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部屋に侵入してきたように、ストインさんが窓から逃げていく。やってきた最初は殺す気満々だったのに、帰りは、それはもうふらふらだった。
無理もない。自分が信じ、協力していた相手がすでに失脚していて、逃げるべく人を殺そうと思ったら、それすらも必要ないことに気が付かされて。
感情のやり場がない。
「――、ごほっ!」
ストインさんが完全に部屋へといなくなってから、マグラルド様が大きくせき込んだ。先程まで、わたしに軽く寄りかかるだけだったのに、全体重を預けてきている。ず、と、辺りに暗いもや――『障り』が漂い始めた。
ずっと、気を張っていたのだろうが、ストインさんがいなくなり、それも限界に達したのか。
「マグラルド様、わたしはどうしたらよいのですか……ッ!」
――どうして、このお方は、呪われねばならなかったのだろう。
もし、イーヴル伯爵家の人間が、失脚されたことに対しての復讐をしたところで、追放刑がなされるのなら、何一つ、意味はないのに。
「……このままでかまわない」
「でも……ッ」
「生き物に、聖女の浄化は強すぎる。僕に溜まった『障り』を浄化する前に、僕が駄目になる」
「そんな……ッ」
マグラルド様の動きが鈍くなる。そんな中、わたしは、以前、寝ているマグラルド様に聖女魔法をかけたことを、思い出した。
あのとき、マグラルド様は、苦しそうにうめいていた。あれは、単純に悪夢を見て、わたしがそこに登場していたのではなく、マグラルド様の中の『障り』が浄化がされていたのだとしたら……?
わたしがマグラルド様と共に転げ落ちた後、彼が咳き込んだ後に見えた、黒いもやは、わたしの見間違いでも、頭への負傷でもなく、まごうことなき『障り』だったのだ。それに気が付かず、わたしが聖女魔法なんか使ったから、マグラルド様はあのように苦しまれたのだろう。
すでに、マグラルド様の中に、『障り』は存在していたのだ。
あのときのようにうなされ、苦しませるというのであれば、確かに、耐えられないように思う。即死、というわけではないのだろうが、『障り』を浄化しきるときには、死んでいる、ということだろう。
考えろ――考えろ。
わたしはマグラルド様を抱きしめながら、強く念じた。
わたしの大切な人が、また、わたしの知らないところで、手遅れになってしまう。
気が付いたときには、いなくなってしまう。
もう二度と、両親のように、誰も、失いたくない。
『障り』のことならば、どうにかできるのは、聖女であるわたししかいないのだ。




