪魔……。
本当に掴めない。
多分ボスは本当のことを言ってるんだろうが、曖昧なことが多すぎる。
今のところ分かっていることといえば、
「ボスは人間に攻撃された」「その人間は、組織スマイルという存在を邪魔だと考えている」
の二点だけだ。
「結局、そいつは何者なんです?」
エンデイが少し声を大きくして尋ねた。
苛立っているのだろうということは、すぐに分かった。
「……何者かは、分からない。だが、必ず知るときは来るだろう」
ボスは首を横に振る。
エンデイは小さく「なんだそれ」と呟いた。
アカガネはそれをなだめる。
他の人間も、あまりの情報の無さに困惑しているようだ。
「……ところで」
俺は振り返らず、後ろにいる人物に話しかけた。
「さっきからこっちを見て……俺に何かありますか?」
そう言って、身体ごと振り返る。
ナクラと目があった。
「何かあるわけではないが、少し気になったものでね」
「気になった……?」
ナクラのような研究者が気になるもの……と言うと、やっぱり能力関係か?
いや、多分そうだ。
こいつはたしか、分析に長けていたはず。
「ボス、少し失礼」
ナクラはそう言って、ボスの服に付着した人間の魔力に手を触れた。
その手から青白いオーラが漂い、やがて彼の全身を包み込んでいく。
淡い青色の粒子がボスの服を照らした。
「……やっぱり」
ナクラはそう呟いて手を離した。
そしてこちらに視線を飛ばした。
「ボスの服についた魔力と、けあの能力から発生してる魔力……どっちも全く同じだよ」
「なんだって?」
思わず、そんな素っ頓狂な声が出てしまう。
魔力が同じ。ということはつまり……
「ボスを襲ってきた奴とけあ君の能力は同じだったの?」
カールは俺の思考に付け足すように言った。
ナクラはそれに対し「その通り」と指を振った。
「能力が似通る、なんてことは珍しくない。ただ、全く同じ魔力となると……前例は無いね」
段々とナクラの声に熱が帯びる。
一方、周りは次々と湧いてくる新情報に驚きを隠せないようだ。
もちろん俺も含めて。
「ボス!その戦った奴、まだ生きて!……ますか!」
ナクラは唐突にボスに詰め寄り、叫ぶように言った。
ボスは少し驚きつつ「当然殺したが」と告げた。
「あーあ、いい資料だったのになあ……」
ナクラは崩れ落ち、落胆した。
実験って……まさか人体実験か?
恐ろしいことが一瞬だけ脳裏をかすめたが、それは気のせいだと言い聞かせた。
しかしその後すぐ「まあ、けあ君がいるからいいか」と聞こえた。
それを聞いたときは、背筋に氷柱を当てられたかのような寒気が走った。
「……まあ一旦さ、都市まで行ってから整理しない?」
ナンタルがそう呼びかけたことで、一旦この話はここで終わりとなった。
淡々と前を行くボス、
機嫌のいいナクラ、
そこに困惑した十一名を添えて、歩き出した。
「あれ、カインさんどうしました?」
俺の背後からキミカの心配する声が聞こえた。
それに流され、カインへ視線を向ける。
見ると、彼は額に手を添えて、顔をしかめている。
顔色は悪い。
「……ただの、頭痛だ」
カインは覇気のない声でそう呟いた。
本当に、ただの頭痛なら良いんだがな。
俺は何も言わず、視線を前へ戻した。
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〈カイン視点〉
「今日は、俺が焚き火か」
そう呟き、目の前の枝を拾う。
そして枝を口元へ持っていき、舐めた。
「……にがい」
背後に枝を投げ捨てる。
木が多いくせに、焚き火や魚の串に使える枝が少ない……だから森の任務は苦手なんだ。
夜はルゴン族も多いしな。
「お、こいつは使えるやつだ」
そう独り言を呟き、何本かの枝を拾う。
ふと目の前を見ると、その枝を生やした木がある。
俺は剣を抜いた。
「空斬!」
捻り曲がった旋風が、その木についた枝をバサバサと切り落としていく。
木はギィと音を立てて倒れた。
その落ちた枝を、能力を使って集める。
「……よし」
枝を大体集め終わった俺は、急いで拠点へ戻った。
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石の椅子に座り、焚き火に火をつけた。
その火は周囲を緋色に染め上げ、メラメラと燃え始めた。
「二十日目となると、もう慣れたものだな」
隣から声がしたので見てみると、そこにはエンデイが座っていた。
「ああ。良いものかは知らないが」
俺は焚き火に目線を移して答える。
慣れてきているとは言ったが、正直な話、感覚でやっている部分はかなり多い。
……昔からそうだった。
何事も、いちいち理論を組んでやるよりも、感覚で押し切ったほうが俺には合っている。
「初めて焚き火を組んだときも、お前だけ枝のせいで腹を下していた」
「……仕方ないだろ、あれは」
笑いながら話すエンディに、俺は不満をあらわにした。
それを読み取ったのか、あるいはさらに小馬鹿にする気なのか、彼は笑いをやめて謝罪してきた。
「いやいや、すまん。そう気を乱すな。あのときはお前だって必死だったもんな。魚のときなんて──」
「──っ!」
そろそろガツンと言ってやろうかと口を開いたとき、頭部に衝撃が走った。
それで思わず顔を歪める。
「……どうした、いじりすぎたか?」
エンデイはくすくすと笑いながら、俺の顔を覗き込んできた。
何かを言いたいーーだが、どれもうめき声にしかならなかった。
「あ?おい、なんだ。まじのやつか?」
エンデイの声が遠のいていく……。
──ああ、またか。
今朝のときと同じだ。
「おい、まて!カール!」
その声を聞いた瞬間、視界が突如として暗闇に包まれた。
世界から全身の感覚が消えていき……
そのまま、狭い箱に入れられたように、暗闇の中に意識が閉じ込められた。
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「……うあぁ」
額に手を当てながら上半身を起こす。
ぼやけた視界を治そうと、軽く目を擦った。
「ええ、たしかここは……」
そこには、見覚えのある空間が広がっていた。
宇宙のように真っ暗な外。
その中にポツンとある荒廃した遺跡のような場所。
俺が立っている場所は、その遺跡の中心のようだ。
「また会ったな。」
聞き覚えのある声が響いた。
その声が聞こえた方向へ視線を向ける。
いつの間に来たのか、そこには輪郭すらぼやけた真っ黒な影が立っていた。
足を動かし、距離を取ろうとする……が、足が動かない。いや、下半身が使えない……?
気づけば、そいつは俺の目の前にいて、こちらを見下ろしてきていた。
「お前は、誰だ?」
おそるおそる尋ねる。
「おいおい、冗談だろ?さっき会ったばかりじゃないか。」
淡々と、楽しそうにそいつは語る。
まるでこちらを全面から下に見ているような、そんな気がする。
そんな態度に少し不快感をおぼえた。
「前に会った……と言うと、そうか」
思い出した。
こいつは、この前の夢に出てきた奴だ。
と、なると。
下半身が動かせないのも、この空間に来たから……というわけか。
ただ──
「この前は上半身も動かせなかった。なのに、今になってそれができるのはなぜだ?」
「おお。良い質問だ。いやはや、お前は物覚えが良いと記憶していたが、それは正しかったようだな。」
真っ黒な手で俺を指差しながら、そう言った。
ほぼ初対面みたいなものなのに、まるでずっと昔から俺を見てきたかのような物言いに奇妙さを感じた。
「さっさと質問に答えてくれるか?」
「要件を受け入れてくれたらな。」
「またそれか」
要件、と言うと。
こいつにはたしか、「ボスを観察しろ」と言われていた気がする。
ただ、こんな怪しい奴の要件なんて聞き入れたくない。
目的も知らないし。
「俺は、お前を信用してないからな」
「ほう。つまり、そんな要件聞き入れるつもりなどない、と。そう言いたいのか。」
「ああ、そうさ。遠回しに言うとな。……それ以外に何がある」
睨みつけて言う。
俺はこいつを信用していない。
どうせ、変な夢でも見てるだけだ。あの光の粒子のせいで。
「なるほどな。お前ならそう言うと思ったよ。」
そいつはヘラヘラと笑いながらバカにするように言った。
俺は久しぶりに、心の憤りが溜まっていくのを感じた。
「まあそういうことだから、さっさと諦めてくれないか?」
大袈裟にため息を吐きながら、言った。
だが効果はなかった。
「ふーん、だったらこうしよう。俺がこれから起こることを当てられたら、お前は要件を呑め。」
「と、言うと……?」
急によく分からないことを言い出した。
なんのつもりだろうか?
「そうだな、明日にしよう。明日、何が起こるかを教えてやる。」
「お前、話を……」
そいつは顎に手を当て、何か考える動作をした。
というより、勝手に話を進めないでもらいたい。
「明日、お前たちは森を抜ける。」
……勝手に話し出した。
なんだこいつ、面倒だ。
「森を抜けてすぐ、ルゴン族に遭遇する。」
「おい、その要件、俺には何もないのか?」
「もちろんあるだろ。俺はお前らの命を救おうとしてるんだぞ。」
「命を救う……?」
そいつは「本当に話を聞いていないな。」と呆れながら言った。
お前が勝手に話し始めるからだろ、と心の中で相槌を打った。
「いいか、ルゴン族の階級は王獣級の上位だ。厄介な力も持ってる。」
「んで、俺らはそいつに負けると。そう言いたいのか?」
小馬鹿にするように鼻で笑いながら言う。
よく街にいる怪しい占い師は、よく「お前はこれから死ぬ」というテンプレを使ってくる。こいつもその類だろうと、そう踏んだ。
「ああ、死ぬさ。奇襲されるからな。勝ってはいるが、緑代都市フレイダーの病院行きになるやつもいる。」
「死ぬ……?それに、病院行きに……?」
それを聞き、俺は大きく笑った。
「ははは!おいおい、笑わせるなよ。こっちには優秀なヒーラーがいるんだぞ。病院になんて行かなくとも、ましてや死ぬことなんて──」
「と、未来のお前らも考えてる。」
もう話をするのが バカバカしく なってきた。
いや、逆に面白いのかもしれない。
「信じてないな。何も知らないから、そう言える。」
そいつは笑いながら言った。
「だったら、さっさと教えてくれよ」
段々苛立ってきた。
重要なことを何も教えてくれちゃいない。
「そうだな……そいつは能力を持ってるんだが、その能力は主に三つある。一つ目が、相手の魔力を吸収する能力。二つ目が、光を操る能力。三つ目が、音を操る能力だ。」
「なるほど」
一呼吸置いて、告げる。
「バカだろ、お前。知ってるか?ルゴン族は人間のような能力を複数個操ることはできな──」
「いいや、使える。」
はあ。
とことん常識が通用しない。
もはや笑いものにすらできないな。
そいつは深呼吸して言った。
「ルゴン族の中には、魔力をそのままぶつけるような真似をしないやつだっている。」
「……へー」
もう諦めることにした。
こいつには何を言っても無駄だ。
「まあ、いいか。今日はこの辺にしておこう。」
そう言って、そいつは俺に背を向けた。
「今言ったことは事実だ。だから忘れるなよ。」
そう言って、歩き出した。
瓦礫が渦巻く中へ消えていく。
「最後に言っておこう。奇襲で殺されるのはキミカだ。森を抜けるとき、キミカが死なないようにはしろよ。俺としても困るんだ。」
「……はっ?」
待て、今あいつはなんて言った?
キミカが殺される……と聞こえた。
「おい、待て!」
そう叫ぶ。
だが、声は暗闇の中に消えるだけだった。
「……いや、ただの戯言、だよな」
そう、言い聞かせるように呟く。
ただ、胸の圧迫感が消えることはなかった。
「──っ!」
その瞬間、頭部に衝撃が走る。
痛みを感じる暇もないまま、俺の意識はその世界から隔絶され……
一瞬で暗闇に包まれてしまった。
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「…インさん!」
「……の…!」
「おい、カイン!」
その声で、俺は暗闇から抜け出すことに成功した。
目を開けてまず広がってきたのは、薄い黒色の布でできた天井だった。
これは確か……テント?
横を見ると、そこには見慣れた戦友が集まっている。
その中にはキミカの姿も。
深く深呼吸をした。
なぜか、呼吸をしたのが久しぶりに感じた。
「カインさん!良かった……」
カールは消えかかりそうな声でそう言った。
その直後、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。
「カール!」
ノイドが手を差し伸べる。
それに対して彼女は「ただの魔力切れだから大丈夫」と返した。
「カイン、大丈夫なのか」
エンデイが俺を見つめる。
その目には、心配の他にも、またこの前のように暴走しないかと言う不安も入っているような気がした。
「ああ、ありがとう」
俺は心の底から感謝を述べた。
「……ところで、お前は何してるんだ」
そう言って、俺は自分の足元に視線を移す。
そこではナクラが、手から青い光を出して何か分析しているようだった。
「いや、なんかね。ここが少しおかしいというか」
「おかしい……?」
「うーん、魔力が違うって言うか、なんだろうな……わかんないや」
ナクラはおどけたように言っているが、顔は深刻そうだった。
なるほど、足元、足首か。
特に何か思い当たることはないが、強いて言うならあの夢のことだろうか?
「まあ、カインさん。今日はそのまま休んでいてください」
キミカが優しく微笑んだ。
そして、ソウマがテントを出て行ったのを見て、彼女もテントを出た。
それを見ていたノイドやアカガネも、それに続いて出ていく。
「ありがとう、また明日」
俺はそう声をかけ、彼らを見送った。
テントから完全に人が出たのを確認すると、俺はテント内の椅子にかけられてある剣に視線を移した。
その剣は俺が組織に入ったときから使っており、片時も離すことはなかった。
「あいつの言ってたことが本当なら、俺が守らなきゃいけないな」
明日、みんなに話しておこう。
直接伝えるのは色々と面倒だから、うーん……
「まあ、今は考えなくてもいいか」
全てを明日に託した俺は、静かに目を閉じた。
そしてそのまま、意識が遠のいていくのを待った。
薄れていく意識の中、「あいつ、なんでキミカとかの名前を知ってたんだろう」と疑問に思った。
旅の疲れのせいで変な夢を見ているだけ……そうだったら、一番いいのだが。
あれが、例えば予知夢だとか、そういう類いのものだったとき……
俺は、どうすればいいんだろうな。
これ以上考えても明日の宿題が増えるだけだと察した俺は、まぶたの裏に広がる暗闇に、身を委ねた。




