第2話 失われた急使便の責任
翌朝、婚礼の鐘が鳴る代わりに、職務停止の辞令が読み上げられた。
場所は王都郵便監査局の会議室。長机の中央に置かれた封筒には、北辺ヴァインベルク侯領宛の急使便が未着となった責任は監査官エルマ・シュタールにある、と明記されている。発送前確認を担当したのが私だったからだ。
「確認票の原本を提出してください」
私が言うと、局長は咳払いをした。
「焼失したそうだ」
「誰の家で?」
返事の代わりに、部屋の空気だけが固くなる。ユリウスは壁際に立ち、他人事みたいな顔をしていた。もう婚約者ではなく、郵政省側の立会人として。
「私の机から消えた確認票と私信が、昨夜フェルデン邸の暖炉で燃えていました」
私が封印片を机へ置くと、若い職員たちが息を呑んだ。けれどセリーヌは予定通りという顔で、悲しげに首を振る。
「お気の毒ですわ、エルマ様。混乱していらっしゃるのね」
「混乱しているのは、燃えたはずの記録がなぜ最初から私の責任として整っているかです」
ユリウスがそこで口を開いた。
「エルマ。これ以上、局に迷惑をかけるな。君との婚約も、本日限りで解消する」
婚約解消届は既に署名済みだった。私が知らないところで。
「急使便の責任を負う女と、次官家は結べない。そういう判断だ」
「次官家ではなく、あなたの判断でしょう」
彼は否定しなかった。ただセリーヌの方へ半歩寄る。その動きだけで十分だった。
会議室を出た私へ、古参書記官のグレーテが小走りで追いついてきた。五十五歳。帳簿の紙質だけで年度を言い当てる人だ。
「これ、見つけたの」
渡されたのは発送簿の控えだった。北辺宛急使便の欄に、通常の青インクではなく、後から差し込まれた黒インクの追記がある。しかも差替え指示の署名はユリウスの略式筆記だ。
「表の台帳にはもう残ってないわ。でも、写しを取っておいた」
「ありがとうございます」
「もう一つ」
グレーテは封筒を差し出した。狼と鍵の紋章。北辺ヴァインベルク侯家のものだ。
封を切ると、無駄のない字で一文だけ書かれていた。
『消えた手紙を追える方を探しています。職を失ったばかりなら都合がいい。話をしたい』
差出人、レオンハルト・ヴァインベルク。
婚礼は消えた。職も消えた。なら次に向かう先は、自分で選べばいい。




