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あまりにも、理解できない。
わたしは、ごくり、と唾を飲み込んでから、「マグラルド様」と彼に声をかけた。
「どうして――……、どうして、わたしとの婚約を、あのように破棄なさったのです」
ここまでして、わたしの無事をその目で確認しようとしたのならば、もっと、何かあったんじゃないだろうか。
少しでも、わたしを惜しむようなところを見せてくれれば、わたしだって、婚約破棄されまいと、もっとあがいた。所詮は平民の出、といえど、既に実績があって、王族との婚約すら決まっていた、人工地の国の、王城聖女の身。本気で抵抗すれば、伯爵令嬢になんか、負けるはずがない。
それでも、わたしが伯爵令嬢に負けることを選び、国を出たのは、こんなにもわたしとの婚約破棄をあっさり決めてしまったのは、わたしとの婚約を、マグラルド様が快く思っていなかったと考えたからだ。
でも、マグラルド様の横にいられるのなら、彼のためなら、何だってできたのに……!
「――君のためだ」
「は……」
「もし、僕が少しでもためらう姿を見せれば、絶対に納得してくれなかっただろう?」
今、まさに考えていたことを、言い当てられて、わたしは息をすることすら忘れてしまう。
「……最初で、最後のチャンスだと思ったんだ」
「な、なんの、でしょう……?」
「君を、自由にするための」
マグラルド様は、わたしを、まっすぐ見る。
射貫くような、彼の視線に、わたしは、思わず一歩、後ろに下がった。視線を逸らしたら駄目だ、と思った結果、体が勝手に動く。
「ずっと、君のことは危ういと思っていた」
「危うい……?」
「君は僕が死ねと言ったら、死ぬだろう。命を捧げ、国に尽くせと言えば、従うだろう。――なんのためらいもなく」
何を言っているのだろう、マグラルド様は。
――そんな、当たり前のことを。
「わ、わたしは、それで構わないのです。命を捧げることが、貴方への愛を信じてもらえることならば、喜んで……!」
「僕は、そんなこと望まない」
今までで、一番の、拒絶。明確で、強烈な。
わたしは、その場に立っていられなくなって、すとん、と、床に座り込んでしまった。
「だって、だって……!」
ぼろぼろと、自らの両目から、涙があふれるのが、今度こそ分かる。それは床に落ち、染みを作った。
わたしの脳裏に、あの日のことが蘇る。大切なものを、何もかも、燃やし尽くす、あの炎が。
「貴方様だけだった……! わたしに、わたしの全てに、寄り添い、認め、手を取ってくださったのは……!」
そんな相手に恋をし、全てを捧げたいと思うのは。
間違ったことだったのだろうか。




