第8話 本物を名乗る新しい婚約者
セリーヌから届いた手紙は、香油の匂いと厚紙の傲慢さで、封を切る前から中身が透けていた。
『ユリウス様とわたくしの婚約は既に周知の事実です。どうか見苦しい告発はおやめになって、静かに辺境でお過ごしくださいませ』
同封されていたのは新しい婚礼通知の写しだった。差出日付は私が職務停止になった翌日。仕事も婚約も、最初から引き継ぐ気だったらしい。
「本物を名乗る人ほど、記録を雑に扱いますね」
私は通知を光にかざした。王都中央郵便局の発送印に見えるが、年号の刻みが一つ古い。廃印済みの型だ。
ヨハンが目を丸くする。
「そこまでわかるのですか」
「印は道具ですから。古い型は縁の摩耗でわかります」
さらに裏をめくると、婚礼通知の配達種別が一般便ではなく、寄付募集の巡回便と同じ記号になっていた。セリーヌが運営する慈善文通会の経路だ。
「私信と公文を同じ経路に混ぜている」
レオンハルトが通知を受け取り、静かに言う。
「違法か」
「公務と私益の混同です。しかも婚礼通知を、慈善会の配送網で優先させている」
その時、追伸の一文が目に入った。
『なお、あなた宛ての私的書簡は今後こちらで整理いたします』
私は息を止めた。整理、ではない。検閲だ。
昨夜暖炉で見つけた母の旧友からの手紙も、今まで消えたままだった仕事上の照会も、全部この女の「整理」に飲み込まれていたのかもしれない。
「返事は」
レオンハルトがそう問う。
「必要ありません」
私は婚礼通知の写しへ新しい赤印を押した。監査対象、要原本照合。
「本物かどうかは、名乗るものじゃない。記録で示すものです」
セリーヌの文面は綺麗だった。だからこそ、そこに混じる雑な偽装がよく見える。社交界で通じる嘘も、配達印の前では案外脆い。




