1.福岡県北九州市
福岡県北九州市小倉北区→門司区
降り立ったホームの気温は、埼玉とさほど変わりがない。冷房の効いた車両から降りたばかりなので信用のおけない体感である。
早速ホームで駅名掲示を背景にぬい撮りをする。段々ぬい撮りに馴染んできた道承だ。撮っている間に母からメッセージが届いた。小倉には着いたか、訪問先に連絡はしたか細々した質問が矢継ぎ早に届く。一旦返信は後回しにして、事前に聞いていた訪問先の大叔母宅へ電話をかける事にした。スマホの受信メールから小倉の住所に併記されている電話番号をタップで発信。アクティブ人見知りの道承は相応に緊張していたが行動に躊躇はなかった。お化け屋敷も怖がりながらズンズン進むタイプだ。
数コールでつながった。
「お忙しい所恐れ入ります、こちら吉井様のお電話番号でお間違いないでしょうか。」
アルバイトで培った架電技術があまりにも営業電話だったためか、電話先の人物の訝しむ雰囲気が伝わってきた。こちらに疚しい所はない。押すのみ。
「私本日訪問のお約束いただいている埼玉の髙﨑と申します〜。下松の実篤の曾孫なんですけれども。」
『ああ!徳ちゃんの孫ん子の!はいはいはい、聞いちょるよぉ。』
「良かったぁ安心しました!それで今小倉駅に着きまして、これからそちらお伺いしようと思うのですが。」
『道わかるん?迎え行こうか?』
「いやいや外暑いですから大丈夫ですよ!住所伺っているので地図見ながら行けると思うんですけど、もし迷ったらお電話させていただいても良いですか?」
『ええよぉ。』
「ありがとうございます、心強いです。ではまた後ほど、宜しくお願いします。」
拍子抜けするほど和やかに終話した。知らない親戚が家に来ると言うのに嫌悪や忌避感がなさそうだったのは幸いだ。
これから訪ねる小倉の親戚は曾祖父の弟、藤井徳次だ。流石に高齢のため連絡の窓口となり先ほどの電話対応をしてくれたのは徳次の娘、吉井さわ。近年の下松での集まりに来ていたのもさわとの事だった。道承から見て族伯祖母――祖母の従妹にあたる。いとこおおおば。そんなポジションにも呼称が付いていることをネット検索で知って少し感動した。その呼称が紹介されていたウェブページは行政書士のサイトで妙に納得してしまった。
さて、電話した勢いで今から行くと言ってしまったが小腹が減っている。調べてみればバスの時間までまだあるので、創業70年超えの有名パン屋に寄ることにした。自分がいま食べる分以外に手土産のていでいくつか買っていけば良いだろう。
少々並んでいたがエビカツを無事に購入。ついでに生クリームを挟んだオムレツも購入。クリームが溶ける前に早急に向かおう。
小倉駅から少し歩いた停留所から路線バスに乗り、目的最寄りのバス停で下車して徒歩五分。親戚めぐり一軒目、福岡県北九州市小倉北区の親戚、吉井家に到着した。
吉井家は瓦屋根に外壁一部タイル張り二階建ての古き良き昭和建築といった風体だった。郵便受けに印字シールで『セールスお断り』『インターホンは玄関にあります』と貼られていたので道承は門をくぐり玄関にあるやたら新しく立派なインターフォンのボタンを推せばピンポーンとクリアな呼び出し音が鳴った。カメラ付きなので恐らく今宅内のモニタに道承が映し出されているはずだ。
プツッと通信の繋がる音がした。
『はーい?』
「埼玉の髙﨑です。」
『はいはいはい。』
繋がったときと同様にブツンと音を立てて通信が切れた。ドタバタと駆け寄る足音がしたかと思うと鍵を開けるのとほぼ同時に扉が開いた。
「いらっしゃい!遠かとこよう来たねぇ。上がりぃ、上がりぃ。」
祖母よりやや若い老齢の女性が招いてくれた。彼女が吉井さわだろう。電話と似たテンションだ。通された仏間はよく整えられており炊きたての線香の匂いがした。座っているようにと言われ一人にされたものの、仏壇には菊花や灯明の他に、一品一皿計五品の小皿料理が供えられているのが物珍しくてつい眺めてしまった。そこに氷の入ったお茶のグラスを盆に乗せたさわが仏間に戻ってきた。
「いやー、うちもさっきまでお寺さん来ちょったんよ。線香臭うてごめんねぇ。アレルギーとか喘息とかないん?大丈夫?」
「いえ、大丈夫です。自分も線香お供えして良いですか?」
「ええよ、ロウソク点けちゃる。」
つけてもらったロウソクで、線香の先に火を灯して持ち手側を線香立てに指す。この間にロウソクは再び消された。早い。お鈴を鳴らして合掌してみるがこの間何をしたら良いか解らない道承だった。取り敢えず挨拶してみる。
(吉井家のご先祖様各位初めまして、親戚の髙﨑と言います、宜しくお願いします)
それっぽく間を置いて挨拶を切り上げた。
「そうだ、これお土産です。どうぞお納め下さい」
「気にせんでええのに、ありがとうねぇ。あら!クロヤベーカリーやないね!ここのパン食べたことある?安うて美味しいんよ。」
エビカツバーガーを食べたと言えば、さわは食べたことがないと言っていたのでお勧めしておいた。笑いながらもさわは台所から皿を持ってきてオムレツを乗せて仏壇に供えた。TOKIOばな奈は箱ごと仏壇脇に供えられた。糖尿病対策として明日以降別途仏様に供されるらしい。死後も糖尿の心配をしないといけないのかと世知辛い気持ちになったが、お供え物を下げたあと食べる生者の健康の話だった。これはこれで塩っぱい気持ちになる。お供えしたからと供物をそのまま捨てるのは忍びないのは仰る通りである。
「せっかく来てくれたのに祖父ちゃん寝ちょってごめんねぇ。起こそうか?」
「いや、大丈夫です寝たいときに寝かせてあげて下さい。」
じいちゃん、とは曾祖父の弟、徳次の事だろう。来たからには挨拶をしたいが寝ている所を起こしてまで挨拶したい訳では無い。寝起きの人間に挨拶するのも気まずいし何を話したら良いかも解らない。
「親戚回りしよるん?次どこ行くと?」
「山口の下松ですね。後は広島と兵庫です」
流石にさわは親族の集まりに頻繁に参加しているだけあって、これだけで誰のところを回るのか解ったらしい。六人兄妹だった曾祖父、存命中の弟妹はあと三人しかいない。年齢を考えれば自然の摂理ではあるが、人が亡くなるというのは天寿であっても切ないものである。
「せっかくここまで来たんなら観光していきぃ。この辺やったら小倉城と門司港やね。」
「へぇ〜⋯⋯地理あまり詳しくなくて。ちょっと調べても良いですか。」
スマホを出して路線検索アプリを立ち上げる。
ルート検索をしてみれば門司港から下松は在来線3時間。特急を使えば1時間だが交通費が倍と判明。
「そんくらいおばちゃん出しちゃる。下松なんもないけぇ!下松ホテル取っちょるん?ないん?なら今から行っても布団も干せんし、今夜はうち泊まりぃ。明日門司港見てから下松行けばええ。下松なんもないけぇ!」
嫁入りで小倉に来るまでは下松で育ち、結婚後も定期的に下松に通っていた人間の言葉は真に迫っていた。そんなに下松何も無いのか。
「私今から晩ご飯の支度するけ、お相手もできんし、今のうちにちょっと小倉城でも行っといで!夜まで開いちょるけ!」
「戻ってこられなくないですか?バスとか多分そんな本数ないですよね?」
「最悪うちの旦那に迎え行かせるけ大丈夫よ。」
それは果たして本当に大丈夫だろうか?とは思うものの初対面の親戚宅に事前アポだけで飛び込む鋼メンタルの道承も、その親戚宅で数時間放置されるのはそれなりに持て余しそうだ。テレビを見るのもスマホをいじるのも『何やってんだ……?』と思考の宇宙に陥るだろう。それならガチガチに予定を詰めてしまった方が良い。四時をまわりこれから日も落ちていく。確かに初めて来たのだし折角だから観光も出来るならしよう。
お言葉に甘え、バックパックは吉井家に置かせてもらいボディバッグだけで家を出た。来た時同様に路線バスに乗り小倉駅まで戻って地図アプリを頼りに小倉城まで歩く。
この手の施設は五時閉所が多い印象だが夜間営業を打ち出している小倉城は八時までの営業で、難なく入場出来た。夜間ライトアップもあるらしいがまだ明るいためか良く解らない。まずは天守閣の外観をスマホで撮影する。思い出して芳一ぬいをボディバッグから取り出し城と一緒に撮影した。やはりピントが難しい。
そしてとにかく暑い。もっと日が落ちないと気温も下がらないので、天守閣に入った。
まずは小倉城の歴史年表掲示を流し読む。割と燃えていた(物理)。
フォトスポットも豊富だった。
家臣に扮したリアルな人形の間に座って軍議に参加している芳一。
流鏑馬ロデオマシーンに乗る芳一。
巌流島で佐々木小次郎になりきって宮本武蔵人形に対峙する芳一。
様々な芳一を撮る。割と楽しかったが自分の写真が無いなと気付いて、サイズが小さすぎて芳一では出来なかったデジタルなりきりを試してみる。
デジタルなりきりとは、モニタ前に立つと自分の姿が写り、その胴体部分に着物画像が合成されてまるで自分が着物を着ているかのような映像が見られるサービスだ。早速侍に扮した姿を自撮りすると、スンとした表情の成人男性の雑コラ侍画像が撮れた。あまりにもしょぼくれているので芳一ぬいを顔横に掲げて再撮する。しょぼくれた侍がぬいを持っている画像が撮れた。あんまりだ。
天守閣では日中はカフェ、夜間はバーをやっているとの事で見に行くもカフェは本日の営業は終了している。バーは土曜限定だった。悔しくて営業終了時間をつい調べてしまう。
「五時…五時!?」
営業時間を事前確認していなかった道承だが、何となく六時くらいまで営業しているだろうと思っていた。また空の感じから現在五時半くらいだろうと思っていたのだ。だが実際の営業時間は五時までで、現在時刻は六時すぎ。
埼玉と福岡は経度差により日没が三十分違うのを身をもって体感した道承はそこではたと気がついた。
「やべ、バス!」
吉井家に戻るにも路線バスに乗らなくてはならない。調べてみればまだバスはあり、本数が少なく次まで時間もあったので小倉城の虎のゆるキャラグッズを買って庭園を駆け抜けた。
道承が吉井家に戻ると、暖かい夕飯の香りが玄関まで漂っていた。無言で入るのも不審者感が出るかと思い、さわに声をかける。
「いま戻りました」
「おかえり。手ぇ洗っておいで。」
玉暖簾の向こうにある台所から返事だけが返ってきた。昭和建築の家屋、グツグツと何かを煮る音に味噌の香り、黄昏時の薄暗さ。生まれてもいない昭和レトロ感に郷愁で腹が捩じ切れそうになる。道承は鼻をすすって洗面台に向かった。帰宅した子供の最初の仕事は手を洗うことだ。一緒にうがいもしておこう。
日が暮れてすぐ、さわの旦那が仕事から帰宅した。吉井茂、シルバー人材派遣業で働く七十代。ビル清掃の仕事からの帰宅との事で挨拶するまもなく風呂に直行したため、きちんと話せるのは二人とも湯上がりの今が初めてである。
「若いもんがおるとええのう!大学生なんかいくら食うても腹減るっちゃろう?ほれ、寿司買うてきたけ食べりぃ!」
「そうは言うても米は腹ん膨れるやろう。おかず先食べてからにしぃ。これ糠漬けね。つまみよき。できたら持ってくるけ。」
「ありがとうございますゆで卵も糠に漬けるんですね、初めて見ました!いただきます。」
人好きなのは夫婦揃って同じようで、遠縁の孫世代にも好意的に接してくれる。この夫婦には息子が二人いるが両方とも社会人で家庭も持っておりなかなか帰省も難しいのだという。お嫁さんの実家が東北や日本海側と聞けば確かに冬の帰省は難しそうなので夏はそちらへ顔を出すのだろう。
「二十歳過ぎちょるんか?ほんなら酒飲めるな。」
「自分いま二十歳です、酒飲めます、好きですけどまだ適量わかんないんです。」
「じゃあ水置いとくけ、酒と同じくらい飲みんしゃいね。食べながら飲んだら腹も膨れるし、飲み過ぎんで済むやろう。」
「ありがとうございます助かります。」
吉井夫婦はこれでもかと料理や酒を卓上に並べていく。
郷土料理だという糠炊きは煮魚を煮る際、味噌や醤油の調味液に糠床を混ぜて作るらしい。美味しくいただいた。
フグ刺しも出してもらった。味と言われると良く解らなかったが二〜三切れまとめて取って食べるのはワクワクした。
寿司もとても美味かった。物流が発達しているので海がない埼玉でも美味しく魚は食べられるのだが、それでもやはり海の近くは魚の立派さや鮮度は別格だった。
事情を話して料理と一緒にぬい撮りをさせてもらう。面白がった茂に酒瓶を添えられて酒飲み芳一になった。
ついでに吉井夫婦の写真も撮ってこちらは祖母に画像送信した。
ここから家族の話題に移った。さわは道承の祖母と仲が良かったらしく、結婚式の手伝いをしあった話を聞いたり、一緒にバナナを持って記念撮影をした写真を見せてもらったりした。記念撮影するほどバナナが貴重だった時代にカメラが存在したこと、またその写真が白黒という時代背景も興味深いが、祖母の個人的な昔話を道承はあまり聞いたことがなかった事に気がついた。
昔話自体はよく聞くのだ、あの俳優は若い頃格好良かったのに思いの外老けてしまっただとか、生まれる前に起きた有名企業の不祥事を持ち出してあそこは信用ならないと薫陶を授けたりだとか。
帰ったら聞いてみようと思った。あまり思い出したくないのかも知れないが、さわとの思い出であればきっと悪くないはずだ。
こうして和やかな夜を過ごしていた時。
――― ッパァン
家の外で破裂音が響いた。道承は夏休みでハメを外している中学生高校生のやんちゃかと思ったのだが。
「銃声やね」
「爆竹とかじゃなくてですか?」
「ありゃ銃声たい。小倉じゃ珍しかこっちゃない。明日ニュース見とき。」
慌てるでもなくありふれた事のように断言する吉井夫婦。噂に聞く福岡の一端を体験して道承は震えた。
「初めて聞きました……。」
「あんたんとこ、埼玉のほうが最近物騒らしいやないか。外国人が増えたとか何とか言いよったな。」
それ以上いけない。国際問題が過ぎる。
宴もたけなわ、明日も仕事だという茂は寝室に下がったが、道承は台所で皿洗いをかって出た。様々な料理を出してもらった結果、取り皿や菜箸が増え、つまり汚れ物として洗わなければいけない食器が相当量あった。自身の歓迎のためと思えば、また飲んだ後すぐに寝ると二日酔いになりやすい道承は一宿一飯の礼に手伝いを申し出たのだ。
そして現在皿洗いから解放されたさわは自身の父親であり道承の曾祖父の弟、徳次の世話をしている。寝たきりと言うほどではないが寝て過ごす事が多く、食事や入浴の介助などが必要とのことだ。そちらを手伝うのは流石にハードルが高かった。
食器を全て洗い終え、濡れた食器を布巾で拭いているとさわが台所にやって来た。
「ありがとうね、道くん。ちょっと祖父ちゃんのとこ来てくれん?今起きちょってシャッキリしちょるけ、話すなら今しかなさそうなんよ。明日の朝起きちょるかわからんし。」
「解りました。」
さわに案内されたのは玄関からは一番遠い部屋だった。夜間のため遮光カーテンが閉められているが、日中は大きな窓から面している庭が見えるのだろう。フローリングや手摺からバリアフリーの徹底具合がうかがえる。かつて居間だった場所を徳次の介護のためにリフォームしたのかも知れない。
徳次は電動ベッド上で上体をゆるく起こしていた。道承を待っていたのか、部屋に入るなり目が合った。
「祖父ちゃん!実篤兄さんの!ひ孫さんが!お盆の挨拶に!来てくれたよ!」
さわの突然の大声に道承は寸の間ビビって硬直した。耳が遠いのだろう。先に予告してほしかった。
緩慢な動作で徳次はサイドテーブに置いていた補聴器を耳にかけて道承に向き直った。
「ぁああ……兄さん。」
「初めまして、実篤の曾孫の道承と言います。」
「似とるなぁ……なあさわ。」
大学で教員課程を履修している道承は講義で鍛えた大声で受け答えする。しかし聞こえているのか居ないのか解らない。認知症があるのか、本人を目の前に聞きにくい。それに先ほどさわがシャッキリしていると言っていたから意識清明と思われる。
「兄ちゃん、よう来たのう。兄さんもありがとうなぁ。迎えに来てくれたんか?」
「祖父ちゃん!さっきの!バナナのやつな!この子が買うてきてくれたんよ!」
「バナナ?バナナかぁ……あぁ、ありがとうなぁ……」
「美味しかっ!たねぇ!」
「あぁ、美味しかった。ありがとうなぁ……」
「どういたしまして」
さわの大声と徳次の嗄声の音量差に耳鳴りがしそうだ。
「道くん、このまま祖父ちゃんと話してやって。適当なとこで切り上げてええけ。」
「あ、はい」
さわはそう言うと部屋を出ていった。恐らく他の家事をするのだろう。
……困った。何を話せば良いのか。
「実篤さんて、どんな人でした?会ったことないんです。教えて下さい」
「なんじゃ、不孝もんじゃのう。会うたことないんか。」
「埼玉県に住んでて、遠くて会いに来られなかったんです」
「仕方ないのう。埼玉ち言うたら徳美ちゃんか。嫁に行ったじゃろ。」
「はい、徳美はお祖母ちゃんです」
「そうかそうか。あんまり似ちょらんなぁ。じゃけど兄さんにはちぃと似ちょる。」
以降割と話が通じた。それだけに最初のすれ違いは何だったのか、まだらボケと言うやつなのか。道承は震えた。
「兄さんはのう、わしらの父ちゃんみたいなもんじゃったんよ。面倒見てくれてのう、食わしてくれてのう。子どもの頃はそげなこと分からんで、文句ばっか言いよった。遊んでくれんとか、わしにも言いつけするち言うてのう。それで叩かれたりもしたんじゃがなぁ。今思うたら、もっと手伝うちゃればよかった。父ちゃんおらんで、母ちゃん支えて、わしら弟や妹抱えて、どげん大変じゃったろう思うたらのう……涙が出る。ごめんなぁ兄さん。往ぬる前に謝れてよかった。心残りが一つのうなった。聞いてくれてありがとうなぁ、兄ちゃん。」
「それ人違いなんで心残りでもうしばらく長生きしてもらっても良いですか?」
こんな話をしているうちに、話し疲れたのか徳次がうつらうつらと船を漕ぎ始めた。今日これ以上の会話は難しいだろう。そして明日発つ道承は、もう徳次と二度と会う事はないかも知れない。そう思うと胸に迫るものがあった。
一度しか会ったことのない遠縁の親戚。話したのは一時間にも満たない。ここで感傷的になるのは都合が良すぎる。言葉にしたら自分がいかにつまらない人間か気づいてしまいそうで、道承は考えるのを止めた。
「徳さん、写真撮っていい?」
徳次の肩を軽く揺すって声をかける。言葉が通じたか単なる寝言か、うめき声が返ってきた。
「撮るよー」
スマホで居眠りをする徳次の写真を撮る。次いでインカメラに切り替えて自分と徳次のツーショットを撮った。
画像二枚分の感傷くらいは許されるだろう。撮れた画像を見返すと二枚目の徳次は恐らくキメ顔と思われる表情でピースサインをしていた。
「起きてんじゃん!」
「写真、現像してくれぇ。」
写真は改めて撮り直し、今度はきちんと挨拶をしてこの出会いを締め括った。
「徳さん、またね。」
「おう、兄ちゃん。またなぁ。兄さんには、まぁすぐ会えるじゃろうけどのう。」
翌朝、出汁の香りに鼻をくすぐられて道承は起床した。着替えて客間を出ると、仏間で茂がコーヒーを飲んでいた。出勤前の一服らしい。
「ほんなら俺ぁ仕事行ってくるけ。また来いよ道くん。今度来たら美味い店連れてっちゃるけな。」
「ぜひ!楽しみにしてます、お世話になりました。」
茂が家を出るのを見送った所で、さわが朝ご飯としてうどんを出してくれた。甘辛く煮た牛肉が乗っており、肉うどんと言うそうだ。ストレートなネーミングは郷土料理ならではだ。両手を合わせていざ箸を手に取った所で待ったがかかった。
「ぬいぐるみ撮らんの?」
「あ。」
せっかくなので、丼に寄り添う芳一を撮り、昨日の晩飯と合わせて千拓に送信した。
肉うどんは酒と過食で疲れた胃に優しくも食べでがあってとても美味しかった。やはり出汁。出汁がすべてを解決する。
「ごめんねぇ、祖父ちゃんやっぱり起きそうにないわ。」
「良いです良いです、昨日夜遅くにお話して疲れちゃったと思いますし寝かせてあげてください。」
「違うんよ。昨日すごう楽しかったみたいでねぇ、道くん帰る前に起こしてくれち頼まれちょったんよ……まぁ起きんのやけど。」
起きるまで待っていると次の旅程に差し障る。昨晩別れの挨拶もしたがこのまま別れるのも寂しい。
「さわさん、この家プリンターあります?それかこの辺コンビニありませんか」
□ □ □
JR鹿児島本線で小倉駅から十五分、門司港駅に到着した。駅舎は大正三年に建てられ、昭和六十三年に国の重要文化財に指定されている。レトロな雰囲気のルネッサンス式木造建築は写真映えする事から観光客がそこここでスマホを向けて写真を撮っている姿が見られた。道承も便乗して写真を撮る。ぬい撮りしている女性達に芳一ぬいの存在を思い出してぬい込みで撮り直し、千拓に送信する。
朝に送った画像は昼前の今まだ未読だった。気にはなったが発熱からこちら寝たり起きたりで生活リズムなど有って無いようなものになっている。徳次と同じだ。まだ寝ているのかも知れない。ぬいをボディバッグにしまい改札を目指す。
どこに行こうか、昨日のさわの言葉が思い出される。
『おしゃれな店なんか見んでええよ、東京にもあるっちゃろう。埼玉っちあれやろ、海なかんよね?見ていきぃ、海。』
友人達と九十九里や東京湾に行ったことはあるが、常の生活に海はない。
そうだ、海だ。海に行こう。
と意気込んでみたが駅を出て割とすぐ海だった。意気込みェ……。
言葉通り港のため海辺は整備されている。ぱっと見は大型河川と変わらない。しかし水の色が、空気が違った。これは、海だ。水の色が深い、やや生臭い磯の香りが風に乗って額をなでる。言葉もなく立ち尽くした。
体感五分程度(時計を見たら二分無かった)そうして過ごし、今日も強行軍だと思い出した。観光したら山口県下松市に移動して、祖母の実家で布団を干したりなんなりしないと今夜の宿がない。電車の時間を調べてとにかく許す範囲で楽しみ尽くす次第だ。
少し周囲を散策する。跳ね橋があったり、バナナ姿のおっさんの等身大看板があったり、バナナが飾られた郵便ポストがあったり。
「バナナじゃねえか」
どうやら門司港、バナナが有名らしい。小倉は三駅程度しか離れていない。そして東京は別にバナナは有名でも何でもない。母の指示とは言え、東京銘菓TOKIOばな奈を差し入れた自分。
道承は考えるのを止めた。
□ □ □
「なんじゃ、兄ちゃん帰ったんか。」
「そうよ。一応祖父ちゃん起こすのに声かけたり揺すったりしたんやけど、起きんかったんよ。あの子も実篤兄さんの初盆の準備があるけ、早う行かないかんかったし。」
「そうかぁ……そりゃ仕方ないのう。」
「うん。やけ、それで挨拶の代わりにこれやって。」
気落ちする徳次にさわは一枚の紙を手渡した。
プリンターを借りた道承は昨夜一緒に撮影した写真をA4用紙に印刷して、画像の余白部分に太ペンで書込んだ。
『また来るからひいじいちゃんとばあちゃんの思い出話聞かせて下さい!
さねあつのひ孫、徳美の孫、みちつぐ』
「これ大きゅうて見やすうてええねぇ。」
「わし、こんな顔しちょったかのう。」
確定申告やふるさと納税等の手続き関連の保管や見直しにしか使わないプリンターだったが、写真の印刷も出来るのか。当たり前と言えばそうだが、これまで使ってこなかった用途に目からウロコが落ちる思いだ。
「ほんとに、また来てくれたらええねぇ。」
「来てくれんかったら、来てくれるまで長生きしてしまうわ。」
星や絵文字貰えたら喜びます
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登場人物の台詞はChatGPTで方言翻訳しています。プロンプトは以下の通り
〇吉井さわ
貴方は福岡県北九州市小倉北区に40年以上住んでいる70代の女性です。以下の台詞を小倉の方言や訛りに翻訳してください。
〇吉井茂
貴方は福岡県北九州市小倉北区で生まれ育った70代の男性です。以下の台詞を小倉の方言や訛りに翻訳してください。
〇藤井徳次
貴方は福岡県北九州市小倉北区に50年以上住んでいる90代の男性です。山口県下松市で幼少期を過ごし成人後に小倉に引っ越してきました。これらの背景を踏まえて、以下の台詞を山口県下松市の方言をベースに小倉の方言や訛りに翻訳してください。




