第44話 マダム憂レイディ
カランコロン……。
仮のIDか……。
ID……確か〝アイデンティフィケーション〟の略だっけ? 身分証明とか識別番号みたいな意味だったか……。まぁ、この世界のことだから別の意味合いがあったりするのかもしれないが。
カーグカーデンの仮ID──今、俺の手元にはそれがある。
あの鳩ポッポの尻から出て来た時は紙のように思えたが、実際に触れた感じは紙というより布の手触りだ。元の世界のスマホくらいの大きさで、それぞれに俺と爪の顔、そしてモザイク状の○、□、△といった……おそらく暗号化された文字が羅列している。これは印刷……されているのだろうか? わからないが、とにかく無くしたら事だ。しっかり畳んで胸の内ポケットにしまっておこう。
カランコロン……。
しっかし、それにしても人がいない。カーグカーデン領内とはいえ、ここまで人気がないというのは、それだけ辺境ということなのだろうか。ただ……人がいないのに、土地は荒れていないのが不思議だよなぁ。
パッと見た感じ、以前は畑か何かだったのかな? 畦道のように低木が植えられ、それによって区切られた草原が雄大に広がっている。まるでデッッッッカイ畳が敷き詰められているみたいだ。
牧草地……? でも家畜らしい動物の姿も見当たらないし……うーん……。
カランコロン……。
長閑な景色が延々続く。
ペスペス。
爪に後頭部を突かれる。
「みぅ」
「ああ、水か」
フードからヒラリと飛び出し、シュタリと着地する爪。
キュポン。
片手で瓢箪を傾け、もう片方の手を掬うような形にして、そこへ少しずつ水を流していく。
「ピチョピチョピチョ……」
「爪もグビーッと飲めたらいいのになぁ。そんでもってプハーッてやりたくない? プハーッてさ」
「ピチョピチョピチョ……」
「なんだよ……そのジト目」
「ピチョピチョピチョ……」
「みっ!」
飲み終えると、爪は珍しく自分の足で歩き出した。
どうやら石畳のような道に、時々走る光が気になるようだ。
ヒュッと光った所をペシッと前足で押さえる。しかしその足を上げてみると……なにもない。
また光る。押さえる。なにもない。
光る。ペシる。ナッシング。
ふっ、猫よのう。
「みぃぃぃぃぃ!!」
突然、爪が光を追いかけ走り出す。
「ちょ──ちょお待てぇぇい!」
………………
…………
……
ぜぇ……はぁ……爪、子猫の時でも足……速くなったな……。
「……あれ? あそこに見えるのは……」
集落だ。よかった。保存食もだいぶ減ってきたし、食糧を調達できるかもしれない──と、思ったのだが、いざ着いてみると……ここも人の気配が全くない。
今、歩いている街道が左右へ枝分かれし、その先々に建物が点々と建っている。そのどれもが、見た目は立派なログハウスといった感じで、それぞれの家へ続く小道や植えられている植物もキレイに手入れがされている風だ。なのに、人がいない。
ゴーストタウン? ……にしては荒れてないんだよな……。なんで?
日も暮れてきた。
今日はこの辺りで休むとして、どうしよう……どこかの家の軒先を勝手に借りる……ってのも気が引けるし、下手すりゃ不法侵入とかになったりするのか? 賢明な判断と行動云々って、あの鳩も言ってたしなぁ……。
よし、この集落を抜ける手前にある──あの大きな樹の下が今夜の宿だ。
ずっと八百万樹の下で過ごしていたせいか、今の俺は大樹の下がすごく落ち着く場所になってしまった。
腰を落ち着け、残り少なくなってきた桃スルメを爪と自分とで一枚ずつ。
「桃スルメ……ありがたいことに少量でも意外と腹にたまるんだよなー」
お初さんに感謝だ。
爪はあっという間に平らげると、すみゃすみゃと寝息を立て始めた。
そんな爪から視線を移し、暗がりの中……見遣る先にはカーグカーデンのシルエット、その大きな威容が目に映る。
この調子で進めば門前街まではあと一週間ってところか……。そろそろしっかり予習をせねば!
俺はお初さんから授かった秘伝のレシピ本を荷物から取り出す。彼女がかつて対峙した三爵の特徴や戦闘方法、それらが記された虎の巻。戦闘は極力避けるとはいえ、知っておいて損は無し。頼むぜ、お初さん!
「どれどれ、まずは──」
ペラ……。
〝 ダコシャスなコンペイ桃の作り方☆ 〟
「なるほど、コンペイ桃はこうやって作っていたのか。そしてお次は──」
〝 絶品かつ腹持ちも上々♪ 桃スルメの作り方! 〟
「おお、今まさに頂いたところだぜ。そうなんだよ、これを食べると当分腹が減らなく──ってコレ、 料 理 レ シ ピ じ ゃ ん 」
パラパラパラパラ──パララ──!
全部……料理の……ことだけ……。いや! ひょっとして〝相手をいかに料理するか〟的な、暗号だったり──パラパラパラパラパラ──するわけなかった。
お初さん…………
俺……頑張るよ……。
翌日────
割と早くに目が覚めた俺と爪は、朝食に桃スルメ・グレープ味を食べた後、いつもの調子で歩き続ける。すると、だんだんと景色が変わってきた。
草地が減り、耕された土地が目立ってきたのだ。
「でも作物が栽培されている様子はないな……」
そして相変わらず人は見当たらない。
「おっっっかしいな。これ絶対、人の手が入ってると思うんだけど……」
「みぃ!」
爪が肩越しに二時の方向を指し示す。
んー? あの耕された土の上……地上スレスレを、平べったいなにかが飛んでるぞ?
「エイエイおー エイエイおー」
ひし形の平べったいボディに長い鞭のような尾。あれは……エイだ。なぜ水中ではなく地上にエイが……しかも浮きながら「エイエイおー」って言ってるぞ……。それによく見ると一つの区画に一匹ずつ……持ち場を担当するみたいに……。
「エイエイ……ンー?」
近くのエイが寄って来た。そしてスィンと直角に体を起こし、あの顔のように見える腹をこちらに向け話しかけてきた。
「なんでェイ、おまエイら。土泥棒か?」
「ち、違わい!」
意外とデカイぞ……俺が両腕を目一杯広げたより少し大きい。にしても、あの鳩といいこのエイといい、失礼だなー。
「エー、エー、てやんでェイ、てやんでェイ……検索……照合……バンチョウ……ソウチョウ……仮のID登録確認……。なんでェイ、新参者か。門前街に行くのか?」
「そうだけど……」
「そうか。気をつけて行けェイ」
「あ、あの! ……アンタはなにをしてるんだ?」
「てやんでェイ。見ての通り、土を耕してるんでェイ。んじゃーな」
土をって……あ、尾の先が鍬になってる。あれでずっと耕してるのか……。
「エイエイおー エイエイおー」
行ってしまった。作物は、これから育てるんだろうか……。あのエイは、元の世界でのドローンみたいな感じ……なのか?
自律型で喋るドローンか……。そして俺と爪はもう、しっかり仮登録が済んで簡単に検索までかけられるとは……。薄々わかってはいたけれど、カーグカーデンの技術……とんでもないな。
カランコロン……カランコロン……。
エイ達が耕す景色と掛け声を聞きながら、さらに街道を進んでいくと、再び集落が見えてきた。
「今度こそ誰かいるかな?」
ここも以前のと同様、キレイに手入れがされている。
あ、この小道を入っていったあの建物はなんか店っぽい! 看板のようなものが────と、思ったのだが、近くで見るとなにも書かれてはいなかった。昔、店だった……のかもしれない。残念。でもひょっとしたら中に誰かいるかもしれない。
「すみませーん」
しーん……
「すみませぇーーん!」
しぃーーん…………
ああ、ここにも誰もいないのか、そう思った時──
「空き家に謝っているのは誰?」
「──っ!?」
左手にある突き当たり、大きな家の方から声がした。
それほど高くはない木製の柵で囲われた、青々とした芝生が生い茂る広い庭。そこに生える大樹──椎の木に似ていて巨大なブロッコリーみたい──の下に、女性と三人の子供がいるようだ。声を掛けてきたのはあの人……?
「あ、いえ、謝っていたわけでは……」
「ふふふ、冗談よ」
そう言うと女性は木陰から出て、ゆっくりとこちらへ歩いて来ようとするが、三人の子供達が俺達との間へ勢いよく割って入る。
「ダメだよ マダム!」
「そうよ! 知らないヤツよ! それに怪しそうな顔してるわ!」
「同意。不用意に近づくのは危険極まりないね」
おいコラ、キッズよ。
──と、そう思ったのも束の間、直後に俺はギョッとする。
「なっ──!?」
なんだ……この子達……。
木陰から出てきた三人の子供は皆、全身が彫像のように色が単一だった。まるで一色のペンキを頭から被ったみたいな、塗装前のプラモデルのような……。明らかに人間では……ない。けれど髪も、服も、話す口元すら、人のそれと全く同じ──と、言っても過言ではないほど、精巧に動いている。
「あ! コイツ武器を持ってるぞ!」
「さては盗賊ね! そんな気はしてたわ!」
「同感だね。変な格好してるしね」
言いたい放題だな、おい。
謎のキッズは二人が少年で一人が少女。わんぱく、おてんば、小生意気といった感じだ。
「コラ! タッタ! テッテ! トット! 失礼なことを言うんじゃありません! ……ごめんなさいね」
子供達からマダムと呼ばれた女性は頬に手を当て、申し訳なさそうに苦笑する。
「あ、いえ……」
声が若く、遠目からはわからなかったが、ご高齢のご婦人だ。
両耳の後ろから束ねたおさげでドーナツのような輪を作っている特徴的な髪型。
首と腰に大きなスカーフを巻いていて、上品なブラウスとロングのスカート。
背筋も伸びていてシャンとしている。
「おいコラ変なヤツ! マダムが良くてもボクらは油断しないぞ! それはなぜかと問われたら──」
タッタと呼ばれたわんぱく少年が、テッテと呼ばれたおてんば少女を肩車し、トットと呼ばれた小生意気な少年が──肩車をしているタッタをさらに肩車した。そして──
「「「 合 体 ! 」」」
子供達が揃ってそう叫ぶと、三人の体は細かなサイコロのように分裂し、一度波打ったかと思ったら──あっという間に精悍な騎士へとその姿を変えたのだった。
相変わらずの単色で見るからに不自然な存在だが、その容姿は中性的で、かなりの美形と言って差し支えはないだろう。
「──〝ガードロイド〟はマダムをお護りするのが役目だからと答えよう」
ほ、本当に合体した!? そして良い声だな! おい!
「もう、この子達ったら……あら?」
予想だにしなかったことを目の当たりにし、俺も爪もかなり驚いていたのだろう。相当に間の抜けた顔をしていたのかもしれない。そんな俺達をご婦人が微笑みながら見つめていることに、しばらくの間、気がつかなかった。
「あなた、見慣れない格好だけれど、どこか遠くからいらしたの?」
なんというか……ものすごく憂いを帯びた眼差しだな……。
「は、はい。生まれは遠いところですけど……」
ぐぅぅぅぅぅぅ……。
「あら、まぁ」
腹が……鳴ってしまった。恥ずかしぃー!
「よければ何か食べておいきなさい。ほら、ウチへいらっしゃいな」
「ええっ!? いや、そんな、悪いですよ!」
「いいのよ、ちょうどお茶の時間でもあるし。遠慮しないで、ほらほら」
「マッダァァム、見知らぬ者をそんな安易に」
「なぁに? 〝ガードロイド〟がいれば私は大丈夫なんでしょう?」
「マッダァァム……」
ご婦人は憂いを帯びた眼差しながらも揶揄うような視線をガードロイドへ向け、悪戯っぽく微笑む。
「あっといけない、私ったらまだ名乗ってもいなかったわね。初めまして。私は〝憂レイディ〟──昔から憂いを帯びた目のレイディだねって言われることが多くて、いつの間にかこう呼ばれるようになったの」
頬に手を当て、困ったように微笑む憂レイディ。
あぁ……皆んながそう言った気持ち、すごくわかる。
「こちらこそ名乗らず失礼しました。自分は万超、この小っこいのが爪刀です」
「まぁ、万超えし者なんてすごいわね。それにソウチョウちゃんはとっても可愛い、うふふ」
「みぃー」
前から思っていたけど、異世界じゃ〝ばんちょう〟と言ったら万超えしってのがデフォなの?
「万超とやら、腰のものをこちらへ。預かろう」
「こら、〝タテト〟──人様の物をそんな──」
「マッダァァム、これは譲れません」
「後で返してもらえるなら自分は別に……」
「んー、そう? あなたがそう言うのなら……。でも確かにお茶をするのに必要という物でもないわね。じゃあほら、荷物もお預かりして。丁重に扱うのよ? それとこの子達はたった今より大切なお客様。〝万超とやら〟なんてダメよ」
「イェス マッダァァム」
この、いい声での「マッダァァム」ってのは……なんかクセになってくるな。耳に残るぞ。
そんなことを思いつつ、木神刀と荷物を預ける。本来、こんな簡単に渡してはいけないのかもしれないが、憂レイディの醸し出す雰囲気と無邪気そうな人柄に警戒心という毒気を抜かれてしまい、なにかを疑う事も失礼な気がしてきた。爪も全然大人しいし、問題はないだろう。
「あのガードロイド……でしたっけ? タテトって呼び名なんですか?」
「ええ。あの子達、三体に戻るとね、走り方がタッタッタとテッテッテとトットットなの。だからタッタ、テッテ、トット。今は一つになっているからタテト。変かしら?」
「すごく分かり易いです」
「ふふ、そうでしょう?」
そんなことを話しながら連れられてきた憂レイディの立派な邸宅。その両開きのドアが開かれるとその中には──
「 !? 」
なにひとつなかった。まるで建てたばかりの家に、引っ越しの荷物が届く前の状態……。外から見た感じは三階建てくらいの高さはあった。けれどその内部は、完全に天井までの吹き抜けのがらんどう……言ってみれば……そう、学校の体育館みたいだった。
「意外だったかしら?」
「はい……意外でした……」
「ふふ、でも安心して」
そう言ってマダム憂レイディが一歩屋内へ足を踏み入れると──
途端、至る所で蛍光色に光る細いワイヤーやメッシュ──地図の等高線というか、3DCGのモデリングで見るような──が、いろいろな形を立体的に浮き上がらせる。それらは家具や家電、調度品の数々だ。
かと思ったら、先ほどの子供達の合体のように、無数の小さなブロックが壁や床から雪崩を打って湧き上がり、様々に形作られた光の中を埋めていく──そして次の瞬間には、それぞれが〝そのもの〟になっていた。
こ れ は た ま げ た 。
お初さんの瑞意召魂、そしてさっきのキッズ合体も驚いたがこれは……別格だ。
日の差し込む側の壁は全面がガラス張りになった。三階までの吹き抜けは変わらないが屋内の半分には階層ができており、二階、三階が生まれた。ゴージャスなロフト風というか、テラスのような上の階の奥には個室も見える。転落防止の柵はシックな色の木製で優雅な感じ。階段、ソファー、テーブル、キッチン……なにもかもが今、目の前で生成されたのだ。
「驚いた?」
「それはもう……驚きました」
そんな俺の驚いた顔を、マダム憂レイディは嬉しそうに見つめている。
「ああ……懐かしいわね……」
「……?」
「ごめんなさい、こっちの話よ」
「みぃっ!」
「あ! コラ爪! お邪魔する前にちゃんと足を拭かないと──す、すみません!」
「いいのよ。汚れなんてもう一度外に出れば全部キレイになくなってしまうのだから」
「そ、そうなんですか!? すごいですね!」
「だから思い出も……残らないの……」
「?」
今なんて……? よく聞こえなかったな……。
「これはみんなカーグカーデンの〝家学力〟というものらしいのだけど」
「カ、カーグカーデンの!? この家はカーグカーデンの技術で建てられてるんですか!?」
「ええ。私の子供があの国に住んでいるの。ひとりで暮らす私を気遣って……この家やタテトを贈ってくれたのよ」
そうか……この家やガードロイドはカーグカーデンの技術……。
妙に納得すると同時に、少し沈んだ表情のマダム憂レイディが気になった。
「会ったばかりの自分がこんなことを聞くのも不躾ですが、一緒には……暮らさないんですか……?」
「ええ……あの場所は私には目まぐるしくて……。ここの方がよほど性に合っているの」
「そう……なんですか……」
「みぃ! みぃ!」
爪が甘えるようにマダム憂レイディに身体を擦り付ける。
「あらあら、ごめんなさい。すぐに支度をするわね」
「手伝います」
「まぁ、ありがとう」
「みぃ!」
「あら、あなたも? ふふ、ありがとう。ほら、マテトもそんなところにボーッと突っ立ってないで手伝ってちょうだいな」
「イェス マッダァァム」
木神刀を寝袋で包み、一纏めにされたバックパックを背負ったマテトが良い声で返事をする。
「せっかくの良いお天気、お外で頂きましょうか。お庭でピクニック」
「良いですね」
「みぃ!」
「ナイス マッダァァム」
そうして俺達は、マダム憂レイディのテキパキとした指示の下、お庭ピクニックの準備に取りかかるのだった。




