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何もなくなったと思っていたのに。ほんの十数本だけでも、野菜は残っていた。収穫すれば、なくなってしまうそれ。きっと、半年も経たず、この菜園は使わなくなってしまうだろう。今育てている野菜から種が取れれば続けられるだろうが、聖女の仕事がある以上、上手くいくか分からない。今は見習いの身、これからどんどん仕事が増えていくだろう。
すぐに、この土地は無用になる。
それでも、ただ、わたしのためだけに、この方は用意してくれた。
「僕にできることは、この程度しかない」
わたしの隣に、彼がしゃがんだのが分かる。しかし、今のわたしの視界は、涙で埋まっていて、ぼやけている。マグラルド様がどんな表情をしているのか、分からなかった。
「君の両親を生き返らせることはできない」
わたしは鼻をすすり、乱暴に涙をぬぐう。次から次へとあふれる涙は、どんどんとわたしの服の袖を濡らしていく。
「僕がどれだけ努力し、仮に王になって、良い国にしたところで、きっと君が、この一件を、仕方がなかったことだと風化できる日はこないだろう」
わたしの目元に、柔らかい布が当てられる。いい香り。マグラルド様が、わたしの涙をぬぐってくれている。
「――それでも、君の両親の死が無駄だったと、君に見限られるような王族にならないことを誓おう」
「…………!」
誰一人として、そんなことを言ってくれる人はいなかった。
わたしの両親が悪いのだと。
ただ、家族みんなで一緒に過ごしたいと願ったことがおこがましいのだと。
でも、違った。
一人だけ、わたしに寄り添ってくれる人が、いたのだ。
「……マグ、ラルド様……ッ」
この瞬間、わたしは、マグラルド様に、恋してしまったのだ。このときの彼の顔は、一生忘れられない。
それからは、必死に聖女見習いの仕事をこなし、王城聖女の地位を見事手に入れ、マグラルド様との婚約までこぎつけた。
あの日、あの場所で育てた野菜は、最後まで育ちきってくれて、野菜として、収穫できた。ただ、聖女の仕事が忙しく、次を作ることはできなくて、いくつか種にしたままだ。
それでも、いつまでも、あの菜園はわたしのものとして残っていて、わたしがあの王城を出るその日まで、使われることはなかった。
きっと、マグラルド様が手を回してくれていたのだろう。
わたしは、そんな、誠実なマグラルド様が、好きで、たまらなかった。
――絶対に捨てたくなかった、両親が生きた証であるこの命を、もしも犠牲にしなければならないのなら、この人しかいないと思ってしまうくらいに。




