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3.広島県福山市

広島県福山

 早めに寝た道承は早めに起きて布団を干しその間に朝食を摂る。本日の予定を母に連絡する。小倉に一泊した時点で予定がズレており福山と淡路島の親戚にはその旨先行して共有してくれているらしい。ありがたい。

 お隣さんによる庭手入れの件は、丁重にお礼をするように指示があったので、多めに買っておいたTOKIOばな奈をお渡しする事にする。その旨報告すればGOサインが出た。果樹が鳥に食われて近隣に鳥害が出たり腐敗して悪臭の元になるよりは遥かに良いらしい。

 出発前にお隣さん宅に訪問してTOKIOばな奈を渡した。喜んでくれた。長生きして、お婆ちゃん。


 布団を取り込みゴミ捨てをしてから藤井家を後にした。

 既に馴染んできた下松駅から同じく馴染んだ黄色い山陽本線に乗り、徳山駅で山陽新幹線に乗りかえる。少し時間があったので、新幹線ホームから見える海を眺める。下松に二泊、とても濃い二日間だった。三日目の本日はカウントしていない。


『いやぁ……この景色がまた見られるたぁ、思うちょらんかったのう。』


 本日も元気な実篤in芳一ぬい。この小さいいのちに慣れてきた道承だ。実篤本人はモデルも慣れてきたので、ぬい撮りが非常にはかどる。

 声が出せるようになったと思っていたが芳一ぬいだが実は音声は出ていない事が解ったので、実篤ももう気兼ねなく話している。道承がよりクリアに聞き取れるようになった、というのが正確な表現だ。

 折角動くのだしリアルすらAIや合成が疑われる令和、コマ撮りと言う事にして開き直って動画撮影をしてみたところ、実篤の音声が入っていなかった事から発覚した。

 丸一日普通に会話していた道承は震えた。結局自分は独り言デカいやつでしかなかった。

 では何故そのようにクリアに聞こえるようになったかと言えば一日一緒に過ごして縁が深まったからだろうと言うことだった。


「俺、取り憑かれ……?」

『まあ、盆の時分だけじゃろうの。』


 盆が終わればあの世に本当に帰るのだろうか。生前の実篤も新幹線に乗って色んなところに行ったのだろうか。その度にこの海を見てきたのだろうか。


『死んだらどこへでも行けるはずなんじゃが、どうしてもいつもの所へ帰って来てしまうんは寂しいもんじゃ。友達ぁみんな死んでしもうちょるしの。今年は道が来てくれてえかった。』

「行こうよ、色んなところ。交通費かかんないんだから。」

『そうさのう、まずは福山へ行こうかのう! よねに会うんも何年ぶりじゃろうか。徳次みたいに、わしのこと見えるかいのう。』

「徳次さんって小倉のお爺ちゃんよな、え、見えてたの?」

『徳次はわしに気づいちょってな。わしを兄さん、道を兄ちゃん言うて呼び分けちょったじゃろ。』

「うっそ本当に?気づかんかった」


 徳次と話した時、話に少し整合性がないので認知に問題があるのかと思ったが、その割に会話はしっかり成り立ったのを違和感として覚えている。もしやそのへんの話だろうか。

 ちょうど新幹線が来たので真偽の程はまた改めてという事になった。気兼ねせずに普通に話していた道承だが流石に乗車すれば周囲に人もいるだろう。独り言をつぶやき続ける怪異に自分がなるのは憚られた。




 徳山駅から山陽新幹線さくらに乗って二駅、福山駅に到着した。

 福山市はバラの街、戦後復興の際バラを植えたのが始まりと言う。駅前にバラの広場があり覗いてみたが八月は花の季節ではないのか青々としていた。その緑の姿のバラも真夏すぎて暑さにげんなりしていた。その緑の向こうに福山城が見える。地方都市として栄えている街の中心部、新幹線も停まる駅から数分の好立地の広大な敷地。福山城の家賃はどれくらいなのか、仮に想像してみて恐ろしさに震えた。

 戦後復興のバラの他に、福山は江戸時代から続く綿産業をベースにした衣類や作業着の街でもある。有名なスーツメーカーや作業着メーカーが駅構内のデジタルサイネージにこぞって広告を打ち出している。悪魔によるがん検診啓発ポスターは残念ながら確認出来なかった。


 駅周辺は様々な店舗が軒を連ね、見て回るのも面白そうだが本日はこの後、祖母の従弟の娘、つまり母のはとこである橘高由美子と待ち合わせをすることになっている。

 本日挨拶をする実篤の妹、村上よねは現在グループホームに入っており、事前に親族であると登録するか、登録済みの人物の同伴者としてでなければ面会出来ないのだという。本日は由美子がよねの着替え等を持参のための面会訪問に、同行する形だ。


 別に由美子に挨拶するだけでも道承自身は良かった気はするが、事の起こりは実篤からの縁繋がりの親族回りである。実篤の妹に会わないのもおかしい、そう言う事になった。

 ただ、親戚とは言え知らない成人男性を家に招きたく無かったのかも知れない。こればかりは本人達も口にはしないだろうし、決まった事以上に裏の意味を探ったり邪推すべきで無いだろう。知らない方が良い事や、知るべきでない事はこの世に五万とあるし、親戚間のあれこれなどその最たるものだ。


 待ちあわせに指定されたのは、珈琲に重きを置いたクラシカルな喫茶店だった。天満屋近くと言われたが天満屋が何か解らない。店舗名は合っているので間違いないだろう。

 指定時間より早めに着いた上、まだモーニングの時間帯なので自家焙煎アイスコーヒーと一緒にトーストセットを注文した。正直食の好みとしてはホットサンドが食べたかったが、モーニング文化に憧れがある為スタンダードなメニューにした。


『道、モーニングいうんは名古屋の、コーヒー代だけでおまけみたいにゆで卵やらトーストやら付いてくるもんじゃなかったかの?』


 セットを追加料金で頼んでいる道承は、モーニングを頼む人ではなく単に朝時間帯の注文客になっている事に気が付いた。気がつかない事にした。


(……この殻付きゆで卵が良いんだよな!自分で殻剥く過程が!コールスローと食べても良いしパンと食べても良いし!)

『かわいいやっちゃのう。』


 時間を置かずモーニングが提供された時にぬい撮りの許可を取得してから実篤を取り出す。海水浴場の砂は払ったが水洗い等はしていないため、料理を出す卓上直置きは躊躇われたのでペーパーナプキンを敷いてその上に立ってもらった。


 ポーズをとる芳一。

 皿を覗き込む芳一。

 食べようとする芳一。


 ある程度撮ったところでぬいをしまって、いただきます。

 コーヒーはアイスながら豊かな風味が鼻に抜け、とても美味しい。モーニングとの食べる比率に悩みながら堪能していると、五十代だろうか、女性が道承の席まで案内されてきて、去り際の店員を呼び止める。


「エルサルバドル、一つ。」

「エルサルバドルを一つ。かしこまりました」


 慣れた様子でメニュー表も見ずに注文する様は、確かにこの店の常連なのだろうと見受けられた。

 道承の対面の席に座った彼女はこちらに向かって自己紹介をしてくれた。


「髙﨑さんじゃね? 初めまして、橘高です。」

「はい、髙﨑です。今日はお時間頂きありがとうございます。宜しくお願いします。」

『芳一じゃ。この姿では初めましてじゃの。』


 慌ててトーストを飲み込んだ道承も自己紹介と、今日時間をくれた事にお礼を述べた。当初の予定から一日ずれているのでそこに合わせてくれた事に感謝だ。

 実篤はどうせ第三者には聞こえないだろうと開き直って好きに話してくる。うっかり返事をしそうなので止めて欲しい。


「こっちも昨日は都合悪かったけぇ、今日で良かったわ。気にせんで食べんさい。私がコーヒー飲んだら行こう。」

「はい。解りました。」

『デザートは? デザートは駄目なんか?』

 

 由美子は多分疲れてるのだろう、必要事項は話してくれるが素っ気ない。愛想を振り撒けと言うわけではないのだが、愛想が無いと言うか、ぶっきらぼうなとろこが機嫌を悪く見せていた。少し損をしているなと道承は余計なことを思う。

 それでも、親戚の子供を放っておくのも悪いと思ったのか、話しかけては来てくれる。


「錦帯橋は行ったん?」

「見たこと無いんですよ〜。岩国あたりでしたよね?結構な山間みたいですけどやっぱりバスか車ですか?」

『車よ車。バスもあるじゃろうが、この辺の足は基本車じゃけぇ。』


「宮島は行ったん?」

「行けてないんですよ、海の中に鳥居ある所ですよね?一回行ってみたいんですよね。町中に鹿が居るっていうのも生で見てみたいです。」

『世界遺産になるだけのことはあるぞ。鳥居だけじゃのうて、社殿もそりゃ見応えがあるけぇ。』


「尾道は?」

「下松からここまで直通で来ましたから、行けませんでした。尾道ってあれですよね、個人宅の並びとその景色が素晴らしいっていう、住宅街ですよね?観光で入って大丈夫か、心配になっちゃうんですけど大丈夫なんですかね、橘高さんご存知ですか?」

『迷惑なことせんで、ちゃんと街に金落としとりゃ大丈夫なんじゃないかの。』


「どこも行っとらんとか、人生七割損しとるわ。」

「残りの三割でお好み焼き食べたいと思ってるんですけど、お勧めの店とかあれば教えて下さい!広島のって焼きそばとか入ってるんですよね?」

「お好み焼きね。ああ、モダン焼きは大阪風に焼きそば乗せるやつじゃけぇ、それはそれでお好み焼きとはちぃと違うかな。」

『おお……広島県民はお好み焼きの呼び方に厳しい言うんは、こういうことか。』

「それでおすすめの店じゃったっけ。初めてならみーちゃん総本店が行きやすいんじゃない? あとはかくめんとか、えっちゃんとか。広島いつまでおるん? 同じように見えて店ごとに結構違うけぇ、食べ比べてみてほしいわ。」

(橘高さんすごい喋る。)

『わしも由美子がここまで熱う語るんは初めて見たのう。』


 観光名所の時には間を持たせるためだけに話題を振ってる感があり、道承が繋いでも話が続かなかったが、お好み焼きとなるとこれである。数十年培った郷土愛の圧があった。広島焼や広島風の呼称は相手によっては地雷。道承は認識を新たにした。


 モーニングを食べてコーヒーを楽しむ些細な時間だが、由美子は親戚の子供に興味がないのもあって、お好み焼きの話題以外は当たり障りなく過ごそうとしているのが見ているこちらにも解ってしまう。これは波風立てずに自我を消して対応しようと心に決める道承だった。

 どうにも間が持たなくなったらまたお好み焼きについて聞いてみようと思う。


 喫茶店を出た二人は由美子の車でよねの居るグループホームまで移動する。早速お好み焼きの話題が大活躍をした。

 都市部から離れた郊外の小山の上にその施設はあった。遠目には団地や合宿所のように見える。

 そろそろ着くという時に、由美子から念のためと施設についての説明を受けた。曰く、グループホームとは介護認定を受けた認知症の人が、職員の助けを借りて集団生活する場所。その為対応には気をつける必要があるのだとか。


「怒ったり叱ったり、否定したりするんは基本なしね。不快なこととか、どう考えてもおかしいこと言うかもしれんけど、今だけのことじゃ思うて流してやって。帰りに愚痴聞くくらいならするけぇ、おばあちゃんや他の入居者さんには頼むよ。」

「解りました。」

『物事が分からんようになるっちゅうんは、切ないもんじゃのう……。』


 切実に願う由美子にそのつもりは無いだろうが、道承が怒鳴り散らしたり切れ散らかしたりすると思われているのではと感じてしまう言い方だった。これまでの出会いが稀有だったのだとしみじみする道承だ。共に過ごす時間が長ければ信頼を勝ち得る事も有るだろうがこの数時間の邂逅では難しい。同様の事を感じたのか、実篤が歌謡曲の『異邦人』を歌っていた。止めて。




 ホームに着き、受付で記名や入館証を貰うと、職員がよねの居場所まで案内をしてくれた。RPGのようで少しワクワクする道承だ。

 よねは自室に近い談話室に居た。職員と何やら話しているようだ。近づいてみればお互い関連しているのか居ないか、会話ギリギリキャッチボールをしていた。


「こんにちは。」

ああ、こんにちは! よねさん、娘さんが来てくれたよ。よかったねぇ、うれしいじゃろ。


 職員に声をかけるとよねとの話をつないでくれた。よねの意識が由美子に移ったのを確認してから、由美子は先程よりゆっくり、気持ち大きい声で話しかける。


「おばあちゃん、この子ね。おばあちゃんのお兄さんおるじゃろ、実篤兄さんのひ孫さんなんよ。」


 由美子は道承の名前を覚えていなさそうだったので続きを引き取る。


「初めまして、実篤の曾孫の道承です。埼玉から来ました。」

「あつ兄。」


 よねの茫洋とした瞳に光が差した。

 ご家族が来たならと職員は別の入居者の世話のためにその場を立ち、手続きがあるからと由美子は居なくなり、道承はよねと二人きりになってしまった。予想外の急展開。間が持たないのでぬいを取り出し動く芳一で楽しんでもらおうとボディバッグを開けた時だった。


「よね、ええ子しとったよ。お土産あるん?」


 恐らく道承を実篤と認識違いしている。認知症の人間にはよくある事だろう。似ていなくとも同じような誤認はまま起きるのに、道承は実篤に似ているらしいので無理からぬ事かもしれない。


「あるある。ぬいぐるみなんだけど気に入ってくれるかな?」


 紛失の容認まで受けているので場合によっては本当に譲渡しても良いかもしれない、何せ実際に実篤が憑いている。千拓も認知症の親戚に贈ったとなれば怒りはしないだろう。

 取り出した芳一ぬいをそっとよねの手に握らせる。


「耳あり芳一って言って、このギターでお祓いするんだ。」


 ぬいぐるみを解説する。説明に合わせ実篤はエアギターの動きをした。


「かわいくない。」


 拒否されてしまった。確かに、耳にお経を書き付けた坊主頭のバンドマンが可愛いかと言われると否定意見が出るのもやむ無し。


「いらない?」

「いらん。」

「そうか、ごめんなぁ。兄ちゃん女の子の喜ぶもの分かんなくてさ。」

『それ、わしのこと言いよるんか? 分からん奴みたいに扱うんじゃない。』


 本人からポフポフ叩かれながら改善要求が来たが無視をする。よねが幼い時分に、実篤が女の子の喜ぶ贈り物が出来ていたか怪しい所だ。本人自称は当てにならない。


「だってこんな動く人形、高いじゃろ。見せてもろうただけで、もうええよ。」


 令和の今、動く人形は存在するし一般販売もされているが相応に値段もする。戦前や終戦直後ともなればその希少性と値段は計り知れない。そもそも当時存在したかどうか。

 実篤は無言で震えていた。ぬいぐるみの身では涙も流せないが恐らく泣いているようだった。あえて触れない。

 よねはアラウンド九十の老女だが、きっと実篤には幼い頃の妹が見えているのだろう。


『そんなこと気にせんで、好きなもんを好きなように買うてやりゃあえかったんじゃ。自分の飯を減らしてでも買うてやりゃあえかった。みんな我慢しちょるんじゃけぇ言うて押さえつけんで、好きなようにさせてやりたかった……!』


 そうは言ってもさ。食事が満足に取れない時自分の分を譲って働き手の自分が倒れたら仕方ないし、我慢する事自体は出来るように訓練すべきだし、仕方ない所もあったと思うよ。

 実篤に読み取られないよう、意識は向けずにそっと胸で思うに留めた。当時を知らない道承が知ったように語るほど恥知らずで傲慢なことは無い。


「……値段は、気にしなくて良い。本当にいらないか?」

「うん、いらん。みんなに美味しいもん買うてあげんさい。」

「……そうだな、そうしよう。バナナのお菓子とか、どうだ?」

「高うないん?」

「高くない。東京じゃバナナなんて珍しく無くて、何なら安いまである。お菓子に加工された物も沢山あるんだ。」

「東京はバナナ安いん? ほいじゃ、みんなでバナナのお菓子食べたい。」

『ようけ買うちゃるけぇ! 腹いっぱい食え!』

(落ち着いて曾祖父ちゃん。血糖コントロールとか食事制限とか多分色々あるから。)


 よねは自身の指にしがみつく芳一ぬいを、慈愛の眼差しで眺めている。認知症を発症する前の人柄は解らないが、今はこの世の苦痛全て何処かに置いてきたような安らかな表情だった。

 認知症は本人も周囲も大変だと聞くが、この安らぎは認知症の救いの一端だろうと道承は思った。こんな浅い感想や感傷は誰にも言えない。腹の奥にしまって笑う。ただこの事実は残したくて、道承はこっそり写真を撮った。芳一と戯れるよね。


「長い事会いにこれんかったから、俺が居ない間の事、教えてくれるか?」

「うん、ええよ。」


 ここからは、一人の少女が大人になり今に至るまでのメインエピソードを、ランダムに教えてくれた。


 終戦の日母と抱き合って泣いた事。


 出来ることなら何でもやった。畑仕事も針仕事も男手が足りなくて人足もした事。


 その働き者ぶりが評価されて嫁に行ったが結納も祝言もなく母に泣いて詫びられて、逆に申し訳なくなった事。


 夫の実家が福山で、跡取りが戦死したので呼び戻されるのに付いていくことになった事。


「鳴門の渦潮、見たことあるん?」

「いや、無いっ……すね。」


 よねの語り口が幼子のものから大人になってきた。そのため実篤のふりは止めて他人として対応する。


「淡路島の親戚に聞いたんじゃけどね、海には汚れを流してくれる神様がおるんじゃて。鳴門の渦潮じゃったら、嫌なこともみんな流してくれるかねぇ……。」

「海の底にも都はございますからね。嫌なことだって人間に付いてるよりは洗い流されて海の底で宴会騒ぎした方が良いですよね。」


 嫌なこと、の中に地獄の気配を感じたのでついいつものノリで適当に返事をしてしまった。認知症の人間相手に適切な対応だったかとひやりとしたがよねは笑った。ネタが通じた事に、通じていなくても嫌な反応にはならなかった事に安堵の息をつく。


『源氏物語より平家物語が好きな子じゃったのう。女のくせに言うて馬鹿にされちゃあ、相手の男をボコボコにしちょったが。』


 なかなか勝ち気な少女だったようだ。それでもきっと、家や時代や同調圧力に負けて諦めたり手放したり、嫌なことを負わされたりもしたのだろう。


「そうそう、安徳天皇なんていまや地上に竜宮城構えてますからね、見てくださいこれ。」


 スマホで今回の旅行写真を見せると、下松の家の画像でよねは道承の手を止めさせた。そこからは長い時間、よねはずっと下松の家の写真を無言で見つめていた。


 見てもらうのは全く構わないがスマホを壊されたりデータを消されたりしないかだけヒヤヒヤしながらよねの様子をうかがっていると、由美子が戻ってきた。よねの持っているスマホの画面をのぞき込み懐かしげに目を細める。由美子自身は下松に住んでいたことは無いが、祖母の実家なので幼い時分に訪問した事もあったかもしれない。いや、実篤が生きている時は親族が集まっていたと言うし成長してからの事かもしれない。

 しばらく画像を眺めてから、由美子がよねの肩を叩いて呼びかける。


「おばあちゃん、そろそろ昼の時間じゃけぇ、うちらは帰るね。」

「そう?お昼はもう食べたよ。」

「ほいじゃもう一回食べんさい。よう食べんと力が出んて、よう言うじゃろ? こんなに痩せてしもうてから。」

「ほいじゃ食べるかねぇ……。」


 実際よねはまだ昼ご飯は食べていない。職員さんが食事の準備をしているのが道承にも見えた。由美子は流石によねの扱いに慣れておりスムーズに食事へ誘導する。

 本当にいらなかったらしく卓上に残された芳一ぬいこと実篤は黄昏ていた。押し付けて行くわけにはいかないので道承は芳一を回収してボディバッグに突っ込んだ。


 部屋へ戻るよねを職員に託し、由美子と道承は施設を出る。玄関に向かう途中、道承はふと視線を感じてそちらに顔を向けた。


「あ、閣下」


 悪魔のがん検診啓発ポスターにはグループホームの廊下で思いがけず遭遇出来た。しかもデザイン違いで何枚も。恐らく職員に信者がいる。




 来た時と同じく由美子の車に乗り、福山駅を目指す。駅前で道承を下ろし、由美子はそのまま帰ると言う。家には招かれず、これが普通だよなと逆に少し安心した。帰りもお好み焼き談義は


「ほとんどの時間俺が話しちゃいましたけど、大丈夫でしたか?」

「ええんよ。私は週に何回も来とるけぇ。あんな穏やかなおばあちゃん、久しぶりに見たわ。生きとるうちに会いに来てくれて良かった。」


 言葉の響きから、もうよねが長くない事が察せられた。道承がその事を察した事も、由美子も察したらしい。


「言うたって八十過ぎたら生きとるだけで奇跡みたいなもんじゃけぇ、もう原因が何じゃとか関係ないわ。」

「自分は曾祖父さんに生きてるうちに会えなかったんですが、今日話も聞けたので……会いに来れて、良かったです。」


 この後は互いに言葉なく過ごしたが、行きの時のような気まずさはもう無かった。

 福山駅北口のロータリーで降ろして貰う事になった。降りる直前、荷物を抱えた瞬間に天啓を得て慌ててTOKIOばな奈を手渡した。独自に買っていた福岡の明太子ラスクも一緒に手渡す。今の今まで忘れていた、危ない。福山ミッションこれで達成である。

 これからの旅程を聞かれて道承は少し考えた。


「……昼はこの辺でお好み焼き食べてから淡路島に行こうかと思ってます。挨拶をしてすぐ埼玉に帰るか、時間によっては大阪あたりのカプセルホテルで泊まって観光がてら帰るのも良いかと思ってて。」

「そう。また来んさいね。福山まで来て鞆の浦も行っとらんとか、人生三割損しとるよ。」

「これで人生十割損になったので、また是非来たいと思います。」


 道承は全開の笑顔で車を降りた。由美子の車が去るのを見送ろうと振り返ると、助手席の窓が開いた。運転席の由美子は、ダッシュボードから封筒を二通取り出し、助手席越しに道承に手渡した。


「こっちは新盆供養のお布施。こっちは髙﨑さんの旅費のカンパ。土産でも買いんさい。」

「え、そんな良いんですか?」

「あんまり良うない子じゃったら、渡さんと別れよう思うとったんじゃけどね。」

「ありがとうございます!」


 道承がお辞儀をしている間に助手席の窓が閉まり、由美子の車は去っていった。

 さて、お勧めされたお好み焼き店でどこが一番近いか検索をしなくては。道承はボディバッグからスマホを取り出し飲食店検索アプリを立ち上げた。





 長居したく無いから昼前に訪問して昼食を理由に帰る孫。

―――――

登場人物の台詞はChatGPTで方言翻訳しています。プロンプトは以下の通り

〇橘高由美子

貴方は広島県福山市で生まれ育った50代女性です。介護疲れのため、ややぶっきらぼうで不愛想な人物です。以下の台詞を福山市の方言や訛りに翻訳してください。


〇グループホーム職員

貴方は広島県福山市で生まれ育った介護士をしている20代男性です。以下の台詞を福山市の方言や訛りに翻訳してください。


〇村上よね

貴方は山口県下松市で生まれ育ち、20歳で広島県福山市に嫁いできた80代女性です。認知症を発症しています。以下の台詞を下松市の方言や訛りをベースに広島県福山市の方言や訛りに翻訳してください。


―――――

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