第十一話 奇襲
〈カイン視点〉 創暦 六二四六年 六月二九日
「恐らく、森林での休憩はこれで最後になる。あと少し歩けば都市が見えてくるはずだ」
ボスのその言葉に、俺は頭を打たれたような感覚になった。
昨日見た夢……あれが本当だった場合、キミカは死ぬ。
そんな不安を、今の今まで拭えずにいた。
出来るのだろうか……俺に。
“キミカの命を守る” ことが。
──いや、やるしかない。
森を抜けるとき、エンデイに未来視を発動してもらう。
それでエンデイの反応が少しでも変わったら、俺はキミカの周りに虚斬空壁を創る。
何もなかったら……それが一番良い。
俺が馬鹿になり、あいつが詐欺師になる──それだけの話だ。
木に立てかけてある剣を見た。
明紀さんから貰ったときと同じように、橙色の陽を浴びて輝いていた。
「自分を信じてくれ」と言わんばかりの風貌を感じた。
「おいカイン、大丈夫か?休憩は終わりだ」
エンデイのその言葉で、我に帰った。
俺は遅れて「ああ」とだけ返事をして、剣を右手に持って立ち上がった。
去り際、背後からふと風を感じたので振り向いた。
そこには、眩しくて鬱陶しさを感じるほど輝いた陽の球が浮いていた。
何と照らし合わせたのかは知らないが、その日の太陽は “明紀さん” を連想させた。
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「ふう、一旦森は抜けましたね」
キミカが伸びをしながら言った。
俺はそれを視界の端で捉えながら、エンディにねだるように問いかけた。
「な、なあ。エンデイ、未来視をしてくれないか」
「え?ああ、別に構わないが。どうしたんだ」
エンデイが首を傾げた。
心臓の鼓動が速くなる。
俺にとってはここが運命の時だ。
危険な賭け事と言ってもいい。
「どうだっていいだろ、はやくしろよ!」
思わず語気が強くなった。
その場の全員が俺を見た。
周囲は静まり返り、木々の葉のなびく音だけが耳に着いた。
エンデイは「わ、分かったよ」と怖気づきながら、未来視を発動する。
──数秒、沈黙が流れた。
エンデイが周囲を見渡し、しばらくして「なにもないぞ」と呆れたように言った。
それでも俺は、彼を睨み続けた。
もっと見極めろ、と言うように。
彼は仕方なく目線を動かした。けあ、エミ、ソウマ、ナクラ──と、視線が移っていく。
そして、ある地点で「ん?」と呟いた。
その視線の先には、キミカがいた。
──その、直後。
エンデイの瞳孔が少し動き、息が荒くなったのを感じ取った。
心臓がねじきれるように脈を打った。
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〈けあ視点〉
何が起きたのか、理解できなかった。
突然カインが叫び始めて、沈黙が流れた。
「あの、カインさ──」
そう声をかけた直後、カインは視界から消えた。
かわりに、地面には大きく抉れた土が積もっていた。
そしてその刹那──甲高い金属音が響いた。
反射的にその方向を向く。
そこには、キミカとカインと──
「人型の、ルゴン族……!」
ルゴン族の剣と、カインの剣が衝突していた。
眩い火花で視界が霞む……
「虚斬空壁!」
カインは聞き覚えのいるその単語を口にした。
その瞬間、剣と剣の間に透明の壁ができた。
火花は消え、周囲を緑に覆っていた草木は土に還った。
俺たちも能力で牽制しようと、各々が構えに入る。
すると、ボスが叫んだ。
「やめろ!その魔術は通用しない!」
その言葉に全員がたじろいた。
直後、カインの虚斬空壁はガラスの割れるような音を立てて消滅した。
ルゴン族の剣はそのまま振り下ろされ、大地を抉った。
カインの足から血が流れ出した。
「カイン!」
隙が生じたカインを、エンデイが救出に入る。
「幻弓!」
キミカが今度はカインを守るように、光の矢を数十本放った。
しかし、ルゴン族は全て剣で捌いた。
無数の光の断片が、ホコリのように宙を舞った。
キミカに剣が振り下ろされようとしたところで、ルゴン族が上を向いた。
つられて上を向くと、ハーレンが槍を構え、上空から一直線にルゴン族へ向かっている。
「刺突急下!」
甲高い金属音が響き、紫色の斬撃がルゴン族に衝突した。
ルゴン族はそれを、当然の如く剣で防いだ。
だが、隙は生まれた。
「疾雷・一閃!」
横を稲妻が通り過ぎた。
見ると、ノイドがそのルゴン族に剣を振るっている。
通用している気配はない。
ノイドがいくら稲妻の斬撃を放っても、相手は雷ごと断ち切っている。
ルゴン族は、エンデイにカイン、ノイドとハーレンの四人を均等に攻撃しながら、キミカの遠距離射撃を避けている。
「おいみんな、離れろ!」
そんな声が響き渡った。
見ると、ナクラが手榴弾のようなものを持っている。
「うぉらあ!」
そう叫び、手榴弾を投げた。
目にも留まらぬ速さで投げられたそれは、一直線にルゴン族へ向かっていった。
ルゴン族は避けようとする。
だが、ソウマの封魔鎖が絡まって動けない。
その手榴弾は、ルゴン族の剣に直撃した。
中から出てきた、埃のように鋭い金属──アカガネが作り上げた鋭利な鋼が、ルゴン族の目や耳を、風に乗って切り裂く。
奴は手で顔を拭った。
「百中祈願!」
「双銃・千撃!」
直後、エミの運をまとった、ナンタルの無数の弾丸がルゴン族へ向かっていった。
ルゴン族は鎖を無理やり切断し、風よりも速く銃弾を避ける。
それを見て、俺は手を構えた。
「……エミ、ソウマ、カールさん」
俺は三人の名前を読んだ。
「もう一度、やってみましょう」
その言葉に、三人がうなづいた。
背後からボスが見てきているが気にせずに、俺は手に魔力を込める。
目の前に空気の塊が発生し、周囲を舞う土埃を吸収していく。
そこに三人が手を添え、各々の魔力を込め始めた。
エミの祈願が金色の球へ、
ソウマの鎖が黒色の球へ、
カールの術が緑色の球へ、
それぞれが変化を遂げ、混ざり合い、やがて白色の炎となった。
そして俺は、これでとどめになるようにと、ある種の願いを添えながら、その単語を口にした。
「──反発」
その瞬間、炎は解き放たれる。
奴に向かって一直線に向かっていった。
周囲の人は察したのか、ルゴン族から距離を取る。
ルゴン族は大きく飛び上がり、それを避けようとする……が、その炎のほうがよっぽど速い。
すぐに命中し、傷を負っていた仲間は回復した。
無数の鎖が飛び出し、奴の身体を押さえ込む。
それを衝撃波が襲いにいった。
“ゴン”
という鈍い音が響き渡り、奴の身体は森のはるか奥へ、木々を倒しながら消えていった。
大量の土埃が舞い散り、視界が茶色に埋め尽くされた。
思わず手で目を隠す。
「……油断するな」
ボスは俺の背中を叩き、忠告した。
そして肩に手を添えてきた。
「もう分かっているかもしれないが、一応言っておこう」
ボスはそう言って、左手を横に振るった。
僅かな風が吹き、土埃は、まるで最初から無かったかのように、全て左に流れていった。
なにをしたんだろう、と視界をキョロキョロ動かす。
俺が目を開いたのを確認してから、ボスはかがんで言った。
「あいつはルゴン族ではない。似ているが、違う」
「えっ」
反射的にボスの顔を見た。
流石に疑ったが、“今は俺を信じろ” というボスの声が、仮面から聞こえた気がした。
「じゃあ、あいつはなんなんですか」
あえて一つ先の質問を飛ばした。
ボスは軽くうなづいた。なぜか、微笑んでいるようにも見える……?
「そうだな。伝えられる部分は少ないが、あいつは──」
「なかなか出来た連携じゃないか」
その発言に被せて、「何か」の声が響き渡った。
仲間の声じゃない──聞き覚えのない声。
仲間の全員……いや、ナクラ以外の顔が強張り、恐怖と困惑に満ちた表情になった。
話すルゴン族なんて聞いたことがない、と。
そう誰かが叫んでもおかしくない──そんな状況だった。
ボスは顔を上げ、その声の主へ目線を向かわせた。
おそるおそる、ボスの視線の先を辿る。
そこには、黒光を発した大剣を肩に乗せたルゴン族がいた。
先ほど与えた傷は、すでに癒えている。
奴の着る黒い鎧には、血液と暗色を帯びた黄色い光が舞っていた。
「なんで、私の能力を──!」
キミカが掠れた声で、静かに叫んだ。
ルゴン族はそれを兜越しに嘲る。
そして剣を肩から下ろし、地面に突きつけて言った。
「十三人か。実力はあるようだが……まあ、人間って感じだな」
その「何か」……奴は、驚くほど流暢に、挑発するように話し始めた。
違う。
──ルゴン族じゃ、ない。
それを聞いて、直感的にそう感じた。
「何が目的なんだ」
ボスが冷たい声で言った。
俺にとってはそれが、宣戦布告のように聞こえた。
「簡単な話だよ。そこにいる小娘を殺して、黄金の命血を奪う──それだけだ」
奴はそう言って、大剣の刃先をキミカに向けた。大地から剣を引き抜いただけで、小さな土の霧ができた。
キミカは光の弓を構え、攻撃に備える。
カインがキミカの隣に移動した。剣を両手で持ち、正面に構えた。
それを見て、奴は高らかに笑った。
「なんだ、なにがおかしい!」
カインは力に任せ、いつものように乱雑に言い放った。
しかし、剣を持つ手は震えていた。
奴は剣を両手に構えて言った。
「お前らが実に滑稽なものでな」
ノイドが「滑稽……」と小さく呟いた。
奴が腰を落とした。
そして、剣を強く握った。
その剣はカインに向けられていた。
「じゃあ、まずはお前からだ」
奴はそう宣言した。
そして冷笑を浮かべながら、前へ一歩踏み込む。
その威圧感を肌で感じながら、俺は──いや、全員は警戒した。
「防がなきゃ、死ぬぞ?」
その、直後──
真横から強烈な風を感じ取った。
奴がいた場所には大きなクレーターができてる。
踏み込んだ……のか?
『カイン!』
「カインさん!」
そんな声が響き渡った。
背中に冷たいものを感じながら、振り返る。
──かつてカインがいた場所は大きく荒れ果て、木々が無くなっていた。
大量の土埃が舞い、葉までもが逃げるようにその場から消えた。
突然の出来事に困惑しているとき、なぜか背後から声が聞こえた。
「殺してはない。俺の狙いはあいつじゃないからな」
そんな冷たい声が脳に響いた。
驚き、反射的に振り向く。
「さあ、続きをしよう」
またもや背後から聞こえたその声は、先ほどよりも近くなっていた。
そして──俺の視界の右端を、黒く輝く大剣の刃先が掠めた。




