第40話 涙
渡り鳥だろうか。
仄かにに明るさを取り戻しつつある遠くの空を、鳥が隊列を組んで飛んでいく。
そこから視線を少し下げると、二十本以上の騎兵槍が規則正しく並びながら……まるで、出番を今か今かと待ち侘びているかのように浮遊している。
「 ひとつ訊く! 」
腹の底から声を出す。
「 もしも俺達を始末したとして、その後、オマエはどうする! 」
「……………………」
魔邪騎士はなにも答えない。
「 誰彼構わず人を襲い続けるのか! 」
「……………………」
「 オマエが憎んでいるのは──探しているのはあの魔導士だけじゃないのか! 」
ブ ワ ッ !
強い反応。魔邪騎士鎧の内側から、大量の魔素が噴き出した。
ザスッ! ザスッ! ザスッ────!
怒りを抑えられないといった様子だ。人間が地団駄を踏むように、騎兵槍が一本、また一本と地面へ深く突き刺さっていく。
「 答えてくれ! 」
全ての槍が刺さり終わると、魔邪騎士の両腕が……手首を下へ曲げたままゆっくりと上がり始める。
すると──その動きと連動するかのように、突き立っていた何本もの騎兵槍が、同じくゆっくりと──再び宙に浮かんでゆく。
演奏、開始直前の指揮者のようだ……。
そう思った刹那、魔邪騎士の手が振り下ろされる──と、空中の騎兵槍が一斉に躍り掛かってきた。
「これが答えかよ!」
風の絶技、風乱弧で躱していくもこの数──気を抜いたら一瞬で全てが終わる。
「──爪は!?」
見ると爪は空中を駆け回りながら巧みに槍の猛攻を避け続けている。
「なんだ爪──いつの間に絶技を!?」
「あれは猫技!」
「みゃ……え?」
「 猫 技 !」
再度、俺のフードへ収まっているお初さんが少し得意げにそう言った。
「いつの間にって万超がアイツに取り憑かれて意識を失ってる間によ! あの子、すっごい頑張ったんだから!」
「おお!」
「それよりも万超、なんであんなことを魔邪騎士に訊いたの? まさか、まだ説得でもするつもりなんじゃ!?」
「そうじゃない。そうじゃないけど……」
自らの炎に焼かれながら、必死に何かを叫び続けていた男の姿を思い出す。
「魔邪騎士の恨み言全部、俺は聞いておかなきゃいけない──そんな気がしたんだ!」
ガッ! ガギィン!
「くっ」
全ては躱しきれない。どうしても何本かを木神刀で受けると移動の速度が遅くなる。すると更に他の騎兵槍にも追いつかれてしまう──悪循環が生じつつある。これは──マズいぞ。
対して──指揮者のように腕を振り、宙の岩槍を操りながら、悠然とこちらへ歩みを進めてくる魔邪騎士。
「あれは……」
腕や手だけじゃない。指まで忙しなく動き続けている。それも一本一本が、まるで別の生き物のように、それぞれが違った動きを──
あの指の動作……アイツの記憶の中でもああやっていろいろ動かしていた……。身に……いいや、魂にまで染み付いた癖……なのだろうか。
よくよく目を凝らすと、手と足の指先辺りから炎糸が伸びている。活発に攻撃してくるのはそれらの先にある二十本の騎兵槍。残りの数本は動きが緩慢だ。
指先からの炎糸……もしあれらを一気に斬れたなら、魔邪騎士の猛攻はほぼ止むと同時に──無防備となった本体へ斬り込むことが可能になるんだが。
そんな気持ちを察したのか、はたまた同じ考えに至ったのか、爪が魔邪騎士の前を派手に駆け回り始めた。
自然と魔邪騎士の警戒心、そして多くのランスは爪へと引き付けられていく。
「万超、今のうちに爪刀の猫技の種類を教えとく!」
「頼む!」
お初さんの話に耳を傾けつつも爪と騎兵槍、そして魔邪騎士の動きからは目を離さず、タイミングを見計らう。
「──以上よ! わかった?」
「わかった!」
ちょうど聞き終わったその時、魔邪騎士から伸びる炎糸が撚り合わさるように──束ねるみたいに重なり合う!
──こ こ だ!
鈴の飛太刀! 風 斬 車 !
ザ ザ ン ッ !
爪に注意が向ききった瞬間、魔邪騎士の死角から飛ばした風刃の風車が弓形の弧を描き、集まった炎糸をひと息に断ち斬ると──執拗に追い縋っていた騎兵槍は文字通り糸の切れた操り人形のように、ドスリドスリと一斉に落下した。
それを見るや爪は走る起動を急激に変え、一直線に魔邪騎士へ向かって突き進む。
爪とは真逆に位置する俺も、この機を逃すものかと烈風ロペラでヤツへと迫る。
挟撃だ! ヤツとの距離はあと少し──
──その時、魔邪騎士の両腕が、演奏の終わりを告げる指揮者のように勢いよく下ろされると、先ほどまでロクな働きをしていなかった残りの騎兵槍が──俺と爪の進行を妨げるように面前へと降り注いだ。
ザスッ! ザスザスッ!
「うくっ!」
さすがにこのまま押し切って突っ込むのは無理がある。くっそ……こういう時のための備えまで万全か 魔邪騎士め。せっかくの好機だったのに……。
すぐに気持ちを切り替え、一旦距離を取る。
「ふぅーっ…… ふぅぅーーっ……」
身体が……重い……。遠目だが爪もしんどそうだ……。でも気持ちを途切れさせるな……正念場だぞ。
ぴ と ……
「うおふっ!?」
お初さんが俺のうなじに両手を当てている。
「な……なにしてんの!?」
「パワー 注入」
「…………ぷっ……あははっ」
「コラ、笑うな!」
本当にパワーが注入されるかはともかくとして、確かに、少し元気は出た。
──と、そこへ、魔邪騎士を警戒しつつ、グルリと回り込むように走ってきた爪が合流する。
ぴとモフり……
爪の首元、獅子の鬣のようなそこへ俺の手を当てる。
「ニャッフ!?」
「初風パワーのお裾分け」
「??」
「ふふっ……これで爪ちゃんも元気百倍間違いなし!」
「???」
ズ ズ ッ ……
なにやら不穏な音がする。
見ると……落下した騎兵槍に再び炎糸が伸び、たった今俺達の突撃を邪魔したそれと共に魔邪騎士の足元へ引き寄せられていく……。
ググ…… グモモモッ……
槍を模していた樹や岩の破片は一時その形を失ったが、魔邪騎士を迫り上げながら融合していき……
あれは……馬か!?
予想通り、樹岩破片達は馬鎧を纏った馬の形を成し、騎兵となった魔邪騎士が俺達の前に立ちはだかった。
騎兵、乗馬……これも記憶の中で見た……。けど、その手には馬の身の丈ほどもある巨大な騎兵槍が一本だけ。どうしてだ? 記憶の中は他に何本もの槍が宙にあった……単純に樹岩破片が足りないのか……それとも、まだなにか企んでいるのか……?
ボロロッ…………
魔邪騎士本体の甲冑、そして馬鎧の一部が所々剥がれ落ちていくのが見える。
ヤツも、消耗している……。
静かに……けれど、煮え滾るように魔素が立ち上る。まるで破裂する寸前みたいに……。
直感する──きっと、次の攻防が最後だ。
「万超」
「わかってる。爪も──だよな!」
「ニャア!」
バ カ ラ ッ ッ !
馬が走り出す。脇目も振らず一直線に俺達へ。
真っ向勝負か! 受けて立つ!
ダ ッ ッ !
爪と俺も弾かれるように駆け出した。
魔邪騎兵は巨槍を高く掲げ、投擲の体勢となる。
躱すか 受けるか──けど妙だ──なんだ、この違和感は!?
猛然と突進してくる馬の首が上下に揺れることなく、不自然なほどに真っ直ぐと伸び、その口が大きく開いていく──まるで大砲のよう────っ!!
ズ ッ ッ ッ ッ !!
騎兵槍が馬の口から 弩みたいに────っ!?
鈴の大太刀! 土 巨 鯉 昇 っ っ !!
「ニ゛ャッ!?」
「ぐうっっ」
「キャッ」
木神刀を地面へ突き立て、巨大な土鯉を自分達に喰らわせ──無理やり上空へ回避する! 爪、悪ィ! 緊急事態につき堪えてくれよ! 俺もしっかり痛ぇからっ!
バカラッ──ズ ザ ザ ッ !
魔邪騎兵は眼下を駆け抜ける。しかし、俺達の動きを見て急停止──さながらバイクや自転車でのウィリーのように──馬が姿勢を起こして後ろ足だけで立ち上がり、前足は何度も空を叩くみたいに前後する。
「ニ゛ャム゛ッ!」
爪が学ランを咥え、俺ごと空宙風爪でいち早く地上へ──よし! 魔邪騎兵の後ろを取れ────
ズ ニ ョ リ ッ !
魔邪騎兵の身体が不気味に波打つと、仰向けで水面に浮かび上がるかの如く──ヤツの背面は正面の姿へと変貌し、馬の尻からは首が生え、その先に頭部が形成され、瞬く間に前後が反対になってしまった。
グ カ ッ !
再び、口が大きく開く。着地したばかりの俺達は、まだ体勢が整っていない。ほんのわずか、紙一重、先を越された。一瞬の──けれど決定的なその差は今からでは何をどうしたって間に合わない。そう、今からでは──
ガ ン ッ !!
上空から降ってきたモノが、まさに騎兵槍を発射せんとしていた騎馬の頭部に直撃する。
「あっ!」
お初さんが声を上げる。そういや卒業試練でお初さんにも似たようなことしたっけか。
──そうなのだ。さっき自分達を打ち上げた土巨鯉が今、勢いよく降ってきたのだ。当たらなくても牽制くらいになれば御の字と思い、風の絶技で軌道を調整しておいたのだが──ドンピシャだった!
馬の頭は土巨鯉と共に破散し、魔邪騎兵は馬上で大きく体勢を崩している。少し剥がれた胸の鎧の奥──蘇芳色の炎がすぐそこに────!
「 いくぞ! 爪っ!! 」
「 ニャアァーーーーッッ !! 」
超刀伐伎! 火 鉤 雷 刃 !!
伐 爪 十 文 字 斬 り !!!
『 ジ ュ カ ッ ッ ッ ! 』
炎の塊を斬った独特の手応えを感じると同時に──魔邪騎兵の魔素が弾けるように拡散すると、首から掛けている勾玉が激しく光を放ち出した。
そのあまりの眩しさに、思わず目を瞑ってしまう。途端に辺りが静けさに包まれ、何の物音もしなくなった。一抹の不安を覚えながらもゆっくり、瞼を開くと…………
すぐ正面に、あの男がいた。
前回と同様、豪奢な肘掛け椅子に浅く座り、両のひざへ左右のひじを乗せ、合わせた両手は項垂れるように俯いた額へ支えるように添えられている。まるで祈っているかのように……。
白い空間、所々でまだ蘇芳色の炎が燻ってはいるけれど、男からの炎は消えている。もう燃えてはいない。
ここは……また記憶の中……?
「ニャァ……?」
爪が……隣にいる……。
長い沈黙が続いた……………………。
「あの……」
『確かに私はあの魔技使いを憎んだ。だが……それだけではない……』
「…………」
『誰が死のうと、国が滅びようと……変わらず明日はやってくる……。それが……耐えられぬほどに残酷だと思った……』
残酷……。
『私は……世界をも呪ったのだ……』
世界……を……。
『だが、一番許せなかったのは他ならぬ〝自分〟だった。日々の鍛錬、修練を何一つ活かすことなく……大切な者を誰一人護れずに……むざむざと、この命を落とした……。そんな己を受け入れられず、憎み、呪い、自身を否定した成れの果てが今の私だ……』
「…………」
『お前の問いに対する答えになっているかはわからぬが、恐らく……私はいずれ……全ての破壊へと突き進んだことだろう……』
「聞けて、よかったです」
『何故、あのようなことを訊いたのか』
「それは……一緒に背負いたいと思ったからです」
『背負う? 我が呪い、憎しみを? お前一人で?』
「一人じゃないです」
「ニャー」
『……なんなのだ、お前は……。よりにもよって己とその仲間を殺めようとしていた者の……自身とは何の関わりもない恨みを背負うというのか? 何故だ?』
俺は爪を見ながら答える。
「一人じゃないのは心強いってわかったし、それに……」
『……それに?』
「なんか……辛そうだったので……」
ここで初めて男は顔を上げ、俺と爪をまじまじと見つめた。そして──
『ふっ……あっはっはっはっはっ』
大笑いされてしまった。
『可笑しな奴等よ……。しかし、お前達……まこと、何者だ? 魔邪者存在になったればこそわかる。その魂、常人のそれではなかろう?』
「俺達は──────」
『──異世界!? 俄かには信じられぬ……が、年齢に似合わぬ、赤子にも等しきその瑞々しさ……そんな理由でもなければ合点がいかぬ……か』
「はい。あれは自分でも信じられないような出来事で……」
『ふ……我が怨念は世界を呪ったが異なる世界からの来訪者にまでその矛先を向けるのは筋が違う……な。もうよい……背負う必要などない』
「イヤです! 背負います!」
「ニャーーーッ!」
『……………………』
「「……………………」」
『頑固な……奴め……』
…………ちょう──万超! 爪ちゃん!
『手間を取らせたな……もう行くがよい。あの鼻っ柱の強そうな魔技使いが呼んでいるぞ』
一礼をし、この場から去ろうとすると後ろから声を掛けられた。
『名を、聞いていなかったと思ってな』
ああ、そういえば……。
『我が名はもはや思い出すことが叶わぬ故、名乗らぬ無礼は許せよ』
「自分は〝万超〟です。こいつは〝爪刀〟」
『〝万超〟と〝爪刀〟……万越えし者と刀剣が如き鉤爪の獣……か。何とも過ぎた、似合いの名よな』
「万超っっ! 爪刀っっ!」
──ハッ!
お初さんが俺の髪にぶら下がり、バンジー運動をしながら爪にも声を掛けている。
「痛゛だい゛痛゛だい゛!」
「ニャー」
「あっ! やっと返事した! もうっ! 心配したでしょ、急にボーッとしちゃってさ!」
「いや、それは──」
唐突に、横から光が差し込んでくる。
夜明けだ。
ここは小高い丘の上……? 戦闘に夢中で気がつかなかったけど……いつの間にかこんな所まで来てしまっていたのか。
初めてお初さんと会った日、遠くに見えるカーグカーデンを眺めながら色々教えてもらった場所だ。
顔を覗かせた朝日──その輝く光の中に、今もあと時と同様──魔帝の統べる国は確かに存在している。
『バ……カ…………な……』
「あっ──!?」
お初さんが鋭く睨んだその先に、魔邪騎士が一歩、また一歩とこちらへ歩みを進めている。
「アイツまだ──!」
「待ってくれ、お初さん」
彼は俺達を見ていない。視線の向かう先はもっと後ろ──カーグカーデン?
バララ……
全ての鎧と樹片が剥がれ落ち、現れたのは──ついさっき会話をしていたあの人。霞んでもボヤけてもいない。透けてはいるが輪郭はハッキリとしており、その装いは貴族風……いや恐らく本物の貴族の──あの鏡の前に立っていた時の気品ある姿だった。
『これは 夢 なのか……』
信じられないといった表情で歩き続けるが、その霊魂は粒子となって徐々に足元から消え始めている。
ガクリと体勢が崩れる。
咄嗟に手を伸ばすが生身の肉体で霊魂を支えることはできなかった。
それでもなお、彼は進み続け──
『何故 カーグカーデンが……滅んだはずの我が故国が……どうして……』
「「「 えっっ!? ニャッッ!? 」」」
『今……帰ります……父上 母上……そして……妹よ…………』
涙がその目から溢れ出し、一滴の雫の形となって地面へこぼれ落ちた。
すると彼は──
陽光の中へ溶けるように消えていったのだった。




