第46話 門前門
マダム憂レイディ達と別れ、歩くこと二日。
眼前には山よりも高く聳え立つ、砂時計に似た五つの塔。
ついに来たぞ……カーグカーデン!
俺と爪は揃って遥か上空を見上げる。
中心の塔……一際大きな存在感を放つあの頂上に心願様が……。
グッと拳を握りしめる。
「っ──すうぅぅぅぅぅ……ふうぅぅぅぅぅぅー」
いかんいかん。今からこんなに力んでどうすんだ。……そういや俺、塔をどうよじ登ればいいかってお初さんに聞いたことがあったっけ。
アホだなー。アホ丸出しだったよなー。
……っと、上ばっかり見ている場合じゃない。あの頂上へと至るためにも──まずはその入り口、門前街だ。
カーグカーデンの地上付近は巨大な高い壁で周囲をぐるりと囲われており、おいそれと敷地内へ入ることは出来なさそうだ。というか、絶対無理だろう。どんな仕掛けや迎撃を受けるか分からない。
上層へ行くには──中央の超巨大塔から始まり、だんだんと低くなる四つの塔……その上部を順繰りに繋いでいるスロープのような街道を進む必要がある。
その道が地上へと下りてきている唯一の場所──それが門前街、〝ガーテ男爵〟の治める領地。
確かお初さんの話では、門前街にある〝絶界門〟を抜けて街道を上がっていけば次の〝子爵領〟へ──だったはずだ。
少し……緊張してきたな……。俺の前を歩く爪も心なしか……いや、全然だなアレは。チョウチョ、追っかけ始めたぞ。おまえは少し緊張しろ。
カラン……コロン……
様々な方向から道が合流してきている。
さらに大きくなった街道の先、どうやらあそこが終着点……。その向こうにはデカい、それはもうデカーーい敷地が広がっている──と、思う。
なぜこんな曖昧な物言いかというと、ズラリと並び生えている樹木のせいで、奥の方がいまいちよく見えないからだ。
一体どれくらいの人がいるのだろう……。うう……今度こそ人がたくさんいるんだろうなぁ……。
我ながら、このヘタレマインドはいつ克服できるのだと思いながらも歩き続けていくと、ふとした拍子にあることに気づく。
歩を進めるにつれ、敷地の縁を左右から──襖というかドアのような壁が一枚ずつ、地面から生えてきているのが見えたのだ。
それはだんだんと中央──これから俺達が辿り着くであろう場所へ、まるで門を閉じるかのように生成されていくみたいだ。
試しに立ち止まってみると、謎の壁も生える途中でピタリと止まる。
「爪、ちょっと戻ってみよう」
「み?」
何歩か下がると、その歩数に合わせたように壁は地面へ沈み込む。
「よし、行こう」
「みぃ?」
前に向かって歩き出すと、再び壁も次々と顔を出してくる。
なるほど。
俺達が到着する丁度のタイミングで、あの壁はキレイに閉じられ、通せんぼってわけか。仮のID持ちじゃ、簡単には入れませんよ──ってことだな。
そして予想通り、あとちょっとといった距離で壁の門は完成し、俺達の行く手は完全に塞がれてしまった。
かなり高い……三階建ての建物相当、十メートルはあるだろうか……。
「でもこれは、どうすりゃいいんだ?」
そう呟いた時だった──
「 モンにちは! 」
「え……うわっっ!」
声のする方を見上げると、馬鹿デカい顔が壁から盛り上がり、笑顔でこちらを見下ろしていた。
タッタやテッテ、トットのような幼い顔つきだが──超 デ カ い 。
「も……もんにちは……」
「はぁーい モンにちはー。そっちのキミもモンにちはー」
「シャーッ!」
「うわー こわーい」
お互い様である。
「ようこそようこそー。仮IDのバンチョークンとソウチョークンだねー。今から門前街のIDに書き換える手続きと、軽い検疫検査とかをおこなうよー」
「検疫検査?」
ニュニュニュッ……
「うおおっ」
「ッシャーッ!」
今度は壁から俺の身長よりも大きな〝手〟が生えてきた。
「こわがらないでー。でないとモンは泣いちゃうモンねー」
左の手のひらは相撲のつっぱりを繰り出すかの如く俺に面と向かい合い、右の手のひらは地面と水平に突き出されて上を向いている。
「バンチョークンは左の手にふれてー。ソウチョウクンは右の手にのっちゃおーかー」
「シャーッ! シャーッ!」
「ダイジョーブ こわくないよー そろそろ泣くよー? 泣いちゃうよー?」
「ホラ爪、ガマンだガマン」
威嚇を続ける爪の首を摘んで持ち上げ、そーっとデカい手のひらに乗せる。多分だけど、爪は動物病院に行っても診察台には絶対に乗らないタイプだな。うん。
そうして俺も壁の手に自身の手を当て、爪も嫌そうな顔でしばらくじっとしていると……
ピコーン!
壁顔の目が青く光った。
「平熱ー よかったねー。じゃあ次ー モンの手に息を吹きかけてー」
「フゥー。爪、息を吹くんだ フーーって」
「みふぅーー」
ビコーーン!
壁顔の眉間にシワが寄り、怒ったような顔になって目が赤く光った。
「──!?」
しかしすぐさま笑顔に戻って──
「じゃあ次ー」
「いやちょっと!」
「なにー?」
「今もの凄い顔になって目が赤く光ったんだけど」
「そーゆーこともあるよねー。はい次ー ちょっとチクッとするよー」
チクッ!
「痛てっ!」
「みゃっ!?」
指先が本当にチクッとした。何か小さな針を刺されたみたいに……。血液を採取したのか? でも血は……出てないけど……。
「シャーッ! シャーッッ!」
爪がベッチンベッチン巨大な手のひらを叩いている。
ビコーーーン!
うげっ、また険しい表情で目が赤く光ったぞ!?
「これで最後ー 色々スキャンするよー」
壁の手のひらからレーザー光線のような立方体が発生し、俺と爪の身体は持っている荷物ごとすっぽり包まれてしまう。
ビビコーーーン!
鬼瓦のような顔になり、目がビカビカと赤く光った。
「はーい、オールオッケー。ソウチョウクン、おりていーよー」
オ、オールオッケー!? 最初の以外、全部アウトっぽかったんだけど!?
「そんじゃー、IDを書き換えるよー。装置がカモンするからちょーっとさがってねー」
ニュニュニュッ……
壁の手のひらが引っ込む。
ポユン……ヌヌヌヌ……
かと思ったら、今度は地面で光が波紋のように広がり、そこから直径三十センチほどの円柱が二本迫り上がってきて、腰の高さでピタリと止まった。
その上部はボウルのような半球状に凹んでおり、透明な液体が溜まっている。底からライトが当たっていて、キラキラと光りながらユラユラと波打っていた。
「その二本の柱の液体に、それぞれの仮のIDを入れてねー」
「濡れちゃうけど……」
「へいきー」
学ランの内ポケットに折りたたんで入れていた俺と爪の仮ID、広げるとスマホサイズのそれを取り出して、別々の柱の上部で揺れる液体へゆっくりと浸けた。
ポコポコポコ……
ボウル状の底から発生した細かな泡が、仮IDの布を踊らせる。
すると顔写真の印刷が消え、暗号みたいな文字の羅列も何度か変化したのちに消えてしまった。代わりに俺と爪の全身のシルエットが──IDの布を横向きにして見た左端に──浮かび上がってきた。尚且つそのシルエットは、その場歩きをしていているかのように動いている。
なんだこれ──スゴい!
そして反対側の右端の下には……これは城門? が刻印のように浮き出て、これも門が閉まるような動きをループしている。
布の表面で印刷したものが動いてるといえばわかりやすいだろうか。
なんだこれ──スゴいな!
「はい終〜了〜。それが門前街で使えるキミ達のIDだよー。たいせつにねー なくしたりしないようにねー。そして あらためまして、ようこそ門前街へー。じゃ、門前門を開けるねー。開いたらとおっていいからねー。レッツラ、モーン」
「あ、ちょっと待った!」
「なにー?」
「色々と聞きたいことがあるんだけど……」
「中で聞きなよー。きっと教えたがる人がいっぱいカモンカモーンするからさー。あの人達の仕事とっちゃ悪いしねー」
教えたがる人? 仕事?
「じゃーねー」
そう言うと──幼さを残す巨大な顔はみるみる壁の中へと沈んでしまった。そして先ほどとは逆──俺達の目の前から順々に左右へ、行く手を阻んでいた高い壁が地中に飲まれるように消えていく。
遮るものはもう、なにもない……。
入っても……いいのだろうか……?
この気が抜けるほどのあっけなさは何だろう……。ま、まぁでも、とにかくこれで門前街に入れるってことだよな。
爪がシュタタと俺の肩まで登ってくる。
「おし……じゃあ 行くぞ!」
「みぃ!」
こうして俺達は門前街へとその一歩を踏み出した。
カラン……コロン……
ドキドキ……
遠くからも見えていた横並びに生えている樹木、防風林のような樹々の間を抜けていくと……
「おお、これが門前街か…………ん?」
ダダダダッ──! ドドドドドッ──!
初めての場所、初めての景色をしっかり見ようと思ったのも束の間、其処彼処から人が──こっちに向かって爆走してくる!
「な──なんだ!?」
その数、十人──二十人!?
彼らはあっという間に俺達を取り囲み、ぜぇぜぇと息を切らしながら血走った目でこちらを凝視してくる。
静かに毛を逆立て、小さな声で唸り声を上げる爪。俺もそっと木神刀へと左手を遣り、わずかに身を屈めて全方位を警戒する。
コイツらは 一体────!?




