第27話 朝一番の夫からの手紙
翌朝、私の机にはいつものように一通の封筒が置かれていた。
差出人はレオンハルト・ヴァインベルク。開くと、短い文が一行だけ書かれている。
『妻へ。今日は保険簿から洗う』
危うく仕事前に顔が熱くなるところだった。短いくせに、妙に正確だ。
朝食室へ行くと、マグダが黒パンを切りながら意味深に笑う。
「宛名が変わると、配達の顔も変わりますね」
「仕事場では言わないでください」
「では私生活だけで」
逃げ場がない。けれど嫌ではないのが悔しい。
レオンハルトは何事もなかった顔で席についていた。私が向かいへ座ると、彼は温めた茶を寄せる。
「困るなら戻す」
「戻さないでください」
思ったより早く返事が出て、自分で驚いた。彼は短く頷くだけだったが、その頷き方がやさしい。
朝食の後、私は保険処理簿を開いた。交換局経由の未着便に付く損害補償と再送保険。帳簿自体は整っているのに、振込先が妙だった。受取人本人ではなく、委任倉庫、臨時取次所、代理受領商会。
「代理ばかりですね」
「しかも同じ名前が多い」
ヒルデが赤鉛筆で丸を付けていく。そのうち最も多かったのが、エーヴァルト・ゼンガー商会。国境手前の共同倉庫を借りている運送仲介業者だ。
私は封筒の裏へ、今日の管理方針を書いた。交換袋には二重封印。返送理由の決定には中央配送室控えを義務化。誰が何をどこで止めたのか、あとから必ず辿れるようにする。
書き終えると、レオンハルトが新しい封蝋を机へ置いた。狼と鍵の紋章入り。侯家用だ。
「使うか」
「使います。私信より先に、公文で」
「順番は任せる」
無口な夫は、たいてい必要な物だけを差し出す。だからこちらも、必要な言葉だけ返せばいい。
「ありがとうございます」
たったそれだけで、朝一番の手紙は十分だった。




