第36話 夜明け前の袋詰め替え
夜明け前の倉庫は、悪事をするには静かすぎる。
私はハインツ、レオンハルト、ヨハンと共に、山駅裏の荷捌き小屋で息を潜めていた。試験便箱は予定通り交換局から運ばれ、国境袋の列へ置かれている。
空が白み始めた頃、足音が二つ近づいた。
一人はエーヴァルト・ゼンガー。もう一人は若い荷役夫だった。ベルント本人ではない。だがエーヴァルトは迷いなく試験便箱を開け、アンナ宛の封筒だけを抜き取る。
代わりに入れたのは、予め用意した“宛先不備”札つきの空封筒だった。
「やっぱり」
私は小屋を出た。エーヴァルトが目を剥く。封筒を握ったまま固まるなら、逃げ足は大したことがない。
「それ、誰の指示ですか」
「私はただ、保険処理分を回収しているだけだ」
「封も切っていない花嫁便を?」
ハインツが背後へ回り、荷役夫の腕を押さえる。エーヴァルトはなおも笑おうとしたが、レオンハルトが一歩前へ出ると、笑いはすぐ萎んだ。
「局長の印がなきゃ触れないはずだろ……」
その言い訳だけで十分だった。交換局内の印章管理を通さなければ、こんな時間に試験便へ手は出せない。
私はエーヴァルトの懐を改め、保険処理用の仮票と、黒緑封蝋の小片を回収した。さらに荷役夫の袋からは、未使用の返送札が五枚。
「誰の印で」
問い詰めると、荷役夫は顔を青くした。
「お、俺は知らない。ただベルント様が、朝前に回せって……」
エーヴァルトが舌打ちする。だがもう遅い。本人を押さえ損ねても、交換局長の名は出た。
それでも私は納得しきれなかった。ベルントなら、こんな末端の現場だけで全部を握らせない。もっと深い帳面があるはずだ。
中央配送室へ戻った時、封筒は無事だった。嬉しい紙を嬉しいまま守れたのに、胸の奥はまだ重い。
止めた手を見つけても、止める仕組みまで見つけなければ終わらない。




