第34話 命を懸けて
あと 一つ──────!
卒業試練もいよいよ最終ラウンドだ。
お初さんが、ふぅ──と、大きく息をつく。
「この辺りの〝色〟も随分と薄まってきたね……。五年前を思い出すよ。もしもあの時、今みたいに魔素の濃度や残量を視れていたなら、もっと別の戦い方が出来たんじゃ……とか、どうしたって考えちゃうわね」
「それって つまり……」
「そう、今からそれを見せるってこと」
ひぃぃ……。
「ここからはノンストップ」
「ノンストップ?」
「私はもう魔素が尽きるまで魔技を止めない。その間にアンタ達はこの──最後のポンポンを落とせるかしら?」
「──!」
お初さんはポンポンのことだけしか言わなかったけれど、個人的にもう一つ条件追加だ。
既に俺は二回倒されている。本来なら二頭身……これ以上倒されるわけにはいかない!
さぁ、ファイナルラウンドだ!
「みゃっっ!」
爪が子猫の状態で背中に飛びついてきた。お前も察したか……だろうな、お初さんの初手は──
鈴の太刀! 水饅頭!
『チリリッ!』
やっぱりだ! 雷糸の魔技──細い雷の糸がかなりの広範囲に張り巡らされた。俺達はまだ、この魔技に有効な対策を打てていないから当然と言えば当然の攻撃だ。
〝鈴の太刀 水饅頭〟──雪で作ったかまくらのように自身を水で囲む絶技で電流を防げてはいる。しかし、当たり前のことだが周囲を囲む水には雷糸から絶えず電気が流れてきており、触れれば感電してしまう……つまり、この技は移動には向いていないのだ。ヘタに素早く移動しようものなら、うっかり触ってあっさりビリリだ。歩いてなら進めるだろう。けれど、そんな速度ではお初さんにはいつまで経っても辿り着けないばかりか……絶技を出し続ける酸素が足りなくなって、吸気もできず、息も続かなくなるに違いない。
もっといい方法はないだろうか……。もう一度〝烈風瀑 螺旋突き〟で一点突破を狙う? でも、そうそう何度も同じ技が通用するか? お初さんなら対抗策を既に考えてついててもおかしくはないぞ……。
なにか電流を防げるような〝絶縁体〟になるものがあれば……絶縁体……ゴムタイヤみたいなものは……絶技じゃ無理……絶縁体……んんんん……なにかあったような……思い出せそうなんだけど……学校の授業でだったか、ネットだったか……どこかで見たような聞いたような……水は……電流を通すからダメで……んんんーっ。
いや 待て! 思い出した!
確か水から不純物を除去したものは〝純水〟と呼ばれて──そこからさらにイオンとか細かな有機物だとかを極限まで取り除いた〝超純水〟は、ほとんど電気を通さない絶縁体だと──半導体とかの製造にも使われるとかなんとか……。とにもかくにも〝水〟なら絶技でなんとかなるんじゃないか!?
もしも絶技で〝超純水〟を生み出すことが可能なら雷糸をバッチリ防御できるし、〝うっかり感電〟もなくなる! けど、〝超純水〟ってイメージでなんとかなるものなのだろうか? ──とはいえ、何事もやってみなけりゃ始まらないか! まずはお初さんから距離を取りたい!
水饅頭を解除と同時に疾風ロペラで後方へ!
『 ビリッッ! 』
「あだっ!」
「み゛み゛ゃ!」
危ねぇし痛ってぇ! 後ろにまで仕掛けてあったよ! 念の入ったことで!
下手すりゃ今ので終わってた……けれど、おかげで間合いは十分に取れた──改めて超純水による水饅頭をイメージ…………超純水のイメージってどんなだ!? なんか言葉の響きから〝純粋〟な気持ちで水の絶技を発動したら出来たりしないだろうか! うん、出来る気がする気がするっ!
すうぅぅぅぅ── 純粋な気持ち……そして純粋な顔で……
お初さんが距離を詰めてきた。再び雷糸が来るかも……その前に──
絶技 鈴の太刀! 超純! 水饅頭!
『 プ リ ィ ィ ン ! 』
どうだ、出来たか!?
「爪、ちょっとその水、触ってみてくれ」
『チリリッ!』
「み゛ゃっっ!」
「くっ、ダメか!」
ベシッ! ベシッ! ベシッ! ベシンッ!
痛い痛い、悪かったって! シッポでベシるな! くそう! 俺は純粋じゃないのか! そもそも純粋な顔ってなんだ! たぶん鏡で見たら自分でも腹の立つようなおすまし顔してただけだわ、俺!
純粋……超純水……真っ新新な水のイメージ……涙は……ダメだしょっぱいわい! それだけで不純物があるってわかるわい!
でも……例えば女神様の涙……とかだったら?
心願の女神様がもし涙を流したとして、それはしょっぱかったり、やれイオン成分だ、やれ不純物だとかが含まれているか? そんなイメージ、俺には湧いてこない。ということは──いけるかもしれない!
すんません女神様、勝手に涙を流す想像、させてもらいます!
今、この失敗こいた偽超純水饅頭に電流は……ぴとっ──
「しびびびっ!」
よし、来てる! よくないけどよしっ!
今度は解除と同時に内側から、混ざらないように注意して新たな水を発生させてみよう。想像しろ……女神様の……涙……
鈴の太刀! 超純! 水 涙 衣 !
『 ザバッッシャァァ! 』
電流は!? 痺れは──来ない! 成功だ! 傍目には、ただ頭から水をひっかぶっただけに見えるだろうが大きな一歩だ。おし! これで反撃できる!
「爪、安心しろ! いつでもこの水でずぶ濡れにしてやっからな!」
「み゛……」
「嫌がってもあの雷の糸を防ぐ方法、他にないからな!」
とは言ったものの、水涙衣の有効時間はまだわからない……過信は禁物、気をつけておかなくては。
「 ニィィヤオオォォォン! 」
なかば自棄っぱちにも聞こえる遠鳴きをして、爪が獅子形態へと変化する。
さぁ、どう反撃を──
グイッ……
「おわっ!」
爪が俺の股の間に頭を突っ込んできた。そのまま立ち上がれば肩車をされるような体勢だ。
クルン……クルン……クルンクルン……クルンクルンクルンクルン──
シッポを回し始めた。その速度はだんだんと速くなり……
「え ちょ 爪 まさか──」
ボ ッ ッ !
「ふぎゅぎゅぎゅぎゅっ!」
ジェット戦闘機が空母から発艦するみたいに一気に加速した!
合図もなしに コイツゥゥゥゥ!
おそらく見た目は〝ジェットケンタウロス〟であろう俺と爪が、水涙衣を纏いつつお初さんへと突進する。
「むっ!?」
お初さんが浮遊の高度を上昇した。それを追尾するように狙いをつけ、爪の軌道も上向き、さらに加速する。
もう少し! ──の所で突然爪が止まった。
スッポーンと投げ出される俺。
振り向き、チラリと見えたのは──長い尾を前方へ向けて器用に回転させ、急停止した爪。それにより俺だけを射出した形だ。
爪 俺に丸投げかよ! そんで俺投げかよ!
「あははははっ!」
お初さんが笑っている。でも、俺達の不細工な連携を見て楽しそうというよりは……なんてか、こう、情緒不安定な感じで……今までこんなお初さんは見たことがなかったから少し不安に──って、そんなこと考えてるうちに彼女はもう目の前だ! どうする! どうする!? ──そうだっ!
すうぅぅぅぅ!
鈴の太刀! 水 繭 牢 !
水の繭玉にお初さんを閉じ込めることに成功! 物理的に囲い、外の空間と遮断してしまえば魔技はこちら側へ発動できないはず! ふっふ! こっからさらに雷撃を流してさっきまでのお返しぅをぅ──
『 フユゥン── 』
なんだ──?
水繭の表面が、不自然な感じで波打った。
しまった、そうだった……魔技は絶技で上書きできた……だったら当然その逆も──!
次の瞬間、巨水塊を彷彿とさせる水の槍が突き出される!
「くおっ!」
鈴の飛太刀! 水刃翔 三日月!
『 バチャッッ! 』
槍を木神刀で受け、上書きの上書き、水の刃を逆流させて翔ばす! 刃が届いた──と、思った刹那、三日月の弧がグニャリと向きを変え、より勢いを増してこちらに飛んできた!
まんま返し!? くっ──
鈴の太刀! 炎刃 縦 一 文 字 !
『 ズジュワアァァッ! 』
眼前に迫った水の刃を既の所で蒸発させる。
「……ぁ……かひゅー……ひゅぅ……」
ま ずい……一回の最大吸気で〝太刀を二回〟と〝飛太刀〟を使っちま った……キャパオー バー だ……。
お初さんが蒸気を突っ切り、目の前に現れる。その手に持つ瑞意召魂の杖の先には、今にも撃ち出されようとしている雷の光が────
息を吸って……なんとか絶技を……!
『 カ ッ ッ ! 』
もう駄目かと思ったけれど、その稲光は俺ではなく上に向かって放たれた。
「ニャッッ!」
爪が上方の死角から静かに狙っていた──のだが、お初さんはそれに気づいていた。
「そう何度も同じ手は喰わないよ!」
『 カ ッ ! カ カ ッ ! 』
初撃を躱し、次の雷撃もなんとか避けた爪だが──
「ニ゛ャビッッ!」
三発目がシッポをかすめ、わずかに身体が硬直し、お初さんへの軌道が逸れる! 逸れて────
「ふむがっ!」
俺と激突した。
諸共に落下する俺と爪──このままじゃ三回倒されちま────
「ニィ ヴァッッ!」
地面に衝突する直前──爪がむがりと学ランの襟首を咥え、身体をひねって俺を上空へ放り投げた。猫特有の身体能力──爪はさらにその身を回転させてなんとか着地をするも、力が入らないのか、その場にフニャリと倒れ込んでしまった。
一方で無事に降り立ち、呼吸も整えることができた俺は、生まれたばかりの小鹿のようにププルプルと震えながら立ち上がろうとしている爪へすぐさま駆け寄り──
「すまん 爪、恩に着る!」
「ニャア……ァ……」
プルプルしながらも爪はカッコつけながらニヤリと笑った。コ、コイツゥ!
────急に辺りが明るくなった。
なんだろう? 日は山の向こうに沈んだし……月明かり? にしちゃ妙に明るいな、などと思いながら見上げると──
「げっ!」
火 の 雨 だ。
それぞれの粒は大きくはないが数が多い──ってか、ホント まんま 火の雨だ! マジでノンストップだな! こんちくしょお!
「爪! クシャミしろ! 小っこくなれ!」
「──!? ニャッ キシッ! ニャキシッ!」
子猫となった爪を即座に懐へ押し込んで水涙衣を纏い、疾風ロペラで緊急離脱! 距離を取って最大吸気! 接近してくるお初さんへ遠距離絶技──!
鈴の矢小太刀 二 雷 矢 !
木神刀を振り下ろした時に一回──切り返し、振り上げた際にもう一回、雷の矢を二度、お初さんへ向けて素早く放った──はず……だったのだが、俺の雷は放たれると同時に魔技で生み出された水の球に包まれ、その中であっさり消滅してしまった。なるほど! そうやって防ぐのか! 全然参考にならねぇよ! 反応速度、おかしいでしょうよ!
「み!」
爪復活したようだ。いつでも行けるぜと言わんばかりに俺の懐でモゾついている。
俺も行きたいのはやまやまなのだが、如何せんお初さんまでの距離が 遠い!
水涙衣で身体を護りつつ、風の絶技を駆使して飛び回ってはいるが、なかなかお初さんに近づくことができない!
常に張り巡らされている雷糸、行く先々で待ち受けている火と水の魔技は……威力は低いが油断のできないものばかり。うかつに喰らえば一気に勝負がついてしまいそうだ。
「はぁ……ふぅ……っ」
しんどい……ちょっとでいいから休み──うおっ──とは言っていられないか! 残りの魔素はどのくらいだ!?
目を凝らす──!
さっき気づいたことだが、日が落ちた空間だと魔素は赤紫色に薄ぼんやりと光を帯びるみたいだ。意外にも、暗い方よく見える。
その微かな明かりを頼りに確認すると、まだ辺り一面に広がってはいるが色はさっきよりもさらに褪せており、残りはほんのわずかだと思われる。
そしてそれを証明するかのようにお初さんはもう、ほとんど大技を使ってこなくなっている。
できることなら魔素が尽きる前になんとか最後のポンポンを──とはいうものの、俺にしてもそろそろ体力の限界が近い……ヘトヘトだ。
爪は……どうなんだろう……。獅子形態をモノにしたとはいっても、やはり疲労しているのか積極的に懐から出て行こうとはせず、慎重に機を窺っているようだ。
『 ヒュヒュッ! 』
細かな魔技──風のかまいたちが炎を伴って飛んできたかと思えば、水のマスクとアイマスクで再度、視界と呼吸を狙われる。
こちらも負けじと遠距離絶技で牽制──水涙衣でずぶ濡れた爪がシッポプロペラで飛び出し、お初さんに肉薄するも躱され──俺の懐へ帰還する。
「はぁ……はぁ……」
「みやぁ……みゃぁ……」
「ふーっ……ふーーっ…………」
お初さんの息も上がってる……? そういえば血は……魔技で消費する血液の量は大丈夫なんだろうか……。
「……心配しなくていいよ。あと一回……大技が使えるくらいには温存してるからさ……」
俺の考えてること……全部お見通しかよ……おっかねぇ……。
「ふふっ……あははっ。魔素の濃度からいって、もう威力の高い魔技は出せないと思ってるでしょーあははははっ!」
お初さんの表情がコロコロ変わる。豪快に笑ったかと思ったら怒った顔で睨みつけ、呆れた感じで遠くを見遣ったその次に、妖しく、冷めた微笑をこちらへ向けてきた。
「でも 残 念。 言ったでしょ? もっと別の戦い方があったんじゃないかって、それを見せてあげるって。だ か ら、次で終わり。これで最後」
「み……ぃ……?」
「ちょっと……どうしちまったんだよ……なんかおかしいぞ お初さん!」
キラッ
遠くでなにかが光った。それは俺達を中心にして大きく、とても大きく円を描くように回り始め……地上付近から、ぐるぅりぐるりと徐々に高度を上げていく。
「なんだ……?」
「あれは雷の箒星」
「箒星って、確かに彗星みたいだけど……なんだか光がだんだんデカく……まさか──」
イヤな予感がして、慌てて必死に目を凝らす。あの雷の球が通ったあと……魔素の薄明かりが──みるみる消えていく!? 残りわずかとなった魔素を掻き集めながらどんどん大きくなっていってるのか!?
「けどあんな強力な魔技……ここに届く前に消えて……、──!?」
これは一体……俺達の周囲に魔素が集まり、濃度が……色が濃くなっていく! どうして──!?
「それよ──その胸の勾玉」
お初さんが俺の胸を指差している。
「勾……玉?」
首から下げている……あの魔邪者から剥がれ落ちた勾玉が、暗く赤く、明滅している。
「今度は私の方が早く気づいたようだね、万超。どうやら勾玉は、負の感情に強く反応して魔素を引き寄せるみたい」
「──!?」
だからか……だからお初さん、いろんな感情を表に出して、色んな表情を見せたりして……検証してたのか! 全っ然気づかなかった! でもなんでそんなこと……!?
『 カ ッ ピ シ ッ ッ ゴ オ ォ ォ ォ ン !! 』
凄まじい雷の塊が俺達……そしてお初さんの直上に到達した。
『 バリッ! バ リ バ リ バ リ バ リ バ リ ッ ッ !! 』
「ウソだろ……」
「覚悟はいい?」
「覚悟って……あんな大きさ──お初さん! 自分も一緒に消し炭になるつもりか!?」
「ええ、そのつもり」
「────はあっ!?」
マジでどうしちまったんだ!? お初さん! 勾玉の検証なら終わってるだろ!? なに考えてるのか全然────
「 迅 迅 雷 破 天 星 」
『 ウ オ ッ ッ ッ ッ ッ !! 』
本当に撃っ──────
『 リ イ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ────
この 音は──!?
懐から飛び出した爪の口から鈴の咆哮が鳴り響き、その身体はたちまち大きくなって獅子形態を超え、巨水塊戦で見せた神獣の姿に! そればかりか爪の首の鈴までもが光り輝き、共鳴するように鳴っている!
────ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ イ ン !! 』
な んだ……これ……落雷が……いや それだけじゃない……何もかもが ゆっくりに…………爪が どんどん縮んでいく……視 界が……ぼやけてきた……俺 泣いているのか…………?
「爪…………!」
爪に手を伸ばす────と、すでに俺は胸に抱えていた。
なんだ…… これ…………
目からは涙が 身体からは光が 途切れることなく溢れ出している。
そうだ お初さんは!?
持てる全ての力を使い果たしたのか……お初さんはぐったりとして、気絶しているかのようだった。
彼女の元へ いかなければ────と、考えた時には俺はもう、お初さんをも抱きかかえていた。
とめどなく流れ出る涙のせいでぐちゃぐちゃな視界の片隅に八百万樹を見留める。あの場所へ──────は、瞬く間に辿り着いていた。
『 ドッ ガ ゴオオオオオオオォオオォォオォォォォ ォォ ォン !! 』
地を抉り、穿つ、凄絶な雷撃を……俺達は遠く、八百万樹の根元から見つめていた。
「よ……かったぁ……」
「お初さん!?」
「みぃぃっ!!」
「万 超と……爪刀 の……秘めた底 力……引き 出せて……ほんとうに……よかったぁ…………」
「なっ!? まさかその為に!? ……俺達の為に……命まで懸けて……」
「へへ……今度こそ覚えてなさいよ……
〝閃 光 の 万 超〟 〝時 凪 の 爪 刀〟
卒業……おめで と う…………っ……」
「お初さん!!」
「みぃぃ!!」
「ぐーーー、すぴぃーーー、ぐーーー、すぴぴーーー」
「………………」
「………………」
俺と爪の、自分でも知らなかった力……なにをどうしたのかは全然わからないけれど……こんな能力があるってのはハッキリと認識できた。
鼻ちょうちんを膨らませ、満足そうな笑顔で眠るお初さんに「ありがとう」と声を掛ける。爪も静かに寄り添っていた。
まだ、涙が止まらない……これは謎の能力の副作用なのか、それとも……
こうして、卒業試練は 終わりを迎えたのだった──。




