第43話 マッ鳩
まるで白昼夢や夢現──といった感じだ。
木立の向こう、眩い光が収束すると辺りは一転、静寂に包まれる。先程までの喧騒が嘘のように。
けれど……俺の手にある二つの雫石が、つい今し方起きた出来事──それが確かな現実であったことを無言で物語っていた。
「これが本物の雫石か……。意外と大きいんだな」
手のひらの半分くらいの大きさ。一つは薄い青色。もう一つは深い藍色。その内側は、光がゆっくりと……波打つように静かに揺れている。
「これはいつかお初さんに渡そう。俺、どこへ持って行ったらいいか分かんないし……それでいいよな?」
「みぃ」
「よし、決まりだ。それじゃあ、あとは……」
さっき爪とマキエちゃんが遊んでいた場所──森の中にあって開けたそこは、陽当たりがいいのか色とりどりの花が咲いている。
「ここがいいかな……」
おダッディとマキエちゃん、二人を形作っていた土や砂を運んで一つ所に集め、彼女へ渡した〝御捻り〟をその中に埋める。
「これは……無駄遣いじゃないよな……」
そして最後に、いくつかの花を摘んでそこへ供えた。
供養になるかはわからないけれど、これくらいしか出来ることが思いつかない。
俺が手を合わせる横で、爪も目を瞑って静かに頭を垂れていた。
異世界に来てからはずっと無我夢中で、何もかもがいっぱいいっぱい──戦うためだけに必死で身につけた力だったけど、頑張ってきて良かったと今は思う。
あの人達の役に……立てたんだよな。
それが、すごく嬉しい。
「じゃあ、行くか」
「みぃ」
ガサガサッ! 「ギャアッ ギャアッッ!!」
「うおっ!?」
「みぃっっ!!」
ササササッ!
爪が凄まじい勢いで学ランをよじ登り、とてつもない速さでフードの中へ潜り込んできた。
「な……なんだ、今の……鳥か……?」
なんつー鳴き声してんだよ。
しかし日もすっかり落ちて周囲は真っ暗。確かあっちから来たはずだから行くべきはこっち? それとも……んん?
マズい……方角が全然わからなくなってしまったぞ。
「爪、ちょっとだけ上まで飛んでどの方向へ進めばいいか見て来てくれないか?」
「………………」
「…………爪?」
「………………」
「……爪刀さん?」
手を後ろへ回し、フードの中──モフッとした物体の首根っこを摘んで顔の前へ持ってくる。
「………………」
うわぁ……スゴく嫌そうな顔……。
「えー、だって爪、以前、夜目に自信がありそうだったじゃんか。頼むよー」
「………………」
ブーたれた顔のまま、シッポが少しずつ回転を始めた──かと思ったら──
ブィィィン! シュビィィィン!
あっという間に上がって降りて来た。
「み」
俺の肩から長い尾で方向を指し示し、再びモゾりとフードの中へ。
「ほ……本当にそっちでいいんだろうな……」
若干の不安を感じつつも歩き始めた途端──
ガササッッ!
「「 おうっ!? みうっ!? 」」
俺も爪もビクッと反応。
バサバサッ! 「キョエェェェッ! キィヨエェェェッッ!」
な……なんだ……また鳥か……。鳥……だよな……?
突然鳴る大きな音は、結構苦手なんだよな。風船とかを見つけると自然に距離を取っちゃうし。──あ、さては爪も俺と同じタイプか?
ガサッ!
「「──っ!! ──みっ!」」
シュタタタッ──
な、なんか、今度は小動物が横切ったような……。
ザザザザザザザザザザッッ!
「「うおおっ! ──みゃっっ!!」」
バサササッ! 「ギャア! ギャア! アァァ! アホーッ!」
カ、カラスの群れ!? なんか一羽にハッキリと「アホ」って言われた気がするけど……。
「 ニャッキシッッ!! 」
「──っっ!! 爪っ! 後頭部でクシャミすんなよ、ビックリすんだろーが! それになんか首に飛んできたぞ! ツバか!? もー! やめろよなーもー!」
いや、それにしても、夜の森ってかなり怖いんだな……。そりゃ野生の動物が巣穴とかを作るわけだよ。でなきゃ安心できる場所、全然ないもんな……。
ザァァァァァッ!
「──っ!」
ああ、もうっ! 風に揺れる葉の音まで不気味に聞こえてくるじゃんか!
こうなってくると……おダッディみたいに、俺も光るクワガタを探したくなっちゃうよなぁ。森の外まで導いてもらえたらなぁ……。
暗闇で小さな光か……〝理〟の空間で会った女神様を思い出すな。
……女神……様?
「……………………あ」
ひょっとして……光るクワガタっていうのは心願の女神様だったんじゃないか!? あの前髪の両サイド、弧を描きながら逆立ってる特徴的な髪型がクワガタの大顎に見えたとか……。それにおダッディ、〝心から願った〟って言ってたし……。きっとそうだ。俺だけじゃない……たくさんの人の願いに応えようと力を振り絞って……。
女神様……いや、お初さんに倣って心願様。
あの時から随分時間が経ってしまったけれど、約束を果たしに行きます。もう少しだけ、待っていて下さい。
ぅおし! やる気出てきた! 夜の森にビクついてる場合じゃないぜ!
ガサッ。
「 ビクッ! 」
くぅ……言うは易し、行うは難し、苦手なモンは致し方なし──もう 俺 走る!
………………………………
……………………
…………
……
そうして徹夜で走り続け、無事に森を抜けたのは日も高く上がった昼頃だった。
「づ……疲れ゛だ……」
「すみゃぁ……すみゃぁ……」
「コ……コイツ、暢気にすやすやと……」
俺も少し寝ようかと考え、適当な場所を探して周囲を見回すと──
「──!」
…………道だ。
「おい、爪起きろ、道があるぞ!」
「みぃ…………?」
今までの獣道とは明らかに違う、人工の、石畳のような道がある。幅は三車線の道路くらいだろうか。
近づいてよく見ると、どうやら石ではなさそうだ。そしてその──敷き詰められた石ではない何かの隙間を、時折光が走っている。
これ……カーグカーデンの空中外壁と同じ……。ひょっとしてこの場所はもう、あの国の領内ってことか!?
眠気は即座に吹き飛んで、全身に緊張が走る。
〝家学力〟だったか……。俺の知っている〝科学〟とは違うけれど、似て非なるモノなだけで相当に進んだテクノロジーだと考えて間違いなさそうだ。
少し躊躇はしたものの、そーっと足を乗せてみることにした。すると圧を感知したのか足元が一瞬光った──と思ったら──光は遠くに見えるカーグカーデンへ向かって、矢のように消え去ったのだった。
な……なんだろう……、ここに誰かいるぞって情報でも送ったのだろうか……。
ドキドキ……。
早くなる鼓動を感じながら歩き続けるが……さっきのような反応は最初の一度きりだけで、その後はどうということもない。
だんだん緊張が解けてくる。
不安は少しずつ薄れ、歩きやすい道への感動が徐々に増し、カランコロンと鳴る下駄の音も心地良く、足取りは軽快に、どれいっちょ鼻歌でも歌ってやろうかと思ったその時──
……ィィ──ィィィィイイイイイイイイイイイイ────
な、なんだ!? なんかジェットエンジンみたいな音と高速で飛行する物体がこっちに迫って──!
──イイイイインッッ!!
うわっ、上空で止まった……で……羽ばたきながら降りてくるぞ……あれ……鳥か!? 昨日の夜から鳥ばっかりだよ! 正直もう、ご遠慮願いたいんだが!
バサリッ バサリッ
随分と……デカい な……。
──そして、白鳥よりもデカい鳥が俺たちの前に降り立った。
「 こ ん に ち ぱ っ ポ ゥ ! 」
「──うわっ! 喋った!?」
「──みぃ!?」
「 こ ん に ち ぱ っ ポ ゥ ! 」
「え、あ……こ んにちは……」
「あ れ れー、声が小さいゾウ! おおっと、ポゥは鳩だけどな! こ ん に ち ぱ っ ポ ゥ !」
「こ……こんにちは!」
「 ぱ っ ポ ゥ ! 」
「こ──こんにちぱっポゥ!」
「 パ ピ プ ペ ? 」
「…………ポゥ?」
「 イェア! カモッ! ああっと、ポゥは鳩だけどな! 」
いや、それは鴨じゃなくてカモンだろ! ──というツッコミはさておき、コレ──ホントに鳩なのか!?
この喋る自称鳩は──爪が一回り大きくなった大型犬くらいのデカさ。
つるのないティアドロップのサングラスをしているんだが、目の位置、おかしくない? 鳩の目ってもっと頭部の側面に……まぁそれはいいか。
首には赤いスカーフ。結び目から先がとても長く、当然、地面に引きずってもおかしくないのだが、何故か風に揺られるように棚引いている。
そして郵便屋さんや駅員さんが被るような帽子──サイズは大分小さい──を、頭部の斜め上にくっつけている。……うん、あれは被ってんじゃなくて、くっついてるって感じだ。
「あ、ポゥはカーグカーデンからやって来た──」
「──!!」
「警邏やデリバリーを担う鳩──〝マッ鳩〟だポゥ」
「へ、へぇぇ……」
「で、ポまえは山賊? 盗賊? どっちだポ?」
「ど、どっちも違う!」
「おポゥ、それは良かっポ。目的地はカーグカーデンかっポ?」
「その……つもりだけど」
「ポゥポゥ、入国希望者。その肩の生き物もかポ?」
「う、うん」
「ポーポポー……検索……照合……該当ナシ。ッポゥッ! 未確認生物! イカす! ポっと、ポゥは鳩だ け ど」
キャラが……濃ゆい!
「なんて生き物だポ?」
「……猫」
「ネポ!」
「いや、ネ コ」
「 ネ ポ 」
「……じゃあいいや、それで」
「ポポゥ! ちなみにその腰のモノは武器かポゥ?」
「え!? あ、これは護身用に──」
「用 心 棒! ポーケー! 最後に本名か通り名を教えて欲しいっポゥ!」
「お、俺は〝万超〟こっちが〝爪刀〟」
「ポゥ! バンチョウ、ソウチョウ。ではこれを受け取るポゥ!」
そう言って後ろを向いたマッ鳩の尻から何かが二つ、勢いよく射出された。
「ばっちい」
「ポッポーッ! 勘違いしたらイカんポ! ンポー! ポゥは鳩だけど〝アンドロイポ〟でもあるっポゥ! う○ポなんてしないっポ! それは仮のIDだポゥ! 入国希望者は〝門前街〟で必要になるから大切に持ってるといいっポ!」
「え、こんな簡単に発行していい物なの!?」
「〝仮〟と言ったポゥ。カーグカーデンは来る者は拒まず、しかし誰でも入れると思ったら大間違いだっポ。ポまえも〝仮ID〟を紛失したりしないように気をつけるがいいポ。再発行はないっポゥ。〝信頼は築き難く 崩れ易し〟──賢明な判断と行動をする者だけをカーグカーデンは歓迎するのだポッポゥ。んじゃ、ポゥはこれで!」
バササッ!
羽ばたいたマッ鳩は上空へ高く舞い上がる。すると足の部分が変形していき──あれってやっぱりジェットエンジン!?
キュッ ギ イ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ン !!
耳をつんざくような轟音と共に、彼方へと飛び去っていった。
俺は思った。
あのグラサンと帽子、なんで落ちないんだ……?
──と、それはさておき、とにもかくにもあっという間の出来事で未だに現実感がない。何の準備もないままに色々聞かれて答えちゃったけど、変なこと、言わなかったよな 俺……。
それにやっぱり……ここは既にカーグカーデンの管轄下だったんだ。
「もう下手に絶技とかは使えないな……」
「みぃっ!」
「おう、お互い気をつけようぜ」
いまさらブルリと鳥肌が立つ。
門前街とやらはまだ見えないけれど、踏み入ったんだ……カーグカーデンに!
魔帝の統べる……心願様が囚われている国に──!
再び緊張と不安が、同時に押し寄せてくる。
けれど、心願様とお初さんの顔を交互に思い浮かべ、肩にいる爪の鼓動を感じながら、俺は──湧き上がる想いを胸に、カランコロンと歩みを進めるのだった。




