第48話 門前街の人々
真に受けちゃダメ……男爵になんて勝てっこない……か……。
シャイボさんが真剣な眼差しでしてくれた忠告。
しかしまさか、彼がお初さんとガーテ男爵の戦いを直に目撃していたとは思わなかった……。
男爵って、門前街のどこかにいるんだよな……。
そう考えると鳥肌が立つと同時になんだかソワソワしてくるな。居ても立ってもいられないっていうか……。別に戦うわけではないんだけれど。
にしても……まずは仕事だよなぁ。ランクスター、〝ランスタ〟を〝七〟にしないと子爵領へはいけないとはなぁ……。
〝スターコイン〟二千八百かぁ。
元の世界でも何かアルバイトをするつもりにはなっていたけれど、一体どんな職業に就けばいいか、具体的には考えてなかったんだよなぁ……。
自分のID、そこに表示された一つだけの星を見る。
なんか……低レアのキャラになった気分だ……。まぁ、実際そうなんだろうけど……。
バチーン!
両頬を思い切り張る。
「──さ て! とりあえずはどうすっかな!」
「みぃ!」
爪が俺の肩から遠くを指し示す。
カーグカーデンをぐるりと取り囲んでいる高い壁は、一箇所だけ大きく凹んでいる。そこは子爵領へと続く街道、そこへの唯一の出入り口。お初さん曰く、確か名前を──〝絶界門〟──。
「そうだな……。門前街を散策しつつ、まずは絶界門ってのを一度見ておくか」
「み!」
カランコロンと下駄を鳴らして歩きながら、改めて門前街を眺めてみる。
ここへ来るまでに歩いてきた街道は普通の石畳といった風だった。けれど、この街の地面はレンガを敷き詰めたような感じで、様々な模様が施されている。幾重もの円、花々、波模様に縞模様、和柄の吉祥文様のように連続してたりしてなかったり。色とりどりで目にも鮮やかだ。
それによく手入れされた植木もそこかしこにある。樹木も多く、緑が目立つ。
あれなんかは丸く綺麗に刈り込まれているけど、植木職人でもいるのかな?
ひょっとしてそれを仕事にしている人が……などと思っていると、小さな鳥が飛んできて、少し伸びた枝をパツッパツッと切り落とした。
「──!?」
あの鳥、クチバシがハサミになってるぞ!? マッ鳩やエイみたいな自動型のドローン……か?
その鳥は尾羽を箒のように操り、落とした枝葉を収納式のちりとりへと器用に掃き集めると──持ち手の部分をハサミのクチバシで咥えてどこかへ飛んでいってしまった。
「すげーな……」
「みぃ……」
「一応言っておくけどあの鳥、たぶん食えないからな。狩りとかするなよ」
ブニーッ……
誰がするかとでも主張するかのように、頬っぺたを肉球で一押しされた。
この辺はまだ閑散としているけれど、向かう先に多くの建物が見えてきた。どれもせいぜい二階建てといった高さだろうか。人も結構いるみたいだ。繁華街ってやつかな。
人混み……苦手なんだけど……そうも言ってはいられない。ここの様子を知っておかないと! 誰も助けてはくれないぞ、俺!
──と、その時だった。ガタイの良いおっちゃんが、のっしのっしとやって来た。
「おーし! この辺りなら人はいないな! 今日はここで店を構えっか!」
……え? 人のいない所をわざわざ選んで店を構えるって言ったのか……?
おっちゃんはメタ布を取り出し、地面へと向ける。光の波紋が広がり、ニョニョニョッと建物が生成された。
それはこぢんまりとした店構えで、無骨な木材風の柱に白い漆喰のような壁、屋根はオレンジ色の瓦で、斜めに飛び出した煙突。建物の形としては、マダム憂レイディの母屋や、道中で見た空き家のログハウスと似た感じの系統だ。
立ち食い系の店だろうか。中にカウンターはあるがイスが見当たらない。そして入り口の上部に掲げられた看板には星が一つ。
「そこのキミ!!」
ギクッ!! 俺か!?
「いや、なに振り返ってんのさ。キミだよキミ、お兄ちゃんに話しかけてんのよ、オレは」
しまった……まじまじと観察しすぎたか!? 結構距離、離れてるのに……。
「な……なんでしょう……?」
観念しておっちゃんに近寄っていく。
「栄養満点の──!」
……栄養満点の?
「不っっっ味い飯! 食ってかないかい!?」
…………なんて?
「あれ、聞き間違い……スかね? ……今、不味いって……」
「おう! 言った! 不っっっっ味いよ!! 一スコでたんまり食えるよ!!」
「いらないです」
「ふ お お お お お お お お お お っ !」
おっちゃんは天を仰ぎながら膝から崩れ落ち、両手を地面についてガックリと項垂れた。その姿、まさにアスキーアートの──〝orz〟──そのものであった。
「やっぱり……ダメなのか……」
「な、なにがですか……?」
「不味い飯」
「そりゃ……まぁ……」
「栄養は満点なんだぜ!?」
「いやでも、やっぱ美味い方が……」
「美味い店なんてそこいら中にあるだろうに! 他所と同じじゃ目立てないしハネないだろうに! みんなで〝不味い! 不味い!〟つって食う店があったらきっとそれは唯一無二! 話題性もバッチリだろぉーにぃー!」
……地面に向かって叫んでる。
「あえて……不味い飯を……?」
「ああ……けど、全然なんだよなぁ……。ニオイが凄いって苦情が来るから、こんな外れでしか店も出せないしよぉ……」
ほ、本末転倒なんじゃなかろうか……。
「ま、いっか。いつものことだ!」
すっくと立ち上がったおっちゃんは晴々とした笑顔。
「気が向いたら来てくれよ。栄養満点の最っ高に不味い飯、食わせてやんぜ!」
「ど、どうも……」
良かった……強引に勧誘してくる人じゃなくて……。
「うおおーっ! サイっちょの店には負けんぞーーっ!」
雄叫びを上げながら店へと入っていくおっちゃん。俺達はその場を後にするが、しばらくすると──物凄いニオイが追いかけて来た。
「うおおっ! 目に染みる!」
「みげぅっ!」
俺は誓った。絶対に食いには行かないと。
カラン……コロン……
〝他人と違うことをやる〟か。うーむ、一理あるよな……。でも需要がないと商売にはならないし……難しいなぁ……。
そうこうしてるうちに、繁華街へとやって来た。
「いろんな店が出てるんだな……」
さっきのおっちゃんみたいに、それぞれが思い思いの場所へ店をメタモっているのだろう。通りはスッキリとはしておらず、様々な店舗が凸凹しながら立ち並んでいる。
「やっぱり一番多いのは飲食店か」
爪もさっきから肩越しに、鼻をスンスンさせながらあっちへこっちへとキョロキョロしている。
「食べ物ではない店となると……あそこは雑貨屋かな? その隣は……衣料品か?」
不思議なことに、そのどちらの店も紙──いや、あれはメタ布のような布だな──に、デザイン画が描かれているものが並んでいるだけで、現物は一、二点くらいしかない。
《アクティベート 二スコから承ります》
アクティベート? ……ああ、そうか。〝カーグカーデン〟では物自体は好きにメタモれるけれど、その種類を増やすためのデザイン、いわば設計図を売ってるってことか。で、実際に有効化するにはスターコインを支払う、と。コンビニでプリペイドカードを買っても、レジでスキャンしないと使えない──みたいな感じか。
なるほどぉ……そういうシステムなのかぁ。なるほどぉ。
世界変われば商いの仕方もこんなに違うのか。まぁ、カーグカーデンが特殊すぎるのかもしれないけど……。
雑踏を縫うように歩き続け──ひとまず、この喧騒の中から外へと逃れる。
「ふいぃ……人、たくさんいるなぁ……。あれみんな、入国希望者なんだろうか……」
サァァァ……
なにやら涼しい風が吹いてくる。
見ると──どうやら向こうにとてつもなく大きな噴水があるようだ。
少し風に当たりたい気持ちもあってそこへと向かう。
「でっっっか」
サッカーコート三面分はあろうかというドデカさ。何本、いや、何十本もの水柱が規則正しく上下したり、踊るように放物線を描いたりしている。
大理石のような縁に腰を下ろして一休み。
ふと見ると、水面には何やら映像が浮かんでいる。
「……広告、か?」
そうか、広告も商売だよな……。広告業者が既にいるってことか。でもここって公共の場所っぽいけど、届け出とか要るのかな……。
爪は水面をパチャパチャと猫パンチして遊んでいる。
「さて、もう少し」
この噴水に沿って歩けば、目的の場所まであと一息だ。
だんだんと人気が少なくなってきた。大きな並木が続く広い一本道。その道が分かれ、伸びていく右手の方にはなんだかデカい屋敷が見える。あれ? あの門、なんか見たことのあるデザインだな。
それを尻目に真っ直ぐ進んで行くと──
「これが……絶界門か……」
「みぃ……」
〝門〟とは言ってもこれは……ただの壁……じゃないのか? 開閉するような箇所は見当たらないし、上下するようにも見えないなぁ。見た感じツルッとしてそうでロッククライミングのように登るのも無理そう。うげっ、壁の上から伸びてるのは……格子状の雷糸か、あれ……。危っぶねぇ、もし飛んで行ったらあっという間に察知されてたな……。と、まぁ、それはさておきだ……うーむ、これは本当に門なのだろうか。
「 おい! それ以上近づくな! 」
遠くから大声で怒鳴られる。
先ほどの、右手に見えた大きな屋敷から出てきたのだろうか、ガラの悪そうな三人がこちらへ向かって歩いてくる。
んん? ……ちょっと待てよ?
さっき気になった門のデザイン……IDの右下に表示されていたものと同じ!? ──ってことは、あれがガーテ男爵の館か!? げっ! そこから出て来たとしたらコイツら──男爵となんか関係があったり!? げっ!
「なんだぁ オマエはぁ!?」
ポケットに両手を突っ込んだままヨタるように先頭を歩く男。
髪型はソフトモヒカンというやつだろうか。両サイドにはデザインされた剃り込みが入っている。丈の長いシャツの上に、襟を全力で立てたロング半袖のジャケット。太いカーゴパンツみたいなズボンの裾は、前側だけ──スネの辺りまで捲られ、内側からの細めのボタン式ベルトのようなもので留められている。そして、そこから見えるブーツの紐は結ばれておらず、先端は千切れてなくなっているようだった。
「なんだって聞いてんだぜ?」
すぐそこまでやって来た男が笑いながら再度話しかけてきた。
「あぁん? オマエ……へっ、そうか……」
ニヤニヤしながら無遠慮に、こちらを舐め回すように見てくる。うげー。
「ギャハ! あんまビビらすなって」
「ダハッ! ちびられても困るしな! いや、オレらは困らねえか、ダハッ!」
命名。この二人は〝ギャハー〟と〝ダハー〟だ。
「あの……自分、門前街に来たばかりで、一回、絶界門を間近で見てみたいなって思っただけで……近づいたらいけないとは知りませんでした。すみません」
「フシャーーッ!」
こら爪、やめなさい。
「ハッ、じゃあもう見たろ。あんまここに近づくんじゃねえよ。な? わかったな?」
噛んで含めるように、もしくは幼子を諭すようなトーンの物言いに若干イラッとする。理由を言えよと思ったが、我慢だ我慢。
「わかりました。気をつけます」
そう答え、軽く会釈をしてこの場を去ろうとすると──
「おおっと、その前にスコっていけや」
「ギャハ! そうそう」
「ダハッ!」
三人はメタ布を取り出して筒のように丸め、横向きにしてズイッと突き出してきた。
「……?」
スコるって 何に?
「オレらは門前街の治安維持を生業にしてる者でよ。オマエもここで暮らしていくってことはオレらの世話になるってこったからよ、オラ、スコれや」
……あー、関わっちゃいけないタイプの人間か。カツアゲみたいなモンだろ、これ。治安乱してるのアンタらじゃないの?
──とも思ったが、ひょっっっっっっっとしたら、このモヒカンの言ってることは本当かもしれない。なにせ俺は門前街のこと、まだ殆ど知らないし。多分恐らくきっと絶対、確 実 に な い だ ろ う が、万万万万万万万万万万万が一のことを考えて、それぞれに一スコずつ支払った。
「へへっ、なかなか利口じゃねえか、オマエ。そんでこの妙な生き物が──」
そう言って男が手を伸ばしてくると──
「シャッッ!!」
「うおっ!? 危ねぇな!」
「ああ、気をつけて下さい。こいつ、人の好き嫌いが激しいもんで」
内心、ちょっとスカッとした気持ちで爪を宥めようとすると──
「シャッ!」
「おわっ!」
「シャシャッ!」
「なんでだ!? くっ! このっ!」
「シャーッ!」
「………………」
「「「………………」」」
「ほうら、ね?」
「なにが──ほうら、ね──だ。 嫌われてんのオマエじゃねえか! チッ、アホらしい。とにかく、この場所に気安く近づくんじゃねぇ! いいな! ──行くぞオマエら!」
「ダハッ!」
「ギャハッ!」
そうして、噴水の方へと去っていく三人。
ふぅ、やれやれ……。きっとどこの〝異世界〟にも、ああいうのっているんだろうな。
館を見る。もしあそこが男爵の居館だとしたら、アイツら一体何者だ?
答えは当然わからない。
三人の後を付いていくみたいなのは嫌なので、しばらくしてから俺達も来た道を戻っていく。
「治安維持って……あれも商売……なんだろうか……」
強盗とかが頻発してるなら、まぁ、成り立つ稼業ではあるとは思うけどさ。
噴水に戻ってくると、先ほどより人が集まっているようだった。昼休憩といった感じだろうか。みんなそれぞれ、くつろいでいるように見える。
「仕事……どうするかな……」
これが大問題だ。なんとかしてスターコインを稼いでランクを上げなければ。
「みゃいみぃー」
「え?」
「みゃいみぃー」
これは初めての猫語だな……みゃいみぃ……?
爪が両の前足をなんだかコネるようにクルクルしている。
「ああ、ひょっとしてIDか? 寄越せって? 別にいいけど、どうすんだ?」
爪のIDを渡すと、ハムりと咥えてシュタリと地面へ降り立ち、トテトテと歩いていく。向かう先には噴水の縁に腰掛け、談笑している二人の女性。
「みぃ〜」
「きゃっ! なにこの子、可愛い!」
「ホントだ! なに? 撫でさせてくれるの!? きゃ〜っ!」
「みぃ〜〜〜〜〜」
戯れる爪とお二方のお姉さん達。
「うっそ! この子、自分のID持ってるよ!」
「ホントだー! え? なに? スコっていいの? スコる! 超スコっちゃう!」
「ワタシもワタシも!」
「────────!?」
バ……バカ…… な ……そんな ……簡単 に…………スコを…………
振り返った爪の、あの勝ち誇った顔たるや────
「ふ お お お お お お お お お お っ !」
俺は天を仰ぎながら膝から崩れ落ち、両手を地面についてガックリと項垂れた。そ の 姿、ま さ に〝 orz 〟────!!




