第29話 国境検査印の欠け
印章は、押した人間の性格よりずっと正直だ。
私は山岳交換局で使われる国境検査印の写しを並べ、北辺の退役検査官カスパルを呼んだ。六十を過ぎた男で、片目は悪いが印章の欠けだけは誰よりよく見える。
「この三枚、同じ印ですね」
私が示したのは、エルザの弔慰金通知、トビアスの復職証明、アンナの婚礼関係控え。どれも右下の三日月が欠けている。
カスパルは鼻を鳴らした。
「その欠け、三年前に廃棄した旧印だ。持っていていいのは廃棄担当だけだよ」
「担当は」
「当時も今も、ベルント・コルフだ」
ヒルデがペン先を止める。ようやく頭文字が印章へつながった。
午後、私はそのまま山岳交換局へ向かった。ベルントは四十二歳、背筋の伸びた愛想の良い男だった。丁寧な礼、綺麗な袖口、よく磨かれた机。王都式の整え方だ。
「監査官殿。開通直後で混乱しておりまして」
「廃棄済みの検査印まで出てくるほど?」
私が写しを並べると、彼はほんの一瞬だけ視線を細めた。だがすぐ笑みへ戻す。
「古い書類が混ざったのでしょう。山ではよくあります」
「最近の日付の紙ばかりですが」
「山ではよくあります」
便利な言葉だ。責任を押し込める袋みたいに便利すぎる。
その場では何も崩れなかった。だが彼の机の端に、黒緑の封蝋屑が付いていた。中央配送室も侯家も使わない色だ。国境保険処理袋に使われる色と同じ。
私は立ち去る前に、交換局の印章保管簿の閲覧を申請した。ベルントは頷いたが、返事が遅い。
遅れる閲覧申請、早すぎる言い訳。そういうものは、だいたい中身がある。




