第22話 届かなかった弔慰金通知
帳簿をめくる音は、嘘を追い詰める時ほど乾いて響く。
私はヒルデと並んで、国境交換袋の受払簿を洗い始めた。エルザ宛の弔慰金通知は、王都弔慰課から北辺経由で山岳交換局へ送られ、そのまま『本人受取済み』になっている。
「でもこの経路、おかしいです」
ヒルデが指を止める。北辺山村の寡婦へ届けるだけなら、中央配送室から村配達へ回せばいい。わざわざ国境交換局を挟む理由がない。
「つまり、途中で国境袋へ混ぜた」
私は受取票の写しを見る。署名は“エルザ”ですらなく、乱暴な癖字で“E.クルーガ”。しかも立会人欄には同じ頭文字が繰り返されていた。
『B.K.』
「山岳交換局長、ベルント・コルフ」
ヒルデの声が硬くなる。北辺側で交換袋を束ねる責任者だ。四十二歳。王都郵政省から三年前に下ってきた男で、帳面だけは綺麗だと聞いている。
その名は別の書類にもあった。寡婦二人分の慰労通知、帰還兵向け再就職斡旋書、そして冬季配給再査定の連絡。どれも“届いたこと”になっているのに、受取人が知らない。
「狙われているのが、生活を立て直すための書類ばかりですね」
「しかも、急いで読まれないと困るものばかり」
私は受取票の端を軽く叩いた。期限付きの通知、請求が必要な金、資格の回復。読めなければ、そのまま誰かが得をする紙だ。
昼前、レオンハルトが執務を抜けてきた。私が並べた写しを一枚ずつ見て、最後にベルントの頭文字が並ぶ欄で止まる。
「山へ行く」
「今日のうちに」
私が答えると、彼は即座にハインツを呼んだ。配達隊長は地図を見る前から外套を掴んでいる。
「雪解けで道はぬかるんでます。だからこそ、隠した袋が出る」
その通りだった。冬の間に埋めたものは、春になると必ず浮く。泥の上にも、帳簿の上にも。
出発前、私はエルザへ短い受理証を書いた。
『弔慰金通知、監査再開。未着扱いへ修正予定』
たった二行の控えでも、彼女は両手で大事そうに持った。
「これなら、待っていていいんですね」
「はい。今度は待った時間まで、記録に戻します」
紙一枚で救われるなんて、安っぽく聞こえるかもしれない。でも本当に困っている人間は、だいたいその一枚すら届かなかった側にいる。




