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――あの日のことを、わたしは今でも忘れない。絶対に。
「僕たちは、守るべき民を殺し、力を得るという暴挙に出た。そんな悪行で得た力で治世を築いたところで意味がない。……君は、王族なんてものに縛られず、自由に生きるべきだ」
「実質、冒険者としての生活は、どうだったんだ?」と言われれば、わたしは何も言うことができないでいた。
マグラルド様のことを忘れたことはない。忘れたことはないけれど――ずっと、考えていたわけでもなかった。
恋愛がらみになれば、すぐマグラルド様のことを思い出したけれど。
リリリュビさんと一緒に、あれこれ意見を出し合いながら依頼書を探したり。
マルコラさんの、のろけ話を聞きながら野営の準備をしたり。
ザフィールが酒で酔いつぶれたら、文句を言いながらも介抱したり。
そういう、何気ない毎日が、楽しくなかったわけがない。
マグラルド様に命をかけられるというのは、今も変わらない。それでも、わたしの世界は、マグラルド様だけではなくなってしまった。
「――酷い人。嫌いなら、そう言って、振ってください」
手ひどい言葉で袖にされたところで、マグラルド様への思いが捨てられるわけではない。それは、この二年間が証明している。
それでも、もしかしたら、と期待してしまうのは、辛いのだ。
「ペルアディア、僕は――、ごほッ!」
マグラルド様が、大きく咳込む。その咳は何度も続き、ついに、マグラルド様は口元を覆ったまま、膝をついた。
「マグラルド様……?」
明らかに異常だ。わたしを探して、無茶をするから、体調を崩したのだろうか。わたしとしたことが、気が付かなかったなんて。
彼の背中をさすろうと手を伸ばし――わたしは思い切り手を離した。
「『障り』……?」
マグラルド様がうなされて眠っていたときに感じた感覚と、同じもの。ぞわぞわと、体の内側から撫でられるような不快感。
やっぱり、気のせいではなかったのだ。
「――げほっ!」
一際大きく、それでいて、痰が絡んだような、粘っこい咳。マグラルド様の指の間から、色のついたものが流れ、一瞬、マグラルド様が吐血したのかと思った。
しかし、違う。
指の間から流れたものは、液体ではない。――気体だ。
黒く、よどんだ煙のようなものが、マグラルド様の指の間からこぼれ、周囲に漂い始める。
マグラルド様が、『障り』を吐いた。
ありえない光景に、わたしは、どうしたらいいのか分からなくなる。
こんなの、長い間、ジュダネラル王国で王城聖女をし、何十、何百と『障り』を浄化したのに、一度も見たことがない。




