第47話 チュートリアル
なんだ!? コイツら──!
もの凄い勢いで爆走してきた二十人ほどの者達。なにやら尋常ではない雰囲気だが、見たところ全員丸腰、凶器のようなものを持ってはいなさそうだ。
走ってきた呼吸を整えるように「ハァハァ」と息を漏らしながらジワジワとにじり寄ってくる……。
「フーッ!」
「(爪、早まるなよ……まずは様子を──)」
「おい! オレ達の方が早かっただろ!」
「ぬかせ! オレ達だっての!」
身構えていた爪と俺だったが、なにやら連中の間で言い争いが始まった。
「オイオイ、お前らの目は節穴か! ウチの〝シャイボ〟が一番だったろ? ワッハッハ!」
体格のいい大男が、少し線の細い、ボブカットの青年を指し示しながら勝ち誇ったように声を上げる。
「……チッ」
「いつもソイツだよ……」
「チートリアルめ……」
──と、そんなようなことを口々に呟きながら、半分くらいの人間がトボトボと、あるいはドスドスとこの場を後にし、思い思いの方向へと去って行った。
一体なにが起きてるんだ?
残ったのは八人の男女。全員二十代前半といったところだろうか……大学生くらいに見えるような気がする。
そんな彼らが改めてこちらに向き直る。そして次の瞬間! 誰も彼もが満面の笑顔となった。
「──ッッ!?」
俺の危機を察知するセンサーが敏感に反応し、警告を発する! まさかこの人ら、ひょっとして──!!
「キミッ! 新しく来た人だよね!」
「ハイ! 新人さんお一人様入りましたー!」
「「「 チューーーッ! 」」」
緊急事態! 緊急事態!
陽 キ ャ 集 団 来 襲 !!
緊急事態! 緊急事態!
「「「 ボク達! 」」」「「「 ワタシ達は! 」」」
「「「「「 サークル、チュートリアルでーす! チューーーッ! 」」」」」
うぐぉあっ! 耳が灼ける! 目が灼ける! このノリ、俺にはキツすぎる!
さらにはこの一団、「チューッ!」の掛け声と同時に投げキッス! ぐっ……俺を殺す気か!
爪っ! おまえはこの猛攻にどう対処を──
「みぃ……」
わぁ、キラキラした瞳──って、なんかちょっとワクワクしてる!? やめてくれ! おまえまであっちに行かないでくれ!
「あー、この子照れちゃってカッワイー」
「おネェさん達の投げキッスはまだ早かったかなー?」
「……ッ……」
「あれー? 反応ないんだけどー。無口クンだねー」
「シャイなんだって。察しろ察しろ」
押忍! 無口です! でも頭の中ではいっぱい喋ってます! 押忍!
「ま、ウチにもいるけどねぇ、シャイボーイ」
そう言って気怠そうな女の人が向けた視線の先には、あのボブカットの青年。
シャイボーイだから〝シャイボ〟か……? 確かにあの人だけは投げキッスとかもどこか控え目だったような……。なんだかシンパシーを感じてしまうぞ。
「いきなりのことで面食らっちゃったか? 悪かったな、マジで」
「あ、いえ……あの……はい……」
「いえ、はい、だって。どっちだよ、超ウケるー」
「「「「「 あはははははは 」」」」」
旅立ちたい……ここではないどこかへ。
「さっき門前街と外の境界に壁が生えただろ? あれってオレ達にとっては誰か新しい人が来たって合図でさ。新人さんってわからないことだらけじゃん? だからここ──門前街での初歩的ないろはを教えてあげようってなもんでさ!」
「いよっ! オレ達お節介!」
「いよっっ!」
「そんなワタシ達はぁぁ──」
「「「「「 サークル、チュートリアルでーす! チューーーッ! 」」」」」
ぐはっっ! (白目)
「で! 聞きたいことはあるかなー!」
「あ、いや……まだわからないことがわからない段階でして……」
「だよねー! だと思った!」
「マジマジ、それなー!」
し、四方八方から話しかけるのやめてくれ……マジで。
「じゃー、基本的なことを教える前にちょい〝一スコ〟いいスか?」
横からの強風に曝され続けました! ──みたいな、サイドへ流しまくった髪型の男がニッと笑い、片手でゴメンというようなジェスチャーにウィンクを添えて、そう言ってきた。
「いち……スコ……?」
「〝ウィンカ〟ってば、スコから教えてあげないとダメだって。超ウケる」
「おーっと、そうだった。ゴメンね」
再びウィンク。ウィンクしまくるから〝ウィンカ〟──か?
「門前街IDあるよね? ちょっと出してくれる?」
「あ、はい……」
「出したらそれを、服のシワを伸ばすみたいに両側へ軽く引っ張ってみて」
「!」
「薄い板みたいになったっしょ?」
おお……本当だ。ただの布だったのに、文房具の下敷きみたいになったぞ。
「もう一回引っ張れば元に戻るけど今はそのままにしといて。んーで、見てる左側にはキミの全身シルエット、で、右下にはこの門前街のエンブレムが表示されてるよね?」
「はい」
「そしたら真ん中の、なんもない所を触ってみ?」
「あ、デッカい星と、小さい星が出てきました……それで小さい星の横には二百って表示されてます」
「えー! 今、初期スコって二百なのー!? あーしの時は百五十だったのにぃ。ズルくなぁい!?」
「まぁそう言うなって」
「?」
「ああ、キミのせいじゃないし、昔の話だから無視無視。で、デッカいのが〝ランクスター〟通称ランスタ。小さいのが〝スターコイン〟──〝スコ〟ってのはスターコインの略さ。スターコインはカーグカーデンの通貨だよ。外の貨幣や札は使えないぜ」
「え……両替とかは……」
「一切なし」
げげっ……。
「ここでは物のやり取りは全部スターコインさ」
「あ、じゃあ、〝スコる〟っていうのは……」
「そ、相手にスターコインを支払うってこと。悪いね、こういう〝情報〟も商品ってことで。オレ達はこれを仕事の一つにしててさ」
そしてウィンク。
するとセンター分けをした長髪の男が横から不満げに言う。
「さっき帰って行ったヤツらは言ってみりゃ商売敵ってヤツでよ。しょっちゅうモメるもんだから、一番早くについたグループに優先権を認めようって協定を結んだんだけど、アイツら、いっつも負けるクセに往生際が悪くて参るぜ……ったく」
「まぁその点、ウチには快速男がいるからな!」
体格のいい男がバシバシと〝シャイボ〟の肩を叩く。
「う……うん……。ボク、それしか取り柄がないし……」
ああ……だからみんな必死な形相だったのか。場所とり合戦というか、バーゲンセールに殺到するお客というか……。
「てかこの子、超カワイーんだけど」
「みぃ〜」
「あーしにも触らせて! 触らせて!」
「ワタシも ワタシも!」
こ……爪……!
「あの……それで〝スコる〟っていうのはどうすれば……?」
「おっとそうだった。そのIDを筒にするみたく丸めてみて」
クルクル……。あ、丸めた先端に星が出てきた。
「オレも同じようにして……と。スコをウケる側は横向き──そうすっと筒の真ん中に星が表示されんのよ。んじゃ、その先端の星に触れてくれる?」
「あ、光った」
「こっちも光って──これで終了。一スコ、毎度あり〜」
「じゃ、オレっちにも頼むぜ」
「オレもなー」
「ワタシもー」
「あーしもヨロ〜」
こうして、七人に一スコずつ。そして最後に……
「あの……ありがとう……」
シャイボに一スコを支払った。
「ちなみにだけど、一日に何度も同じ相手へスコることは出来ないから、そこは注意な」
ウィンク。
「そうなんですか?」
「極端な不正を防ぐ意味もあるらしいぜ」
……不正?
「ところでキミって、上の領地を目指してる人だったりする?」
「え……一応、はい」
「おー、やるぅ!」
「すげー、意識たけぇー」
「あーしはもう諦めてっけどー」
「おなじくー」
周りが茶茶を入れる中、ウィンカが続ける。
「門前街IDに表示されたデカい星があったっしょ?」
「確か〝ランクスター〟って……」
「それな。そのランスタが七つになったら子爵領へ行けるってハナシらしいぜ」
「星が七つ……」
「今、キミは星が一つ。で、百回スコられると星が二つになって、今度は二百のスコで星三つ。次が三百で──ってなってく。だからランスタが七になるには、全部で二千八百回スコられないとダメって計算だな」
二 千 八 百 !?
「さっき言った不正ってのは、仲間内でバンバン〝スコ〟ってランスタを上げちゃうってことさ。それをさせない為に一人に対して一日一回、そーゆー上限が出来たらしいんだよな」
「上限なきゃ、絶対あーしらやってたよね。てか今でも仲間内では一日一回、必ずスコってっし」
「ねー」
な、なんかネットの〝高評価〟みたいな話になってきたぞ……。いわゆる〝いいね〟をもらう感じか……俺が!? しかもネット上じゃなく現実世界で!? ハ、ハードルが高過ぎる!
「ワッハッハ! なんだ、大丈夫かオマエ! みるみる顔が青ざめてんぞ!」
「うわっ! マジマジ!」
「ポンポン痛いか!? 痛いのか!?」
「おネェさんが抱きしめてヨシヨシしてあげよか?」
「あー! 今度は赤くなったー。可愛いねー、キミー」
「き……きっとこの子はスコられる自信がないんじゃ……ないかな……。上の領地へ行きたいのにランスタを上げられるか不安……なんだと思う……」
おお……シャイボ……いや、シャイボさん!
「ああ、なるほどね☆」
ウィンク。
「誰かからスコられるにはやっぱ商売を始めるのが基本だよ。物の売り買いイコール、スコのやり取りでもあるんだし」
商売……?
「マジそれ。オレらがさっきスコられたのだって、今話してる情報を買ってもらったってことだしな」
「そーそー。商売ってのもある意味発明だってオレっちは思うぜ」
「マジマジ」
「やっぱ強いのは飲食系だよな。毎日何か食わにゃ死んじまうしな。ま、その分、競争も激しいが──ワッハッハ!」
「あとは理容とか美容系? あーしもそろそろ髪切りたーい」
ウィンカが続ける。
「自分で商売を思いつかないんなら雇われるって手もあるぜ。一日働けば最低一スコ、気前のいい雇用主なら二スコ、三スコなんてところもあるしよ」
「それは雇い主がスコを支払ってるんですか?」
「だよー。だから大スコ持ちじゃないと誰かに働いてもらうなんて無理じゃね? ってカンジ」
「でも食い物系とかって、確か男爵の認可……だっけ? が、いるんしょ?」
「マジそれ。教習とかメンドくて無理」
「じ……自分に合ったのをゆっくり探せば……いいと思う……」
ゆっくりって言っても……じゃあ見つかるまでは無収入で……下手すりゃ、飢えて死……
「だ……大丈夫。ここに来た時点で衣食住は保証されているんだ」
保証……されてる?
「シャイボ、今日はよく喋んじゃん。珍しー」
「う……うん……」
「そう! なんてったってキミはもう! 〝自分の家〟も持ってるんだぜ!」
ウィンカが大袈裟に両手を上げて俺へと視線を送り──ウィンク。
「IDに表示されてる自分のシルエット、そこに指を当てて横に倒してみ?」
「あ、寝転んだ……」
「星の表示が消えて、建物のシルエットが出ただろう?」
「はい。出ました」
「その状態でまた筒みたく丸めて……そう、地面へ向けてみ?」
言われた通りしてみると──光が地面で波紋のように広がる。それが戻っては広がり、戻っては広がりとループして表示されている。
「そんで最後に、持ってる筒に出た家のマークを触ると、この光の輪っかサイズの建物が地面から生えてくるってわけさ」
い……家が生えてくるのか……。マダム憂レイディの家は内装が生えてきたけど、ここじゃ丸ごとなのか……。
「ただし、この輪の中に何かがあったり誰かがいたりする状況だと何も起きないから気をつけな。何もない所で安全確認をしてからってことだな」
「ホラ、あっちに一本足の家、見えるっしょー? あーゆーカンジの家ができるってワケー」
「え、あれ……家なんですか?」
確かに一本足……太い一本足の、高床式倉庫のようなものが見える。
「ありゃまだ寝てるヤツの家だな。ワッハッハ! もう昼だってのに!」
「夜に店、出してる人かもだしー?」
「そうか! ワッハッハ!」
大きなヘアピンを髪のあちこちに付けていて、ちょっとギャルっぽい女の人が毛先を人差し指でクルクルしながら──引き続き教えてくれる。
「家を出して中に入るとあの一本足が生えてきて、高さを調節できるんよー。空き巣みたいなトラブル防止なんだってー。ちな家に入れんのは基本自分だけだから気ぃつけなねー?」
「なるほど……」
今度はちょっとキツそうなロングヘアの女性が──
「中のタンスには服の素になる布があって好きにメタモれるし、元に戻せば洗濯要らず。超助かるんですけどー!」
明後日の方向を向き、拳を突き上げて喜んでいる。
「ちなみにそのIDの布っ切れは、いろいろメタモルフォーゼさせることが出来るから〝メタ布〟って言うんだぜ。マジで覚えといた方がいいぜ?」
「そ、そうなんですね」
マダム憂レイディから聞いてそれは知ってた。
「電念気や水は目の前に見えてるデッッカい砂時計みたいな──なんだかよくわからないモノが無尽蔵に供給してくれるから全部無料!」
「無料!?」
「一食一スコで結構食えるし、働いて稼いだスコに応じて領主から月給スコも支給される。まさにここは──パラダイスだね!」
ウィンク。
た……確かに凄いけど……カーグカーデンがそこまでするメリットって何かあるのか? 逆に俺は不安になってきたんだけど……。
「ああ……でもそうだった……キミは上に行きたいんだったね……」
「え? あ、はい」
「働いたりランスタを上げたり……面倒だよね……。でも、そんなの全部スッ飛ばして上に行く方法だってちゃんとあるんだ。聞きたいかい? それはね──」
急に声を潜めるウィンカ。
「ここを治める領主、ガーテ男爵に勝負を挑んで勝てばいいんだ」
「────!」
「ブッ倒しゃあいいんだよ。これは男爵自身がしょっちゅう言ってることさ。〝いつ何時、誰の挑戦でも受けて立つ〟ってね」
「………………」
「ちょっとやめなよー」
「そーだよー。ただでさえ倒したり倒されたりで〝フフの呪い〟にかかったヤツは目をつけられるってゆーのにさー」
「噂じゃそういうブラックリストに載った奴らを集めてる収容所があの国のどっかにあるらしいな! ワッハッハ!」
「それって問題を起こせば、ランスタ上げなくてもカーグカーデン国内に入れるってことじゃん! マジで!」
「だなだな」
「ごめんねーキミー、コイツらふざけて言ってるだけだからねー?」
「は、はい……」
「とまぁー、こんなところかなぁー? まだ何か聞きたいこととかあったり──す る か な?」
ウィンク。
「あ、いえ……ありがとうございました。色々よくわかりました」
「い い っ て こ と よ。こっちこそ、スコ、サンキュ☆ また何かあったら遠慮なく聞いてくれよな。そんなわけでぇぇ────」
全員が再び俺達を囲むように並び、
「「「「「 サークル、チュートリアルでしたーっ! チューーッ! 」」」」」
ぐ は っ っ !
ラストの投げキッスを決め、去っていくチュートリアル。
「このあとどーするー?」
「実は三スコの日雇い見つけてさー」
「マジで!? オレも行きてー!」
そんな中、シャイボさんだけがなぜかこの場を離れようとしない。どうしたのかな? と、思っていると……
「ほ……本当に、真に受けちゃダメだからね……」
「……?」
「だ、男爵になんて勝てっこない……」
「──!」
「それにあの人……ズルいんだ……」
「ズルい……?」
「あ……あのね、そうは見えないかもしれないけど、チュートリアルはボクが最初に……一人でやっていたんだ」
「え゛っ!? そうだったんですか!?」
「う……うん。ボクが一番古くからここにいて……。それで何年も前の話だけどボク……男爵が一度だけ倒されるのを見たことがあるんだ……」
まさか……それって────!!
「本来なら倒されたその時点で男爵に呪いがかからないとおかしいのに……あの時は何も起こらなかった」
「…………」
「あ、あの天魔導士様……すごく悔しそうだった……。男爵と勝負する時にはもう、既に二頭身にされちゃってたから、ハッキリとは言えないんだけど……たぶんボクより年下の、女の子だったんじゃないかな……」
……お初さんだ……。
「だ……だから……ダメだからね。ズルして天魔導士様まで倒しちゃうような相手に、ボクらみたいのが勝てるはずないんだから……」
「それを言うために……残ってくれたんですか?」
「う……うん。なんかキミ……ボクと似てる所があるような気がして……」
シ ン パ シ ー ー ー ー ー ー ー ー ー ッ ッ !!
「あ、あとね、それとね……門前街の人達って、人間関係、広く浅くが基本なんだ。チュートリアルの彼らだって、すごくフレンドリーに見えるけど……キミの通り名すら聞かなかったでしょ?」
「あ、そういえば……」
「た、他人にはあんまり深入りしない方が、余計なトラブルに巻き込まれないって知っているんだ。で……でも……」
……でも?
「ボ、ボクはキミの名前……聞いておきたくて……。あ、ボクはシャイボって呼ばれてる。キミは……?」
「俺、万超です。こっちが爪刀っていいます」
「みぃ」
「よ……万超えし者だなんて……スゴい……。そ、それであの……ソウチョー君、撫でさせてもらってもいいかな……?」
「みぃー」
「は、はは……すごいや……フワフワだ……」
遠くから声が響く。
「シャイボォー! 行くぞー!」
「あ……行かなきゃ……。じゃあね、万超、ソウ君。上の領地に行けるといいね」
手を振り、走り出すシャイボさん。
俺は思わず声をかける。
「 あのっ! 」
余計なお世話だってわかってる……でも──
「無理して──ないですか!?」
振り向いたシャイボさんは少し困ったような表情だった。そして問いかけに直接は答えず、
「だって……一人は不安だから」
そう言って、おそらくは精一杯──彼は笑ってみせたのだった。




