第七話 ボスの行方:前編
〈けあ視点〉
光の粒子が空へ舞い上がる。
その中から出てきたのはカインだ。
「カインさん、大丈夫なんですか?」
カールが駆け寄る。彼は「大丈夫だ」と返したが、顔色はあまり良くない。
なんだろう。あの光が原因か?
「まあ、あと少しでフレイダーに着きますし、そこで診てもらいましょう。ここでは出来ることも……」
そこまで言ったところで、キミカの歯切れが悪くなった。
その視線は、カインをまっすぐに見ている。
「カインさん……大丈夫ですか?」
キミカが不安そうな声で言った。
カインは過呼吸気味になっている。
「……おい、どうした」
何かを感じ取ったエンディがゆっくりと近づいてくる。
カインの顔色は段々と青ざめていっている。
ヒクヒクと、鼻口の先端で空気を行き来させているような、そんな呼吸を繰り返している。
「と、とりあえず精神操作の解除を……」
と、カールが言いかけたとき
「おれ、俺は。殺したのか?いや、そんなはずは……こんな記憶なんてない。でもたしかに──いや、違う、違う、違う……」
カインは、呪文を唱えるように、ボソボソと何かをつぶやきはじめた。
なんだ、何が起きた?
「カ、カインさん?いったん落ち着きましょう。とりあえずあそこに座って、カールさんに治癒を……」
「違う!!」
キミカが差し伸べた手をカインは振り払う。
「俺は、やってない!!」
カインは震える声で怒鳴った。
彼の目からは光が消えており、ただ影のみを映したように、黒く濁っていた。
キミカは驚いた表情でその様子を見ている。
「あの光。何か仕掛けがあるのかもしれない。精神を治癒したら、フレイダーのほうで研究の準備をしよう」
そう言って、ナクラはソウマを見た。
ソウマはその場で、“何かが壊れた人間”を奇異の目で見ていた。
エミは、何かを考え込むような、深刻な顔をしていた。
俺はもう一度カインを見た。
消え入るほど小さい声で何かを呟き続けている。
身体は、夏だと思えないほどに震えていた。“痙攣している”とも言えるかもしれない。
そんな彼を見て、言葉を発する。
「とりあえず、今日はもうここで休みましょう。治癒をかけて様子を見て……ボスの方を探しましょう。ボスなら何かを知っているかもしれない」
ナンタルとハーレンは、「そうだ」と言わんばかりに頷いた。
他の人もそれに賛同する。
「カインさん、肩」
そうしてカインは、キミカの肩を借りて立ち上がった。
目からは生気が消えていた、ような気がする。
いや、まるで何か別人になったような、そんな気配がした。
周りを見渡したとき、すでに他の人間は、それを感じ取っているようだった。
それに気づいたのは、エンディが未来視を発動していると知った瞬間からだった。
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「薫布の香包」
ぐったりと座ったカインの身体が、淡い紫で包まれる。
「治癒はかけてみたけど、効くかどうか……」
カールが不安そうに言った。
本来なら、誰かが何かしら声を挙げているところだ。
だが、今回ばかりは様子を見る選択しかできなかった。
本当に、何が起きたんだろうな。
あの光の粒子は、確かに浴びたくはない。
だが、本当に精神が崩壊するほどやばいものなのか?
この粒子についての研究はされていないのか?
……光の粒子を浴びて精神が崩壊した例は、今回が初なのだろうか?
そんなことを考えていると。
「んぁ?あぁ、すまん、そうか。落ち着いた。ありがとう」
覇気のない声で、病人のような声で、カインはそう言った。
普通は心配になる。
だが今に限っては、とりあえず戻ってきたことに安堵をした。
みんながそう思っていたし、俺だってその一人だった。
「なにがあったの」と問いかけるナンタルを、ハーレンが制止する。
それに気づいたカインは、弱々しい声で、何があったのかを語り出した。
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「あの光に当たったとき、だったか。そう、俺はあれを浴びて、なんかこう、走馬灯みたいなやつを見たんだ」
「それで、その内容ってのが……」
「ああ、すまん。大丈夫だ」
「続けるよ。あとで話すとか言い出したら、いつ忘れるか分からないからな」
「それで、その内容ってのが、簡単にいうと “俺が子供の母親を殺し、そしてその子供に殺される” って感じなんだ」
「ええっと、そうだな。俺の立場っていうのが、“王都ウィンダー” ってとこの騎士なんだが……まあ、これは俺もよくわからん」
「でだ。……その子供がさ、本当に可哀想で。貧乏で、そいつの親父は浮気してどっかに行くし、家が家だから、いわゆる差別的なものも受けてた」
「そう、それでその、殺しに行った理由が……多分、俺は、抗えなかったんだ。上からの命令に」
「多分、“あいつら”にとって、邪魔な存在だったんだ。それで……」
「……俺は、殺したくなかった、殺したくなかったんだよ!それなのに」
「俺自身が、あの子にとっては数少ない“分かり合える人間”だったんだと、知っていたのに…!」
「母親を、殺したんだ。その子をずっと支えてきた、母親を!」
「本当は子供だけを殺すつもりだったらしいんだ。ただ、あの人は、俺の攻撃から子供を庇って……」
「それで、子供を殺せないまま、その子供に殺された!」
「死んで、当然だ、こんなクソ野郎!一人の人生を、自分の都合で壊して!」
「裏切って……俺は、ほんとうは、ここに、いるべきじゃ…!」
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そして、カインは泣き出した。
他のみんなは、不安そうな目で彼を見つめている。
治癒が効かなかったのか、とか、光を浴びたせいで何かに取り憑かれたのか、とか。
とにかく彼を慰めようとしている。
多分、この話の全てを本当だとは思っていない。
……だが。
なぜか俺は、この話をどこかで聞いた気がするのだ。多分、冥界の話だ。
そうだと言える根拠は、もうすでに見つかっている。
“王都ウィンダー”
冥界の都市の名前だ。
その単語だけは、聞き覚えがあった。
あれは俺が転生する前の………
いや、やっぱり思い出せないな。
ただし何かが引っ掛かるような…そんな感覚はする。
「やっぱり、効き目は薄いかな……」
カールのその言葉で、現実へ引き戻された。
彼女は困ったように首を傾げながらカインを見ている。
「カイン、その子供はルゴン族のせいで見せられた、幻覚みたいなやつだ。気にする必要は」
「違うんだ!幻想じゃない!!」
アカガネの言葉に対して、カインは急に怒鳴った。
そして、操り人形のようにヨロヨロの様子で立ち上がった。
「あれは、幻想じゃない」
きっぱりと、静かにそう言った。
彼の目の輪郭がぼやけて見えたような気がする。
……視線がわからない。
「ひとつ聞くけど……」
「あなた、誰なの……?」
ハーレンが聞いた。
その目をまっすぐに見て、彼を決して突き放さず、
そして、この場の人間を守れる程度の警戒をしながら。
「だから俺は……」
カインはそこで少し留まった。
そして、視線を地面に落としてしまった。
「俺は____で、いや違う、カイン……?誰、だ。なんだこれ……?」
聞き取れないほどの小声で何かを喋った。
……と思ったら、急に彼の身体がぐらりと傾いた。
「ちょ、ほんとにまずいじゃん」
ナンタルが声を発した。
……と同時に、カインは大きく右に動いた。
そのまま、取り憑かれたようにヨロヨロとうろめいて……
突如、足のバランスを崩して前方に転倒した。
アカガネが鉄をクッションにし、カインの身体を衝撃から守る。
「か、花滴の蜜!」
カールが慌てて治癒魔術を唱える。
だが目を覚さない。
「呼吸はしている……。やっぱり精神のほうか」
ノイドはそう言って目を閉じ、深呼吸をした。
だが、彼は特に動くわけでもなかった。
何かを思いついたようだが、すぐにやめたようだ。なんとなく、それが分かった。
代わりに、カインを背負って再び倒木の上に座らせた。
ナクラは目を細めて、倒れた彼の身体を真剣に見ている。
魔力を読み取っているのか、はたまた別のものなのか…
なんにせよ、カールが回復できないとなると、このメンバーで出来ることは何もない。
とりあえずボスを探さないと。
そう考え、声をかけようとした。
しかし、同じ思考の人は他にもいたらしかった。
「……ボスに聞いてみるのは?」
そう発言をしたのは、ハーレンだ。
直後に「なんとなく、いろいろ知ってそうじゃない?」という言葉も付け加えた。
みんなの様子を見てみる。
満場一致で賛成の意を示している。
全員の意見は一致している…が、中にはこんな意見も出た。
「でもよ、どうやって探せばいいんだ?」
たしかに、この場で探知に優れているのはカインしかいない。
そのカインも、今は問題があってダウンしている。
……では、どうやって探すのか。
その心当たりは、すでに得ていた。
俺は一人の少女に視線を向ける。
「エミ、運でなんとかできないか?」
……心当たりとは言っても、正直なところ賭けだった。
エミの魔力はそれほど大きいわけではない。さっきの戦いだって、ギリギリだったのだ。
だから、環境全体に作用するような運操作は難しいのではと、そう考えていた。
「流石に無理ではないか」「六歳の段階は環境全体に能力を反映できない」などの反論が上がった。
その通りだ。
本にも書いてあった。“魔力が完全に成長するのは十六歳だ”、“魔力の使える範囲は十二歳から拡大していく”と。
魔力が圧倒的に少ない六歳が、人生を魔術に捧げた人間がやっても難しいことを成し遂げるなど、前例がないからだ。
だが……
エミは、“普通”じゃない。
彼女は“やってみる”ではなく「わかった」と頷いた。
そして、いとも容易くその魔術は発動する。
「探宝祈願」
本来は、落とし物を見つける程度の魔術。だが、使う魔力を多くすることで、範囲を強制的に広げられる。
「エミ……君、面白いねぇ!」
ナクラが興奮気味で言った。
ほんとにこの人は、能力とルゴン族のことしか食いつかないな。
「なるほど、なるほど……!魔力が少ないから、魔術もそこまで撃てないと思ってたんだが……」
「そうかそうか、“撃った魔術を強化する”ための魔力消費が限りなく少ない、ときたか!今度調べさせてくれ!」
大声で話すものだから若干引いたが、分析はとても正確だった。
エミが“普通じゃない”と思っていた理由は、ここにあったのだ。
分かって少しスッキリした。
キミカがエミに耳打ちした。
「ナクラさんの“今度”は、七分くらいです。こちらも全力で守りますが、くれぐれも気をつけて…」と。
はっきり聞こえた。ずっと隣で不気味な“笑み”を浮かべているナクラには、聞こえていなさそうだった。
………よし、探そう。
本当にあの人は、どこへ行ったのやら……




