第42話 追い剥ぎの森
出立してから数日が経っていた。
森を一つ迂回して、これまでのところ特に問題はない。
とはいえ、初日と二日目はすっごい疲れた。きっとかなり気を張っていたんだと思う。
お、向こうにまた森が見えて来たぞ。
森は極力避けるべし。なぜならそれは、クマとかの危険な野生動物はもちろんのこと、魔邪者の動物──〝マジャニマル〟──などが、まれに棲息していたりするから──と、お初さんが言っていた。
それに寝ているとき、万が一、昆虫などが耳とかに侵入してきたら激ヤバ、とも言っていた。おぅ……想像しただけでゾワッとする……。
昆虫か……小学生時分に半ズボンで遊んでいたら太ももをアリに噛まれたことがあったけど、針を刺されたような痛みだった。あれ以来、俺はアリを舐めたりはしていないのだ。
テントみたいなものがあれば良かったけれど、もともと天魔導士の一人旅は街から街へ飛んでいくものだから野宿自体がほぼなかったらしい。そりゃそうか、キャンプするのが目的じゃないもんな。
──てなことを思い出したり、考えたりしながら歩き続ける。道らしい道はなく、まだ誰にも出会さない。この辺りは人の往来が全くないみたいだ。草の丈が短いところを選んで進んでいく。
なかなかいい陽気だ。あぁ……少し眠たくなってきた……。
「みゃぁぁ……」
「んー、どうしたぁー」
「みぃぃやぁぁ……」
「腹でも減ったのかぁー?」
「みょー……」
ここんとこ、爪の元気がない。自分で歩きもせず、学ランのフードに籠もってみょーみょー鳴いてるだけ。
理由はわかっている。お初さんがいないからだ。
つったって爪……そればっかりはどうしようもねえだろうよ……。
日もだいぶ傾いてきた頃、二つ目の森に差し掛かる。
さて、どう迂回しようか。それとも今日はここで休むか? どこかに大きな樹でもあればその下で……などと考えていると──
「しくしく……えーん……しくしく……」
なんだ? 子供の泣き声……?
「えーん……しくしく……」
「おい爪、聞こえるか?」
「みぃぃ……?」
「アホ、しっかりしろ!」
「えーん……えーん……」
「みゃっ……」
爪が肩まで出て来て前方、森の方を指し示す。
「やっぱりそっちから……だよな? 俺もさっきから見てるけど、どこにも人影は……あ、いた」
森に少し入った奥、大きな切り株の上に座り、小さな女の子──だと思うけど──が、顔を両手で覆って泣いている。
どうしよう……、放っておくわけにも……いかないよな……。子供への接し方、正直わからないけど。
「しくしくしく……チラッ……」
…………チラッ?
「えーんえーん」
今、こっちをチラ見したような……。
「えーんチラッえーーんチラチラッ」
うん、見てるなあの子。「チラッ」って声に出しちゃってるし。ど、どういうつもりなんだろう……声をかけていいのだろうか……? この辺に集落とかあって、通報されたり……しないよな? てかこの子ひとりか? 親とかは……?
「えぇーーーん! しくしくしくーっ! チ ラ ッ ッ !」
おお……、もうさりげなさがなくなってガン見したぞ。わ、わかった少女よ、声をかければいいんだな!
「こ、こんにちはぁ(なぜか裏声)……え、と……ねぇキミ、こんな所でどうしたんだぁい(すごく裏声)」
俺、子供相手に緊張しすぎ!
「しくしく……おダッディとはぐれてしまったの」
「お……おだっでぃ?」
「うん、おダッディ……」
おだっでぃって……なに? 飼い犬……とか?
「お、親御さんは一緒じゃないのかな?」
ぃよし! 裏声にならなかった!
「まあ!? あなたってワタシの話をきちんと聞いていないのね。そのおダッディとはぐれてしまったから泣いているんじゃない」
「お……おだっでぃって、お父さんのこと!?」
「そうに決まっているでしょう?」
決 まって……いるのか……確かに〝お父つぁん〟と同じアクセントではあるが〝おダッディ〟……初耳だぜ。
「お母さんはなんて言うの?」
「おっマミィよ」
やっぱり、〝おっ母さん〟と同じ感じになるのか……にしても、おしゃまな話し方をする子だな。
「おっマミィは具合が悪いから遠くにいるの。ここには来ていないのよ」
「え……あの……そうなんだ……なんかゴメンよ」
「いいの。お薬があればすぐに元気になるって、おダッディが言っていたわ」
「おお、それは良かったね。……で、おダッディとはどこで逸れたんだい?」
「この森の中よ」
「森の中……」
「ああ……誰か一緒におダッディを探してくれないかしら……チラッ」
もうじき日が暮れる。なるべくなら夜の森は避けたいけど……止むを得ないか。
「わかった。一緒に探そう」
ぱっと顔を上げて笑顔を咲かせる女の子。
「わぁ、ありがとう! とっても親切なひとね! ところであなたの肩に乗っているカワイイ生き物はなに? ワタシ、はじめて見るわ」
「ああ、こいつは……」
「…………」
「猫と言って……」
なんだ? 爪のやつ、毛が少し逆立って……?
「へぇー、ネコさん! よろしくね!」
「みぅ……」
おやぁ……? 変だな。爪ならすぐに懐くと思ったのに。
「それじゃあ、いきましょ!」
そう言って差し出された手を握ると、ザラリとした感触。これは……土と砂……。
「────っ!!」
思わず手を引っ込めそうになるのを必死に堪えた。なぜそうしたかは自分でもわからない。
「どうしたの?」
不思議そうに俺の顔を見つめる少女。爪は俺の肩で静かに警戒している。
この子……魔邪者だ。
全然気がつかなかった。ここまで人間らしく、会話も出来る魔邪者なんて……お初さんからも聞いたことがなかったし……。それにこの子の様子……自分が魔邪者って知らない……? でも、そんなことって……。
「たぶんあっちのほうにおダッディはいると思うわ!」
魔邪者の少女に手を引かれ、森の奥へと踏み入っていく。
この少女──髪は肩よりやや長く、毛先に少しウェーブのかかった癖っ毛。着ている白い長袖のブラウスはサイズがかなり大きいのか、右腕はひじの下、左腕は二の腕辺りをリボンで縛り、丈を調節しているようだ。その上に、厚い布地のワンピースというシンプルな服装。普通に履けば脛くらいまでありそうなダボッとしたブーツは、足首まで折り返されてショートブーツのようになっている。
空気中の魔素を〝視る〟時のように目を凝らすと、姿が瞬間瞬間、ほんの少しだけ揺らぐ。霊魂の炎だ……。その中でも大きめのブラウスだけが、際立って白く輝いて見える。
「そのブラウス、白くてキレイだね」
「ふふーん♪ いいでしょう。おっマミィのをもらったのよ。ちょっと大きいんだけどね♫」
「そうなんだ……お母さんの……」
「 お ダ ッ デ ィ ー ! ど こ ー ! ほら、あなたも!」
「え!? お…… お ダ ッ デ ィ ー ど こ ー(震え声)」
なぜだっ! なんか照れるっ!
「──エ──ッ ……」
遠くから……声? どんどん近くなって……
「 マ キ エ ー ! 」
少女が森の奥から現れた男性に駆け寄っていく。
「 お ダ ッ デ ィ ! 」
「おお! マイ キューティー エンジェルゥゥ!」
「「 ひしっ! 」」
二人は〝ひしっ〟と言いながら、ひしと抱き合った。
そんな様子を、俺は再び目を凝らしてよぉく視る。
当然──と、言っていいのだろうか。おダッディも、やはり……魔邪者だ。
髪型はラフな感じの七三分けで、眉は下がり気味のハの字、無精髭を頬や顎に生やしていて、少し冴えない印象だ。少女と似たデザインのベスト、かなりくたびれたシャツ、着古したズボン、割と太めのベルトには小物がたくさん入るような大きめのバッグが下がっている。ブーツも相当に痛んで見える。
「ほら見ておダッディ!」
「んー、何をだいマキエ」
少女が指を差し、顔をこちらに向けたおダッディと目が合う。
「うわっ! なんでここに人が!?」
仰け反るようにして驚くおダッディ。
「カモをつれて来たわ!」
カ、カモ!?
「いや、マキエ、それは……」
「ふっふっふ……かんねんなさいな。ワタシたちの正体……それは、ごくあくひどーのおいはぎ親子だったのだー! ずばばーん!!」
俺も爪も呆気にとられて口をポカンと開け、固まってしまう。
「お……おう! そうともよ! まさか知らねぇはずはあるめぇな! これでもちったぁ名の知れた追い剥ぎ、〝オダッディ・マ・キエー〟たぁオレ達のことよ!」
「ことよ!」
ぜ、全然知らん!
「へっへっへ……さぁその荷物を残らずこっちに……」
──そう言いながら、おダッディがこちらへにじり寄ろうとするのを見て、俺は腰の木神刀へそっと手をやる。爪も今にも飛びかかっていきそうだ。
それを見たおダッディの動きが止まる 。こちらから目を逸らして、
「あぁ────」
──と言って、なにやら思案顔をしたと思ったら、
「よ……よぉーし! ネタばらしだぁー!」
と、少女に向かって戯けてみせた。
「はぁーい!」
元気よく返事をした女の子がトコトコと駆け寄ってくる。
「実はね、今までのはぜんぶお芝居だったの。どお? びっくりしたかしら?」
「え? あ……う、うん! びっくりしたともさ!」
「ホントに!? やった! じゃあ、もし今のお芝居がよかったと思ったならおひねり、くださいな!」
「お、御捻り!?」
「うん! それで、おっマミィのお薬 買うの!」
おダッディが少女の後ろで、頻りに頭を下げている。
「御捻り……か……」
お初さんからもらった旅費は、念のため、身体のあちこちに分散して持っている。とりあえずすぐに出せるのは──詰襟に仕込んでおいたお札を一枚、少女に渡す。
「はい、受け取って」
「わっ! わっ! ぜろがいっぱい! おダッディ! おダッディ!」
「おお、スゴい。一万キギ札だぞぉ、それ」
「いちまん! お薬 買える?」
「……ああ……買えるとも」
「やたっ! やたっ! これでおっマミィも元気になれるね!」
「マキエ、ちゃんとお礼を言わんとダメだぞ」
「あ、そうだった。どうもありがとう。ワタシたちのお芝居にここまでかんどーしてくれるとは思わなかったわ。あなた、見る目があるわよ」
「コ、コラ。いやー、スマン 少年!」
「あ……いえ……」
「マキエ、ちょっと向こうで遊んでてくれるかな? おダッディはこのお兄さんと話をしなくちゃならんのだ」
「えー」
「爪、この子と遊んでやってくれ」
「みっ!?」
「(なんかワケありみたいだ。頼む。ただ、くれぐれも倒したり、倒されたりしないようにな)」
「(……み!)」
「わぁ、ネコちゃん あそんでくれるの? じゃあいきましょ! ホラはやく!」
「みぃ!」
そう言って、爪と少女はすぐそこの、開けた場所へ走って行った。
「………………」
「………………」
話ってなんだろう。敵意は……なさそうだけど……。
「あの……お前さんはもしかして天魔導士……だったりするのかい?」
「え?」
「た、頼む! あの子には……マキエが怖がるようなことはしないでやってくれ!」
「いや……自分は天魔導士じゃないです」
「ち……違うのか? ホントにホントか?」
「ホントにホントです。それで……あなたは魔邪者……ですよね……?」
「ああ……そうなんだと……思う」
「あの子は娘さんですか?」
「そうだ。大切な……マイキューティーエンジェル。だからマキエさ……」
「なんだって追い剥ぎの芝居なんて……」
おダッディは視線を落として、少し寂しそうに笑いながら語り出した。
「どう……話せばいいのか……魔邪者になってからは時間の感覚がなくて……つい昨日のことのようにも思えるし、何十年も前のことのようにも感じるんだが……妻に…………先立たれてね…………あの子には、病気を治すために遠くへ出掛けていると言ってある。あの子はそれを信じてるんだ」
「そう……だったんですか」
「オレ達、家族三人は行商をしながら各地を巡っていた。決して裕福ではなかったけれど、今にして思えば幸せな毎日だったよ。ところがあの日、〝フフパニック〟が起こったんだ」
「フフパニック?」
「ああ、どこからか突然、フトウフクツがどうとかって声が聞こえてきて……」
「──!!」
「……後になってあの騒動、オレのいた所じゃ〝フフパニック〟って呼ばれるようになったんだ。その名の通り、行く先々の街が大パニックさ。なにせ、誰かを倒したり倒されたりしたら身体が小さくなっちまうんだから。国家間の戦なんかも起きたりしてよ」
「い、戦!?」
「ああ。半人半獣の国、〝ナ・ワヴァリ〟が一番勢力を拡大したって話だ。動物を巧みに率いてそれはもう凄かったらしい」
そんな国があるのか。半人半獣……。
「っと、話が逸れちまったな。とまぁ、戦まで起こったとなると、行商みたいな余所者はどんどん警戒されるようになって、ジワジワと商売の方も厳しくなっていったのさ。そんな時、妻が病にかかってしまって…………あっという間だったよ……」
「…………」
「本当にあっという間だった。マキエはまだ小さくて、〝死〟ってものがわからなかったんだ。それでつい、遠くへ出掛けたなんて嘘を……」
だからお薬を買う……か……。
「でも、当時のオレはまだ踏ん張ってたんだ。あの子の為にも挫けるわけにはいかなかった! ……けど、弱り目に祟り目とはよく言ったもんでさ……妻がいなくなってからは何ひとつ上手くいかなくなっちまった。自分でも坂道を転がり落ちていくのがわかったよ。それでも、落ちてもまた登ることは出来る! 道は見えているんだ! ──そう思って、いろいろやったよ。他の仕事をしてみたり、どこかに定住を考えたり。けれど、ダメだった。どうやらオレは要領がすこぶる悪いらしい。それをみーんな妻が補ってくれてたんだなって……。で、気がつけばドン底よ……」
「ドン底……?」
「ああ、知らなかったよ。転がり落ちた先が断崖絶壁だったなんて……。坂道だけなら歩き続けて、抗うことが出来たかもしれないけど……坂を上がるその前に、高い壁を登る気力なんて……当時のオレにはもう、なかったよ……。残ったのは後悔と自分の不甲斐なさだけ……。妻にも、マキエにも申し訳がたたなくってよぉ…………」
ボロボロと泣いている。どんな励ましも、慰めも、なんだか嘘っぽくなるような気がして、俺はしばらく言葉を発せずにいた。
「それで……魔邪者に……?」
「わかんねぇ……けど、魔邪者ってのは未練とかが強すぎてなっちまうってんならオレはきっとそうだ。マキエは……おっマミィに会いたいってのが理由なんだと思う……」
「そう……ですか……」
「身体を無くしてからはずっと真っ暗な川の中を流されているような気がしていた。けど、マキエの手は離さなかった。あの子だけが本当に最後の希望だったんだ。今度こそ何としても守りたいって心から願ったよ。でもよ、その暗い流れはどこかへ吸い寄せられるみたいにじゃんじゃん速くなるんだ。自分たちが川そのものになっちまう! そう思った時に──現れたんだよ」
「現れたってなにが……?」
「光る小さなクワガタ虫が」
「光る……え?」
「クワガタ虫だよ。知らないか? 二本の牙みたいな大顎が……」
「それは知ってまス」
「まぁ光ってたからホントにクワガタかはわかんねぇんだけど、ソイツが飛んで行く方向へなんとか付いて行ったら、この森にいたんだ。そんでなぜだか意識もハッキリして、自我も保てているってワケよ」
「……………………」
「あ、信じてないな。本当だって!」
う〜〜〜〜〜ん…………。
「それで、この森で追い剥ぎの芝居を?」
「ああ、それはマイキューティエンジェルの気を紛らわせる為に、な。行商をやっていた頃、あの子が好きな絵本の登場人物になりきって一人芝居をしていたらお客の目を引いてね。売り上げも上がったし、本人も嬉しかったみたいで、それ以来芝居が好きになったらしいんだ」
「かわいい話スね」
「へへ……だろ? で、なんで追い剥ぎかっつーとだ、盗賊なんかに出会った驚きと、実はドッキリでしたって安堵、そして天才エンジェルの迫真の演技に魅了された人々は、きっと誰もが御捻りを出したくなるに違いないぞーって。そしたらお薬も買えるぞーって」
「言ったんスか?」
「言った……よ? それにこの森で誰かと出会ったこともなかったし、そんなドッキリを仕掛ける機会もないだろうからオレは安心して──」
「…………………………」
「な、なんだ少年、その無言の圧は!? 妻みたいだな! 怖い!」
奥さん……苦労したんだろうなぁ……。
「ま……まさか、またしてもオレの要領の悪さが……いや、センス……オレのセンスが絶望的なのか!?」
「あの子の件はわかりましたけど、おダッディはなにしてたんですか」
「おダッディって言うなよぉ! オレは少年の父親じゃないだろぉ!」
「じゃあ親父さんは、あの子が森の入り口にいる間、いつもなにしてたんですか」
「オレは……〝あのクワガタ〟を探していたんだ」
「クワガタを……?」
「あの光るクワガタなら、あの子を……マキエをなんとかしてくれるんじゃないかって。だってそうだろ、いつまでも魔邪者でいるなんて……。天国とかがあるんなら、あの子はきっとそこへ行けるはずだ。いつまでもこんな父親とこの森でなんて……あんまりじゃねぇか……。他の方法なんて、オレには思いつかねぇしよぉ……」
「天国へ行けるかはわからないですけど、未練を断つことだけなら……」
「──!? アンタやっぱり天魔導士なんじゃ──!? 天魔導士は魔邪者には容赦ないって──」
「いや、本当に天魔導士じゃないですってば。似たようなことが出来るっていうかなんていうか……」
「本当か!? 本当にあの子を……マキエを解放できるのか!? 痛くないか!? 優しくだぞ!?」
「た……たぶん」
「たぶんってなんだ! 絶対大丈夫って言ってくれ!」
「ゼッタイダイジョウブ」
「言っただけじゃーん! 心こもってないじゃーん!」
まぁ、ついさっき会ったばかりの人間をいきなり信じて、こんな大切なことを任せられるワケないよな……。
「でも……少年は、魔邪者とわかっていながら……あの子と一緒にここまで来てくれたんだよな……それに御捻りまで……オレの話も静かに聞いてくれたし……」
「え……」
「わかった! 信じる! 頼む! あの子を解放してやってくれ!」
「ほ……本当にいいんですか?」
「ああ! 頼む! この通りだ!」
目をギュッと瞑り、深く頭を下げるおダッディ。
「わかりました」
なんだか捉え所のない人だけど、この真っ直ぐな気持ちには胸を打たれる。
「爪ーっ!」
「みぃー」
「あ、ネコちゃんまてー!」
爪と少女がやって来た。
「ネコちゃんってとってもすばしっこいのね! けどちっとも触らせてくれないからワタシ、つまんないわ!」
マキエ嬢の胸の辺りに、ほんのわずか、色の異なる揺らぎが視える。寂しそうな、薄い青色……。
「(爪、あの青いトコロに軽く鉤爪を立ててくれ)」
「み!?」
「(あの親父さんの頼みなんだ)」
「……みぃ!」
「ホラ、爪刀が抱っこして欲しいって」
「えっ、ほんと!? わぁ!」
マキエちゃんが爪を胸に抱く。
「あなたそーちょーっていうのね。うわぁ、そーちょーフワフワ!」
ツ…………。
爪の鉤爪がほんの一瞬彼女の胸に触れると、雫型の石がこぼれ落ちた。
ズシャッ。
身体を成していた土砂は崩れ、少女は綺麗な、透き通った霊魂の姿となった。
おダッディが目を丸くしている。
「こ、これで終わり!?」
「終わりです」
「え!? おっマミィ!? どこ!? おダッディ! おっマミィの声がするよ!」
「ど、どこでだ!? マキエ!」
「あっち! あっちのほうから!」
気のせいじゃない……少女が見つめる先──木々の向こうがだんだん明るく……眩しいくらいの光を放ち始めた。
「……ィ……おっマミィーーーッ!」
大粒の涙を流しながらマキエちゃんが光の中へ駆けて行く。
「 わぁぁん! おっマミィ…………おっマミィ! わあぁぁぁぁぁん!! 」
輝く空間から少女の鳴き声だけが聞こえる。
「こんなことが……良かった……本当に良かった……マキエ……」
膝から崩折れた親父さんが、両手で顔を覆って泣いている。
「 おダッディー! なにしてるの! はやく! おダッディもおいでよ! 」
「 え !? 」
驚いた表情で、なぜか俺を見つめるおダッディ。
「オレも……行けるのだろうか……行って……いいんだろうか……」
「家族は……、一緒がいいスよ」
「あぁ……ああ……ぁ……」
顔をグシャグシャにして泣きながら、親父さんは嬉しそうに笑った。
「少年……お願いする……」
「じゃあ、そこに座ってください……そう、それで背筋を伸ばしたまま、はい、前屈みに──そう……」
親父さんは後悔や、我が子をも魔邪者にしてしまった後ろめたさのせいなのかはわからないけれど、背中に色違いの箇所がある。
座禅では肩を叩かれるが、それと同じ要領で──
「 喝 ! 」
バッッシィィィィィィィィン!
木神刀で一度だけ、背中を力強く叩いた。
「うおっ! 痛ったぁぁ!」
雫石が弾けるように落ち、親父さんの霊魂も土砂から抜け出した。
「な、なんだ少年! オレは痛いのか!?」
「気合を入れました」
「気合って! …………いや、そうだな……。ありがとう少年。キミがどこから来てどこへ行くのか、話をする暇もない──あっという間の出会いと別れだったが……辛いことがあっても踏ん張りどころを間違えるんじゃないぞ。崖下まで落ちたオッサンの……いらんお節介だけどよ」
「──はい」
「……………………」
「……………………」
「……行かないんスか?」
「妻……気が強いんだよね……そこに惚れたんだけど」
「……?」
「怒ってないかな……。ちょっと……怖い……」
「……おダッディは怒られた方がいいと思う」
「だからおダッディって言うなって──」
「おダッディ! はやくーっ! おっマミィ怒ってるよー!」
「ひぃぃーーーーーっ!!」
「ほら……お早く」
「…………世話になった、少年! それとネコ? ──ちゃん!」
親父さんが駆けて行く。
光の空間は少しずつ小さく……聞こえる声も遠ざかっていく。
「三人いっしょ! 三人いっしょ! わぁい わぁい!」
「ゴ……ゴメンよ! おっマミィーー!」
パチィィィン!
「へぶぅー!」
「おっマミィ、やっぱつよい! うれしいな! うれしいな! 三人いっしょ! ずうっといっしょ!」




