第1話 婚礼前夜に燃えた封筒
婚礼前夜のフェルデン邸は、祝いの花より焦げた紙の匂いが強かった。
客間へ向かう廊下の途中で、私は使用人用の暖炉の前に立ち止まった。灰の中に、見慣れた朱の封印片が混じっていたからだ。王都郵便監査局の急使便確認票に使う封蝋。私が今朝、自分の机からなくなっていることに気づいた書類と同じものだった。
「そんな顔をしないで、エルマ様」
背後から、甘い声がした。二十七歳のセリーヌ・アルヴェ。白銀の刺繍を施した薄桃のドレスに身を包み、まるでこの家の女主人みたいに穏やかに笑っている。
「紙ならまた書けますわ。明日は晴れの日ですもの」
「燃やしたのは、あなた?」
私がしゃがみ込み、灰を指先で払うと、半分だけ残った私信が出てきた。差出人は亡き母の旧友。先月届いたはずの手紙だ。私のところへ来る前に開封され、破られ、ここへ捨てられていた。
その時、三十四歳の婚約者ユリウス・フェルデンが現れた。王都郵政省の幹部候補らしい、整った青い制服姿。けれど視線だけは、昔の優しさよりずっと冷たい。
「エルマ、見苦しい真似はやめろ」
「私の書類と手紙がここで燃やされているのに?」
「重要書類を私邸に持ち込んだのなら、それこそ問題だ」
責めるための言葉が、あまりにも早く用意されていた。私は灰の中からもう一枚拾い上げる。急使便確認票の下半分。届け先は北辺ヴァインベルク侯領。発送時刻の欄だけが鋭く裂かれていた。
胸の奥がひやりとした。今、王都では「北辺宛の急使便が一通消えた」と小さく騒がれている。もしその責任を私へ被せる気なら、この暖炉は証拠隠滅の場所になる。
「セリーヌ様は何をご存じなんですか」
問いかけると、彼女は困ったように睫毛を伏せた。
「わたくしは、ただユリウス様が苦しんでいるのを見たくないだけですの。婚礼の直前に、監査局で不祥事なんて……」
「不祥事を作った人間は、そう言うでしょうね」
ユリウスが私の手首を掴んだ。
「もう黙れ。明日になれば全部決まる」
「ええ。だから今、覚えておきます」
私は掴まれた手を振りほどき、残った封印片を握り込んだ。
「誰が、何を、どこで燃やしたのか」
泣くのは簡単だ。けれど私の仕事は、届いたかどうかを証明することだった。ならばまず、この夜の事実から拾い直す。




