第33話 ヒルデが洗い出す受取人名簿
ヒルデは、泣く代わりに名簿を作る女だ。
翌日、彼女は中央配送室の長机いっぱいに受取人一覧を広げた。寡婦、帰還兵、婚礼予定者、相続人、補修願いの差出人。全員を地図上へ落とし込むと、線は見事に一本へ寄った。
「再開予定の国境路沿いだけです」
彼女が示した地点は、共同倉庫の増設予定地から馬で半日圏内。土地が細かく分かれていて、持ち主は生活が苦しい。そこへ通知と金を止めれば、売りが出る。
「しかも名義変更に必要な紙まで止めてます」
アンナの嫁資目録、トビアスの復職証明、寡婦たちの弔慰金通知。全部、受取人が今の生活を守るためのものだった。
「書類がなければ、本人の言い分は弱くなる」
私が言うと、ヒルデは頷いた。
「だから順番に弱らせて、同じ仲介人へ流してる」
マグダが焼いた干し菓子を机へ置いたが、誰もすぐには手を伸ばさなかった。気づきたくないほど、形が綺麗だったからだ。
ベルントが印と袋を握り、エーヴァルトが金と土地を回す。そこへ夜間当直か若い事務方が何人か噛んでいる。構図としては十分見えた。けれど人前で潰すには、ベルント本人が手を出す瞬間を押さえたい。
「公開査察をしましょう」
私は地図を指で押さえた。
「隠しづらい場所で、隠しづらい紙を扱わせる。しかも、今いちばん困っている人の前で」
レオンハルトは短く考え、答えた。
「やる」
「花嫁便を使います」
アンナの婚礼関係書類は、止めた側がまた欲しがる。届けば土地は動かない。止めれば、こちらの罠に掛かる。
ヒルデはすぐ新しい一覧を作り始めた。公開査察参加者、証言順、回収済み書類、未回収書類、試験便番号。こういう時の彼女は、誰より頼もしい。
「監査官」
名前を呼ばれて顔を上げると、彼女は珍しく少しだけ笑った。
「ちゃんと届かせましょう。今度は一覧じゃなく、本人の手に」
「はい」
それができるなら、監査官の仕事はまだ嫌いにならずに済む。




