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思わず、腕に力が入る。ぐしゃり、と抱えていた紙袋が、悲鳴を上げた。中の服がぐちゃぐちゃになろうが、今は知ったことではない。気を使えるほどの余裕はない。
「で、でも、ペルアディアなのですから、あの、その……」
ディアンとして、マグラルド様に馴れなれしく接していたのは、あくまで、わたしの正体がバレないようにするためのもの。本当はずっと恐れ多いと思っていたし、砕けた態度で話しかける、というのも、凄く気にしてはいた。
「だが――これから、共に生きてくれるのだろう?」
「あ、あ、あ……」
「ならば、堅苦しいのはなしだ」
マグラルド様にそう言われ、わたしは何も言い返せない。言葉どころか、呼吸すら忘れそうだ。
顔が熱い。
このような態度を取って、再度わたしを手放すようなことはしないと思っていたけれど、マグラルド様から、そう言ってもらえるなんて。
「で、では……ま、マグラルド」
「ああ」
「少し近いから、離れて……」
わたしがそう言うと、マグラルド様はパッと離れ、少し前までの距離に戻る。近かければ近いと緊張と羞恥で死にそうになるのに、あっさり離れてしまうのは、それはそれでさみしいというか……すごいわがままね、これ。
それにしても。そろそろ宿に着くというのに、一体どんな顔をして戻ればいいというのだ。マルコラさんには絶対会いたくない。からかわれるのが目に見えている。いや、本人にからかっている自覚はないんだろうけど……。
「ま、マグラルド。なんだか少し……その、明け透けに、物を言い過ぎじゃない?」
口説きすぎ、とは流石に言えなかった。恥ずかしくて。口説かれている、というのは自意識過剰ではないと思うけれど、言葉にしてしまったら、それを認めているようで。
「僕も少し、浮かれているのかもしれないな」
「う、うかれ……」
マグラルド様も、そんなことあるんだ……。
「ジュダネラルの国境を出て、行きやすい冒険者ギルドがある街は、ここ以外にもある。情報収集のためには、人の出入りが激しい冒険者ギルド所在の街へと最初に訪れることは決めていたが、ここを選んだのは、偶然だった。他の場所を選んでいたら――間に合わなかったかもしれない」
その可能性は、非常に高い、と言わざるを得ない。街一つくらいならば移動できたかもしれないが……それでも、間に合ったか、リリリュビさんと出会えたか、それは別。
リリリュビさんが、あの日マグラルド様を連れてこなければ、わたしたちは出会うことがなかった。
そう考えたら、リリリュビさんには後で手厚く感謝を示さないとな……。
マグラルド様がやってきたばかりのときは、リリリュビさんに反対したかったのに、今は、心の底から感謝している。
「たった一度の奇跡を体験してしまったのだ。ならば、残りは全て、自力で取りに、行かねばなるまい」
……言っていることは、実にマグラルド様らしい。それが、恋愛ごとに関して、というのは、ちょっとらしくないけど。
「そうだろう、ペルアディア」
そう言って、満面の笑みを見せてくれる、マグラルド様。人生で、初めて見た彼の笑顔。
あのまま、聖女とその婚約者として、成婚したところで、上手くいったとは、限らない。あのときのわたしは、マグラルド様のために命を捨てる選択を、喜んで受け入れる人間だったから。
今でもその思いがなくなったわけではないけれど。
「――そうだね、マグラルド」
でも、今は、この人と共に生きていきたい、という気持ちの方が、ずっと強かった。




