第45話 思い出の距離
マダム憂レイディ宅のキッチンで準備は着々と進む。
それにしても不思議だ。さっき壁やら床やらから生えてきた内装がちゃんと機能しているなんて。それに電気も水道も使える。ガスは……どうなんだろう。いわゆるオール電化っぽいよな、この家……。
「やっぱり珍しいのかしら?」
「はい。この、電気や水はどこからきているんですか?」
「電気? 〝電念気〟のことかしら?」
「あ、それです」
「そういうのは、あの新しく出来た道から全部来ているらしいの。そうだったわよね? タテト?」
「イェス、マッダァァム」
そうだったのか。あの道路が電線や水道管の役割を……。
「それと家具とかはなんだったかしら、形状記憶が粒子して……?」
「粒子を形状記憶です、マッダァァム」
「ああ、それね。この〝メタプ〟と連動して……るのよね? 確か」
「メタプ?」
「これよ」
そう言ってマダム憂レイディが取り出したのは〝IDの布〟だった。
「これがメモタルファーゼ──」
「メタモルフォーゼです、マッダァァム」
「んもう、いつも間違えちゃうのよねぇ。それでこの布が色々メタモルフォーゼをしてくれるらしいのだけれど、名前が長いから〝メタ布〟──だったわよね?」
「エクセレントです、マッダァァム」
へぇー、IDの布は〝メタ布〟って言うのか……桃湿布ならたくさんあるんだけど。
「自分が持ってる仮のIDは……」
「残念ながら万超殿、仮のIDにはどんな機能も実装はされておりません」
「あ……そうなんだ」
それと気になるのが……
「食材とかもメタモルフォーゼしたものなんですか?」
「ふふ、安心して。それは別。食べ物は地下に保存されていて冷蔵庫の中へ迫り上がってくるの」
エレベーターみたいに、かな?
「食べる物はやっぱりそのままがいいわよね」
「メタモルフォーゼしたものでも安全性は問題ありません、マッダァァム」
「そうは言っても……ねぇ?」
「はい……わかります」
軽食のサンドイッチ、クッキー、スコーン、そして爪には特製の鶏野菜ミルクスープが、あっという間に出来上がっていく。
マダム憂レイディの手際の良さたるや、相当なレベル。
そして今は最後の一品、アップルパイが焼き上がるのをオーブンの前で待っているという次第。
「料理、お好きなんですか?」
「どうかしらねぇ……その時の気分によるわね。作っていて楽しい時もあれば、億劫だなと思う時もあるし。でも、どうして?」
「いえ、あまりに見事な手際なもので」
「ふふ、そう? 万超ちゃん、お料理は?」
「あ……自分は、全然で……」
「そうよねぇ。実は私も若い時はてんでダメだったのよ、お料理」
「そうだったんですか?」
「そうなのよ。でもね、夫が──」
そこで言葉を区切ると、マダム憂レイディはオーブンから目を離してこちらを向き、驚いた表情をしながら──
「〝生きることは食べること。料理をしない、出来ないはちゃんと生きているとは言えんぞ〟──って」
「な、なんでびっくりした顔をしたんですか?」
「だってそういう顔だったんだもの。あの人」
そう言って微笑みながら頬に手を当て、憂いを帯びた眼差しを再びオーブンへ戻す。
「でね、それもそうだな──と、思ったからお料理を始めたの。夫に教わって」
「旦那さんに教わったんですか」
「そう。上手だったのよぉ、悔しいことに。だから私も負けてなるものかーって」
「おお」
「興味でてきたかしら?」
「俺にも出来ますかね?」
「もちろん出来るわよ。ただ私の経験上、はじめから上手にやろうとすると長続きしないわね。ほどよく切って、煮たり焼いたり炒めたり。最初はそれで充分」
「な、なるほど」
「美味しくない料理が、数をこなしていくうちにだんだん美味しくなっていく、それはそれで楽しいものよ?」
「勉強になります。そういえば旦那さんは今どちらに……?」
「三年前に……ね」
「う……すみません」
「いいのよ、気を遣わせちゃってごめんなさい」
チンッ!
「さぁパイも焼けたわ! いざ、お庭ピクニックといきましょう」
広い庭に生える大樹の下で、大きなブルーシートを敷く。マダム憂レイディが〝メェプ〟を取り出し、それをシートの上に置いて指でなにか文字を書いた。すると──ブルーのシートはモコリと波打って、瞬く間に白いお洒落なテーブルと椅子に変形した。
「い、今のは?」
「予め登録してある文字を、メェプの持ち主が指で書くことによって形状を復元させたのです」
「文字だけじゃなくて、折り紙みたいに折って形を記憶させることも出来るのよ」
「はぁ〜〜」
毎度たまげてしまう俺を、マダム憂レイディはいつも楽しげに見つめている。
「さ、いただきましょう」
「いただきます!」
「みぃ!」
このサンドイッチ、お初さんに初めてご馳走になった時のと似てるな。
「どうかしら?」
「とっても美……ダリシャスです!」
「ダリシャス?」
「……あれ? ダリ シャスです……」
「………………?」
「………………?」
お初さん……? 通じないよ……?
「お! 美味しいです!」
「そう? 良かった。ふふ」
「ダリシャスは南方の方言で美味しいという意味です、マッダァァム」
「あらそうなの!? ごめんなさい知らなかったわ」
方 言 だ っ た ん か ー い !
「みぃゃ♪♬♯♭にゃん♩〜♫ぃみゃう♫♬」
特製スープを爪が夢中で食べている。
「ソウチョウちゃんも気に入ってくれたみたいね。良かったわぁ」
「みぃーっ!」
「タテトも食べれたらいいのに」
「もぐもぐ……。ガードロイドの動力ってなんなんですか?」
「なんなの? タテト」
「知りません、マッダァァム」
「あら」
知 ら ん の か ー い !
………………
…………
……
「「ご馳走様でした! みぃぃっ!」」
絶品の数々、堪能させていただきました!
「お粗末様でした。さ、お紅茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
「ソウチョウちゃんは……」
匂いを嗅いで、渋い顔をする爪。どうやらダメらしい。
「よし、じゃあコンペイ桃だ」
「みぃ」
「コンペイ桃?」
「アメみたいなものですが、よろしければどうぞ。ただ、噛んでも噛んでも二時間くらいなくならないので注意が必要です」
「まぁ! じゃあ後でいただくわね、ふふ」
ああ……久々にまともな食事を摂った気がするなぁ。
「やっぱり誰かと一緒の食事は楽しいわね」
「ご近所の人たちは……?」
「万超ちゃんはここへ来る途中、あのエイ達は見たかしら?」
「はい、見ました。エイエイおーって土を耕していました」
「この辺りは農業が盛んだったのだけれど、今は〝土〟をカーグカーデンに売っているの」
「土を?」
「ほら、カーグカーデンは人工物の上にある国でしょう? 電念気や水は作れても、天然の土壌となるとなかなか難しいらしいの。だからこの辺りの土はとっても貴重みたいなのよ。場所も近いし」
「なるほど」
「この辺の人達はみんなカーグカーデンへ移住してしまったわ。土の畑はエイ達が毎日頑張ってくれるから、ここにいてもやることがないのよ」
おお、悠悠自適ってヤツか……。それで空き家ばかりだったんだな……。
「あなたもカーグカーデンへ?」
「はい。とてもお世話になった方が……カーグカーデンで困っているんです」
「まぁ、それは大変」
ずずっ……紅茶も美味しい。
「ウチの子は伯爵領に住んでいるのだけど何か力になれないかしら」
は、伯爵領!?
「マッダァァム、残念ながらそれは難しいかと。仮のID、ましてや親族でもない者の入国が許されるとは思えません」
だろうなぁ……。
「ありがとうございます。でも、これ以上ご迷惑をおかけするわけには……。そのお気持ちだけで充分嬉しいです」
「んーもう! 融通が利かないのねぇ……ところで万超ちゃん、その仮のメタプはどうやって手に入れる物なの?」
「ポゥポゥ言う帽子とサングラスのマッ鳩から渡されました」
厳密に言えば尻から射出されたんだけど……。
「ああ、それは男爵領の鳩ね」
「え、領地によって違うんですか?」
「ええ、ウチに物を運んだりしてくれるのは伯爵領の鳩で……あら噂をすれば」
「 おーポッポ おぉーーポッポ 」
妙な高笑いが聞こえてきた。見上げると既視感のあるシルエット。それがなにやら荷物を吊るして、優雅にバサリバサリと降りてきた。
「ポ機嫌よう、マダム憂レイディ、いつもの食材をお持ちしたワ」
「御機嫌よう、マ鳩、いつもありがとう」
マパート? マッ鳩じゃなくて?
マパートと呼ばれた鳩は、派手なスカーフをほっかむり。ハートのデカいサングラス。そのハートには変なマルがくっ付いていて、さらにはなぜかグラサンからまつ毛が生えている。まつ毛て。クチバシの先は赤く、口紅を塗っているかのよう。そして風切羽と尾羽、足のツメには長い付け爪のような装飾が施されていて、なんだかとってもトゲトゲしい。
「相変わらずよく似合っているわね、それ。パート柄……だったかしら?」
「おーポッポ。そうなのヨ。似合いすぎて困ってしまっているところヨ。おーーポッポ」
あー、ハートに付いてるマルはまんま半濁点のマルか。だからハートじゃなくてパート。鳩ともかかってるんだろうな、きっと。それによく見たらサングラス、スカーフ、付け爪の至る所にパート柄があるし…… そ こ ま で 主 張 せ ん で も 。
「ねぇ、マ鳩、知り合いの子をカーグカーデンへ入国させることって出来ないかしら?」
「んーー、無理でしょうネ。正規の手続きが必要ヨ」
「やっぱりそうなのねぇ……」
「知り合いって誰? ん? 誰アンタ 何アンタ」
「知人というのはこの子達のことなんだけど」
「あ、俺は……」
「おポー……おポポォー……バンチョウにソウチョウ──仮登録じゃない。これは無理ヨ、マダム憂レイディ」
「残念ねぇ」
「ではパたしはこれで。失礼するワ、マダム憂レイディ」
「ええ、ありがとうマ鳩」
「アンタ達、あまりマダムに迷惑をかけないようにネ! おーーーーポッポ!」
高笑いを残し、バッサバッサとマ鳩は高く舞い上がっていく。そして足の部分が変形し……
キュッ ギ イ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ン !!
凄まじい速さで飛び去っていった。
マダム憂レイディは穏やかに耳を塞いでいる。
「すごい音よねぇ。荷物を運んでいる時はマッハで飛ばないらしいのだけど」
あ、マッハで飛ぶからマッ鳩か。ニブいな、俺。気づかなかった。
「ごめんなさいね。やっぱりダメみたい。力になれたら良かったのに」
「いいえ、もう充分に良くしてもらいました。そして今度は俺達がお返しする番です」
「お返し?」
「何かします。ご馳走していただいたお返しに」
「いいのよ、そんな。私が勝手にお誘いしたんだから」
「いーえ、これは譲りません。だよな?」
「みぃ!」
「でも何かって言っても……」
「掃除でも草むしりでも」
「掃除……そうね、じゃあお掃除、お願いしちゃおうかしら」
「「 押忍! みぃ! 」」
「じゃあ、私達は離れをお掃除するから、タテトは食材を地下へ運んでおいてくれるかしら?」
「イェス マッダァァム」
「離れ、ですか?」
「そうよ。じゃあ行きましょうか」
マダム憂レイディに連れられ庭の少し奥へ向かうと、表の通りからは見えなかった位置に古びた家があった。
ドアを開け中に入る。母屋とは違って家具や調度品といった品々はどれも、まるで眠っているかのように静かに置かれている。とはいえ、俺にとってみれば、まさにこれが普通の家だ。
学ランの上着を脱いで腕まくり、窓を開けて掃除を開始。
はたきがないので爪のシッポで代用だ。俺が抱えてパタパタパタ。
「違う! もうちょっと上、あー行き過ぎ、ちょい下!」
「みぃー!」
「痛でででで! ツメを立てるなツメを! 後でちゃんと拭いてブラッシングしてやるから」
「みみぃー!」
「痛でででで!」
「ふふふ」
掃き掃除、拭き掃除、さながら年末の大掃除。
そんな中、とある写真が目に留まる。
「それが亡くなった夫よ」
「この人が……」
口髭を生やし、矍鑠とした印象のご老人。そして確かに、驚いたような顔をしている。
「私の顔マネ、似てたでしょう?」
「はい、似てました……」
「あの人ったらいっつもそんな表情だったから、ついた通り名が〝オドロク〟だったのよ」
「ま、まんまじゃないスか」
酒の〝どぶろく〟や、助六寿司の〝助六〟と同じアクセントでオドロクか……。
「そう、そのまんま。ふふ、おかしいでしょう?」
驚いた顔のオドロクさんの隣に、憂いを帯びた眼差しの憂レイディ。
「お二人は恋愛だったんですか?」
「あら、気になる?」
「はい。どうやって出会ったのかなぁ、って」
「そうねぇ、恋愛とはちょっと違うかもしれないわね……。こう見えて私、若い頃は結構男の人に言い寄られていたのよ?」
意外ではない。マダム憂レイディは絶対モテたと思う。
「みんな情熱的な目でアプローチしてきてくれたわ。でもね、そんな中……突然現れたのよ。この驚いた顔が」
「……ふふっ」
「そうなの。私も笑っちゃったのよ。なんなのこの人!? なんでいつもビックリしてるの!? って」
「すみません。思わず笑っちゃいました」
「いいのいいの。でね、それからはもう、何故だかこの人のことがとにかく気になってしまって、それで……って感じね。だから恋愛というより……」
「好奇心?」
「好奇心……きっとそうね。プロポーズに〝はい〟って答えた時なんて、それはもう驚いた顔をしていたんだから」
「あはは」
「だから万超ちゃん達の驚く顔を見ていたらなんだか懐かしくなっちゃって、つい何度もまじまじと……ごめんなさいね」
ああ、そうだったのか……。
「いえ、こんな驚き顔でよろしければ」
「ふふふ。ありがとう」
しかし……元から驚いた表情がさらに驚くと、どんな顔になるんだろうか。
「仲良し夫婦だったんですね」
「いいえ?」
おやぁ……? マダムのお顔が苦虫を噛み潰したように……
「しょっっっっっちゅう、ケンカしてたわよ?」
「そ、そうなんですか!?」
「いつも一緒にいればどうしてもねぇ」
これはきっとアレだ。夫婦とか恋人同士にしかわからないアレだ。つまり俺には縁遠い、理解不能のアレなんだ。
「きっと距離感の問題ね。近すぎるとそれはそれで息が詰まったり、煩わしく感じることもあるのよ。そんな時はお互い本音でケンカして、少し離れてみるのもアリだと思うわ」
「な、なるほど。勉強になります」
「ただ距離感ということで言えば……」
マダムの眼差しがより一層の憂いを帯びる。
「今はちょっと……遠すぎるわね……」
あ…………
愛おしそうに写真を見つめる憂レイディ。
「でも、ま、会ったらすぐまたケンカするんでしょうけどね」
おお……再び苦虫噛み潰し顔に……。
「私ね、贈ってくれた子供には悪いんだけど、母屋はあまり好きではないの」
「それは……どうして?」
「あの家には、〝昨日がない〟ような気がして……」
「昨日が……ない?」
「ええ。入る度に新しくなってしまうんだもの」
ああ……なるほど……。
「昨日がなくなるとね、思い出が、どんどん遠くへ行ってしまうの。子供が独立した後もこの家には……つい数年前まであの人と住んでいたのに、なんだかそれが、遥か昔のようで……」
その気持ち……なんとなくわかる……。
心願様に出会わなければ……俺の願いも……彼方の昔に埋もれたまま……。
「で、でも今日、あの家で俺達と料理、しましたよ! それはちゃんとした思い出になりませんか!?」
「……そうね、ありがとう。万超ちゃん、優しいのね」
「なんならデッカい穴でも開けましょうか!? どっかの壁にでも!」
「ふふふ。それはちょっと困るかしら?」
「柱や壁の傷も記憶させることは可能です、マッダァァム」
「うわぁ! びっくりしたぁ!」
タテト!? いつの間に!?
「もう、そういうことじゃないの。タテトったら」
「失礼しました、マッダァァム」
「でもその点、あなた達はいい距離感よね」
「え? 俺と爪がですか?」
爪と顔を見合わせ、互いにプイッとそっぽを向く。
「ふふふ。ほら、息ぴったり。さ、もう少しよ。お掃除、頑張りましょう」
「「「 押忍。みぃ。イェス マッダァァム 」」」
あれ? ソファの下……こんなところに木製のショートソードが二本がある。
「憂レイディ、これは……」
「ああ、そういえばそんな所に隠してたわね。それはあの人の剣。あんな驚いた顔をして、結構強かったのよ? グレ天も追い払ったことがあるくらいには」
「グレ天?」
「悪い天魔導士のことよ」
「え!? 悪い!?」
「天魔導士といっても人だもの。悪い人間はいるのよ?」
そうなのか……。
「強さでいうならマッダァァムも」
「──っ!?」
「こら、余計なことは言わない。万超ちゃんも驚いた顔でこっちを見ないの。そのお顔、私は好きだけど。昔の話よ昔の」
グレ天を追い払うほどの人と、それに引けを取らない実力の持ち主……そんな二人がしょっちゅうケンカって……どんなバトルが繰り広げられたんだろう……。
「私のことより万超ちゃん、あなただってかなり使うんじゃなくて?」
「え?」
「あの人と所作や気配が、少し似ている気がするのよね」
「あ、いや、俺なんて……」
「なんと!? ムムム……万超殿、是非手合わせを」
「もう、この子ったらすぐにそういうこと言うんだから」
「少しでもマッダァァムをお護りする技量向上のために」
カーグカーデンのガードロイド……その立ち回り、知りたいけど……。
「でも仮IDの自分がそういうことをしていいものなのかどうか……」
「そうよ。万が一呪いが発動したら大変じゃない。それで何かペナルティでもあったらタテト、責任取れないでしょう?」
「ムムム……」
「ほら、迷惑かけないの!」
とはいえ……ちょっともったいなかったかな?
「はぁーい、お掃除終了。ありがとう、万超ちゃん、ソウチョウちゃん。とってもキレイになったわ。それに色々とお話も聞いてもらっちゃって。ふふ、万超ちゃん聞き上手だから、ウチの子供が知らないことまで話しちゃったわ」
「ええ!? そうなんですか!? 聞き上手なんて、そんなこと初めて言われました」
「そう? とっても楽しかったわ」
「マッダァァム、そろそろ例の時間です」
「あら、もうそんな?」
戸締りをして外へ出ると、聞き覚えのある掛け声が聞こえてきた。
「エイエイおー エイさ ホイさ エイエイおー」
あれは……。
「んー、なんでェイなんでェイてやんでェイ! バンチョウとソウチョウじゃねェイか! マダムのお宅で何してやがんでェイ!」
「お庭でピクニックしてたのよ」
「かーーーっ! この幸せ者めェイ!」
「あの……どうしてこのエイが……?」
「だってこの子達、あんなに頑張っているというのにお給金もご褒美も、なんにもないでしょう? だからせめて体をキレイに拭いて、磨いてあげているの。一日に一人ずつ、順番に」
「オレェイらは構わねェイっていつも言ってんだが、マダムがどうしてもってきかねんでェイ。汚れても壊れても代わりなんていくらでもいるってェのにィ」
「こら、エイ左ェ門。私もいつも言っているでしょ。あなたの代わりなんていないのよ」
「エイ左ェ門?」
「マッダァァムは一体一体に呼び名をつけているのです」
「オレェイらは常に同期してるから見た目も中身も全部一緒のはずなのに、なんでかマダムは違いがわかるんだよなー。不思議だぜェイ」
「一緒じゃないの。ちょっとした傷やヘコみ、全部違うのよ。この世に全く同じ物なんてひとつもないの。だから大切だし愛おしくなるのよ」
全く同じ物なんてひとつもない……だから大切……。まぎれもなく〝理〟だ……。言葉で言うのは簡単だけど、マダム憂レイディはこうして実践までしている……。何に対しても愛情深い、凄い人だな……。
磨き終わり、新たな鍬に付け替えてもらったエイ左ェ門は、嬉しそうにひらひらとヒレを動かしその場でくるくると回り出す。
「マダムに磨いてもらうと不具合が減るんでェイ。なんでかなー?」
「お仕事、頑張ってね」
「ヘェイ! エイエイおー エイエイおー」
「夜はちゃぁんと土に潜って休むのよぉー」
「合点でェイ! エイエイおー エイエイおー」
「じゃあ自分らもそろそろ……」
「みぃー」
爪が感謝を伝えるように、マダム憂レイディへこれでもかと身体を擦り付ける。そんな爪を優しく撫でながら、
「本当は一晩くらい泊まっていって欲しいところだけれど、大切な人が待っているのならあまり引き止めるのも悪いわね」
「ありがとうございます」
「さ、タテト、荷物をお返ししなさい」
「イェス マッダァァム」
ズシッ。
「あれ? なんか前より重い気が……」
ん? 両サイドに見慣れぬ袋が。
「ふふ、日持ちがして、道中で食べられる物を少し……ね」
「──っ!? 本っ当にありがとうございます! マダム憂レイディ!」
「もう、そんなに大袈裟にしないで。たいした物じゃないんだから」
「 分 離 ッ ! 」
タテトがそう叫ぶと体が頭から波打って──三人の子供の姿へと戻った。
「あと二日も歩けば門前街よ。気をつけてね、万超ちゃん、ソウチョウちゃん」
「はい! お世話になりました。ご馳走様でした!」
「みゃう!」
「またいつでも来てちょうだい。歓迎するわ」
深く頭を下げ、去ろうとする俺の前に三人のキッズが立ちはだかる。
わんぱく少年が片手を上げながら──
「じゃあな! 次来た時は手合わせだからな!」
「お、おお。またな」
「…………」
「…………」
片手を上げたまま行く手を遮り続けている。……なんだ?
「ハイタッチだよハイタッチ! 知らないのか?」
「あ、ああ! なるほど!」
パチン!
俺だけでなく、屈んで爪とも手を合わせている。
プニン!
お次はおてんば少女。同じく片手を上げてズズイと一歩、こちらへ歩み寄る。
「絶対にまた来なさいよね! それで勝つのはワタシ達!」
パチン! プニン!
そして最後に小生意気な少年が──
「当然来るよね? まぁ、勝負の結果はわかっているけど」
手 合 わ せ し よ う の 圧 が 強 す ぎ る 。
パチン! プニン!
「それじゃあ!」
「みぃー!」
「またねぇ 万超ちゃーん ソウチョウちゃーん」
「またなー!」
「絶対よー!」
「ふふーん!」
そうして俺達は──お互いに見えなくなるまで手を振り、別れたのだった。
マダム憂レイディ、それにタッタ、テッテ、トット。
いつか────また!




