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0. 埼玉県さいたま市

 大学入学して2回目の夏休み、道承(みちつぐ)は塾講師のアルバイトから疲労困憊で帰宅した。極限までコマを詰めた夏期講習に加え、授業後の生徒達の質問や雑談に応じた結果、既に23時を過ぎている。この猛暑に食事を抜くのは宜しくないが、クーラーとの気温差で内臓が弱っている事もあり、もう何も食べずに寝てしまおうかとシャワー目的で浴室に足を向けると、誰も居ないはずの居間の照明が点いている事に気が付いた。

 消し忘れかと覗けば食卓のいつもの席に母親がマグカップを抱えてぼんやり座っていた。普段なら寝ているか、寝室でテレビでも見ている時間帯だ。背中は丸まり疲れ切っているように見えた。


「どしたん。」


 話聞こか?までは言わずに様子見の声かけをすると母は今気付いたとばかりに顔をあげた。道承の帰宅音に気付いていなかったらしい。やはり疲れていそうだ。


「こんな時間までバイト?お疲れ様ね、ご飯食べた?」

「夕方におにぎり食っただけなんだけどあんま腹減ってない。」

「じゃあ刺身取ってあるからこれだけ食べちゃって。悪くなって捨てるのもつまんないし。」


 母は冷蔵庫を開けると言葉通り刺身だけを取り出した。他のおかずは明日の朝ご飯になりそうだ。

 道承は自分で箸と醤油、ワサビを用意し、刺身の置かれている母の斜向かいの席に着いた。母は鍋を火にかけている。味噌汁も飲ませる魂胆のようだ。これ以上は増やさないでほしい。


千拓(ちひろ)は?熱下がった?」

「さっき39度だったから解熱剤飲ませたとこ。」

「外気と同じじゃん。」


 ここ数日高熱を出して寝込んでいる妹の様子を尋ねれば全く下がっていなかった。病院でインフルやコロナの検査をしても陰性。原因は判然とせず夏風邪であろうと診断されたが、それにしても丸3日熱が高いままと言うのは気がかりなところだった。


「みち、あんたお盆もバイト?」

「いや、泊まり込みの合宿があってその間俺は休み。」


 専任の講師が引率と講義を担当するためバイトは同行しない。収入は無いが細やかな自由時間だった。特に予定も無いので涼しい部屋でゴロゴロして過ごす事だろう。


「もし予定無かったらお祖父ちゃんの家に行ってきてくれない?」

「どっち?」

「下松。」

「なんて?」


 祖父母は父方が川越、母方が深谷と両家どちらも埼玉住みだ。県内なので行く事はやぶさかではないが、流石に町名までは覚えていない。


「くだまつ。何回か連れてった事あるでしょ、私のお祖父ちゃん家よ。あんたからは曾祖父ちゃん。」

「主体と客体混ぜて話すの止めて?連れてったつっても全然記憶ないけど。何市?」

「だから下松市よ。山口県の。」


 道承は一瞬フリーズした。山口県。どこだっけ、中国地方だった気がする。

 思い出してる間に、沸騰してやや煮詰まった味噌汁を目の前に置かれた。そうだ、本州の一番端だ、山口県。

 母はそのまま元の席に着く。


「曾祖父ちゃんの初盆なのに今誰も下松の家に住んでないから私が行ってちゃんとお寺さん呼んだりするつもりだったんだけど、千拓がこの状態じゃ行けないでしょ。かと言ってお祖母ちゃんも行けないし。」

「何で?」

「起き上がれん程頭痛なんだって。」

「⋯⋯脳内出血とかそう言うのじゃなくて?大丈夫なのそれ検査した方が良いよ。」

「検査はしたのよクモ膜下出血の家系だから。でも何も無かったんだって。一刻を争う問題じゃないから良かったけど原因解らんから対症療法しかなくて、今お祖父ちゃんが家事してるのすごい面白い。」


 聞けば、やってやれない事はないが気が利かないのと不慣れなため洗濯一つとっても襟袖汚れの石鹸を使わない、ワイシャツを洗濯バサミで吊って干して挟んだ跡と妙なシワが寄っていると言う。恐らく同レベルの道承は目頭が熱くなる思いだ。

 すげえよ祖父ちゃん⋯⋯!これは俺から見ての祖父ちゃんで合ってるよな⋯⋯?


「で、俺山口行って何したら良いの?」

「お寺さんにお盆供養のお布施と、墓の掃除と、近所迷惑になりそうなら庭の草むしりとかかしらね。あと、郵便とかもし来てたら持って帰ってきて。」


 温暖化の亜熱帯の夏にはとんでもなく難度が高い。更に問題は気候のみに留まらない。


「俺不審者として通報されたりしない?」


 熱すぎる味噌汁を啜りながら懸念を口にする。

 見知らぬ若い男が居住者なしの空き家に入り込んで庭の草むしり。怪しいが過ぎる。


「ご近所さんには曾孫が手入れしに行くって連絡しといてもらうから大丈夫よ。」

「本当に〜?頼むよ本当に⋯⋯熱中症で倒れたりしたら誰か気付くようにしといてマジで。」


 曾祖父母宅など記憶にないほど幼い頃に訪問した記憶しかない。完全初見の単発バイトに行くようなものだ。先に条件を詰めておく方が良いだろう。


「交通費とか諸経費は?」

「交通費と食費は出したげる。経費は物によるからレシートで要申請ね。」

「え、日帰り?夜バスきついんだけど。」

「一泊二日か二泊三日でも良いけど、曾祖父ちゃん家泊まれるわよ。光熱費一応払ってるし。水道は数分水出しして、布団はちょっと干したほうが良いだろうけど。」


 それならばと頷き、食べ終えた食器をシンクに下げる。詳細はまた明日以降と決まりこの夜は解散となった。


 その翌日深夜。同じく塾講師のバイトから帰宅した道承を、母が今夜は意図して待っていた。ドアの開閉で帰宅に気付いたのだろう、すでに夜食の準備を始めている。食べるかどうか先に聞いてからにしてくれ。一つ異論を唱えると三倍の反論が返ってくるので何も言わずに大人しく食卓につく。


「もうこの際だから親戚の家全部回ってきて。」

「は???」


 母曰く。道承が盆供養と家の手入れのために山口県に行く事と、それに関して近隣住民に共有しておいて欲しいと当該空き家を実家とする祖母に電話をかけた所、前述の依頼があった。

 曾祖父は六人兄妹の長男であり、冠婚葬祭の折には下松の家に集まるのが常で、亡くなる前年までは各地の親族が墓参りがてら盆暮正月に訪れていたと言う。親族仲はかなり良かったようで、今回から不義理をしてしまうのかと祖母が頭痛にうなされながら気に病んでおり、せめてもの慰めにと依頼に至る。


「まず俺に聞いてから受けて?」

「みちに聞いてから行くか決めるって言ってあるから大丈夫よ。」


 背景を聞いた今となってはうっすら断りにくい。しかも母が用意した夜食は鯛茶漬けだった。普段出しもしない昆布と梅干しの付け合わせも出してくるあたりに圧を感じる。


「交通費と食費は出すし下松に泊まれば良いから宿泊費掛からないで瀬戸内観光と思えば良くない?あんた一人旅とか民泊とか平気でしょ。」

「平気だけども。曾祖父ちゃん関連の親戚誰も知らんしどこに居るかも知らんのよ。その感じ皆遠いの?」

「皆死んでるからそれ程でもないけど。」


 物騒な前振りで挙げられたのは4カ所。


 くだまつ、ふくやま、こくら、あわじしま


 ぼんやりとしたイメージはあるがいざ行くとなると心許ない。どこそれと聞いたが最後塾講師のくせに知らないのかと扱き下ろされるのは目に見えているので、スマホをいじりながら話半分に聞いている呈でそれぞれの場所を地図検索する。



 下松。山口県下松市。本州の一番左端の県の中でも広島寄り。


 福山。広島県福山市。兵庫寄り。


 小倉。福岡県北九州市。九州の右上の方。


 淡路島。瀬戸内海最大の島。兵庫県所属。



「⋯⋯は?マジで言ってる?何で移動すんのこれ、車?俺ペーパーだよ?」

「新幹線。下松は徳山から在来線使えば行けるし淡路島は新神戸だけど観光地だからどうとでも行ける。」

「交通費出してくれんだよね?」

「流石に出すわよお祖母ちゃん達と共同で。」


 中国地方大移動、山陽新幹線沿いに寄っているのがせめてもの救いだ。乗り換え検索で新幹線の運賃を見てしまい、そっとアプリを閉じた。お盆は来週、今から指定席は取れないだろう。ならば自由席での移動か。日中の情報番組が大型連休の度に報じる新幹線ホーム大混雑映像が脳裏を過る。

 俺もあの中に一人になるのか⋯⋯。


「どうやって行く?交通費概算知りたいしルート詰めておきたいんだけど。」


 母がノートパソコンを持ってきて隣に座る。常なら妹が座る席だ。


「そう言えば千拓はどうなん。熱下がった?」

「うん、38度まで落ち着いた。」

「まだ高熱なんだよなぁ。」

「もう解熱剤も無くなるし明日再診のつもり。」


 やはり母が親戚巡りするのは難しそうだ。腹を括って行くしかないだろう。


 小倉、下松、福山、淡路島


 移動の基本は新幹線として、一番遠い所から順に戻ってくる事にした。埼玉から小倉までの移動は東京発の夜行バスも検討したがお盆時期なので渋滞が予想され、距離が遠い分着時間が読めず不採用となった。新幹線はとんでもなく混むにしても、時間は概ね定時だ。飛行機は交通費の都合から除外された。仮に考慮に入れたとしても、夜行バスにも言える事だが盆の直前で取れる席もないだろう。新幹線自由席なら何とかなるという絶大な信頼感。

 旅程は初日小倉に挨拶をしてから下松に移動。下松で用をこなし二泊、三日目に福山と淡路島では挨拶をして帰路につく予定だ。かなりの強行軍だが若さで何とかしろと言うことだ。


「状況次第で、シティホテルとかスパで泊まっても良いけど。」

「バイトあるし普通に帰ってくるから。」


 目処が立ったところで、交通費や手土産購入用にと母からクレジットカードの家族カードが渡された。


「明細見るからね。変なもの買うんじゃないよ、帰ってきたら返却して。」

「買わんて。ミソねぎ煎餅とかで良いんでしょ?」

「変なもの買うなって言ったでしょうが!」

「いや何でだよ。」


 埼玉ベストセレクト三年連続金賞受賞の地元名産品を挙げれば、即座に叱られた。遺憾の意。たまに食べるが結構美味い。


「曾祖父ちゃんの弟妹ったら九十超えてんだからそんな固いもん食べられるわけないでしょうが。もういいわ、TOKIOばな奈にして。外れないから。」

「地元名産なのに。伍家棒とか恋いもとかは?」

「喉詰まるでしょうが。」

「フルーツゼリーの奴。」

「喉詰まるでしょうが。」


 東京出身詐称の埼玉県民になってしまうが、会ったこともない親戚でも壮健である事に越したことはない。甘んじて東京土産を持参しよう。

 ある程度話はまとまり、各親戚宅には事前連絡を入れてもらえると言う事になり本日の夜食時間も終了した。ながら食べだったのでせっかくの鯛茶漬けだがあまり印象に残らなかったなとしょんぼり茶碗をシンクに下げて洗おうとするとマザーストップが掛かった。


「皿は私洗っとくから先に風呂入って来なさい。部屋に行く時千拓にスポドリ持っていってあげて。」

「あいあい。」


 道承と千拓の個室は2階にあり隣接している。着替えを自室に取りに行くついでのお使いを任された。冷蔵庫から見たことのないメーカーのペットボトルを取り出して(多分これだよな⋯⋯?)と首を傾げつつ階段を昇る。千拓の部屋に着くと一応のマナーとしてノックはしたが、寝ているかも知れないので返事を待たずにそのままドアを開けた。

 エアコンは付いているものの病人独特の匂いがこもる部屋で、千拓はベッドに横になり布団のなかでスマホをいじっていた。


「おう大丈夫か、スポドリどこ置く?」

「⋯⋯今飲む、開けて⋯⋯ちから入らん⋯⋯。」


 数日ぶりに会う妹の声はかすれており、かなり消耗している様子が見えた。上体を起こす姿も緩慢でかなり辛そうだ。要望通りスポドリの封を開けてから零さないようにゆるく蓋を締め直して、何とか起き上がった千拓に渡す。枕元に転がる空のペットボトルを回収して退出しようとすれば、待ってと声をかけられた。


「ひいじいちゃんち、行くんだよね?」

「その予定。」


 水分と糖分を摂った千拓の声は、先ほどよりはしっかりしていた。


「本棚にぬいあるじゃん。」

「どれだよ。」


 千拓の部屋のカラーボックスには極限まで漫画やラノベやとにかく本が詰め込まれており耐荷重超過で崩壊しかけているが、中に詰まっている書籍で何とか形を保っている。その隙間にいくつかキャラ物のぬいぐるみ―――俗称ぬいが押し込まれていた。


「ギター持ってるやつ。」

「ダブってるじゃん。」

「どっちでも良い。それ持って写真撮ってきて。」


 指示されたぬいぐるみは、男キャラなのだろう、坊主頭で和風ロックな衣装を着て、千拓の言う通り布製のギターを抱えていた。耳に何か模様がプリントされているのが特徴的だ。


「何のキャラ?これ。」

「耳あり芳一。耳なし芳一の生まれ変わりで平家の供養のためロックバンドで全国行脚してんの。」


 耳の模様はお経らしかった。

 千拓の要望は推しのぬいぐるみでの旅行代行。要は観光名所や景勝地でぬいぐるみの写真を撮ってきて欲しいと言う事だった。事業としてそういった事をしている会社のwebページも見せられた。いろんな世界がある。


「普段やらんから撮るの忘れそうだし失くしそうで怖いんだけど。」

「同じ子持ってるから最悪失くしてもいい、勿論失くさんで欲しいけど。写真はSNS投稿するからバズったとき私生きてたら好きなアイス一個買います。」

「縁起悪すぎるの止めて???」


 スポドリで水分と糖と塩分を補給してにわかに復活した千拓による、ぬい撮り基本講座が始まった。


 ・卓上や窓辺に置く時はぬいの後ろに付けたクリップで立てる。

 ・SNSに投稿してよいか店員さんに確認する。

 ・飲食店ではぬいを卓上に乗せることを衛生面から嫌がる所もあるため、掲載許可取りの際に合わせて確認すると良い。

 ・外で撮影する時は背面クリップを持つと手が写り込みにくい。

 ・他の観光客等第三者が極力写り込まないようにする。


「もし写っちゃってもアップする前にこっちでボカシとか加工で見えないようにするから大丈夫。」

「兄ちゃんそんな一気に言われても憶えられんよ⋯⋯。」

「コツのまとめ記事送っとくね!」

「アイス一個の代償がデカすぎる。」


 そのアイスだって投稿画像がバズったらという成果報酬である。あまりにも塩っぱいが、実は母と妹が2人で山口県に帰省しお盆関連のアレコレをこなす予定だったと聞けば、自身でぬい撮りが出来なくなってしまった無念に多少付き合うくらいは良いだろう。


「まあ、撮れる範囲でな。」

「リマインドはするからお願い。」


 水分を摂って推し活の話をして高熱ながらいくらか復調した千拓が風呂に入りたいと言い出したため、風呂の順番を譲り道承は旅行用の荷物を作ることにした。大きめのバックパックに歯ブラシセットや充電器や着替えを詰める。耳あり芳一ぬいは少し悩んでバックパック外側のメッシュポケットに突っ込んだ。


 圧迫された顔は恨みがましく見えたが、ここに気付くような繊細な人間などこの場には居なかった。


 出発当日、とうとう千拓の熱は三十八度を下回ることなく、諦めのついた道承はバックパックを背負い家を出た。せめてもの助力として母が車で最寄り駅まで乗せてくれたのは、朝とは言え既に汗がにじむ外気温の中、大変助かった。

 在来線でまずは東京駅を目指す。新幹線のチケットもついでに買っておこうとみどりの券売機を操作する。東海道新幹線は東京駅が始発駅のため数本見送る覚悟があれば自由席を取ることは出来ると考えていたが、乗車したい博多行きのぞみはお盆時期のため全席指定らしい。早速出鼻を挫かれたが、逆にこの時点で判明して何よりだったと思うしかない。


「曾祖父ちゃん、あんたの供養で行くんですよ可愛い曾孫に指定席用意してやってくださいよお願いしますTOKIOばな奈お供えしますんで!」


 無茶振りしながら席指定画面を確認をすれば不幸中の幸いか一席のみ空席があり、無事に抑えることが出来た。

 懸念が解消した事で気を楽にして上り電車に乗る。乗り慣れた電車だが、通学やバイトよりも時間が早い事に加えてお盆だからか人が少なく座る事が出来た。非日常感が肌を撫でてそわそわする。


 東京駅に到着した。常に人の多いターミナル駅だが、時節柄通勤客は少なく大荷物の集団が多い印象だ。やたら子供の姿が目についた。旅行か帰省に連れられて行くのだろう。頑張れ。

 そんな家族連れの間を縫って土産物の販売エリアに向かい、指示通りTOKIOばな奈を手に取る。事前打ち合わせ通り、賞味期限が三週間無いため多すぎてはいけない、少すぎても良くないとの事から八個入りを予備込みで四箱購入。ちょっとした荷物になるがバックパックに入ったため事無きを得た。

 次いで駅弁も前もって買っておく。五時間の乗車予定だ、せっかくなので楽しく過ごしたい。人でごった返す駅弁エリアで人をかき分け物色、深川飯と悩んで牛すき焼き弁当を選んだ。今から楽しみでならない。


 買うものを買ったら後は東海道新幹線改札を抜けて、ホームで予約した車両を待つ。ネッククーラーで首元を冷やしつつ携帯扇風機で涼を取る。熱中症対策も万全にしたがまだ時間はあるので何の気なしにスマホを見れば千拓からメッセージアプリにスタンプが届いていた。

 スキンヘッドのミニキャラがギターを弾いている背後にヨロシク!と描かれていた。キャラの耳にはお経が書き込まれていおり、つまり耳あり芳一君である。

 完全に失念していたぬいを下ろしたリュックから取り出し、指示通り背後のクリップをつまみ駅ホーム上部の駅名掲示と一緒に撮る。ピントがボケた。撮り直すもカメラアプリが手前の芳一と遠くの駅名でピントをどちらに合わせるかで怪しい挙動をする。ぬいと駅名のそれぞれにピントの合った画像両方を千拓に送るとまたスタンプが送られてきた。今度はサムズアップした何かのキャラ――恐らく芳一の仲間だろう――の背後にいいね!と描かれている。SNSに投稿するのは千拓なのだからどの画像を良しとするかも千拓の判断である、という大義名分のもと道承は今後取った画像全て千拓に丸投げする方針にした。


 ぬいをバックパックにしまい、待ち位置が予約車両と合っているか確認したり、小倉駅から親戚宅までの経路検索をしているうちに、席予約をした新幹線がホームに入ってきた。切符と席番号を三回見直してから席に着く。貴重品はボディバッグに入れてある為、気兼ねなくバックパックを荷物棚に上げようとして芳一ぬいと目が合った。道承が取れたのはE 席、富士山が見えやすい窓際席である。デフォルメ特有の目力で訴えられた道承は芳一ぬいをバッグパックのポケットから取り出し窓辺に置いた。

 ぬいと窓越しの駅ホームをピントに苦戦しながら撮っていると、発車を知らせるチャイムが鳴り新幹線はゆっくりと走り始めた。隣席は今のところ空いている。品川か横浜辺りで乗ってくる人が予約しているのだろう。隣が居ない今のうちに駅弁を食べてしまいたいが流石に九時台に昼飯は早すぎる。

 とは思ったものの、他にやることも無いし昼過ぎに現地に着いたら美味しそうな店が沢山あるようなので、気にせず食べる事にした。まず駅弁の外観とぬいで一枚、駅弁のフタを開けて弁当の中身とぬいで一枚。今回は弁当とぬいが並列のためピントに苦慮すること無く撮影出来た。窓辺写真と合わせて千拓に送信すると、先ほどと同じいいねスタンプと共にURLが送られてきた。耳あり芳一の原作漫画が期間限定三巻まで無料で読める出版社公式サイトのリンクだった。普段なら読みながら食べるところだが、新幹線の机は小さい。駅弁とお茶を置いた他にスマホを置く余裕などない。大人しくぬいとスマホをボディバッグにしまって箸を手に取った。


 牛すき焼き弁当を食べ終わり一息ついた時には既に新横浜を通過していた。お隣さんも乗車している。

 次の停車駅は名古屋なので現在走行中の区間に富士山チャンスがあり、あと二十分強で撮影ポイントにさしかかる。血糖値が上がりうっすら眠いが起きる自信がない以上寝てはならない。眠気をごまかすために耳あり芳一の漫画を読むことにした。



 なんて作品を読んでいるんだ千拓。

 道承はうっすら泣いた。溢れるほどではないが涙で視界が揺れている。目頭が熱い。

 手慰みにギターを弾いていた寺生まれの芳一、ある日同じ高校に通うアンに見出されプロデュースを受けスターダムにのし上がる成功物語である。

 ただどれだけ成功しようと芳一の音楽活動の軸は一貫して供養のため。霊感のある芳一は供養寺育ちで、怒りや嘆きに縛られる霊たちを宥め慰め次の道に進む道を音楽で示しているのだ。

 アンの前世が安徳天皇と判明したシーンであまりの胸熱具合に道承はブラウザを一旦閉じた時だった。


 電車内の空気が変わった。やたらそわそわした楽しげな雰囲気で、誰もが窓の外を見ている。自分も窓の外を見て気付いた。富士山だ。富士山が見える。気温が高いがゆえに湿度も高くやや白く霞んで見えるが夏の日差しに照らされた富士山が車窓の進行方向寄りに見えた。慌ててスマホカメラで撮影する。富士山はどんどん車窓中央に近付いてくる。芳一ぬいの有無、ピント遠近それぞれを無心で撮った。お隣さんも何かのぬいを持ち、道承を避けてスマホで撮影していたので写らないように姿勢を変える等して協力した。やがて富士山が車窓からフレームアウトすると車内には浮ついた余韻だけが残っていた。誰もが富士山を眺め興奮し満足している。不思議な空間だった。ほっこりした気分のまま道承は目を閉じた。

 このまま寝てしまおう。寝てしまえばシンカンセンスゴイカタイアイスの事も忘れられる。とても食べてみたかったのに。とてもとても食べてみたかったのに。普通車両ではワゴン販売をしていないなんて知らなかった。グリーン車では車内販売している事も、全席指定でも座席に座らないならデッキに乗車出来る事も、知らなかった。車両間混み過ぎてとてもグリーン車に行けたものじゃ無いことも寝て忘れてしまおう。


 寝たり起きたりうとうとしたりしているうちに、新幹線は東海道から山陽の区間に移り、昼過ぎに小倉駅に到着した。

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 ー ー ー ー ー 

実在の銘菓の名前そのままは憚られたのでパロディ名称にしています。

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