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第十三話 理由

〈ソウマ視点〉



遠くで、紫色の巨大な火柱のようなものが再び見えた。

しばらくして、地を抉ったかのような衝撃音が響く。



「ねえ、けあたち……大丈夫かな」



さきほど戦場から戻ったばかりのエミが、心配そうに呟く。

そんな彼女に、僕は「そうだね」としか言ってあげられなかった。

黙り込んで、ただ影が縮むように消えていく巨大な炎を見ている僕たちに対し、



「ボスがああ言ったんだ。何か作戦があるんだろ」



と、エンデイが自身に言い聞かせるように言った。

彼の顔は影に浸食されていて、日差しから逃げていっているかのように感じた。



しばらく、沈黙が流れた。

みんなが押し黙って何かを考えてる中、とある記憶が僕の脳内を掠めた。


みんながノイドに担がれてやってくる、その前──。

エミが帰ってくる前だった気がする。

たしか、一度目の紫色の火柱が見える前の出来事。



その中の “あるやり取り“ だけがずっと、僕の喉の中をかきみだしていた。

なぜかそれを思い出すたびに……胸の奥の何かが鼓動するのを感じた。



-----



ノイドから「待っておけ」と指示されたのは、ついさっきのことだった。

彼は僕を倒木の上に座らせると、すぐにカールと一緒に残りの仲間も助けに行った。


本当についてないなと思いながら空を見上げる。

今朝は雲ひとつない快晴だったのに、今ではすっかりと灰色に染まっていた。

白色を纏った頼りない光だけが、不安げに顔を覗かせている。


はあ、とため息をつく。

それと同時に、葉々がカサカサと囁くように音を立てた。

冷たい北風が吹いて、羽矢のように僕の身体を突き抜けた。

風のうなり声が響く中、ある声がそれに割り込んだ。



「おい、クロガヤ」



それは背後から聞こえた。

僕は反射的に振り返る。そこにはボスがいた。



「……そうだ、あいつがきた」



ボスは空気と話していた。

大気に “クロガヤ” と命名して、暇を潰しているように見えた。 

やっぱりボスは変わった人だと、あらためて理解した。



「……そうだ。まだ干渉はされていないが……ああ、もし何か干渉できるものがあった場合、計画が破綻する……そうだな、まずはそっちで、学園周辺を調査してくれ」



どんな話をしているんだろう。

この時点では皆目見当もつかなかった。


まあどうせ僕には関係ない話だろうと、そう思っていた。

ボスと僕との間には目に見えない障壁があって……いや正しくは、僕が壁を作っているだけだと、そんな風船みたいに軽い思考を持っていた。


どうでもいいことなので、その風船を持っている手を離そうとしたとき──次にボスが発した言葉が、僕のその動作を割って邪魔した。



「創造神はまだ監視できないのか……だったら遺跡を探して……」



“創造神” 。

その単語を聞いた瞬間、僕は自分でもよく分からない激しい怒りに呑まれた。

思わず胸を押さえる。手の力で、襟元には大きなシワができた。



──何かが入り込んできている。



暴れ回る景色の中、それだけがはっきりとわかった。

そしてそれは、チカチカと光を放ちながら、僕の脳細胞を駆け巡っていた。

座っているだけで、何か乗り物に乗っているかのような振動を感じた。


それらに耐えていると、やがて脳細胞を駆け巡る “それ” は、動きを止めた。

その隙を逃さず、焦点を合わせるように意識をその記憶に向ける。



──すぐに、すりガラス越しに見たような記憶は鮮明になった。

そしてそれを視た瞬間、僕の脳内は疑問符で埋め尽くされた。



「あれ、どうして僕は……」



思わずそんな声が出る。

それと同時に怒りは収まり、冷静になっていた。

かわりに疑問符だけが増え続けた。



僕は誰なんだ。

創造神ってなんだ。

なぜ創造神が “記憶を取り戻すための” きっかけになるんだ。



そもそもこの記憶は正しいのか、あの黒い奴の小細工ではないのか──。



色々と考えがよぎった。

いや、ただ──



「この記憶は……間違いなく僕のだ」



現状は、そんな結論しか出せない。それしかなかった。



その記憶によると、どうやら僕は……僕は。



“破壊神” と深く関わるある人物らしかった。



「一旦、落ち着いて──」



頭をおさえながら、空を見上げた。

相変わらず灰色だった。



「──じゃあ、そうしよう。それで頼む」



背後から声が聞こえた。

ボスの声だ。



空を見上げたまま、視界の隅でボスを捉える。

見上げたままの首をそのまま後ろへ向けたので、木々の向きが反転したように見えた。



やがて視界は、ボスの仮面だけを捉えた。

ボスは僕を見ている。

ボスが少し笑っている……作戦が成功したときのような嬉しさを感じている様子が、仮面越しでも分かった。


僕は不気味に思った。


その直後、ある別の声が響き渡った。



「あ、ソウマ!」



こちらに走ってくるエミと、その背後に立つノイドとカールの姿が見えた。



-----



再び地響きがした。

風があらゆる方向から流れてくる。

時折、遠くのほうで大木がなぎ倒されていくのが見えた。

多分あそこで戦っているのだろう。



「やっぱり俺たちも行くべきだ」



そう言ったのは、ついさっき目を覚ましたカインだ。

彼は顔をしかめながら、僕と同じ方向を見ている。



「いや、ここはボスの言う通りにしよう」



カインが一歩踏み出したのと同時に、ノイドが彼の肩に手を置いてそれを制止する。

さっきから何回も、このようなやり取りをしている。

カインは振り返り、怒鳴った。



「さっきから言ってるだろ!お前らは、救える命を捨てるのかよ!」



「ノイドの言う通りだ」



今度は、ずっと見ていたエンデイがカインに言った。

落ち着いた声色だった。



「ボスはこう言ったんだ。“行動するとき、論理的な理由だけは欠かすな” って」



「何が言いたい。誰かを守るというのは、理由にならないと?」



エンデイの冷静な言葉と対照的に、カインの怒りと焦りを含んだ言葉が地響きのようにその場に轟く。



「助けに行く方法なんて、いくらでもあるだろ?お前のやり方は、ボスの言う “論理的な理由” じゃない。焦りと恐怖による、感情の押し付けと同じだ」



「論理の有無で何が変わる!」



カインがエンデイに詰め寄る。

それでも、エンデイは落ち着いて淡々と言った。



「論理があるのとないのとじゃあ、怪我や安全性に大きく差が出る。少なくとも、今から突っ込むよりは少し考えて行ったほうが──」

「黙れ!」



カインは怒鳴った。

そしてこう続ける。



「もういい、お前らが腰抜けだってことはよく分かった。一人で行く」



そう言って彼は背を向き、不安定な足取りで歩き出した。

そんな彼の背中に、「待て」と声がかかった。



「お前、怖いんだろ」



そう言ったのは、ついさっきまでカールの治療を受けていたアカガネだった。

いつの間にか、意識を取り戻していたらしい。



「は?」



その言葉に、カインは立ち止まった。

そして振り返り、木にもたれかかっているアカガネを睨みつけた。



「見てて思ったんだよ。そこまで戦いに行きたいんなら、どうしてエンデイの話を、わざわざ最後まで聞いてるんだろうって」



「それは──!」



反論しようとするカインに対し、間髪入れずにアカガネは続ける。



「いい、隠さなくて。俺たちだって怖いんだ。圧倒的に強いやつに、恐怖も感じず戦える勇者なんて、この世界にはそうそういない」



「……何が、いいたいんだ」



「なにも、その瞬間だけのことを考える必要なんてないんだ。今必要なのは、“捨てるべき判断はすぐに捨てる” ということじゃないか?」



「あの二人のことは捨てるべきだと?ボスが死んだら、それこそこの先の行動に支障が出る。それに、もう一人は子供だ」



カインはどうやら落ち着きを取り戻してきたらしかった。

言葉の棘が消えつつある……そう感じた。

アカガネは続ける。



「もっと言うなら、“守らなくとも問題ない” かな。カインはボスが無策で突っ込んだように見える?」



「いや……そうか。ボスは何かを考えて」



カインが俯き、考えた。



「そう。多分、ボスには何か作戦があるんだ。“論理的な理由” っていうのが。だったら、俺らが無策に突っ込んだ場合、それはボスの邪魔をしに行くことになる。そう思わないか?」



「そう……か。たしかに、そうかもしれない」



「だろ?それにカイン。お前には、あの二人よりも守るべき相手がいるんじゃないのか?」



アカガネはそう言って、カールの治療を受けているキミカを見た。

カインはそれにつられてキミカを見る。


一瞬、困惑の表情を浮かべた彼だが、意図に気付いたのか、何も言わずゆっくりと僕らに背中を向けた。

そして黙り込んだ。

しばらくして、そのまま歩み出すことなく、彼は「ごめん」と謝った。


アカガネとエンデイは、顔を見合わせて深呼吸した。

そして互いに微笑した。



「仲直りできたみたいだね」



治療を終えてしばらく休んでいたハーレンが、カインとエンデイの間に立った。

背後からナンタルが続く。



「キミカとナクラさんの治療が終わったら、始めようか」



ハーレンはそう言って、振り返った。

彼女の手には槍が握られている。



「始めるって、何を?」


ナンタルが尋ねた。

それに答えるように、ハーレンは槍を、ある一本の木にめがけて振るった。


斬撃が繰り出され、バサっと音を立てて木は倒れた。

その木には凹凸が少なく、座るのにちょうど良さそうな形をしていた。


ハーレンはその木をしばらく見たあと、僕らのほうへ振り返った。

そして笑顔を浮かべながら、言った。



「 “作戦会議” だよ!」



---------------

〈けあ視点〉



ボスが反発を放ち、斬撃の軌道を変える。

その斬撃は、生きているかのように俺の方角へやってきた。



「反発!」



俺も負けじと反発を放ち、この斬撃を奴に当てるようなイメージで軌道を変えた。

奴が回避したところで、ボスが鎌で追撃を仕掛ける。



「さっきからこの繰り返しですけど、どんな意味が?」



俺は戦闘中のわずかな隙間を見つけて、ボスに尋ねた。

ボスは鎌を空に振り、斬撃を放ちながら言った。



「お前にはここで成長してもらわないと困る」



「成長」



つまり俺は試されていると言うことか。

この、よく分からない奴を使って。



「……なんで?」



そう呟いた直後。



「けあ!」



「ああ、そうだ!戦闘中によそ見をするのも、あの死神と同じだ!」



その声は、横から聞こえた。

どうやら俺の首元に剣があるらしかった。



「はんぱ──」



──ダメだ。間に合わない。首を斬られて死ぬ。

もう少し反応速度があれば、こんなものかわせていたのに。



そう思った、直後。



“再定義”



そんな単語が脳内に浮かんだ。

同時に、大量の魔力が全身に流れる。

あまりにも不可思議な感覚に、思わず目を瞑った。



「お前……やっぱりそうか」



奴は静かに、しかし声を荒げてそう言った。

それはなぜだが、遠くから聞こえたような気がした。

違和感に気づき、目を開ける。



「あれ?」



俺は、さっきまでいた場所とは少し離れた、大木の下にいた。

まるでその場所に元からいたかのような感覚がある。

反発を使ってここに来たかのような。



──既視感。



たしか俺は、前にもこんな経験をした気がする。

ああそうだ、した。



ルゴン族と初めて対面したとき……俺は殺されかけた。

トドメを刺されそうになった瞬間、俺は瓦礫ごと移動したんだ。



そのときと同じ感覚。

一体、なんの関係があるんだ。

ただ同じ技を使った──わけではない気がする。



「けあ」



背後からボスの声が聞こえた。

なぜかボスは、俺の背後にいた。

そのまま続ける。



「今の感覚を忘れるな」



「は、はい」



ボスにそう言われ、なんとか記憶しようとする。

ただあまりにも一瞬であるが故に、思い出すのには時間がかかりそうだった。

そんな俺に、ボスは続ける。



「不思議か?だが、どんな現象にも理由はある。それを考え続けろ」



「は、はい!」



俺はボスの圧に押され、その場しのぎの返答をした。

奴は俺らのそのやり取りを見て、さらに不機嫌になった。



「やっぱり、お前らは殺さなくてはいけない……創造神様の配下として恥じぬよう!」



奴はそう言って、高々と大剣を掲げた。

少しもブレはないはずなのに、なぜだか風になびいているように見えた。



「やはりお前は創造神の手下か」



ボスはそう言って、鎌を構える。

そして続ける。



「けあ、ここからは協力だ。お前は考え続けろ。そうなった “理由” を。それまでは俺が時間稼ぎをしよう」



ボスは鎌に大量の魔力を込めた。

奴の掲げた剣が一瞬揺れた。



「分かりました。ボス、死なないでください」



俺は奴を見ながらそう言った。

ボスは深呼吸して、それに応えた。



「無論だ」

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