第41話 出立の朝
確かにこの耳で聞いた。
「滅んだはずの我が故国って……」
「私も聞いた……って、カーグカーデンが!? 魔邪者の!?」
お初さん、そして爪と顔を見合わせる。
「ちょっと魔邪者ー! どこ行ったぁー! ちゃんと説明なさぁい!」
「ど……どこ行ったって……魔邪者の急所を斬ったんだし、もうどこにもいないんじゃ……。霊魂は在るべきところへ還るんでしょ?」
「うぅ……そうだけど……よりにもよってあんな気になる事を言い残して消えるなんて……もうっ! とんだ置き土産じゃないのよ!」
「どうどう」
「ふぬーっ! ふぬぬーっ!」
しかし……それじゃあ俺が見たあの記憶は、かつてのカーグカーデンだったの……か? だとしたら、うぐぐ……しまった……もっとしっかり見ておくべきだった……拒絶反応なんか起こしてる場合ではなかったぞ……なんてこった……大失敗だ……。
「みぃー」
戦闘を終え、子猫の姿に戻った爪が何かを咥えて来た。
「雫の石……?」
そうだ、魔邪者の流した涙が最後に──。
無色透明、だけど見る角度によってほんのりと色づく綺麗なクリスタルみたいだ。
「お初さん、これが雫石?」
「そうだけど……あれだけ強力な魔邪者だったにしては驚くほど小さいわね……」
言われてみれば、俺の親指よりも小さいかな?
「でもホラ、前回と前々回の分がここにあるし──」
俺は首から下げていた勾玉を手に持ち、
「この二つを合わせれば、一つの雫石になるんでしょ? お初さん、前に言ってたじゃん」
「確かに言ったけど……まぁ、とにかくやってみないことにはわかんないか」
「そんじゃあ、いくぞ……」
二つの勾玉は蘇芳色で鏡合わせ──左右対称に結合し、ちょっと不格好だがハートのような形になっている。そこへ今回の透明な雫の石を近づけると……
ヒュイン!
勾玉の下部が少し開いた──かと思ったら、吸い込まれるようにその隙間へ収まってしまった。不思議なことにくっついてはおらず、爪の〝首の鈴〟みたいに磁力かなにかで固定されている感じだ。なんかちょっと、ハサミのように見えなくもない。
「雫の形に……ならないわね……」
「ならない……ね……」
「ってことはひょっとして、あの魔邪者……まだ消えてはいないのかも……」
「──本当に!?」
「なんでそんなに嬉しそうなのよ」
「いや……だって、あの人、国に帰れたらそれはいいことだなぁって」
「暢気なこと言ってるわねぇ。バンチヨと爪ちゃんはこれから〝カーグカーデン〟へ行くのよ? そこへ魔邪者がまた現れたりしたら、ややこしいことになるかも! ……とか考えないの?」
「んー、あの人はもう魔邪者じゃないような気がするけど……お初さんだって実の所、そう思ってるんじゃない?」
「……まぁ、最後の……消える直前は清々しさすら感じたのは確かだけど……」
「そんな悪い人じゃないって」
「私 ら 殺 さ れ か け た ん だ け ど ?」
「まぁまぁ、みんな生きてることだし。だよな、爪?」
「みぃ」
「はふーっ、呆れたお人好しだこと」
そっかぁ……また会えるかもしれないのか。もし次に再開して、思い出していたら──名前、聞きたいなぁ……。
「でもさ、不思議だと思わない?」
「不思議?」
「うん、だって、カーグカーデンはやっぱり六百年前に滅亡してたってことでしょ? で、さっきの魔邪者は当時、そこに居た。じゃあ、今あそこに見えているのは? 心願様の力を利用しているにしても誰が復活させたんだろう。目的は? 私が戦った伯爵、子爵、男爵は何者? この身体が縮む呪いってなに? ──とか色々思っちゃってさ」
「確かに……言われてみれば」
「ま、考えたところで答えが出ないのはわかってるんだけど。それを知ることができるかどうかは万超と爪刀、アンタ達に懸かってるんだからね!」
「う……」
「なによ、その う……ってのは」
「いや、今回……俺と爪だけで倒すって言っていたのに、あんな体たらくだったから……。この程度の力で、これから先、通用するのかなって……」
「なんで? ちゃんと成し遂げたでしょ? しかも一回も倒されることなくさ。バッチリだったと思うけど」
「でもお初さん、かなり手、貸してくれたんじゃ……」
「私は主に口を出してただけだよ。頑張ったのは爪ちゃんだし。ね?」
「みぅ……」
「なによぉ、爪まで難しい顔しちゃって。大丈夫だと思うけどな。それにここでの修行はもうやり切った、でしょ?」
「…………」
「あ、〝閃光〟と〝時凪〟の発動条件がまだ謎だったか……」
そういえば〝卒業試練〟以来一度も……。
「でもあの能力って、今までの修行や特訓でなんとかなる の、かしら……。万超はどう思う?」
「う~~~~~ん……」
「ならなそうね……。やっぱあれだけの特別な力は、訓練とかよりも、実践の中でキッカケを掴んでいくしかないんじゃないかなぁ……」
「あのさ、お初さん、最後の最後に魔技で稽古、つけてくれないかな。さっき魔邪騎士が出した魔素、まだ少し残ってるし。実を言うと、これで本当にカーグカーデンへ出発していいのか……その……不安で!」
「ああ、それわかるー。私もお師匠との卒業試練の前は不安しかなかったからね。まだ出来ることはないか、やり残したことはないかってさ」
「でしょ? じゃあ──」
「うん、そうしたいのはやまやまなんだけど、見て、これ」
「……なにそれ?」
「私の瑞意召魂。割れちゃった」
「…………。え゛っっ!? いつ!?」
「…………」
「──っ! ひょっとして俺が意識を失っている間に……ゴメ──
「謝らないで! あの時出来ることをして、なるようになっただけ」
「予備とかは……」
「ないよ」
「そう……なのか……」
「だから……頼んだわよ! 万超!! 爪刀!!」
すまないと思うくらいなら……お初さんの想いも背負って──
「わかった!!」
「みゃあ!!」
そう言って、俺はお初さんに背を向ける。
「なに? どうしたのよ?」
「いやその……あんまり見られたくないだろうなと思って……」
「見られたくないってなにを……あれ……私、泣いてるの? なんで? …………ぐすっ……あれー、えへへ、なんでだろ……変だな……おかしいな……」
瑞意召魂が割れてしまったこと、きっと本人が自覚している以上にショックなんだ……。
お初さん……。
翌日──
今回、俺は魔邪者の魂に深く触れたため、予期せぬ異常や何らかの後遺症が出たりするかもしれないのでその経過観察、それと戦闘で負った傷の治療も兼ねて一週間は安静にとのお達しがお初さんから発せられた。
その結果なにもなければ、いよいよ、魔帝の統べる国へと出発──。
お初さんによると、ここからカーグカーデンまでは徒歩で行く場合、途中、森や、今俺達がいるみたいな小高い丘──ちょっとした山が複数あり、それらを迂回したり登ったりしたとしても、半月もあれば着くだろうとのことだった。
集落も点在しており、そこでカーグカーデンの噂や、なにかしら現在の情報──もしあればだが──を仕入れながら進む予定だ。
おそらく……たくさんの人と、初対面で、多くの会話が待っている……。が……頑張らねば。
ついに……カーグカーデンへ……か。
いよいよ……いよいよだ……。
そう思うとソワソワして、居ても立ってもいられない。けれど、ちょっとでも運動めいたなにかをしてしまうとお初さんの回し蹴りが飛んでくる。
「なにかしたい! せずには おられぬ!」
「みゃあっ!」
「もう……だったら──」
──そして俺と爪は今、八百万樹の天辺にいるのだった。
「少しでも高いところで吸気の訓練でもしてなさい。ただし、私が見てないからって模擬戦とかしたらブッ飛ばすからね」
「すぅぅぅ──はぁぁぁ──すぅぅぅ──はぁぁぁ──」
「みぃすぅぅぅ──みゃぁぁ──みぃすぅぅぅ──みゃぁぁ──」
思えば異世界に来てから、こんなにゆっくりしたことなかったかもな……。戦闘の後、寝込むことはあったけど……いつもなにかに急き立てられて、常になにかを焦っていたような気がする。
でも、だからこそ……すごく濃い時間を過ごせたんじゃないだろうか。
駆け抜けたというか、俺ってこんなに一生懸命、何かをやれるんだって自信がついたというか……。
それもこれも全部、お初さんのおかげなんだよな……。
そのお初さんともあと少しでお別れ。この感謝の気持ち、言葉だけじゃ伝えきれないよなぁ……。なにか良い方法はないものだろうか……。
「なぁ 爪」
「み?」
「ちょっと相談があるんだけどさ──」
出発予定日 二日前──
大変な事態に気がついてしまった。
旅の準備を! 全く! 全然! していない!
しまった。アホか俺は。いや、アホだ俺は。でも一人旅ってしたことないし、カーグカーデンまで半月、必要な物ってなんだ!?
「──だろうと思って私、やっといたけど?」
「え?」
「だって万超、荷造りっていっても特になんも持ってないじゃん。ここに来た時だって身一つだったし。そういえばどうやってここまで来たのさ」
「あ、えーと、女神様に導かれて……」
「ああ、なるほど」
おお、納得してもらえた。
「てことはなに? ひょっとして私がこうすることを見越して……? おのれ、心願様めぇ……やっってくれるわね……覚えてなさいよ……」
な、なんかスゴいこと言ってるぞ……。でも、改めて思うけど、女神様とお初さんってどう言う関係なんだろう……。
「はい。万超の荷物一式。このバックパック、私が使ってたヤツなんだけどいいよね?」
黒とベージュのツートンカラーだ。
「全然構わないし、むしろ借りちゃっていいの?」
「いいに決まってんでしょ。で、寝袋と、保存食と……」
「保存食?」
「コンペイ桃と桃スルメ」
「も、桃スルメ!?」
「そう、桃の果肉を薄く切って天日干しにしたヤツ。スルメみたいに噛めば噛むほど味が出るわよ。これがなくなる前には最初の集落に辿り着けると思う。というか着くべし」
「お、押忍。しかし皮だけじゃなく果肉までも日干しにするとは……」
「あ、皮も入ってるよ、怪我したときのために。あと包帯も。木神刀から剥がれ落ちた樹皮も小刀に代用できるから入れてあるよ。それと万超が使ってた着替えと……」
「このデカい瓢箪は……?」
「ふっふっふ。聞いて驚きなさい。なんとこの容器が空気中の水分を吸収し濾過、飲み水が中に溜まるという優れものよ」
「んなわけ……ないっしょ……」
「それがあるっしょ。半日もあれば満杯になるわ。ただ放っとくと溢れ出しちゃうから気を付けて。んで、あとは──秘伝のレシピ」
「レシピ?」
「もう六年前のデータになっちゃうけど、伯爵、子爵、男爵──三爵の特徴や戦い方を思い出せるだけ思い出して書いておいたの。いわば〝戦闘レシピ〟──今も通用するかはわからないけど、道中、しっかり予習すること!」
「おお、わかった! ありがとう!」
「で、最後に──旅費。やっぱ先立つものはないとね」
「それは……いや、うん、絶対に無駄にしない。ありがとう」
「おー、わかってきたじゃない。変な遠慮は野暮だからね」
この気っ風のよさ、どんだけカッコいいんだよ。いつか俺もこんな人になりたい。本当に、心からそう思った。
そして、とうとうこの日がやってきた。
出立の日、夜明け前────
「こんな早くに行くの?」
「うん。この時間って爪と決めた」
「みぃ」
「そっか……。カーグカーデンに着いてからの作戦は覚えてるわよね?」
「なるべく戦闘は避けて、一つでも上の領地へ。理想は魔帝だけを倒し、女神様を救出。お初さんの呪いも解ける」
「例え魔帝を倒せなくても心願様だけはお願いね。なんとか救い出してあげて。絶技と猫技なら魔素がなくても技ですぐに脱出できるかもしれないし」
「わかった」
「それじゃあ 万超、爪刀、行ってらっしゃい! 頑張ってね!!」
「ああ!」
「みぃ!」
俺と爪はまず、八百万樹に向かって二礼二拍手──
「走ったり登ったり、樹液をもらったり、枝を折ったりしてすみませんでした! ありがとうございました!」
一礼。
そして今度はお初さんへ向き直る。
下駄を脱ぎ、その場で正座をする。爪も──犬のおすわりであるところの──エジプト座りで俺の横に並ぶ。揃って両手をつき、親指と人差し指で作った三角形へ鼻を入れるように頭を下げる。昔、剣道で習った〝座礼〟だ。爪は、いわゆる〝ごめん寝〟みたいな感じになっている。
「 本当にお世話になりました! 全身全霊で、きっとこの恩に報いてみせます!! 」
「 みぃっっ!! 」
上体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。
「 万超、爪刀、またね! 」
「 ああ! また! 」
「 みっ! 」
その言葉と同時に爪は学ランのフードへ飛び込み、俺は下駄と荷物一式を掴んで勢いよく駆け出した。
振り返らない。真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ駆けて行く。
百メートル、二百メートル……八百万樹が、お初さんがどんどんと遠ざかっていく。
「はぁ、はぁ……急がないと日が昇っちまう。爪、準備はいいか!?」
「ニャオォォォォン!」
フードから飛び出して〝遠鳴き〟──獅子形態となった爪が〝空宙風爪〟で空へと駆け上がる。
「始めるぞ! 神楽鈴の砲太刀────!!」
パッ! パパッ!! パパカッ! カッッ!!
爪が空中でポーズを取り、その後ろで絶技の花火を咲かせる。炎花に雷花、水や風で光の反射による彩りや躍動を増幅させる。名付けて──
〝 絶 猫 花 火 ・ 百 連 発 〟 !!
八百万樹の天辺で、爪と話し合った別れの挨拶。
「 お初さぁぁぁん! 俺達、お初さんのおかげでこんなことまで出来るようになったよぉぉぉ!! 本当にありがとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!! 」
「 ニャアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!! 」
ここからじゃお初さんの顔は見えないし声も聞こえない。
でも──
笑ってくれてたら いいな!
お初さん、本当に、本当にありがとう────行ってきます!




