第四話 組織スマイル:後編
夜の暗さに慣れてしまっているからか、朝の光があまりにも眩しく感じるようになった。
自分の中での不幸の象徴が日の出なのではないかと疑うほどに。
鉛のように重い身体をなんとか起こし、立ち上がる。そのまま足を洗面所へ向かわせる。
十秒とちょっとの時間をかけて辿り着いた。
右についている蛇口を捻った。顔を洗おうと、出てきた液体を手で掬う。
「あつっ!」
どうやら、間違えて熱湯を出してしまったみたいだ。
よく見ると蛇口が二つあり、そのうち右についている方が熱湯を出すやつみたいだ。それを左側の蛇口で冷水を出して調節する、というようなタイプらしい。
この形が珍しい上に、寝ぼけていたため分からなかった。
まあ、急に渡された部屋のことなんて分かるわけないか、仕方ない。
本当にありがたいことに、都合よく部屋を渡されたからだ。
都合が良すぎて動揺はしたが。
“ゴンゴン!”
左側の蛇口に手を伸ばしかけたとき、そんなノック音が響き渡った。
「はーい、少し待っててください」と、寝起きの自分を殺す勢いで明るい声で答える。
頑張って声を出したつもりだったが、実際はただの会話で用いるようなトーンであった。
「けあさん、私です」
返事はすぐに帰ってきた。
“私です” で通用してしまうほど、今の自分は人間関係に鈍いのだと痛感し、なんともいえない感情になった。
それをかき消そうと、声を上げる。
「ああ、キミカさん。今、開けますね。」
それを言い終わる頃には、蛇口をつかんでいた手は、ドアノブを掴んでいた。
今回も頑張って声を出したつもりだったが、やはり会話で使うようなトーンしか出せない。
……朝のせいか。
「けあさん、何をやらかしたんですか」
「……はい?」
やら、かした?
俺が何か、やらかした?
よく分からないな。俺は何もしていないはずだ。
この組織に来たのだって昨日だし、あとは部屋を借りて寝ただけだ。
人違いか?
「すみません、自分は特に悪事は働いてないと思うのですが……よろしければ罪状をお聞きしても?」
「あ、え?何もしてないんですか?だったらなんでボスは……」
「えっと……その反応的に、俺はボスに呼ばれてるってこと……ですか?」
なんだ、“何かやらかした”というのはこいつの妄想だったわけか。
でもだとすると、そのボスってやつが俺を呼ぶ理由がわからない。
何か目的があってここに呼んだってことだろうか?
じゃなきゃ、こんな都合よく部屋なんて用意されてないだろうしな。
それに、恐らくキミカは俺を呼び出す理由を知らないのだろう。ただ単にボスの命令だから呼びに来たって感じだ。
……なにか裏があるかもしれない。
「まあ、何もしてないんならいいんです。ボスは子供相手に怒鳴るような人じゃありませんから」
「そう、ですか。分かりました。案内を頼んでも?」
「はーい」
ボス、か。
キミカの発言的にも、完全な悪人というわけでもないんだろう。だが、簡単に信用していい人物ではないのも確かだ。
部下に呼び出し理由を言っていないというのも気になる。
まあ、行ってみないとわからないか。
そして、数分後。
「けあさん、到着です」
そう言われたので、足を止める。
目の前には、大きめで分厚い、重厚な扉が静かに佇んでいた。
わずかに心臓の鼓動が速まる。
何を言われるんだろう。まさか殺されたりしないよな?
「じゃあ、私はここで待っとくよう言われてるんで」
俺一人での対面か。いや、護衛がいるかもな。もしくは、殺し特化の実力者か。
……逃げる準備はしておかないと。
色々なことを考えながらも、扉に手をかける。
扉はゆっくりと開き始め……
「あ、忘れてた。けあさん、これを持っていってください」
扉を開ける直前、彼女はその言葉を放つと共に何かを渡してきた。
見ると、それは、この前渡された“推薦書類”だった。
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「失礼しまーす……」と消えかかるような声をあげながら、扉を開けて中に入る。
無駄に広い空間は、入ってくる日光が少ないためか、暗い印象を受けた。
部屋の真ん中には、木でできた大きめの机がある。
そして、その机の中心に“ボス”は座っていた。
護衛は、いない。
顔には笑顔の仮面を被っており、素顔は見えない。
大きな白色の羽織を被っていて、外見から判断できる情報は限りなく少ない。
身長は、キミコと父さんの間くらいに見える。
「お前が “白夜 恵亜” だな?……座れ」
謎の圧力を感じたため、早足で椅子へ向かう。
そして無言で腰掛けた。
それと同時に、ボスが口を開いた。
「お前を呼び出した主な理由は、その書類だ。それを見せろ」
そして、俺が左手に抱えている紙の束を指差した。
こいつ、態度でかいな。
「はい、どうぞ」
一応、しっかりと両手で渡しておく。
ボスは、“ふむ”とその書類を開き、数字と記号の羅列があるページを見る。
そして、そのページに右手を当て、白色の光にさらしてみせた。
「……よし、問題ない」
そう言い放ち、書類を机の脇へ寄せる。
「あのー」と口を開こうとしたが、それはかき消された。
「これでやるべきことは済んだ。次は、お前に話すべきことについてだ」
まるで何かのプレゼンでもするかのように、淡々と話す。
なんか、引っかかるものを感じるな。
「まずひとつ、お前の母についてだ」
「俺の、母?」
確か、行方不明なんだよな。
俺も助けたいと思っているが……まさか、死んだとか?
可能性はある。実際、ルゴン族に襲われて生き残っている方が確率的には低いだろう。
……この先を聞くが怖い。血の気が引いていく。背中にヒヤリとしたものを感じた。
……だが、聞かなくてはならないことだ。
だから、俺から先に言うことにした。
「もしかして、もう生きてなかったり……」
「いや、生存が確認されたと、お前の父から連絡があった」
「よ、よかった!」
心の底から安堵した。
よかった、悪い知らせではなかったみたいだ。
だが、どうやって探し出したんだろう?たまたまか?
まあ、見つかったに越したことはないか。
「最後に、これはお前自身についてだが……」
俺自身か。
なんだろう、もしかして今度こそ説教か?
「組織スマイルに入れ」
ただの頼み事だった。
「ええ、言われなくとも、そのつもりです」
ここはしっかり答えた。
「いいのか?もうお前の母の生存は確認しているし、組織に入る意味もあまり無いと思ったのだが……」
“お前が言ったことだろ!”と言いたい気持ちは置いておいて。
確かに、俺が組織に入りたいと思った理由の一つはそれだ。母を救いたいと。
だが、俺はさらに大きなものを救ってみたいと感じた。
それを具体的に言うならば、“できるだけ多くの命を守りたい”という願いだ。
あのルゴン族との戦闘のとき、人がどれだけ簡単に死ぬか理解できた。次は、自分が守る番になりたいと強く感じたのだ。
おまけに、能力を学ぶこともできるしな。
「自分の家族のためだけにこの組織に入ろうなど、かけらも考えてませんよ」
ボスの仮面の目を見て答える。
正確には、“仮面の目”だが。
「……そうか、感謝する」
声のトーンは変わっていない。だが、少し明るく聞こえた。
「では、お前を今日から正式な職員として迎える。ここからは推薦書にあった通りにやらせてもらおう。いいな?」
「はい!」
自然と、力強い返事が出た。
「推薦書で来たやつはお前一人じゃ無い。中にはお前と同年代のやつもいるだろう。仲良くしてやってくれ」
なんだ、俺だけの特権というわけでは無いのか。
気になることがどんどんと増えていくな。
「もちろんです、ボス。ですが、それについてしつも──」
「今は質問を受け付けていない。帰れ」
そう一蹴されてしまった。
そんなこと言われたら、そりゃ席を立つしかなくて……
なんだよ答えてくれてもいいだろ。
そう思いながら扉を開け、その場をあとにした。
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さて、あいつとのやりとりを整理しよう。
まず、俺を呼び出した理由だ。
俺を呼び出した理由は、あの書類らしい。あれを渡したとき、ボスは能力のようなものを使って何かをしていた。
“問題ない”と言っていたことから、なにかの確認だろう。
そして、母さんの安否も判明したな。
父さんの連絡で、母さんは生きていることが判明した。
……そう、判明しただけ。
最後に、俺以外にも推薦により組織に入った人間はいるということが分かった。
しかも俺と同年代。
「うーん……」
俺は食堂で首を傾げていた。
なぜなのかは言うまでもない。
違和感が多すぎるからだ。
ここで、さきほど整理したものへの疑問をまとめてみる。
まず、あの書類だ。
俺はてっきり、前半数ページの推薦状を見るのかと思っていた。
だが、あいつが見たのは、後ろに書いてあった“数字と記号の羅列”。
ボスは能力で何を見ていたのだろう?
そして、母さんの安否の確認があっさりしすぎている。
普通は“どうやって助けたか”とか、“何に捕えられてたのか”とか、そういうものを言うはずだ。だが、それを言わずにただ“助かった”の一言だけ。
俺に与えられる情報が、少なすぎる。
次に、俺と同年代の推薦者についても気になる。
人間が気になると言うのもあるが、今はそれより“推薦される条件”だ。
条件次第では、組織が裏で何を考えているのかについて考察できるかもしれない。
最後に、俺は組織スマイルに入った。
あまりにも、物事が都合良く進んでいるような気がする。
いわゆる、“ご都合主義”ってやつだ。
まるで、何かの計画の上で俺が踊らされているような、そんな感覚を憶える。
……気にしすぎか?
どちらにせよ、これらのことについて考えておくことは必須だ。
結末は前世の記憶を取り戻すこととはズレるかもしれないが、その過程で記憶に関する手がかりを掴める可能性もある。
やって損はしない。
よし、まずはこのことについてまとめて紙にでもーー
「あ、ねえ」
背後から、そんな声が聞こえた。誰だ。
「俺に何か用ですか?」
そう言って振り返った。
そこには、俺と同年代くらいの少女が立っていた。いや、その後ろにも、同じくらいの年齢の少年がいる。
もしかして、同年代の推薦者か?
「わたしたちスイセンされてここにきたんだけど、きみも?」
“スイセン”ーー。
やっぱり、そうか。
この子達も“推薦状”をもらってここに来てるんだ。
「ああ、そうだな。推薦状ってやつを書かされてここにいる」
なんで、分かったんだろう。
「やっぱり!わたし、運がいいからそういうのわかるの!」
運がいい、か。
そんなのを言い出したら全部それで片付けられるじゃないか。
「ところで、お前らの名前はなんて言うんだ?」
「なまえ?えっと、わたしは “月乃 笑咲”。それで…」
「……オレは “東雲 創真” 」
自分の名前はやけにはっきり言っていた。
へえ、ツキナイ エミとシノノメ ソウマか。
「良い名前じゃないか。親がつけたのか?」
二人は“うん”と頷いたあとに、「あなたの名前は?」と尋ねてきた。
「おれか?俺は白夜 恵亜 って名前だ」
反応は薄かった。
なんだ、人の名前に好き嫌いとかあるのか。
人間は難しいな。
などと考えていると、ソウマが口を開いた。
「けあ……話があるんだけど、いいか?」
「ん?ああ、いいぞ」
その後に二人から聞かされた話は、要約すると“行動を共にしないか”とのことらしい。
どうやら組織スマイルでは、職員を失わないため、最低限サポートし合える“グループ”を作るらしい。
そのグループは三人以上が条件らしく、エミとソウマグループにとってはちょうど俺が三人目ってことだ。
それを聞いたときは“いや、ボス説明してくれよ”と思ったが、その場にいない人の悪口を子供の前で言うのはやめておいた。我ながら懸命な判断だ。
ちなみに答えはというと、
「ああ、よろしくな」
という感じで、入ることになった。二人は
「うん!じゃあ、これからよろしくね、けあ君!」
「けあ、これから頑張ろうな」
と歓迎してくれた。嬉しい。
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食堂でしばらく二人と話したあとは、すぐに部屋へ戻った。
ボスとの会話を整理し、自分なりに考察してみようと思い立ったからだ。
残念ながら、あの二人から情報を引き出すことはできなかった。
そもそもボスに会っていないとのことだから、会話できる範囲は限られる。
故に、“推薦される条件”についてもそんなに仮説が立てられなかった。
もっとボスについて聞き込みをすべきだろうか?
いや、ボスについて聞いたところで、最終的な結論とどう結びつければ良いのだろう。
それに、そもそもこれは俺の気にしすぎな可能性だってあるのだ。
あまり大きく動きすぎて、逆に変な目で見られるのは避けたい。
じゃあやることは、両親の捜索だ。
ボス曰く、父との連絡は取れるらしい。つまり、ある程度の位置については掴めている可能性が高い。
……今日できることはあまりないな。
気分転換に、散歩でも行くか。ルゴン族に襲われないことを祈ろう。
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左側には飲食店がずらりと並んでおり、その全てに人が並んでいる。
もう、昼か。何か飯でも食おうかな……と、小銭を握りしめながらうろうろする。
しばらくして選ばれたのは、“定食屋黒谷”だった。
扉をガラガラと開ける。
『いらっしゃい!』という元気の良い挨拶が飛び交う。
適当に空いている席へ座り、メニューを見てみる。
鳥味噌絡め定食、豚肉の塩辛醤油焼き定食からマスの素揚げ定食など、かなり多彩なメニューだ。
……魚とか肉って、どこで入手してるんだろうと、そんな疑問を抱いた。
少し迷って、“特製だしうどん”にした。
値段的にも安いし、隣に座ってる常連っぽい老人がこれを頼んでたので、これしかないだろうという結論に至った。
やはり、何か一つを極めた人間の持つ影響力は計り知れない。
やがて、注文した料理が届いた。
本当にたまたま、届けてきた店員の名札がふと目に留まった。
“黒谷 元夢”……店長か?
名前の下の方を見る。
“組織スマイル職員”……組織スマイル職員!?
「なんでここに……」
「ん、どうかしました?」
モトムが話しかけてきた。
声に出てたか。
「あ、いや。どうってわけでもないんですがね。組織スマイルの職員なんだなーって」
「ああ、たまに言われますよ。組織にも入ってて料理人もやってるなんて、そうそういないですからね」
ガチで入ってるのか。
すごいな、俺なんて初日から組織のことで手一杯だ。色々な意味でな。
「戦闘技術だけでなく、料理の技量も活用して、人を笑顔にしたいんでね。大変なんですよ、これが」
「戦闘技術に料理技術……すごいですね。どうやって両立してるんです?」
うどんをずるずると食べながら聞いてみる。
「それはもう、時間をかけるしかないでしょう。地道に、どちらも同じくらい努力をすれば、両立など容易いものです」
「ずいぶん力技なんですね…」
「まあ僕、これでも三十七ですからね」
彼は笑顔で答えてみせた。
その笑顔は眩しいものであったが、額にはおおきな傷の痕がついている。
きっとその裏では、とてつもない経験をしてきたのだなと、そう考えた。
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店を出て、満足したので帰ろうと帰路についた。
きっとモトムという人は、とてつもない努力をしてきたのだと思う。
そうでなければ、あんな発言できない。
尊敬するべきだなーと、そんなことを考えていると……
「あ、落とし物か?」
目の前を見ると、一冊のメモ帳が落ちていた。
なんとなくそれを拾い上げる。
……さっきまであったか?これ。
そう思いながら、中を開く。
そこには、「融合」と書かれてあった。




