第31話 山岳交換局の鍵束
鍵束は、人間より口が堅い。けれど数だけは誤魔化せない。
翌日、私は閲覧申請が通った印章保管簿と夜間開閉簿を見に、山岳交換局へ入った。ベルントは丁寧に案内したが、机の引き出しを開ける手つきだけが妙に早い。
保管簿には封印箱の鍵が二本。局長用と当直責任者用。ところが開閉簿には、夜明け前の開封記録が月に二度ほどあるのに、担当名が全部“確認済み”の一言で済まされていた。
「名前がありません」
「急場では省略もあります」
「印章箱で?」
私が聞き返すと、ベルントは笑って肩をすくめた。やはり王都式だ。曖昧さを礼儀で包む。
ヨハンが別の棚を見て言う。
「こちらの鍵番札、片方だけ摩耗が新しいですね」
差し出された札を見ると、中央だけ擦れている。最近まで複数回出し入れされた痕だ。だが保管簿上、その鍵は二か月前から未使用扱いになっていた。
私は交換局の古い夜間帳へ手を伸ばした。数枚まとめて切り取られた跡がある。乱暴ではないが、慣れた手つきだ。
「夜間の記録を抜きましたね」
ベルントの笑みが、そこで初めて薄くなった。
「山は紙が傷みやすいので」
「切り口が綺麗すぎます」
その場で崩せなくても構わない。切られた帳面、使われたはずのない鍵札、旧印の欠け。嘘は別々だと強いが、並べると息切れする。
帰り際、私は封印箱の前で立ち止まった。箱の縁に、黒緑の封蝋が微かに付いている。エーヴァルト商会の保険袋と同じ色。これでもう、交換局の内側へ保険処理が入り込んでいるとわかる。
中央配送室へ戻る馬車の中で、私はハインツへ言った。
「夜明け前の動きを見たいです」
「見張りますか」
「いえ。まずは、雪解けの下から何が出るか見ます」
隠した袋は、人間より先に春へ負ける。




