第十二話 油断
〈けあ視点〉
その剣が見えた瞬間──
まばたき一回にも満たないはやさで、能力を発動した。
「攻撃を避けるための反発」と「相手を吹き飛ばす反発」を同時に練り込む。
空間が僅かに歪み、軋むような音を立てた。
瞬時に魔力を解き放つ。
気が付けば、世界から遠近法が消えていた。
ぼやける視界の中、空気を切り裂くような音が響き、遅れて衝撃がやってくる。
幾度も芝生に転がり、服に赤い斑点が滲む。
やがて木に激突し、そのまま地面にずり落ちる。
避けた──
「っ!」
遅れて、背中に大きな衝撃が走った。
肺を殴られたような感覚に、呼吸ができなくなる。
突如、世界から音が消え、視界が暗くなった。
色と輪郭がぼやけ、形を認識できなくなっていることに気づく。
思わず両手を地面につき、下を向いた。
辺りに生い茂る緑色の草を、顔から滲んだ血液が赤く染めていく。
──なんで。
ここまでの威力は、出していない。
あくまでも移動として使っただけだ。
それなのに、攻撃として使うような──いや、それ以上の衝撃波かもしれない。
何をした。奴は何を……
──?
空から水滴が降り注いだ。
──雨か?
それは俺の身体を優しく包み込み、浄化していく。
全身についた重い鉛を少しずつ解いていくように、身体が軽くなっていく。
ふと上を見上げた。
すると、ある人物と目が合った。
──カールさん?
……呼びかけてみても、反応はない。
なんだ、俺はどうなっている。
困惑して視線を左右に動かしているとき、彼女の口が動いたのを視界の端で捉えた。
さっきよりも濃い色の緑が身体を覆う。
次の瞬間、周囲から空気と風の音が脳内に強く響いた。
「っ!」
思わず頭を抑える。
だがすぐに、不思議とそれに懐かしさを感じた。
「あの、何をしたんですか?」
カールに尋ねる。
そのときに発した自分の声も、なぜかそのときは懐かしく感じた。
そしてそれを聞いた彼女は、安心したように息を吐いた。
その後、「よかったぁ」と声を溢した。
そのまま続ける。
「鼓膜が破れてたみたいだね。まあ、あんな音を近くで聴いたら……ねぇ」
そう言って、カールは顔をしかめた。
どうりでこの環境音が鬱陶しいわけだ。
と、いうより──
「あんな音……とは?」
「ああ、なんかあの人、音系の能力なんだよね」
音系の能力──。
声に出そうとしたが、なぜかできなかった。
鼓膜を一瞬で破壊できるほどの音を出せるなら、あいつは──
そのとき、大地が揺れた。
そして遙か後方で、破裂音のような音が響き渡った。
「けあ、お前はボスと逃げろ!」
そして、恐らく奴から逃げてきたであろうノイドに、後ろから担がれた。
突然の出来事に困惑する。だが、何かがあったことは理解できた。
前を見ると、彼が通ってきたであろう雷の跡が漂っている。
ボスは走り去る俺たちを、遠くから眺めている。
その姿はどこか、俺に何かを訴えかけてくるようなものを感じた。
俺はノイドの片肩に手を添える。
そして──指先に魔力を込めた。
「ノイドさんごめんなさい──俺には、できません」
そして俺は、反発を放った。
移動用の反発だ。
視線の先は破裂音がした方。
雷の軌跡を頼りに、魔力の許す限りの反発を出しながら進んでいく。
気づけば俺は、遙か上空から地上を見下ろしていた。
「バカ、なにやってる!」
ノイドが叫んだ。
彼は技を使い俺を捉えようとする……が、体勢を崩しているせいでうまく技が出せない様子だ。
本当に申し訳ない。
だが、衝動を抑えられなかった。
俺はあの日──はじめてルゴン族に会った日、ひどく興奮していた。
未知との出会いとは、それほど俺を突き動かすのだ。
そして奴を一目見たとき、感じた。
あの日のときと同じ興奮を。
そのときまでは、痛い目にあった経験もあり自制していたが、どうやら俺という人間は学ばないらしい。
視線を、目的地とは逆の方向──俺の背後に動かした。
豆粒程度の大きさで、エミとソウマが逃げているのがわかる。
「悪いな、エミ、ソウマ……俺は帰ってこられないかもしれない」
そう呟き、微笑んだ。
そして目線を再度、ノイドたちのほうへ。
ノイドは追ってきている。
空中に雷の跡が漂っていることから、それに気づけた。
だが間に合わないだろう。
もうすぐ俺は目的地に着く。
ふと、ボスを見た。
彼は追ってきていなかった。
ただ──
俺は高速で移動しているはずなのに。
なぜかボスとは、ずっと目が合っている……ような気がした。
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土が抉れる。
辺りに土の霧ができた。
そして、両足に電撃が走ったかのような衝撃が伝わる。
「反発の着地は慣れないな……」
目を抑えながら、そう呟く。
二、三回ほど目を擦り、開く。
砂嵐のようにぼやける視界の中、青色の髪の毛が見えた。
「ドンピシャだな……」
間違いない。カインだ。
カインが赤い液体を額から垂らしながら倒れていた。
いや、彼だけじゃない。
ナクラも、エンデイも、アカガネも、そこにいる。
ナンタルは木にもたれ、ハーレンは赤い水溜りの中で仰向けになりながら、木の枝に取り囲まれていた。
この場にいないのは──
「キミカ……あいつは、どうなった?」
独り言を呟く。
その独り言に重ねるようにして、ある人物の声が響き渡った。
「今から探しにいくところだ」
前から、大剣を持った鎧の男が、音もなく近づいてくる。
「殺し損ねたって感じか?」
わざと笑みを作りながら、答える。
だが身体は正直なもので、冷や汗をかいているのは事実だ。
「別に他のやつも殺してはいないが……まあ、そんな感じだな。主にその青いやつが邪魔をしてきた」
そう言って、カインを指差す。
俺は目を細めながら、彼を見つめた。
そしてすぐに奴と向き直り、問いかける。
「お前がキミカを執拗に狙う理由はなんだ?」
奴は「ほう」と顎に手を当て、考えた。
しばらくして、笑い始めた。
「そいつは裏切り者だからな。命血を奪って、報いを受けさせにきたんだ」
「命血……裏切り者……?」
意外な答えに、思わず目を丸くする。
彼女が何を裏切ったのだろうか。
「俺たち “神族” に泥を塗った。だから、こいつには制裁を受けさせてたんだ。“記憶を消して、人間のか弱い実力で生きていく” ってな」
「記憶を消して……」
「そうだ。もちろん、記憶を消したりわざわざ弱くして人間界に落としたのにはれっきとした理由があるわけだが……まあ、説明する意味もないな」
「遠回しに、質問させないようにしているか?」
「それはどうだか」
奴は剣を持っていない左手を挙げて、やれやれと首を振った。
なんだろう、色々と引っかかる部分はある。
だが、聞いたら手加減なしで殺される──そんな気がする。
「そろそろいいか?」
奴はそう言って、俺に剣の刃先を向けた。
その瞬間、全身が氷漬けにされたような感覚に陥った。
「じゃあな、ガキンチョ」
やけに冷たく、そう言い放った。
そして気づけば、目の前から奴の身体が消えた。
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〈 “奴” 視点〉
俺がはじめにこいつへ攻撃を仕掛けたのは、こいつの存在自体に嫌悪感を感じたからだ。
こいつは、俺の思い出したくない記憶を思い起こさせる。
本当に厄介な存在だった。
だからさっさと消し去りたかった。
「じゃあな、ガキンチョ」
俺がそう言うと、そいつの身体が小さく震えたのを感じた。
だが、笑っている。
それがまた、あの記憶を思い起こさせる。
──本当に、だから嫌なんだ。人間という種族は。
そうして俺は剣を振るう。
殺すつもりで放った。
ガキを殺すには十分過ぎるほどの攻撃だ。
少し力を入れただけで、空気が裂かれるのを感じた。
剣が心臓の鼓動に合わせて脈をうつ。
──燦光。
大剣を思いっきり振りかざした。
土が抉れ、このクソガキの身体は木っ端微塵になる──はずだった。
「これは……驚いたな」
素の声が出る。
そのガキは、剣を両手で受け止めていた。
いや、正確に言うと、“能力で受け止めた”──。
剣と手の間に、わずかな隙間があった。
「俺の能力が効かないときたか……」
顔をしかめる。
俺の能力は、相手が技を放つ前に、その技と同程度の魔力を放つと、魔力を打ち消して技を不発にする、というものだ。
ただ、効いていないのを見ると──
「負けたのか?たかが人間に、魔力量で──」
再びあの日の記憶が走馬灯のように流れる。
たしかあいつも、この能力が通用しなかった。
俺は地面を蹴り、距離をとった。
「すまないが、俺はお前を殺すことになりそうだ」
そう言い放ち、剣を構える。
だが、次の瞬間。
「だったら──」
そんな声が、耳元で聞こえた。
俺は思わず剣で防ごうとする。
だが、魔力を感じ取った直後──
俺の身体は弾丸のように宙を舞った。
「さっきの時点で、殺しておくべきだったな!」
そんな “ガキ” の声が、遠くで響いた。
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〈けあ視点〉
「魔術は通用するか」
遠くに吹き飛ばされた奴を眺めながら、そんなことを呟いた。
「……でも、多分──」
このままだと、勝てない。
この一撃が当たったのも、奴に油断があったからだ。
二度目が通用する相手ではない……それは、この短期間の戦闘で痛いほど思い知ったことだ。
勝つには、不意に不意を重ねなければいけない。
意表を突いて、そこからまた油断を誘う。
そしてもう一度、不意打ちをするのだ。
……だが。
「今のところ、俺にそんな手札はない」
握りしめた右手を見る。
木で影になっていて、俺の右半身が黒く染まった。
「いや、だとしても」
わずかな風を感じる。
森の深淵へと引き込まれた。
それを合図に、両手を突き出す。
「やるしかない……“生きるために” 」
刹那──空中が光り、眼前に剣が迫ってきた。
前世で鍛えた反射神経で、魔力を放つ。
木の葉がカサカサと揺れた。
「反発」
火花が飛び散る。
剣は、俺の手に届く寸前で止まっている。
だがすぐに、ガラスの割れるような音が連続して響いた。
そしてわずかに──距離が縮まってることに気づく。
「やっぱり駄目か!」
そう思い、奴の横から反発を放つ。
わずかに剣が揺らいだが、避けられてしまった。
ならばより広範囲で──と思ったが、それだと剣を止めている反発を解除する必要があった。
そんなことをしたら、俺は真っ二つに分断されてこの世に永遠の別れを告げることとなる。
──それだけは、絶対に嫌だ。
「反発!」
俺は自分の真横に反発を放った。
その剣から逃れる。
何度も何度も反発を使い、空中にまで距離をとった。
正直、これは賭けだ。
多分、あいつのほうが速い。
そしてこの反発を使うと、着地のときに大きな隙を見せることとなる。
着地時に反発を使って、奴を遠ざける……それができなかったら、詰みだ。
「本当に、面白い」
笑みが溢れた。
久しぶりに気分が高揚している。
ここまで命の危機を感じたのは、はじめてだ。
視線をある大木へ向ける。
あそこの根に着地しよう。
うまくいけば、奴を挟んで、反発で捻じ切ることができるかもしれない。
そうして反発を解除する。
一瞬にして地面との距離が近くなった。
空気が下から上に肌を撫でる。
「反発」
俺は着地し、体勢を崩した。
直後に上空を向く。
奴の身体は、すぐそこまで迫ってきていた。
だが──剣を構えていなかった。
なぜか口だけが、大きく開いていた。
刹那──世界から音が消えた。
そしてなぜか、反発が放たれなかった。
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〈 “奴” 視点〉
剣ではなく、音波を放った。
能力を封じやすくするためだ。
「本当に、厄介なものだ」
隙を突いて技を放ち、俺をどこかに閉じ込める。
そして体勢が崩れたところを、空気ごと圧縮して殺す──なかなかできた作戦だ。
「だが……」
俺は、そいつの首に剣先を向けながら、言う。
「俺には能力が複数ある──そのことを忘れていたようだな」
何も聴くことができないそいつの前で、高らかに笑った。
過去の鬱憤の八つ当たりをするが如く、そいつを心の底から嘲り、笑った。
「油断か、それとも阿呆なだけか」
そう言って、奴の目を見た。
──笑っている。
はあ、と俺はため息を吐きながら離れた。
あいつの姿がいまだに脳裏を焼き焦がしている。
あのときもこんな風に、ずっと何かを下に見ているかのような顔をしていた。
……さっさと殺してしまおうと、剣を振るう。
「光断」
光の斬撃が、俺の右半身を白色に染めた。
「じゃあな」
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〈けあ視点〉
光の斬撃は眩く輝いていて、左半身を白で染め上げた。
それに対して、俺は美しいとまで思った。
──いいものが見られた。
そう言い、目を閉じる。
闇に身を投げた、次の瞬間。
甲高い金属音が響いた。
そして、奴の能力とは違う、破裂音も。
「お前は……誰だ?」
対岸の大木に吹き飛ばされ、体勢を崩したままの奴が呟く。
気づけば、世界から音が戻っていた。
目を開ける。
そこには、黒色の服が俺を庇うようにして立っていた。
右手には何か輝くものを持っている。
視界の端でそれを見ると、鎌のような形をしていた。
不思議とそれに、妙な懐かしさを覚えた。
「ボス……?」
思わず声を溢す。
誰かが助けに来ている気配を感じ取っていた。
だからこそ、あそこで身を投げたわけだが──
ボスだとは思わなかった。正直、この人は部下の命を平気で捨てそうな人だという印象だった。
ただよく考えてみると、あの状況で助けに来たのがボスだと言う点に、なぜだか強く納得してしまった。
しばらくして、また一人、背後に人間が来た。
見るとそれは、ノイドだった。
彼はボスに何かの合図を送った。
ボスは目線を奴に固定したまま、黙って頷いた。
ノイドと一瞬目が合った。
彼は手を軽く動かしたあと、すぐに消えた。
「お前も能力が効かないのか──まあ、いい」
奴はそう言って、口を開けた。
どうやらノイドのことは無視したらしかった。
なぜかつまらなそうな顔をしていた。
「けあ」
ボスは右手に鎌を持ちながら、言った。
「反発を打て」
ボスは当然のように、その単語を口にした。
俺はただ、困惑しながら、はい、と言うことしかできなかった。
「光麗・音波」
奴がその単語を口にした瞬間──
ボスは鎌を持っていない左手を掲げた。
そして、魔力を放った。
俺もそれを真似し、立ち上がって両手で魔力を放つ。
「反発」
──そして。
視界は、反発による風と土埃で埋め尽くされた。
音波と空気が混じり合い、背中にまで振動が伝わる。
ボスも反発を使っている……?
音と風が交差し、音を帯びた空気が奴の方へ流れてゆく。
魔力はあたりに分散し、腕が鉛のように重くなった。
思わず後ずさる。
少し後ろに下がっただけなのに、土が抉れてゴリゴリと音がした。
冷や汗が空気に呑まれる。
やがて、ボスが反発を途切れさせたので、俺も両手を下に向けた。
音波は気がつけば消えていた。
「ボス、どうしてその魔術が使えるんですか」と聞こうとする……が。
それを言う前に、ボスは左手を掲げたまま言葉を発する。
「発散」
その直後、周囲に分散した魔力の粒子がボスの左手に集まり、大きな紫色の球を形成した。
手加減をせず、ボスはそれを放つ。
次の瞬間、奴が、大木ごと爆散した。
紫色の巨大な火柱が出現した。
俺たちの全身は紫色に染まった。
見たことがない技だ。
空を貫く炎を出す魔術──俺は魅入ったように、しばらくそれを見続けた。
見ていると何やら中でうごめいている影がある。
しばらくして、紫色の柱は分断された。
竜巻のように炎が暴れ回ったあと、一点に収縮して消えた。
ボスは黙ってそれを見ていた。
しばらくして、中から焼けこげて炎をまとった奴が出てきた。
その姿は、今まで見てきた奴の姿とは違い、随分と小物に見えた。
そいつはそのまま、刃先をこちらに向けて、叫ぶように言い放った。
「お前らは……あのときの死神だったか!」




