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部屋に入ってきたザフィールは、この状況を見ても何一つ驚いていない。最初から、ザフィールの方に意識を逸らす作戦だったのだろう。全く気が付かなかった。
「なんかもめてるな、とは思ったけど……。というか、マグラルドくん、髪どうしたの? 大丈夫?」
わたしに寄りかかり、ぐったりとしているマグラルド様を見て、リリリュビさんが少し焦ったような表情を見せる。襲われているのは分かっていても、マグラルド様がここまで弱っているとは思わなかったのだろう。
「――……何も」
マグラルド様は、小さく、そう言った。
わたしに聞かせたくなかったことは、同じように、リリリュビさんたちの耳にも入れたくないのだろう。
「とりあえず、ディアン、守護魔法かけたらどうだ?」
ザフィールが言うが……わたしは簡単にうなずくことができない。
今、マグラルド様がこんな風になっているのは、怪我や病気ではなく、『障り』の影響。聖女魔法が使えなくなったわけじゃないから、『障り』を浄化しろ、と言われればできるけれど、人の身に蓄積された『障り』を浄化したことは一度もない。
普通に土地を浄化するのと同じ要領でやってしまって、人体に影響はないのだろうか。
「マグラルド……」
わたしはどうしたらいいのか、と問う意味を込めて、彼の名前を呼ぶ。リリリュビ様たちの前だから、一応呼び捨ての形を取ったけれど、いつ、ストインさんが全てを話してしまうとも限らない。
「……何も、しなくていい」
言いながら、マグラルド様は、ふらふらと立ち上がる。息が荒く、髪は黒いまま。何一つ、状況は良くなっていなくて、むしろ、悪化する一方なのは、目に見えて分かる。
「――……、その男を、こちらに」
マグラルド様にそう言われたリリリュビさんだったが、困惑したまま、立ち上がらない。それはそうだ。引き渡せ、と言ったところで、こんなにもマグラルド様が弱っていれば、すぐに取り逃がすことは明白だ。
「おれ一人処理したところで、何も変わりませんよ」
リリリュビさんの尻に、物理的に敷かれながらも、ストインさんは余裕そうな表情を見せている。タイミング次第で、まだひっくり返せると思っているのだろうか。
「――いいや、もう、こちら側は全て明るみに出て終わっている」
リリリュビさんたちに事情を悟られないよう、言葉を濁しているマグラルド様のものでも、全て知っているストインさんには理解できるのだろう。
「そんな嘘を」と最初は笑っていた。しかし、マグラルド様がそれ以上何も言わず、そして、会話をするのがのが辛くて黙り込んでるわけではない、と理解したのだろう。
ストインさんの余裕そうな表情はどんどんと崩れていった。




