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中に案内されて、わたしはマグラルドさまの借りた部屋へと入る。ただの宿の一室で、王城のようなマグラルド様の私室ではないけれど、マグラルド様がそこにいるだけで、緊張してしまう。
「それで、話とは?」
「…………」
話がある、と部屋に入れてもらったにもかからわず、わたしの中で言葉がまとまらず、上手く話せない。口を開けては、適切なことを言えない気がして、閉じる。そんなことを数度、繰り返した。
マグラルド様は根気強く待ってくれているけれど、いつまでも黙っているわけにはいかない。
「――……あの、手を、出してもらってもいいかな」
わたしは言葉で語ることを諦め、行動に移すことにした。
言われるがまま、わたしに手を差し出してくれるマグラルド様。わたしは、証拠が必要だと思って持ってきていた斜め駆けのカバンの底にある隠しポケットから、あの指輪を取り出し、握りこむ。
そして、それをマグラルド様の手のひらの上に置いた。
「――……、……ディアン、これは……ッ!」
目を見開き、食い入るように指輪を見ている。彼は、わたしが渡した指輪の意味を、一瞬で理解してくれた。
「――ッ、ディアン、何故君がこれを持っている!? 何か知っているのか、何でもする、僕に教えてくれ!」
声を荒げ、指輪を持っていないほうの手で、わたしの肩をつかみ、マグラルド様は揺さぶる。その様子は、必死そのもの。
わたしは、彼に真実を伝えようとして顔を上げると――ピタリ、とマグラルド様が、わたしを揺さぶるのを辞めた。
「君、目が……」
「……目?」
急にどうしたのだろう、と思って、目元を触る。すると、どろり、と、涙にしては粘度のある液体の感触が指先に伝わった。
わたしはすぐに理解する。『エーデルヴルフ』からもらった、瞳の色を変える薬が切れたのだ。定期的に目に入れる液体の薬。
もう少し、入れなきゃいけない日まで余裕はあったはずだけど……。
「その、色……」
今、わたしの目の色は、すっかり変わっているはずだ。両目から薬が落ちているのかは分からないけれど、少なくとも、今触った左目は落ちているはず。
わたしの、本来の色である、薄い、赤色に。
「まさか――君、君が……?」
「黙っていて、申し訳ありません、……マグラルド様」
目は薬で色を変えているが、声は魔法で変えている。そのため、この声は永久的に変化しない。年をとっても、風邪をひいても。今、声だけは、ディアンのもの。
それでも――。
「わたしが、ペルアディアです」
――この言葉は、間違いなく、ペルアディアのものだった。




