第4話 文書庫の鍵と新しい机
北辺ヴァインベルク侯邸の文書庫は、歓迎より先に埃を寄越した。
石造りの廊下を抜けた奥、分厚い鉄扉の向こうには、仕分け前の郵袋と未整理の箱が山になっている。火の気は弱く、窓は狭い。けれど書類棚そのものは丈夫で、鍵もまだ生きていた。立て直す価値は十分ある。
「好きに使え」
レオンハルトが鍵束を私へ渡す。銀の輪に、文書庫、配送庫、控え室、印章箱の札が下がっていた。
「好きに、は危険ですよ」
「危険な方が、今は必要だ」
案内役の家令ヨハンは四十六歳、整った礼を崩さない男だった。家政を束ねるマグダは四十三歳。怖い顔に反して、暖炉へ薪を足す手つきがやさしい。
「机は新しいものをご用意しました」
ヨハンに通された私の仕事部屋には、頑丈な樫机と、封筒を広げられる広い作業台があった。王都の監査局より、よほど働きやすい。
最初に開けた木箱には、封も切られていない嘆願書が二十七通入っていた。日付は三ヶ月前。雨漏り修繕、橋の補強、配給漏れ。どれも今さらでは済まない内容ばかりだ。
「これは届いていたのに、侯へ渡っていない」
「文書係が昨冬に辞めてから、滞っていた」
ヨハンの言い方は控えめだったが、滞りというより放置だ。
私は封筒を日付順に並べ、赤鉛筆で番号を振った。
「今日中に未開封分を全部分類します。差出地別、案件別、至急度別。明日からは配送控えと照合」
レオンハルトが扉口で腕を組む。
「到着初日だぞ」
「だからです。腐る前に開ける」
私がそう言うと、マグダが小さく吹き出した。
「坊ちゃん、この方好きだわ。紙を相手にしてる時の顔が、あんたに似てる」
レオンハルトは何も返さなかった。ただ作業台の端へ、湯気の立つ茶器を一つ置く。
「冷える前に飲め」
それだけで、辺境の初日は十分だった。婚礼の席は消えたけれど、新しい机はちゃんとここにある。




